第12話 SP要る?
「これは本格的にSPが必要かな?」
「島崎さんSPやってくださいよ」
「いやいや、冗談じゃなくてさ」
病院からそのまま警察に直行し、いつもの部屋で島崎さんに報告中。だんだん慣れてきて、警察に来るのも緊張しなくなってきた。。
「大した怪我がなかったようで良かったけど……」
「あたしが駅まで送るなんて言ったから。すぐに別れていれば、香菜も怖い思いをしなくて済んだのに」
島崎さんが買って来てくれた缶のミルクティをググっと飲むと、それを待つようにして質問される。
「若林香菜さんに何か言われた?」
「そりゃ言われますよ。『命を狙われてるってどういう事?』って、すごい勢いで。でも、そうやって大きい声で言ったら、きっと犯人は動揺して何かミスすると思ったんです。証拠をその場に残してきちゃうとか。それで咄嗟に大声で」
あーあ、やっぱり島崎さんが『やれやれ』って大袈裟に肩を竦めてる。
「本当に君は――」
「わかってます!」
あたしは島崎さんがこれからするであろうお説教を遮った。けど、やっぱりあたしが悪いのはわかってる。
「……ごめんなさい。だけど悔しくて」
「悔しいとかの前にさ、聡美ちゃんは怖くないの?」
「怖いですよ。殺されかけてるんですから。でもそれ以上に腹が立って腹が立って! みんなの篤を奪っておいて、なんであたしまでこんな目に遭わなきゃなんないの!」
あたしが怒ってるのに島崎さんてばくすくす笑い出した。
「何がおかしいんですか?」
「いや……犯人もとんでもない人に目撃されちゃったもんだなと思ってね」
「どういう意味ですか」って訊こうとしたところに、ちょうどノックの音がして川畑さんが入ってきた。
「ごめん、遅くなっちゃって」
ああ、今日もカッコいいな、川畑さん。素敵で見とれちゃう。
ネイビーのスーツの脇に抱えた地図を、彼女は机の上に無造作に広げた。ああ、これは駅前の地図だ。
「聡美ちゃん、地図持って来たんだけどね。ちょっと見てくれるかしら。聡美ちゃんはここのカフェからこの道を通って駅に向かったのよねぇ?」
川畑さんが人差し指でスーッと道をなぞっていく。細くて綺麗な長い指。あたしも身を乗り出して一緒に指を添えるんだけど、あたしの指は川畑さんみたいに綺麗じゃないからちょっと恥ずかしい。
「そうです。ここからずっとこう真っ直ぐ行って、ここら辺ですよね。あれって電子レンジだったんじゃないんですか?」
「ああ、落ちて来たのね、電子レンジよ」
「なんであんなものが空から降ってくるんですか。普通空から降ってくるのは雨か雪か女の子って決まってます」
「女の子だったら俺は嬉しいけどね」
島崎さんが横から割り込むと、川畑さんが眼鏡の奥から白い目を投げつける。
「現在、どれくらいの高さから落とされたものか、指紋が残ってるか、あっちで調査中よ。この辺りのビルのどこかよねぇ。誰にも被害が無くて良かったけど、ホント何考えてんのかしらね」
「ま、聡美ちゃんはこれからはあまり暗くならないうちに家に帰るようにしてね。俺たちも全力で捜査に当たるから」
「はい。あの……」
「ん?」
「香菜は完全に犯人にはなり得ないですよね?」
島崎さんと川畑さん、顔を見合わせてちょっと迷ってる。
「それは判らないよ。若林香菜さんが誰かに何かを依頼していないとも限らない」
「だって香菜は一人で帰れるから大丈夫って言ったんですよ。それをあたしがついて行ったんです。それにあのカフェだって香菜じゃなくてあたしが連れて行ったんですよ? そんな都合よく狙えるわけがないじゃないですか」
再び二人の刑事が視線を交わす。
「じゃ、それも踏まえて、今日一日の足取りを、なるべく時刻も交えてきっちり教えて貰えるかな?」
「そうね、それで若林さんが犯人になり得ないかもしれないわね」
島崎さんが身を乗り出してきて、川畑さんもすぐ横に腰かけてファイルを開いた。
一時間後、机の上には赤線が引かれたショッピングモールの地図と大きな地図、それにたくさんの付箋が並んでいた。地図の赤線は、あたしと香菜の歩いた順路だ。たまに時刻が記入されている。
「つまり、十六時頃に聡美ちゃんがこのカフェに行くことを提案するまで、若林香菜さんはこのカフェの存在すら知らなかったという事だね」
「はい、最近できたばかりだから、地元民にもあまり知られてません」
「で、君たち二人はここでお薦めのミルフィーユを食べて、お喋りして、十七時半ころこの店を出た」
島崎さんがボールペンを逆さに持って、ペン尻で地図をトントンと示しながら言う。この人今まで気づかなかったけど、こうやって良く見ると案外イケメンだな。おじさんだけど。しかも無精髭だけど。
「はい。お店を出て真っ直ぐ駅に向かいました」
「で、ここで空から電子レンジね?」
「そうです」
「周りに怪しい人影は?」
「だって空からですよ? 周りじゃなくて頭上に怪しい人影じゃないんですか?」
「まあそうだけど」
「あたし、そんな上見て歩きませんから」
「そりゃま、そうだわな」
机に肘をついていた島崎さんが、椅子の背もたれに身を預けて腕を組んだ。ふうっと溜息をついて一言。
「若林香菜さんに聡美ちゃんを狙うことはできないね。誰かに依頼するのも難しい」
「でしょ?」
「だが……」
島崎さんの目が鋭く光った。ここで一発ギャグとか言ったらシバくよ!
「本間朝音さんが怪しくなった」
「は?」
シバいたろか!
「何を言い出すんですか」
「ここ見て」
島崎さんがペン尻でくるっと丸を描く。勿論線は書かれないけど、範囲はわかる。
「この辺のどこかのビルの二階以上の場所から電子レンジは投げ落とされたわけだ。君が被害に遭った場所のすぐ横のビル、これは本間朝音さんがアルバイトしているドーナツ屋さんがテナントとして入っているビルじゃないのかい?」
「へ? 朝ちゃんのドーナツ屋さんは、もう一本隣の道ですよ?」
「入り口はね。でもこっちはビルの裏側、勝手口になる方だ。つまり従業員はこちら側の非常階段を利用するかもしれないよね? 非常階段から電子レンジを投げ落とすことは不可能ではない」
確かにそうだ……。でも……。
「本間朝音さんの可能性があるということは、裏を返せば『本間朝音さんを知っている人が彼女を犯人に仕立て上げるためにここを使った』という見方もできる。つまり、若林香菜さん以外の誰でもそれができるという事だよ」
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