30撃目 人間を辞めた程度で俺に勝てると思うなよ!


 氷の竜――グロリアの尻尾に弾き飛ばされたカミラを、キズナが受け止めた。

 そしてそのまま支えてやる。


「よぉ、大丈夫か?」

「大丈夫なわけないよねぇ? あれ魔宝獣だしぃ?」


 カミラは両腕が折れているようだ。

 尻尾の攻撃をガードした時に折れたのだろう、とキズナは思った。


「お前、回復魔法使えるのか?」

「カミラは回復なんて使えないよぉ」

「そうか。じゃあもう戦線離脱してろ。邪魔だ」

「邪魔!?」

「ああ。お前本物だろ? これ以上はもういい」


 本物のカミラは殺されれば死ぬ。当たり前のことだ。そして、両腕が使えないカミラは足手まといでしかない。


「キズナ、いくらあんたが強くてもぉ、魔宝獣は無理じゃない?」

「どうかな。試してみるさ」


 キズナは支えていたカミラの肩を放し、変わり果てたグロリアへと視線を向ける。

 グロリアは子供が駄々をこねるように1人で暴れ回っていた。

 そんなグロリアに、オルトンが必死で話しかけている。

 しかしグロリアの視界にオルトンは入っていない。だがそれは幸いだ。もし視界に入ったら、オルトンは殺される。


「それにぃ、アレ、グロリア千人将だしぃ?」

「ああ。知ってる。そんで、グロリアは俺を呼んだ。だから来た。行けカミラ。弱い奴を護りながら闘えるほど今のグロリアは甘くねぇ」

「……ふん。精々殺されないようにねぇ」

「ああ。心配すんな」

「別にカミラはぁ、心配なんてぇ、してないしぃ?」

「そうかよ。じゃあ離脱しろよ」


 言い残し、キズナはグロリアの方へと駆ける。

 そして、


「グロリア!!」


 名前を叫ぶ。

 グロリアの動きが止まり、キズナの方へと身体を向けた。


「オルトン離れてろ! 俺がやる!」


 グロリアの足元にいるオルトンに言う。


「キズナァァァァァァァァア!!」


 グロリアが絶叫する。

 耳が痛くなるほどの激情を含んだ声に、キズナの胸が少し痛んだ。

 グロリアが口から吹雪を吐き出すが、キズナは横に飛んでそれを回避する。

 オルトンはグロリアの足元から動かない。


「オルトンの奴っ」


 そこにいたら、いつか踏み潰されるぞ。

 キズナは入身いりみを使ってグロリアの足元まで移動し、そのままオルトンを抱えてもう一度入身。グロリアの後方に回り込む。


「逃げろオルトン」

「キズナ……姉さんが……。僕は……僕は……姉さんを助けに入るべきだった……」

「話はあとだ。いいから離れてろ」


 キズナはオルトンを突き飛ばすと同時に自分も飛んだ。

 グロリアの足が、さっきまで2人がいた場所を踏む。


「よぉグロリア、俺のことは分かるんだな」


 キズナがグロリアを見上げると、グロリアは低く唸った。


「お前さ、人間の時の方が綺麗だぜ。元に戻れよ。別に竜にならなくたって、いつでも遊んでやるからさ」

「う……が……」


 グロリアの瞳から、氷の粒がバラバラと落ちた。

 泣いているのか?


「お前みたいな強い奴が、魔宝具なんかに取り込まれてんじゃねぇよ。俺の言ってることが分かるなら……」


「ああああああああ!」グロリアが絶叫する。「弱くない!! わたくしは弱くない!!」


 グロリアがまた吹雪を吐いた。

 キズナはグロリアの腹の下に滑り込んでそれを避けた。

 腹に一撃入れるかどうか迷ったけれど、キズナは何もせずに尻尾の横を通り抜けてグロリアの下から出る。

 あの吹雪がメインの攻撃だと言うのなら、普通に闘っても負けはしない。キズナはそう思った。

 まぁ、勝てるかどうかは別だが。

 グロリアの防御力がどの程度なのかまだ分からないから。

 しかし、コレットもカミラも大袈裟過ぎるのではないだろうか。

 キズナは追宴状態のカミラの方が今のグロリアより強いように思う。

 と、グロリアがキズナの方に向き直って、

 同時に地面と空の両方に大きな魔法陣が浮かんだ。

 極大魔法!?

 キズナは即座に鉄衣を使用。

 瞬間、巨大な爆発が起こる。

 爆発の衝撃は凄まじい冷気を伴って周囲に広がり、大地を凍りつかせた。


「な、る、ほ、ど……」


 キズナは耐えたが、ダメージが大きい。

 こんな魔法を何度も使われたらさすがに身が保たない。

 しかも、先ほどの爆発にグロリア自身も巻き込まれたはずだが、ダメージを受けた様子はない。

 魔宝獣になると、自分の魔法でダメージを負うことはない、ということか。

 グロリアの頭上に、二重の魔法陣が浮かんだ。

 また極大魔法。

 魔法陣から巨大な氷の柱が生まれて、高速でキズナの方へと飛んで来た。

 キズナは全力で横に飛んだ。

 氷の柱は斜めに地面に突き刺さり、

 そして炸裂。

 地面もろとも粉々になって、刃のような氷の破片が四方八方へと飛散する。


「くっ……」


 キズナは自分に当たる破片だけを躱すが、数が多すぎて躱し切れなかった。

 道着と肌を裂かれ、血が流れる。

 けれど、致命傷は負っていない。

 キズナは少し笑った。


「ははっ! 借り物の力とはいえ、やるようになったじゃねぇか!!」


 楽しくなってきた。

 とっても楽しくなってきた。

 そういうさがなのだ。相手が強いと楽しくなる。やる気が出る。

 さぁ、だったら俺も獣の力を使おう。マリを殺すつもりで蹴ったあの時の力を。

 護身の鎖を1つ、解いた。

 瞬間、キズナが凶悪に笑う。正確には、キズナの中に潜む獣が。

 そしてまた二重の魔法陣が浮かぶ。


「同じ攻撃が俺に通用するかよ!!」


 魔法が発動するよりも速く、キズナはグロリアの正面まで入身。

 そして渾身の中段突き。

 人間に対して使ったなら、確実に殺してしまうレベルの威力。護身の鎖を1つ断ち切ったからこそ使える突き。

 グロリアの氷でできた腹部が砕け、そこから全身に亀裂が入る。

 空中の魔法陣が消滅し、グロリアが2歩後退。


「キ……ズナ……」


 グロリアの身体が砕けた。

 氷の破片がいくつも地面に落ちて、陽光でキラキラと輝いた。


「……まさか死んだんじゃねぇよな……」


 殺すつもりはなかった。しかし極大魔法を連発するグロリアを見て、普通に闘っては勝てないと悟った。だからキズナは護身の鎖を1つ外したのだが。

 と、

 グロリアを構成していた氷の破片たちがパッと弾けて光の粒子へと変貌する。

 その粒子たちは追宴を使った時のように螺旋を描き、次の瞬間にはそこにグロリアが立っていた。

 氷の竜ではなく、人間のグロリア。

 けれど、

 そいつは酷く暗い目をしていた。

 それに、最初から氷の鎧を身にまとい、背中には氷の翼。

 頭にはサークレットのような氷の兜。防御力はほぼない、飾りのような兜。

 そして一番異質なのは、お尻の少し上に氷の尻尾が生えていること。

 人間のようで、人間ではない。

 まるで追宴のような姿だが、追宴じゃない。それはキズナにも分かる。

 今のグロリアには追宴の激しさや圧力を感じない。

 グロリアは酷く落ち着いている。


「いい気分です」


 グロリアが深く呼吸する。


「……完全体、ってやつか?」


 コレットの言葉を思い出したキズナが言った。

 再び人の姿に戻る、とコレットは言っていた。


此花このはなキズナ」


 グロリアが暗い目でキズナを見る。

 寒気がするほど暗い瞳。


「わたくしは、なぜあなたのような下等生物に恋い焦がれていたのでしょう?」


 グロリアが小首を傾げる。


「下等生物って……お前、それは言い過ぎだろ……」

「そうでしょうか? 今のわたくしには、わたくし以外の全てがゴミ虫のように見えます」

「……グロリアの言葉とは思えねぇな」


 グロリアは真面目で、真っ直ぐで、正義感のある少女だ。全てがゴミ虫のよう、なんて言葉は絶対に吐かない。

 まぁ、カミラのような一部のゲスに対しては割と厳しいことも言うが。


「わたくしの本心ですよ、キズナ」

「いや違うね。魔宝具がそう言わせてんだよ。お前はそういうタイプじゃねぇ。あるいは、強がってるか。そのどっちかだ」


「あなたに」グロリアが少しムッとしたような表情を浮かべる。「わたくしの何が分かるのでしょう?」


「だいたい全部」キズナが言う。「付き合いは短いかもしれねぇが、かなり深い関係だったと思うぜ」


 4年前のことだ。

 2人は戦友なのだ。ただの友人ではない。ともに闘い、ともに勝利し、ともに強くなった。


「深い関係? わたくしに興味なんてなかったでしょう? わたくしはあなたを、あなたを愛していたのに」

「そりゃ気付かなくて悪かったな。そういうの、よく分からないんだ」

「でしょうね。ですが、もういいのです。今のわたくしはあなたへの興味を失ってしまった。どうせあなたは今のわたくしの足元にも及ばない。そういうか弱い下等生物でしかないのですから」


「冗談キツイぜグロリア」キズナが笑う。「お前さぁ、ちょっと人間辞めたからって、俺に勝てるつもりか?」


「ええ。今のわたくしに、一体誰が勝てるというのでしょう? 世界最強、天下無双と謳われたコレット・バーニーですら、わたくしに届かないでしょうね」グロリアは笑わない。「分かるんです。あれほど憧れていたロイヤルスリーのファーストも、今はもう、足元を這う虫ケラと大差ないと」


「コレット・バーニーだぁ?」


 キズナは笑い過ぎて腹が痛くなった。


「何がおかしいのでしょう? キズナはコレットよりも弱いと思いますが」

「誰が誰より弱いって?」


 キズナは笑うのを止めた。


「キズナが、コレットより、弱いと言ったのですが。まさかコレットより強いと勘違いしているのでしょうか?」

「勘違いしてんのはお前の方だグロリア。俺が、この俺が、只の一度でも、マリちゃん以外の誰かと本気で闘ったと思ってんのか?」


 久我くがマリだけなのだ。キズナを満足させることのできる敵は世界にマリだけ。

 獣のように死ぬまでやり合える相手はマリしかいない。

 だから2人で約束した。いつか、いつの日か、決着を付けるその時まで、自らの中に棲む獣を鎖で縛ってしまおうと。そうしないと、全ての闘いが殺し合いになってしまうから。

 そして、今日、2人はその約束をなかったことにした。

 つまり、


「見せてやるよグロリア。そして思い知れ。人間を辞めた程度じゃ俺に届かないってことをな」


 キズナは心の中で、護身の鎖を丁寧に断ち切っていく。

 獣は驚き、戸惑い、そして問う。

 相手は久我マリではないというのに?

 構わないさ。お前だって、たまには暴れたいだろう?

 最後の鎖を、切った瞬間に、

 獣が歓喜の涙を流し、咆哮する。


「さぁグロリア! お前の全てを見せろ! 簡単に終わってくれるなよ!」


 やっと、

 心から、

 何の制限もなく、持っている暴力を余すことなく、

 叩き付けることができる。


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