28撃目 玉潰し姫、再臨


 リュリュは上空からすぐに王様を発見することができた。

 王様は黄金の鎧を着用した豪華な馬にまたがっていて、自身も輝く黄金の鎧と赤いマントを装備している。

 それから、王の証である王冠が頭の上に乗っている。

 まるで見つけてくださいと言わんばかりの出で立ち。

 この恐ろしく派手な人物が王様でなければ一体何なのか、というレベル。

 周囲の兵たちは黄金の鎧がキラキラ眩しいのか、全員が王様から視線を逸らしている。


「100人ぐらいかしら」


 王様の周囲に展開している兵の数だ。

 普通の兵士であるなら、今のリュリュの敵ではない。

 けれど、できるなら交戦は控えて王様だけを狙いたいところ。


「よしっ」


 リュリュは王様の直上へと移動する。

 脳天に一撃入れて、気を失ったところを人質にして兵を引かせる。それが最善。

 リュリュは王様の人柄を知らないので、万が一、王様が自分の命より妖魔の殲滅を優先させたら面倒だ。

 故に、気絶させる。

 リュリュは小さく深呼吸してから、地面に――正確には王様に向かって飛ぶ。

 王様はリュリュに気付いていない。王様から目を逸らしている兵たちも気付いていない。

 いけるっ!

 リュリュはそう思ったのだけど、

 どこからか灰色の槍が飛んで来た。

 地面に向かっているリュリュの身体を正確に貫ける軌道で。

 リュリュは慌てて空中で身体を捻る。かなり速度が出ていたので止まることはできなかった。

 灰色の槍がリュリュの横腹を掠めた。

 こんな芸当、普通の兵にできるとは思えない。

 千人将!?  それとも五千人将!?

 あるいはロイヤル――。


「いきりウイリアム王を狙ってくるとは、なかなかやる」


 槍を避けることに集中していたリュリュの真横――つまり空中に爽やかな笑顔を浮かべた青年がいた。


「え?」とリュリュが呟くのと同時、青年が蹴りを放った。


 リュリュはその蹴りをガードしたけれど、王様から少し離れた位置に落ちてしまった。落ちる時に受け身を取ったので大きなダメージはない。

 しかし、


「よ、妖魔だ!」


 そこは敵兵のど真ん中。

 リュリュは急いで体勢を立て直す。

 四方から兵たちがリュリュを攻撃する。幾多の剣と槍がリュリュを襲う。

 が、リュリュはそれらを冷静に捌いた。

 多人数掛けの稽古やってて良かったぁ、とリュリュは思った。

 キズナとマリに鍛えられる前のリュリュなら、もう死んでいる。

 リュリュは数多の攻撃を捌きながら間合いを詰め、1人ずつ順番に金的を蹴り上げていく。相手が男か女かは確認しない。どちらにしてもダメージは入る。


「その攻撃、妖魔の姫か?」


 さっきリュリュを蹴飛ばした爽やか青年がリュリュの前に立った。

 それと同時に、兵たちはリュリュから距離を取って、


「オリバー様!」

「オリバー様だ!」

「オリバー様素敵!」

「俺、男だけどオリバー様になら抱かれてもいい!」


 などと声援が上がる。


「……あんた、人気者なのね」


「何しろ見た目がいいからな、オレは」フッと爽やか青年オリバーが髪の毛を掻き上げた。「で、お前は妖魔の姫リュリュだな? カミラの部下たちから聞いてるぞ。妖魔の姫は男の玉を潰して回るのが趣味の真性サディストで、カミラを上回る危険人物だと」


「そ、そんな趣味ないもん! バッカじゃないの!」


 金的はあくまで有効な攻撃方法として教わったもの。けっしてリュリュの趣味ではない。

 あいつら、あとでぶっ飛ばしてやるんだから。

 リュリュはカミラの部下たちの顔を思い浮かべながらそう強く思った。


「そうか? 随分と楽しそうに見えたが?」

「はぁ!?」


 リュリュは単独での作戦に緊張し、表情が強張っている。そのせいで口角が上がって笑っているように見えるのだが、リュリュ本人に自覚はない。


「まぁ、オレは攻められるより攻める方が好きなんだ、悪いけど」


 言って、オリバーが右手をスッと横に動かす。

 そうすると、


「オリバー様、どうか私の槍を!」

「いや、俺の槍を!」


 数名の兵士たちがオリバーの手に槍を渡そうとしたのだが、誰が渡すかで揉め始めた。


「だ、誰でもいい……さっさと貸してくれ」


 オリバーは苦笑いを浮かべた。

 結局、ガサツそうな女がオリバーに槍を渡した。

 酷くどうでもいいことだが、

 人気者は人気者で大変なのね、とリュリュは思った。


「オリバー!」ウイリアム王が言う。「それが妖魔の姫なら、確実にここで殺せ! その首を槍の先端に突き刺して妖魔どもに見せつけてやるのだ!」


「なっ……」


 なんて酷いことを平気で口にするのか。

 リュリュは激しい嫌悪感と怒りに唇を噛んだ。

 こいつが、この王様が、妖魔の殲滅を謳っている。妖魔を絶滅させようとしている。降伏した妖魔を公開処刑したのもこいつ。


「オレにそんな残虐趣味はないが、命令なら仕方ない。許せ」


「許せ、ですって?」リュリュがオリバーを睨み付ける。「許せるわけないじゃない! あたしのことじゃない! あんたたちはどれだけの妖魔を殺したのよ!?」


「それも命令だ。あんなのでもオレらの王様なんだ」


 オリバーは声を潜めて言った。

 どうやら、オリバーはウイリアム王に好感を抱いていないようだ、とリュリュは察した。

 けれど、


「王様がダメだって分かってるなら、なんで変えないのよ!?」


 だからと言って、オリバーと仲良くなれるとは思わない。


「革命でも起こせって? そんなことしたら、どれだけの国民が血を流すと思ってるんだ?」

「妖魔はいいの!?」

「オレだって妖魔の殲滅にノリノリってわけじゃない。でも、グリーンスレードの国民が血を流すよりずっといい」

「人間なんて、やっぱり嫌い!」


 オルトンと接することで、いい人間もいると思い始めていたリュリュだが、やっぱり基本的に人間は身勝手で酷い生物なのだと再認識。

 いい人間は異世界の人間とその戦友――オルトンだけだ。

 リュリュは入身いりみを使って間合いを詰める。

 オリバーが槍を突き出す。

 リュリュは槍の柄に触れ、軌道を逸らす。


「やるなっ」


 オリバーが後方に飛び、槍の間合いを維持する。

 リュリュは間合いを詰めるのを止めた。

 槍の間合いでも構わない。

 木を削って作った槍を持ったキズナやマリと何度も稽古したのだ。

 それに、今のやり取りでリュリュは自分の方が強いことを確信していた。

 オリバーが槍をクルリと回してから叩きつけるように振るった。

 リュリュはしっかりその軌道を見て、ギリギリで躱し、槍の先端が地面に当たった瞬間に槍の柄を踏み付け、


久我くが刃心流じんしんりゅう侵撃しんげき


 へし折った。


「鉄製の槍だぞ!?」


 オリバーが目を見開いた。

 同時にリュリュは入身。

 オリバーは予想外の出来事に動揺した。短い時間でも、動揺を見せたのだ。

 だから今度は間合いを詰めることができた。

 リュリュはクルッと身体を回し、


「久我刃心流」


 右腕を鞭のようにしならせる。

 最初に教えてもらった技。

 だからこそ、一番得意な技。


徒花あだばな!」


 リュリュの渾身の平手打ちが、オリバーの頰を捉える。

 普通の女の子が平手打ちした時とは比べものにならないような、大きな破裂音と共にオリバーが横に飛んでいく。

 オリバーは地面を転がり、バウンドし、スライドした。

 周囲の兵たちは一瞬、何が起こったのか分からないというような表情を浮かべた。

 終わった、とリュリュは思った。

 完全に決まった。キズナとマリが見ていたら絶対に褒めてくれる。非の打ち所がない徒花だった。

 あれで立てるとは思えない。

 なのに、

 オリバーは立った。

 鼻と唇から血を流しながら、脳だって揺れているはずなのに。

 軽い寒気。


「あんた、ロイヤルスリー?」


 実力的には、オリバーはカミラと同じぐらいか。

 ファーストがコレットで、サードがカミラならば、必然的にセカンドということになる。


「あぁ、まさか妖魔の姫がこんなに強いなんてな……」


 オリバーは頰を撫でながら、少し笑った。


「気を付けるべきはキズナとマリだけだと、そう思ってた」


 オリバーが右手をスッと横に広げる。


「来い、魔槍」


 オリバーが言うと、どこからか灰色の槍が飛んで来て、その手に収まった。

 最初にリュリュを貫こうとした槍だ。


「俺の実力はカミラとそう変わらない。けど」


 灰色の槍がパッと弾けて光の粒子となってオリバーの足元から螺旋を描く。


「追宴は違うぞ、リュリュ」


 光の粒子は次の瞬間には消えてしまった。

 オリバーに変わった様子は見えない。


「え?」


 追宴魔宝開錠は鎧のようになるものだとばかり思っていたので、リュリュは何がなんだか分からなかった。

 オリバーはゆっくりとリュリュの方に歩き始め、両手をスッと広げた。

 そうすると、オリバーの右手と左手にそれぞれ灰色の槍が現れる。


「槍が2本になっただけじゃない」


 どうってことはない。確かにカミラとは違うが、何も問題ない。身体能力が向上しているとしても、今のリュリュなら対応できるはずだ。

 リュリュは駆け、間合いを詰める。

 オリバーは笑っていた。

 また軽い寒気。

 だけど、寒気なんかに気を取られるわけにはいかない。

 リュリュはオリバーの腹部に右拳を打ち込む。

 しかし、

 リュリュの拳はオリバーに届く前に、止まっていた。

 酷く硬い何か――例えば、防御魔法のシールドを殴ったような感覚。

 続いて右拳が砕けていることを理解。

 リュリュは鳥肌が立って即座に後方へと飛んで距離を取る。


「俺の追宴は自動絶対防御。鎧みたいにならないが、局所的に瞬間的に最高の防御力で展開される。故に、簡単には破れない。まぁ、コレット・バーニーには破られたがな。お前はどうだ?」

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