4撃目 私を楽しませて!
「敵、ですか?」
グロリアが馬から降りながら言った。
それを見て、オルトンも馬から降りる。
「そう。私たちは敵」
マリが抑揚なく言った。
「どういう意味で? いや、むしろマリさん、誰に召喚されたのかな? 超極大魔法を使うなら、僕にも声かかるか、そうでなくても噂ぐらいは聞くはずだけど、今の今までまったく知らなかった」
「だから、俺たちもついさっき来たばっかなんだよ」
「私たちを喚んだのはリュリュ。妖魔の姫」
マリがリュリュを紹介しようとすると、フラヴィの背中から顔だけ出していたリュリュが、サッとフラヴィの背中に消えた。
「人見知り?」
「いや違うだろマリちゃん。リュリュからしたらグロリアもオルトンも自分たちを絶滅に追い込む悪魔みたいなもんだから、ビビってるだけだろ」
「ち、違うもん。ビビってないもん……」
フラヴィの背中から、か細い声でリュリュが言った。
「妖魔の姫? ダークエルフの背後に隠れている金髪ちゃんが、ですか?」
「ああ。そうだ」
グロリアが目を細め、キズナが肯定した。
「うひょ! 噂通り可愛い!」
「姫、褒められていますが……」
「て、照れる……けど、敵に褒められても嬉しくない」
「分かります。わたしも矢を撃ち込みたい気持ちで一杯です」
リュリュとフラヴィが大人しくしているのは、勝手なことをしてキズナたちに見放されないため。
本当はリュリュもフラヴィも、人間と会話を交しているというだけで強い吐き気に襲われている。
「しかしキズナ、妖魔に召喚されたからといって、妖魔の味方をする必要はないと思います! またわたくしたちと組みましょう!」
グロリアが笑顔で言った。
「いやダメだ。俺は妖魔たちまとめて弟子にしたから、弟子の命ぐらいは護ってやらねぇとな」
「弟子にしたのですか? なら降伏するように言ってください。そうすれば、無駄な血が流れずに済みます」
「グロリアたちの兵は、ね」マリが言う。「降伏した妖魔たちは?」
「そりゃ、みんなまとめて拘束、連行ということになると思うけど……」
オルトンはバツが悪そうに言った。
「そして公開処刑か? わたしたちは降伏した妖魔がどうなるか知っているんだ。降伏するぐらいなら闘って死ぬ」
フラヴィが強い口調で言った。
その言葉が本気だとキズナにもマリにも分かった。
「まぁそう死に急ぐな弟子よ」
「そう。ここは先生に任せて」
ヘラヘラとキズナが笑って、コクコクとマリが頷いた。
「なんか、よろしくない流れだなぁ。僕はキズナやマリさん……特にマリさんとは闘いたくないけれど」
「わたくしだって、キズナたちと闘いたくありません。4年前、一緒に死線を越えた仲間じゃないですか。キズナ、お願いですから考え直してください」
「そりゃこっちの台詞だぜ。お前ら、妖魔との和平はどうしたよ? 何を嬉しそうに領土毟り取って絶滅に追い込もうとしてんだ?」
「王の命令なのです。わたくしたちは軍人ですから、逆らうことはできません」
「そうそう。僕ら今じゃ兵隊さん。上の命令は絶対だからねぇ」
「そんなクソみたいな命令、撥ね除けろよ。お前らならできるだろうが」
「……できませんよ、そんなこと……」
グロリアは悔しそうに唇を噛んだ。
「そうかよ。んじゃあ仕方ねぇ。敵同士だ」
キズナがニヤリと笑った。
「帰って王様に伝えて」マリが言う。「約束破ったから個人的に殴りに行くって」
4年前、人間の王は妖魔の王さえ倒せば和平交渉して共存できると言った。
そして、双方にこれ以上の被害が出ないよう、必ず和平を実現させると、妖魔の王を倒して日本に戻るキズナたちと約束したのだ。
しかしその約束は果たされなかった。
「本当に、わたくしたちの、敵に回るのですか?」
グロリアは真剣な表情で言った。
これが最終確認だとキズナは理解した。
「何度も言わせるなって。今回の俺たちは妖魔の味方……いや、先生なんだ」
「分かりました。仕方ないですね。わたくし、今はグリーンスレード王国軍の千人将です。申し訳ありませんが、任務の邪魔になるなら排除させて頂きます」
グロリアが腰の剣を抜いた。
「偉くなったもんだな、グロリア。ご褒美に軽く遊んでやるよ」
キズナが構える。
「言っとおきますが、わたくしは4年前とは違いますからね!」
「そうかよ。まぁ心配するな。ちゃんと手加減してやるから」
「これを見ても、そんな余裕があるといいですね! 魔宝(まほう)解錠(かいじょう)!」
グロリアの剣が目映い光を放つ。
「護れ!
グロリアの剣が発した光が、グロリアの身体を包み込み、次の瞬間には透き通った氷の鎧としてグロリアの身体を護っていた。
「4年前の褒美にと、王より賜った
「へぇ」
グロリアが自慢げに言って、キズナは氷晶剣をマジマジと見詰めた。
キズナは魔宝具の存在は知っていたが、その能力を見るのは初めてのことだった。
4年前のグロリアは普通の剣を装備していた。
「やっべ、姉さんいきなり本気!? マリさん、巻き込まれないように離れた方がいい」
「リュリュ、フラヴィ、離れてて」
オルトンは走ってグロリアから距離を取り、マリはゆっくりとした足取りでオルトンを追った。
リュリュとフラヴィは小走りで安全と思われる距離まで移動。
グロリアとオルトンの馬は危険を察したのか、部隊の方へと走って逃げた。
「綺麗なもんだな」
その場に留まったキズナが言う。
「ば、バカ、敵に綺麗とか……そんなこと……」
グロリアが頬を染めた。
と、戦列から大きな歓声が上がる。
その歓声は全て、グロリアに向けられたものだ。
「すげぇなおい。グロリア大人気じゃねぇーか」
「これでも期待の千人将ですから。ちなみに、この鎧は氷晶剣の特殊能力の1つです」グロリアが得意気に言う。「魔宝具にはいくつかの特殊能力が備わっていまして、わたくしは2つの能力を習得しました。まぁ、それが千人将に抜擢された要因の1つでもありますが」
「なるほど。解説どうも。けど、俺なら敵にベラベラ喋ったりしねぇな。グロリアにもう1つ能力があること、分かっちまったし」
「問題ありません。使うかどうかも分かりませんし!」
グロリアが真っ直ぐ踏み込んだ。
相変わらずだな、とキズナは思った。
グロリアは小細工を嫌う。正面から相手を倒すことに拘っている。
氷晶剣による横薙ぎの一閃。
キズナはしっかり見切って、後方に下がる。
グロリアは即座に手首を返して斜めに斬りかかる。
「ふむ」
キズナは半身を変えるだけの小さな動きで躱す。
それから2歩距離を取る。
「さすがです」
グロリアが言った。
キズナは苦笑いした。
「うーん。言いにくいんだけど、グロリアさぁ、4年前とあんまり変わってなくね?」
◇
マリは開戦したキズナとグロリアを見ながら、髪を解いた。
髪を括っていた赤い紐は、手首にグルグルと巻き付けて落ちないようにする。
「キズナが心配かな?」
オルトンが言って、マリはオルトンに視線を向ける。
「違う。心配なのはグロリア。キズナは陰湿だから」
「あいつ陰湿だっけ?」
「そう。相手の技を全部引き出して、『どれも通用しねぇな』って言って心を折る」
「マリさん、姉さんを甘く見ない方がいい。姉さんは僕と違って、将来はロイヤルスリー入りも囁かれてる」
「ロイヤルスリーって、この国でもっとも強い3人……だっけ?」
「その通り。4年前、彼らが全員中央にいたらキズナやマリさんを呼ぶ必要もなかった、と言われてる」
マリは4年前にロイヤルスリーについて少しだけ聞いていた。
彼らがいないから、代わりに妖魔の王を倒せる者を召喚したという話だった。
ロイヤルスリーの1人は竜族との不可侵条約締結のため、竜族の国へ。
1人は死霊の国と国境で揉めていたのを解決するため南の国境へ。
もう1人は万が一の事態に備え、王都に張り付いていたため、妖魔の王討伐には出られなかった。
「まぁ、1人は引退して僕より若いのが新しく入ったみたいだけど」
オルトンが両手を広げた。
「へぇ。グロリア、偉くなったね」
「まぁね。元々、才能あったからね、姉さん」
「知ってる。オルトンの魔法も、すごかった」
「マリさんに褒められると照れるね」
エヘヘ、とオルトンが頭を掻いた。
「今は、4年前よりすごいでしょ?」
ニヤリ、とマリが笑った。
「……見たいんっスか?」
「もちろん」
マリが小さく構えた。
「僕は姉さんみたいな脳筋じゃないから、できれば闘いたくないんだよね」
「そう……」
マリがガックリと項垂れる。
オルトンがこのまま引くというのなら、闘う理由はない。
「けど、マリさんが僕の奴隷になってくれるなら、やってもいいよ?」
「オルトンが私に勝ったら、奴隷でも何でも、なってあげる。勝った方が全てだから」
マリは瞳をキラキラさせて言った。
魔法使いと闘いたい。ただただ、闘いたい。
「変わらないね。勝者が正義って考え」
「オルトンは少し変わった。前は私の奴隷にしてくれって言った」
「最近気付いたんだけど、僕はSもMもこなせる真性の変態だったみたい」
オルトンは胸を張って自信満々に言った。
「4年前からそんな気がしてた」
マリは特に表情を変えることもなく言った。
「ま、約束だよ」オルトンが杖をクルリと回す。「穿て! アースファング!」
オルトンの言葉と同時に、大地が鋭い牙となって斜め下からマリを襲う。
マリは身体をズラし、最小の動きで大地の牙を回避。
「魔法は1つずつ、だっけ?」
「そう!」再びオルトンが杖を回す。「吞め! ハングリーアース!」
マリの立っていた場所に亀裂が走る。
マリは即座に跳躍し、その場を離れた。
「相変わらず、動きが速いね」
さっきまでマリが立っていた場所は、深い断崖のようになっていた。
さすがに落ちたら死ぬかな、とマリは思った。
そして、
ゾクゾクと身体が震える。
オルトンはマリを殺すつもりで攻撃してくれている。
そのことが嬉しかった。
だから言った。
「次の魔法を使って。次の次の魔法も用意して。私が飽きて終わらせてしまわないように」
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