6撃目 リュリュの才能
「相変わらず、容赦ないね」
オルトンは身体を起こして、地面に座った。
まだ喉は痛むが、喋れないほどでもない。
「手加減した」
マリはシレッとそう言った。
「そりゃどうも」
オルトンは小さく溜息を吐いた。
まさか自分とマリにここまで実力差があるとは夢にも思っていなかった。
マリはオルトンの魔法を見るため、最初は攻撃しなかった。もし、マリが最初からオルトンを倒すつもりだったなら、きっと瞬殺だった。
魔法は強力だが、魔法名を紡がなければ発動しない。つまり、発声しきる前に攻撃されたらどうしようもない。それが魔法の弱点。
「ねぇオルトン」マリが言う。「最初は殺そうとしてくれたのに、どうして途中で助けようとしたの?」
「……最初から、殺す気なんてなかった。マリさんなら上手く避けるだろうな、って思って魔法撃ってたから」
そもそも、殺してしまったらマリを奴隷にできない。
「そう……。私もまだまだ……」
マリが息を吐いた。
「何がまだまだ?」
「オルトンが私を殺す気だと思い込んだこと。嬉しかったから……」
「相変わらずの変態っぷりだね」
マリはオルトン以上に頭がどうかしている。少なくとも、オルトンはそう思う。
対戦相手が殺意を持って攻撃してくるのが嬉しいなんて、何かが壊れているとしか思えないからだ。
しかし、キズナやグロリアにもそんな節がある。といっても、グロリアはマリほど壊れてはいないが。
どっちにしても、脳筋の考えることは分からないね、とオルトンは思った。
「立てる?」
「平気だよ」
マリが首を傾げ、オルトンは杖を支えに立ち上がる。
「行こう。キズナたちも終わってる」
「そうみたいだね」
キズナたちの方に視線をやると、何やら話し合っていた。
どっちが勝ったのかオルトンには分からなかったけれど、たぶんキズナが勝ったのだろうと予想した。
グロリアはとっても強いけれど、マリより弱い。それはマリと闘ってよく分かった。
ということは、マリと同じかそれ以上に強いキズナに、グロリアが勝てる道理がない。
「僕らも、強くなったんだけどねぇ……」
オルトンは小さな声で呟いた。
◇
「ひとまず、今日は撤退します。オルトンも負けたみたいですしね」
グロリアは笑っていたが、目は笑っていなかった。
俺に負けてショック受けてんだなぁ、とキズナは思った。
「ああ。できればもう来るな」
「キズナの頼みでもそれは無理です。わたくしたちは妖魔を絶滅させるよう命令されていますので」
「俺との約束はどうでもいいってか?」
「……そんなつもりは……」
グロリアが目を伏せた。
「まぁいいさ。そっちにはそっちの事情があるんだろうぜ」
すでにダークヒールは終わっていて、キズナの身体に怪我はない。その上、なんだか調子がいい。このまま100人抜きできそうなコンディションだ。
キズナはリュリュに視線を向ける。
キズナと目が合ったリュリュは、軽く頬を染めて下を向いた。
「あー、キモいって言って悪かった」
キズナはリュリュが怒っていると思ったのでそう言った。
「ダークヒール、すっげぇ効いたぜ。ありがとな」
「て、照れるぅ……」
リュリュは両手を両頬に添え、クネクネと身体を動かした。
「私にもヒール」
マリがトコトコと歩いてきて、リュリュの前に立った。
「僕は別にいい」
マリと一緒に来たオルトンが言った。もちろん、リュリュに言ったのではない。自分たちの衛生兵に言ったのだ。
「任せて! ダークヒール!」
リュリュが両掌をマリに向ける。
それと同時に、
「ひっ……!」
マリが短い悲鳴を上げて固まった。
マリの全身をブクブクでドロドロの黒い泡が包み込んだ。
マリは顔にも怪我をしていたので、黒い泡はマリの顔でも蠢いている。
何度見てもおぞましいぜ、とキズナは思った。
しかしその効果は素晴らしい。良薬口に苦しというか、視覚にキモしといったところか。
マリは完全に硬直していて、考えることも感じることも停止していた。まるで魂が抜けているようだ。
でも攻撃したら反射で反応するんだよなぁ、とキズナは思った。
「マリさんの悲鳴、萌えるねぇ」
オルトンが意味不明な発言をした。キズナはスルーすることにした。
「オルトン、陣地まで戻りましょう」
「了解でーす」
グロリアはさっさと馬に乗って、オルトンも自分の馬を探していた。
「俺らも、ヒールが終わったら山に戻って稽古だな」
キズナが背伸びをし、一瞬、目を閉じる。
そして開いた時、
薄くて面積の小さい革の鎧を装備している兵士が1人躍り出て、右手に持った短剣でリュリュを斬ろうとしていた。
キズナは咄嗟に入身(いりみ)を使ってリュリュと兵士の間に入ろうとした。
色々な光景がスローに見える。
その兵士は殺気を消し、闘気を殺し、息を潜めてチャンスを伺っていた。
そして、みんなの気がバラバラになったところを、キズナが目を瞑ったところを的確に狙った。
兵士というよりはアサシンのような行動だった。
あるいは兵士に化けたアサシンか。
間に合わねぇ――キズナがそう悟った時、
「きゃっ!」
リュリュはダークヒールを使っていない方の手でアサシンの腕を払った。
その上、払うと同時に身体をズラした。
アサシンがバランスを崩す。
リュリュが崩した!?
力の方向が見えているのか!?
キズナは驚きを隠せなかった。
しかし、リュリュはアサシンの腕を払ったあと、すっ転んだ。
偶然出した手が、運良く相手が崩れるように作用しただけか?
いや、そんな偶然があるはずがない。
リュリュは転びながらもダークヒールを続けたままだ。
アサシンが目を見開き、しかし倒れる前に体勢を立て直した。
リュリュの動きは、完全に素人のそれ。
だが逆に言うと、そんな無駄の多い動きでアサシンの攻撃を払い、躱したということ。
つまり、センスだけで躱したのだ。
ゾクゾクとキズナの身体が震えた。
すげぇ。心の底からそう思った。
アサシンの攻撃はけっして生ぬるいものではなかった。その上、完全な不意打ち。キズナですら気配を察することができなかった。
そういうレベルの攻撃を、センスだけで、リュリュは躱したのだ。
攻撃を避けられたアサシンが、再び攻撃しようと身体の向きを変える。
しかし今度はキズナの方が速い。
右の背刀をアサシンの喉に叩き込む。
アサシンは「……っ!」と声にならない声を上げて、その場に倒れ込む。
しかし、アサシンは倒れながら短剣を投げた。
「ちっ」
キズナが舌打ちする。
そんなことができるほど、手加減した覚えはない。
相手がよほど鍛えていたということだ。
しかし、焦ることはない。
アサシンの投げた短剣は、全身黒い泡だらけのマリが指で挟んで止めていた。
キズナが動いたすぐあとにマリも動いていた。そのことを、キズナは気配で知っていた。
ほとんど零距離だが、マリなら止めてくれると信じていた。いや、信じる必要すらない必然だ。マリに止められないはずがない。
キズナは念のため、地面に膝を突いたアサシンの横顔に蹴りを入れた。
アサシンが地面に倒れ込む。
キズナはまだアサシンを見ていた。残心を怠るわけにはいかない。
が、どうやらアサシンは気を失っているようなので、キズナはホッと息を吐いた。
「どうして勝手に攻撃したんですか!?」
グロリアが慌てて馬から降りた。
「捕らえろ」
オルトンが指示を出して、周囲の兵たちがアサシンを拘束する。
「てゆーか、こいつ誰?」とオルトンが首を傾げた。
「誰か! この人を知っていますか!?」
グロリアが叫び、兵たちが次々に拘束されたアサシンの顔を覗き込む。
しかしみんな、一様に首を傾げていた。
「アサシンっぽかったぜ、そいつの動き」
「うん。兵士じゃないと思う」
キズナが言って、マリも肯定した。
「ひ、ひひ、姫、お怪我は、お怪我はありませんか!?」
「へ、平気。先生たちのおかげで……」
フラヴィがオロオロした様子で言って、リュリュはダークヒールを続けながら応えた。
大したもんだ、とキズナは思う。
リュリュは命を狙われたのに、マリの回復を投げ出さなかった。
それに、あのセンス。
と、
「可愛い顔してるから、尋問が楽しみだね」
オルトンが上機嫌で言った。
「そいつ男だぞ」
「え?」
キズナが言うと、オルトンが目を丸くした。
アサシンは確かに女のような顔をしている。
しかし、
「男と女は身体が違う。筋肉が違う。だから当然、動きが違う。そいつは男だ」
キズナは動き方を見れば男か女か判別できる。
容姿に騙されることはまずない。
「マジかぁ。男かぁ。男の尋問とか僕はやんないよ?」
オルトンが興味をなくしたように首を振った。
「ふふ……尋問なんてできないさ」
意識を取り戻したアサシンが言って、ガリッと何かを奥歯で潰した。
その直後、アサシンは苦悶の表情を浮かべ、そのまま意識を失った。
「こいつ、毒を飲んだのか!?」
オルトンがアサシンの身体を調べる。
そして数秒後、オルトンが首を横に振った。
「何だったのでしょう、一体……」
グロリアは訳が分からないという風に呟いた。
「分からないね。分かってるのは、僕らの隊に誰かがアサシンを忍ばせたってことだけだね」
「んで、そいつがリュリュを狙ったってこともな」
キズナが補足した。
「難しいことは分かりませんが、勝手な真似をされたことには酷く腹が立ちます! オルトン、陣地に戻ったら徹底的に調べてください!」
「分かった。とりあえず陣地まで戻ろう」
「ええ。ではキズナ、次は一騎打ちなんてしませんから」
「じゃあ次は全滅だな」
ハハッ、とキズナが笑った。
でもジョークを言ったわけじゃない。
「バイバイ」
マリが手を振って、グロリアたちは引き返した。
「助けてくれてありがとう。でも先生たち、どっちの味方?」
リュリュが頬を膨らませる。
「あん? リュリュたちの先生だが?」
「そう。私たちは妖魔の先生」
「だったら、人間たちと仲良さそうに話さないでよ」
「まったくだ。吐き気がする」
リュリュは怒ったように言って、フラヴィは本気で憎悪しているという風に言った。
「いや、あいつらは前の仲間なんだ。話したぐらいで怒るなよ」
「そう。器が小さい」
「だって……」とリュリュが俯いた。
「まぁいいさ。リュリュたちの気持ちも分かる。酷く追い詰められたんだ。そりゃそうなるわな」
「私たちだって約束を破られて腹は立ててる。でも、あの2人に八つ当たりしても意味ない。2人は上の命令聞いてるだけ。昔はそうじゃなかったから、少し残念だけど」
キズナとマリは揃って小さく首を振った。
「さぁ、暗い顔は終わりにしとけ。とりあえず、リュリュは今日から俺の一番弟子な」
「違う。私の一番弟子」
どうやら、マリもリュリュのセンスに気付いていたようだ。
「え? え?」
リュリュはオロオロとキズナとマリを順番に見た。
しっかり稽古すれば、リュリュはいつか俺たちを超えるかもしれない、とキズナは思った。
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