5撃目 グロテスクな回復魔法
「わたくしが、変わっていない?」
グロリアが目を細めた。
「ああ。そりゃ、多少は伸びてるんだが、その、稽古サボったか?」
「バカなことを。わたくしは、誰よりも鍛錬を積みました」
「そうか?」
その割には、4年前と大きな差がない。あるとすれば、氷の鎧ぐらいだ。
あとは、氷の鎧をまとった状態でもスムーズに動けていることには感心した。
でもそれだけだ。
「ええ。魔宝具を使いこなすため、血の滲むような努力をしました」
「ああ、そういうことな」
キズナは納得した。グロリアはこの4年間、ずっと魔宝具を扱うための訓練をしていたのだ。つまり、基本を疎かにしていたということ。
「わたくしが変わっていないなんて、この技を見たあとも言えるといいですね!」
グロリアが剣を天に掲げると、水属性を示す白色の魔方陣が宙に浮かんだ。
「死なないでくださいね! 好きな人を自分で殺すなんて悲劇ですから! 魔宝解錠! 押し潰せ!
魔方陣が巨大な氷の塊を産み出す。
直径にしておよそ5メートル。
そして、
「いや、これ普通の奴は死ぬだろ」
氷の塊がキズナめがけて落下する。
◇
「得意属性の大魔法、行くよ!」
オルトンが杖を掲げる。
オルトンが得意としているのは地属性ではない。
4年前と同じなら、
「破壊しろっ! トルネードエッジ!」
オルトンがもっとも得意としているのは風属性。
瞬間、マリの真下に大きな魔方陣が生成され、そこから巨大な竜巻が起こる。
避け切れない――マリは即座に息を吸って鉄衣を使用。
そのまま竜巻に跳ね上げられ、道着と袴を風の刃で刻まれる。
「っ……」
鉄衣を使用していなければ、身体がバラバラになったかもしれない。
確かに大魔法というだけあって、数人まとめて倒すことのできる強力な魔法だ。
竜巻に翻弄されながらマリは思う。
魔法より先に鉄衣が切れたら大ダメージを受ける、と。
鉄衣は一時的に防御力を上げる技で、長時間の使用は不可能。
息を吸って丹田に溜め、そして吐き出す時間しか保たない。
更に、鉄衣を使っている間は他の技が使えないというデメリットもある。
そして、悔しいけど鉄衣に関しては防御力も持続時間もキズナの方が上だ。
マリが息を吐き始める。
吐き終われば、鉄衣も終わる。
さぁどっちかな?
ワクワクしながら、マリは息を吐き続ける。
と、竜巻の方が先に消滅した。
しかしマリはまだ天高く舞っている。
息を吐き終わり、鉄衣も終わる。
7階ぐらいかな、とマリは落下しながら思った。
この高さから落ちたら、普通は助からない。
◇
「久我刃心流――」
キズナはまず力を抜いてから、落ちてくる氷の塊に右掌を突き出す。
普通に考えれば、落ちてくる直径5メートルの氷の塊に対し、右手だけで対処するのは不可能だ。
しかし、
「――
キズナの右掌に氷の塊が接触した瞬間、
氷の塊が粉々に砕け散る。
飛散した氷の粒が、太陽の光でキラキラと輝いて綺麗だった。
「……そんな」グロリアが言う。「そんな……簡単に……」
キズナの動きは小さく、離れて見ていたら氷が勝手に砕けたような印象を受ける。
しかし実際には、キズナが力を加えて氷を砕いたのだ。
「簡単じゃないさ」とキズナが肩を竦める。
「技が難しいのは知っています……。その技、4年前に教えてくれましたね……」
「そうだったな。元は太極式寸勁らしいぜ。師範が言うには。まぁ、太極式って言っても分かんねぇだろうけど」
寸勁にも色々と種類があるのだが、キズナは詳しいことは知らない。
久我刃心流以外の武道は学んでいないのだ。
「確か、力みを失くして、重心を整えて、あと、細かな身体操作が色々とありましたね。わたくしは雑な性格ですので、結局使えませんでしたが……」
「ああ。想像以上に細かい技だからなぁ。悔しいけど、浸撃に関しちゃマリちゃんの方が上だな。マリちゃんは理合い得意だから」
「そうですか」
グロリアが剣を構える。
大きな構えだ。一撃に全てを注ぐ者の構え。
「続けるのか?」
キズナは左半身で構えた。
左腕は上げているが、右手はダラリと下がったまま。
わざとそうしているのではなく、右腕を上げられないのだ。
氷の塊と接触した時に、肘の辺りまで凍ってしまったから。
でも問題は何もない。ちょうどいいハンデだ。
それに、適度に怪我をすると約束したから。
「右腕、使えないでしょう! 一撃で決めます!」
グロリアは上段に構えつつ踏み込んで、一気に距離を詰めた。
それから、力強く剣を振り下ろす。
速い。
それはグロリアの得意技で、もし躱されれば大きな隙ができる。反面、本当に一撃で決着できるほどの威力を伴う。
キズナもよく知っている。
でも、
「やっぱ4年前と大きく違わねぇ」
キズナは左手の甲を剣の腹に当て、軌道を逸らす。
その時に、左手首より先が凍りついた。
しかしグロリアの剣は斜めに逸れて地面を削る。
グロリアの体が大きく崩れた。それはキズナが逸らしたからもあるが、グロリア自身が本気で打ち込んだから。
一撃必殺。当たれば勝てて、外れれば負ける。そういうタイプの技。
ここでグロリアの顔に一撃を入れれば、キズナは勝てる。
顔には氷の鎧がないから。
でも、キズナはあえてグロリアの脇腹を蹴る。
しかも、かなり軽く蹴った。
そして、足の甲が氷の鎧に触れた瞬間、
「久我刃心流・浸撃」
氷の鎧が砕け、グロリアが横に吹っ飛んでいった。
侵撃は足でも使えるのだ。足だけでなく、色々な部位で使用可能だが、そうできるようになるまでには多くの修練が必要だった。
グロリアは何度か地面にバウンドし、ゴロゴロと転がり、最後は地面を滑った。
「ははっ、鎧も氷の塊も、得意技も通用しなかったな!」
キズナが左腕を上げて勝利宣言。
「隊長!」「千人将!」
兵たちが叫び、数名がグロリアへと駆け寄った。
◇
「まぁ、落ち方だけど」
マリはある程度、空中で体勢を整える。
オルトンがマリを見上げている。
ちなみに、マリは天高く放り上げられたが、下着が見えることはない。
なぜなら、袴の下にはズボン状の道着を着用しているから。
と、オルトンが魔法を使おうとしていた。
でもそれは攻撃のためじゃないと、マリは即座に理解した。
だって、オルトンは酷く不安そうな表情をしていたから。
風のクッションでも作るのかな、とマリは思った。
同時に、「助けないで!」と大きな声で叫んだ。
オルトンはビックリしたように目を丸くした。
「萎える……」とマリが呟いた頃には、もう地面が近かった。
マリは地面にまず右手刀を突き、それから順番に前腕、肩、背中、お尻と前方に回転しながら衝撃を分散させる。
基本的な前方回転受け身。
しかし1回転では衝撃を殺し切れない。
マリはグルグルと何度も同じように回転した。
そして8回転が終わった時に、回転の勢いのままスクッと立ち上がった。
その後すぐにオルトンの方を向き、溜息を吐いた。
オルトンが自分を助けようとしたことに、酷く腹が立った。
オルトンはマリが7階程度の高さから落ちて死ぬような、か弱い人間だと認識していたということだ。
キズナなら、落ちてきたマリに蹴りで浸撃を当てるくらいのことはやってくれる。
それは、マリのことを正当に評価しているから。そのぐらいやらないとマリを倒せないと思っているから。
そして、そうでなければ面白くない。
「もういい」
マリは呟き、オルトンの元へと駆ける。
「ま、まだやるの!?」
オルトンが驚いたような声を上げた。
「違う、もういい」
マリはオルトンの喉に左手の背刀を入れた。
右腕はさっきの受け身で痛んでいるので、使わなかった。
「かはっ……」
オルトンは一瞬息が止まり、そのまま崩れ落ちた。
「喋れなきゃ、魔法は使えない。大丈夫、手加減したから、すぐ楽になる」
マリは溜息混じりの勝利宣言をして、キズナの方を見た。
どうやら、キズナの方も終わっているようだった。
リュリュとフラヴィがキズナに駆け寄っているのが見えた。
マリはとりあえず、オルトンが立つまで待つことにした。
ちなみに、マリの道着と袴はボロボロで、身体中に痣ができていた。
その痣は、風の刃を受けたせいだ。鉄衣のおかげで肉が切れるということはなかったが、ダメージは残ったのだ。
でもちょうどいい。
軽く怪我をして、リュリュの好意を受けてあげようと思っていたから。
◇
リュリュはキズナの腕が凍っているのを見て、すごく焦った。
「キズナ先生っ! 腕が、腕が氷! 太陽反射して眩しい! 大丈夫なの!?」
「痛くはねぇよ。だって感覚ねぇし」
キズナが笑った。
「すす、すぐに回復させるから! ダークヒール!」
リュリュが両掌をキズナに向ける。
そうすると、真っ黒でドロドロした泡がキズナの右腕と左手、それから右足を包んだ。
「うわっ! なんだこれ!」
キズナが焦って泡を振り払おうとした。
「動かないでよ! 回復魔法なんだから!」
「こ、これが……?」
キズナが引きつった笑みを浮かべる。
「そうよ! よく効くってみんな言ってくれるんだからね!」
「ずいぶんとキモい回復魔法だなおい……」
視覚的にもアレだが、それ以上にヌメヌメしているのが気持ち悪かった。
「貴様! あ、いや、先生! 姫の魔法をキモいとはどういう了見だ!」
フラヴィが烈火の如く怒鳴った。
「だってよぉ……おぞましいだろこれ……。回復っていうか、なんか病気みたいだし……」
ブクブク、ドロドロと黒い泡が自分の身体で蠢いている光景に、キズナは目を背けた。
そして視線をマリの方に向けると、マリは立っていたがオルトンは倒れていた。
どうやら、向こうも終わったようである。
と、待機していた兵たちがキズナたちに近づき、槍を向ける。
しかし全員が酷く怯えたような表情をしていた。
キズナが左手を上げると、兵たちはズサっと一歩下がった。
どうやら、リュリュのダークヒールがキモいから怯えているようだ。
「ねぇフラヴィ……」リュリュが不安そうに言う。「あたしの回復魔法、そんなにキモい?」
「いいえ姫! そんなことはありません! わたしはこのグロさが大好きです!」
「グ、グロいんだ……」
リュリュは瞳をウルウルさせた。
「あ、いえ、けっしてそんなことは!」
フラヴィが慌てて言った。
そしてすぐ兵たちに向き直る。
「貴様らっ! 姫を泣かすとは許せん! 成敗してくれるわっ!」
フラヴィが矢をつがえると、兵たちに緊張が走った。
「よせフラヴィ。こいつらはやらねぇよ」
キズナの足と左手の泡はすでに消えていた。あとは右腕だけである。
「なぜ分かる?」
「怯えてるからだ。リュリュの回復魔法のせいもあるけど、多くはグロリアとオルトンの敗北だな」
キズナが肩を竦める。
「その通りですね。隊長であるわたくしが負けたから、士気が下がっています。今日のところは、ひとまず出直します」
兵士に肩を借りたグロリアが、ヒョコヒョコとキズナたちの方に歩いてきた。
グロリアの隣で、別の兵士が魔法を使っていた。
キラキラと輝き、優しい気持ちになれる光属性の魔法。
リュリュはそれが回復魔法だとすぐに分かったので、
「あたしのと、全然違う……」と悲しそうに呟いた。
属性が違うのだから、見た目が違うのは当然なのだが。
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