15撃目 俺たちをもっともっと楽しませろ!
8人のカミラが一斉に消える。
魔宝開錠は魔法と違って多重がけが可能。それはグロリアとの戦闘で理解している。
しかし、
「
キズナは右足で前を蹴る。そこに現れたカミラの腹部を、的確に。
右足を下げた勢いのまま、背後を蹴る。そこにもカミラがいて、膝の辺りに蹴りが命中。
右足が地面に戻ったと同時に左足で左側に出現したカミラの腹部を蹴った。
最後に、また右足を使って右側のカミラを蹴る。
4人のカミラが地面に崩れた。
久我刃心流・四瞬。その名の通り、一瞬で四方を蹴る技。
「あとは上かな」
キズナはスッと横に一歩ズレる。
その瞬間に、さっきまでキズナがいた場所に踵落としの体勢でカミラが降って来た。
「よっと」
キズナは中段蹴りで、降って来たカミラを蹴り飛ばした。
8人だろうが80人だろうが、同時に攻撃できるのは5人まで。前後左右と上。それだけだ。
消えようがどうしようが、そんなことは関係ない。
そして多くの場合、上からの攻撃は少し遅れる。高く跳べば跳ぶほど、滞空時間分の遅れが生じるのだ。
ダメージを負った5人のカミラが消えてしまう。まるで最初から存在していなかったかのように、あっさりと。
「へぇ。ダメージ受けると消えるわけか。単純だな。まぁ、悪くない技ではある。数ってのは大事だからな。けど、相手が悪かったな」
キズナは残り3人のカミラに笑顔を向けた。
久我刃心流では多人数掛けの稽古も取り入れている。1人で多数の敵を相手にする稽古のことだ。
3人のカミラは驚いたように目を丸くした。3人はキズナの間合いから一歩分だけ外にいた。
「次の能力を使え。なるべく急いで使え。3分経っちまう。俺を楽しませろ。もう何もないってんなら、終わらせてやる」
「カミラはっ! ロイヤルスリーなんだからっ! あんたなんかにぃ!」
3人のカミラが同時に叫んだ。
けれど何もしてこなかった。
「ああ。ロイヤルスリーというだけあって、強いと思うぜ? 体術に魔法に魔宝開錠。魔法戦士ってやつか? けど、妖魔の王の方が強かったな。で? 弾切れか? 俺を楽しませちゃくれねぇのか?」
「魔法開錠!
3人のカミラがヌイグルミを宙に放った。
ヌイグルミはクルクルと空中で回転し、
眩い光が一度瞬いて、
ヌイグルミたちは巨大化した。
3体のヌイグルミが大地に足をつけた時に地響きが起こった。
「わぁお。すげぇ。お前、こんなんあるなら早く使えよマジで」
ワクワクした。
全長10メートルはありそうな3体のヌイグルミ。
身震いするほど面白そうだ。
やっぱこうじゃねぇと。剣と魔法の世界ってのは、こういうのじゃねぇと。
「1つもらうから」
マリが空で言った。
マリは空を飛べるわけではない。跳躍したのだ。10メートルあるヌイグルミの顔の辺りまで。
「いいぜ」
キズナは快く承諾した。
マリも我慢できなかったのだ。
こんな面白そうな相手、見ているだけなんて耐えられない。立場が逆だったら、キズナだって同じことをした。
「よし! リュリュにも1体やるぜ! フラヴィと協力して倒してみろ!」
言いながら、キズナは後方に飛んだ。
ヌイグルミが大きな拳――というかノッペリとした腕を突き立て、大地を抉った。その攻撃を躱すために、キズナは飛んだのだ。
「威力は悪くねぇな」
着地したキズナがヒョイと身体を捻り、背後から打たれた突きを躱し、そのままその細い腕を掴んだ。
それから、その腕を外に折り畳むようにして投げた。合気道の小手返しを元にした投げ技だ。
腕の持ち主――カミラはグルンと宙を舞って、そのまま地面に叩き付けられ、消えた。
幻のカミラが消えても、巨大化したヌイグルミはそのまま残っていた。
「なるほど、ずっと効果が続く魔宝開錠ね。しかも全自動。いいねぇ」
キズナは構え、とりあえず遊んでみようと思った。
◇
マリはヌイグルミの顔をとりあえず殴ってみた。
しかし柔らかな感触があって、マリの拳がヌイグルミの中に埋まっただけだった。
普通の打撃はあまり効果がなさそうだ。
と、ヌイグルミがマリを殴った。
マリは左腕でその攻撃をガードしたが、弾き飛ばされてしまう。
空中で何度か回転してから、マリは前受け身で地面を転がり、そして立ち上がる。
「腕、痺れた」
左腕でガードしたのだが、その左腕の反応が鈍い。
動くので骨はたぶん折れていないが、それなりのダメージは負った。
ヌイグルミが跳躍して、マリを踏み潰そうと迫ってきた。
「動きも速い」
呟きながら、マリは入身を使って前方に移動し、ヌイグルミに潰されるのを避けた。
マリは手首に巻いていた紐を、口を使ってシュルッと外した。
ヌイグルミが振り返る。
「髪、括るけど、待ってくれなくていい」
紐を咥えたまま、右手で髪の毛をまとめる。
そして痛む左手で紐を持って後ろに回す。
ヌイグルミが突進して来る。
マリは両手を首の後ろに回したまま入身して、ヌイグルミの股の間を抜け、即座に転換してヌイグルミの方を向く。
そして手早く髪の毛を括った。
左腕がズキズキと痛む。
その痛みがとっても心地よかった。
「カミラのこともぉ、思い出してね」
左側からカミラの飛び蹴り。
「忘れてない」
マリはその攻撃を大きく後方に下がることで回避した。
時間差でヌイグルミが腕を振り下ろし、地面を抉った。
マリはとりあえずヌイグルミを無視して、カミラの方に入身。
全力の入身。本気の入身。
マリが髪を括るのは、全身全霊で相手を倒す時だけ。
「え?」
カミラがそう呟いた時には、マリの手刀がカミラの顔を潰していた。
カミラは勢いよく後方にぶっ倒れ、受け身すら取れなかった。
「消えない。本物。私はラッキー」
ニタリとマリが笑った。
運のいいことに、カミラはその笑みを見ることはなかった。
もし見ていたら、身体が震え、戦闘どころではなくなっていただろう。
マリの笑みはそれほど醜悪で、どこか毀れていて、常軌を逸していた。
カミラの浮かべる悪意の笑みなど、マリの前では無邪気な子供の笑顔も同然。
マリは髪を括ったのだ。
キズナではない相手に、髪を括った。
全身全霊で、誠心誠意、相手を叩きのめすために。
だがもちろん、護身という名の鎖はまだマリを縛っている。
ヌイグルミが蹴りを放った。
速く、重く、強い蹴り。
だがマリは躱す。
速く、重く、強い蹴り。
だけど、
キズナよりずっと、
遅く、軽く、弱い蹴り。
「もっと」
マリは躱してからヌイグルミの軸足に向けて入身。
「もっと楽しませて」
ヌイグルミの軸足に蹴りを入れ、
「
ヌイグルミの軸足が宙に跳ね上がる。
両足が浮いてしまったヌイグルミは、当然のように尻餅を突いた。
「ほら、早く立って。立って攻撃して。私が飽きないように。私を楽しませて」
しかしヌイグルミは立たない。
侵撃を受けた足が裂けて、中の綿が飛び出していた。
「どうしたの? まだ足が片方壊れただけ。キズナなら立つ。キズナならすぐ反撃する。ねぇどうしたの? 足が壊れただけだから、まだ闘えるはず」
ヌイグルミは片足で立とうと必死だったけれど、上手く立てず、途中で倒れ込んでしまう。
「髪を括ったのに、もう終わり?」
マリはヌイグルミの顔の前まで歩き、その顔を覗き込む。
「立たなきゃダメでしょ?」
そしてその顔を蹴り上げる。
「侵撃」
ヌイグルミが凄まじい勢いで空中に飛び上がる。自分の意思ではなく、マリの侵撃で。
その時に、ヌイグルミの顔が破裂して中の綿を周囲に撒き散らした。
ヌイグルミが地面に落ちた時には、すでに元のサイズに戻っていた。
一定のダメージを与えると、元に戻るようだ。
マリは溜息を吐いた。
「やっぱり、キズナでなきゃ、ダメなの?」
言いながら、マリは摺り足で移動した。
マリの立っていた場所に火柱が上がった。
「相手が少し前に立っていた場所ばかり攻撃する癖、直した方がいい」
マリはカミラを見る。
カミラは片手で顔を押さえながら、血走った目でマリを見ていた。
「まぁ、魔法ってそういうものかもしれないけど」
オルトンもそうだった。
攻撃はいつも、マリが少し前まで立っていた場所。
広範囲の大魔法でなければ、マリには当たらない。
「ねぇカミラ、連続で攻撃しなくちゃ。私がどっちに避けるか予測して。魔法と体術と魔宝開錠を織り交ぜて。そこまでしないと。もっと徹底しないと。なりふり構わず攻撃しないと。そうでないと、私たちは倒せない」
マリは髪を解いて、紐を手首に巻き付けた。
「今、攻撃しないと。悠長に話を聞いてないで。相手の行動を待たないで」
「……なんなのよぉ」
「何が?」
「なんでそんなに、強いのよぉ?」
「徹底してるから。徹底的に稽古してるから。かな?」
久我刃心流を極めること以外の、全てを捨てたから。
女の子らしい身体つきも、オシャレも、何もかもを捨てたから。
学校ですら、マリは退学したいと思っている。あの時間は無駄だ。あの時間を稽古に当てたい。もっと強くなるために。世界で1番強くなるために。キズナより強くなるために。
「それで、続きはやるの?」
マリが首を傾げた。
「みんな殺してやるんだから」
もう、カミラの声には余裕がなかった。
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