16撃目 闘えるのか? 闘えないのか?


「うーん」


 キズナはヌイグルミの攻撃を躱しながら唸った。


「飽きたな、正直」


 ヌイグルミの攻撃は、その大きさに見合うだけの威力がある。

 でもそれだけだ。

 ヌイグルミ自体は魔法も使わないし、特別な能力があるわけでもない。

 普通に攻撃してくるだけだ。

 もちろん、相手がキズナでなければ、十分なのだろうけど。

 グロリアの部下なら、ヌイグルミに有効なダメージを与えるまでに何人も死傷していることだろう。

 でも、キズナにとってはそれだけでは物足りない。

 もっと面白い相手だと勝手に思っていたので、拍子抜けだった。


「悪い。弱くはねぇけど、本気出すほどでもねぇや」


 入身いりみで間合いを詰め、軽く跳躍してヌイグルミの腹部に右掌を当てる。


侵撃しんげき


 地に足を着けない侵撃は非常に高等な技だが、威力は普段の半分以下だ。使う機会も少なく、ほとんど死に技だが、それで十分だった。

 ヌイグルミは2メートルか3メートルだけ後方に飛び、そのまま後ろ向きに引っくり返った。

 そして立ち上がることもなく消えてしまう。


「こんなもんなのか……?」


 ヌイグルミに言ったわけではない。ロイヤルスリーという存在は、この程度なのかと思ったのだ。

 残りの2人がカミラと同程度なら、いずれリュリュが倒せるようになる。そう遠い未来の話じゃない。

 リュリュの才能なら、今の朝から晩まで稽古する環境なら、リュリュがカミラと闘えるようになるのにそれほど時間はかからない。

 が、

 リュリュの方に目をやると、フラヴィと2人で逃げ回っていた。


「うーん。今はこのヌイグルミでも強敵、ってことか」


 やれやれ、とキズナは肩を竦めた。


「カミラだけ倒してやるか……? うーん……」


 ヌイグルミとカミラはセットなのだが、キズナはそのことをすっかり忘れていた。

 ヌイグルミがあまりにも面白そうだったし、キズナ自身は幻のカミラを瞬殺してしまったので、完全に意識からカミラの存在が外れていた。

 ヌイグルミだけなら、リュリュとフラヴィで勝てるはずだ。

 しかしそこにカミラが混じると、ちょっと難しい。


「けどなぁ、リュリュならボチボチ闘えるかもなー。うーん」


 勝てないまでも、そこそこいけるのでは、とも思う。


「殺されそうなら助けよう。うん。それでいいか」


 言い返せば、命の危険が生じるまで見物するということだ。


       ◇


 フラヴィはカミラの攻撃を躱すだけで精一杯だった。

 反撃なんてまず不可能だし、リュリュがヌイグルミを相手にどうしているのか確認する余裕すらない。


「ほらぁ、どうしたのぉ? ちゃんとしないと、仲間助ける前に死んじゃうよぉ?」


 カミラは攻撃の手を緩めない。

 けれど、手加減しているというのはフラヴィにも分かった。

 カミラは獲物を弄んでいるのだ。その証拠に、フラヴィの身体には少しずつ痣が増えている。

 悔しかった。

 どうしようもないぐらい悔しい。

 手も足も出ない。回避と防御だけで、たったの1度もカミラを攻撃できない。

 弓は当然として、魔法を発する余裕すらないのだ。


「はぁい、レベルアップ!」


 ズドン、という凄まじい衝撃がフラヴィの横腹を襲った。

 カミラに蹴られたのだと気付いたのは、身体がくの字に折れ曲がって吹き飛ばされ、地面に叩きつけられたあとのこと。

 こんな相手と、キズナ先生はこんな相手と戦っていたのか……。

 冗談じゃない。こんなのフラヴィとリュリュに勝てるはずがない。

 強さの桁が違う。

 フラヴィは今残っている妖魔の中では強い方だ。リュリュは1番だと言ってくれたし、実際上位だとフラヴィ自身も思う。

 けれど、フラヴィより強い妖魔もたくさんいた。みんな殺されてしまったけれど。

 だから、フラヴィの実力は人間で例えるなら百人将以上、千人将以下といった具合。そんな程度なのだ。

 ロイヤルスリーと闘うなんてそもそも不可能なのだ。


「あっれー? 仲間助けなくていいのぉ? 性奴隷にされた可哀想な仲間のこと、もういいのぉ?」


 カミラは地面に寝ているフラヴィの隣に立ってニコニコと笑っている。


「ゲスめ……」


 唾を吐きかけてやりたかったが、そんな力も残っていない。

 ここで殺されてしまうかもしれない、とフラヴィは思った。

 ただ一方的に、殺される。


「わー、生意気だねぇ。あんたも売ってあげ……」

徒花あだばな!」


 唐突に、リュリュが言った。

 リュリュがいつ近寄ったのかフラヴィには分からなかった。たぶんカミラにも。


「なっ!?」


 カミラの表情が強張る。

 しかしカミラはしゃがみ込み、リュリュの平手打ちを回避。その直後、後方に飛んだ。


「抱き癒せ、ダークヒール」


 リュリュが右手をフラヴィに向ける。

 それと同時に、黒くてヌメヌメした泡がフラヴィの身体を包み込む。

 ああ、わたしは何度、このダークヒールに救われただろうか。


「姫、ご無事でしたか……」フラヴィが立ち上がる。「ヌイグルミは……?」


「なんか、防御魔法に何度も突っ込んできて、勝手に引っくり返って消えちゃったの」


 自爆、ということになるのか。


「なるほど」


 ヌイグルミに知性はなく、ただ攻撃するだけだったから、そういうことが起こったのだ。

 リュリュが意図して自爆に導いたわけではない。


「あんた、妖魔の姫だっけぇ?」カミラが言う。「男の玉を潰して回ってた、真性サディストの」


「あたしサディストじゃないもん!」

「ふぅん。カミラと気が合うかと思ったんだけどなぁ」

「あんたみたいな酷い人と、気なんか合わないから!」


 リュリュは怒ったように言った。


「へぇ。まぁ、いいけどぉ? それよりぃ、さっきはどうやって近寄ったのぉ? カミラ分かんなーい」

久我くが刃心流じんしんりゅうかげあゆみよ。コッソリ忍び寄る時に使う基本技で、不意打ちに向いてるんだからね」

「へぇ。教えてくれてありがとぉ。お人好しだねぇ。不意打ち用の技ってことは、もう使えないよぉ?」

「あ」


 リュリュが口を半開きにした。

 教えるべきじゃなかったと、教えたあとに気付いてしまったのだ。


「姫……」

「だって聞かれたから、つい……」


 リュリュがシュンと項垂れる。


「問題ありません。わたしは全然、責めてなどいません。むしろ助けてくれてありがとうございます。本当に、心から」


 なんとしても、リュリュだけは護らなくてはいけない。

 すでにダークヒールは終わっていて、フラヴィは万全の状態だ。

 まぁ、だからと言ってカミラと闘えるわけではないが。

 チラリとキズナに視線をやると。すでにヌイグルミを倒してこっちを見ていた。

 キズナはこっちを見ているのだが、背伸びをしていた。助ける気はなさそうだ。

 マリの方を見ると、顔を押さえたカミラと対峙していた。あっちのカミラはダメージを受けているようだ。ということは、マリの方にいるカミラが本物。幻ならダメージを受ければ消えるから。

 なら、1撃入れることができれば、こっちのカミラは消えるはず。それなら、命を懸ければなんとかなるかもしれない。

 フラヴィが唇を固く結んだ。


「さぁてとぉ、もうカミラに不意打ちはできないよぉ? どうするのかなぁ? 逃げるのかなぁ? 楽しみだなぁ」


 カミラはニコニコと笑っている。

 強者の余裕。あるいは油断。

 今、やるしかない。フラヴィが心を決める。

 と、リュリュが一歩前に出た。


「ねぇフラヴィ、下がってて」

「姫?」

「あたし、ロイヤルスリーと闘えるか、試したいの」

「バカな! いくらなんでも無理です! わたしがなんとかします! キズナ先生の方に逃げてください!」

「でもねフラヴィ、いつかは闘わなきゃ。自分たちの力でトリル山を護るって、そう決めたじゃない」


 リュリュはどこか儚げに、だけど優しい笑みを浮かべた。


「しかし、それはもっと強くなってからでも……」

「うん。負けちゃうかもしれない。でも、闘っておきたいの。今じゃなきゃダメ。だってあたし、こんなに震えてるんだよ? ずっとこんなんだったから、みんなのこと、ちゃんと護れなかったの」


 リュリュは確かに、小さく震えていた。怖いのだ。カミラが怖いのだ。

 それでも、リュリュは闘おうとしている。自分のためではなく、妖魔たちのために。


「姫……」

「お願い」


 リュリュは震えながらも、決意を秘めた目でフラヴィを見た。

 その時フラヴィは思った。もしかしたら、リュリュの成長を停滞させていたのは自分なのかもしれない、と。

 ずっと過保護にしてきた。本当に、本当にリュリュを大切に想っていたから。

 でも、その想いがリュリュの成長を阻んでいたのかもしれない。


「分かりました、倒してください。わたしたちの未来のために」

「うん!」


 リュリュが頷いた。


「いい話だよねぇ。うんうん。カミラ感動して聴き入っちゃったぁ」パチパチとカミラが手を叩く。「だからぁ、そのお礼にぃ、お姫様がすごーく苦しんで死ねるよう、頑張るね!」


 そう言って、カミラの姿が消える。

 次の瞬間にはリュリュの左側に現れたのだが、


「こっち!」


 リュリュは的確に左側を蹴った。


「えっ!?」


 カミラはちょっと驚いたように声を出して、リュリュの蹴りを躱した。

 リュリュの蹴りは、フラヴィから見てもかなり姿勢が悪く、威力も弱かった。避けられない方がどうかしている、という程度の蹴り。

 それは当然、そうだろう。金的以外の蹴りの練習はまだやっていないのだから。

 だけど、そんなことよりも、リュリュがカミラの出現位置を予測できたことに、フラヴィは驚いた。

 リュリュには才能がある。キズナとマリがそう言っていた。半信半疑だったが、今はもう疑う余地がない。


「姫……、わたしも、強くなります……」


 ずっとリュリュの隣にいられるように。

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