11撃目 ロイヤルスリーのサード
「これがねぇ、東の方の国で流行している『ラーメン』だよぉぉ!」
カミラ・エインズワースは私兵10人に手作りのラーメンを提供した。
キズナたちが召喚されてから3日後のことである。
カミラの屋敷の広い食堂には長方形のテーブルがあって、清潔な白いテーブルクロスがかかっている。
「おお、これがラーメン……」
私兵の1人が自分の前に置かれた丼を見て呟いた。
「二本の棒があるでしょぉ? その棒で、麺を摘んで食べるんだよぉ」
カミラはニコニコしながら言った。
カミラはオレンジ色の髪をツインテールに結んでいる。年齢は14歳で、血の色を模倣した赤いドレスを着ている。
カミラの背中には、ボロボロになったウサギのヌイグルミが括り付けられていた。
「じゃあ、お祈りしよぉねぇ」
着席したカミラが、両手を組んで目を瞑る。
他の10人も同じように両手を組んで目を瞑った。
と、
「待ってください! カミラ様は食事中……」
「黙れ! 国王陛下より火急の伝令であるぞ!」
食堂の扉を勢いよく開いて、伝令兵が2人、食堂内に入ってきた。
そして扉の前でメイドが尻餅を突いていた。
伝令兵に突き飛ばされたんだねぇ、とカミラは思った。
「ロイヤルスリーのサード! カミラ・エインズワース! 国王陛下より伝令である!」
伝令兵の1人が、槍の尻を床に叩き付けた。
あ、床が傷ついたぁ、とカミラは目を細める。
「明日1番でトリル山の妖魔討伐に向かえ!」
もう1人の伝令兵も同じように槍の尻で床を打った。
「なんでぇ? カミラ嫌だよぉ?」
カミラは笑顔で言った。
「よろしい! ならば……え?」
伝令兵Aが目を見開いた。
「だってー、トリル山とか遠いしぃ? ここからだと3日はかかっちゃうじゃない。カミラそんなに暇じゃなーい」
カミラが言うと、私兵たちも「そうだそうだ! 帰れ権威の犬め!」と喚いた。
「ふざけるな! これは国王陛下の命令だぞ!」
「貴様は国王陛下直属、ロイヤルスリーのサード! 命令に歯向かうならば、即座にロイヤルスリーの座を降りろ! その際、私兵及び屋敷は徴収する!」
伝令兵Bと伝令兵Aは、槍で何度も床を叩いた。
「えー? カミラの家なのにぃ?」
この屋敷はカミラがロイヤルスリーに入った時、国王から貸し与えられたもの。よって、厳密にはカミラの物ではない。
しかしカミラの中では、屋敷もメイドも私兵もすでに自分の物になっていた。
特に私兵に関しては、カミラが自分で選別した精鋭たちだ。ロイヤルスリーは軍人ではないが、10人の兵を指揮する権限がある。
「ボス、ラーメンが冷めちまいますぜ」
私兵の1人が言った。早くラーメンを食べたくてウズウズしているのだ。
「そんな異国の食べ物にうつつを抜かしている暇があったら!」
「国王陛下のために出陣の準備をしろ!」
「えー? ってゆーか、なんでわざわざカミラが行くのぉ? 妖魔討伐には期待の新千人将が行ってるでしょー?」
「そうだそうだ! いい加減にしないとぶち殺すぞ!?」
私兵たちは腹が減って気が立っている。カミラが選んだ10人は、食べることが大好きなのだ。
料理好きのカミラが、そういう連中を選別したのである。
「ええい !黙れ! 詳細を話すから黙れ!」
「本日! 千人将グロリア・ミルバーンより報告があった!」
伝令兵AとBが順番に喋る。
「4年前に妖魔の王を討伐したコノハナキズナ、及びクガマリが妖魔に召喚され、妖魔側に付いた!」
「この2人にグロリア千人将及びその副官は一騎打ちで敗北、士気は著しく低下! 任務遂行困難により、援軍要請があった!」
なるほど、とカミラは頷いた。
妖魔の王を討伐した英雄、キズナとマリのことはカミラも聞いている。
しかし、
「えーっとぉ、その千人将って、キズナとマリの戦友じゃなかったのー?」
カミラの記憶が確かなら、グロリアとその副官も妖魔の王を倒した英雄だったはずだ。
「しかし現在、奴らは現実に妖魔の側に付き、我が王国に牙を剥いている!」
「よって、国王陛下はこの牙を即座に砕くため、ロイヤルスリーの派遣を決定した!」
「えーっとぉ、カミラの任務はぁ、厳密には妖魔の討伐じゃなくてぇ、キズナとマリの無力化かなぁ?」
「その通りである!」
「ふぅん。分かったよぉ。明日1番に出るよぉ」
やれやれ、とカミラは肩を竦めた。
私兵たちはみんな面倒くさそうな表情を見せた。
「で、キズナとマリは殺しちゃってもいいのぉ?」
「「無論である」」
カミラの質問に、伝令兵たちが声を揃えた。
カミラが薄く微笑む。
「マリって女だよな!? 殺す前に犯してもいいですかボス!?」
「キズナってイケメンって聞いたよボス! 嬲っていい!?」
「イケメンを嬲っていいなら気合入れるぞ!」
「いやいや、お楽しみはマリの方だろ!」
急に私兵たちが元気になった。
カミラの選別した彼らが好きなのは食べること。
それから、
誰かを残酷に殺すこと。
「はいはい、みんな落ち着いてねぇ。何してもいいけどぉ、順番にね? 喧嘩しちゃダメだよぉ?」
カミラが満面の笑みを浮かべ、私兵たちはガッツポーズをしたり手を叩いたりして喜びを表現した。
「よろしい!」
「では我々は失礼する!」
伝令兵たちが言うと、カミラは首を傾げた。
「何言ってるのぉ? カミラ分かんなーい。普通、食事の邪魔したら死刑じゃないのぉ? みんなどう?」
「「死刑! 死刑!」」
私兵たちが足を踏み鳴らす。
「はーい。じゃあ死刑決定。地獄の業火に焼き尽くされてねぇ。ピラーオブファイヤー」
カミラが人差し指を立てる。
瞬間、伝令兵たちの足元から強烈な火柱が噴き出す。
その火柱はわずか数秒で伝令兵たちを鎧ごと灰にしたが、周囲にはまったく何の焦げ跡も残さなかった。
非常に繊細で正確無比な魔法。
「メイドさーん、そこ掃いておいてねぇ。あと、伝令兵たちはぁ、カミラの屋敷からは帰ったよぉ。そのあとのことは知らなーい、ってことで」
カミラは人間を焼き尽くした恍惚に酔ったように、頰を赤らめて言った。
◇
キズナとマリが召喚されてから7日後。
グリーンスレード軍、妖魔討伐千人隊の陣地で、オルトン・ベイリアルは千人将のグロリア・ミルバーンと2人、ロイヤルスリーとその私兵――特殊十人隊を出迎えた。
豪華という言葉がピッタリの大きな赤い馬車と、普通の荷馬車が2台。それから、馬に乗った人相の悪い連中がオルトンたちの陣地に入って来た。
「まさかロイヤルスリーに来て頂けるとは……」
グロリアがゴクリと唾を飲んだ。
そのことには、オルトンも驚いている。国王はキズナとマリを大きな脅威だと認識したのだろうが、ロイヤルスリーを派遣するとは夢にも思っていなかった。
赤い馬車から、少女が1人降りてきた。
オレンジの髪をツインテールにまとめた、まだ幼さの残る少女だ。
赤いドレスを着ていて、背中に古ぼけたウサギのヌイグルミを装備している。
14歳にしてロイヤルスリーに選ばれた天才、カミラ・エインズワース。それが少女の名前。
「えぇっとぉ、あんたがぁ、グロリア千人将?」
カミラが首を傾げながらグロリアを見た。
「はい。わたくしがそうです。あなたは……?」
「あなたは? って、それカミラに言ってるのぉ?」
「姉さん、まずいよ。その子がロイヤルスリーだから」
「えっ!? 最初に言ってくださいオルトン!」
「死刑かなぁ?」
カミラがニタァっと凶悪に笑った。
瞬間的に、オルトンの背筋が凍りつく。
グロリアも同じだったようで、表情が引きつった。
これが、ロイヤルスリーの闘気。ただそこに存在しているというだけで、引き裂かれてしまいそうな気がする。恐ろしいほど真っ直ぐで冷酷な闘気。
「「死刑! 死刑!」」
馬上の連中が声を揃えて言った。
「す、すみません……。わたくしが、その……えっと……無知なもので」
グロリアが頭を下げた。
しかしカミラの闘気に当てられて混乱しているようだ。
「本当だったらぁ」カミラが楽しそうに言う。「死刑なんだけどぉ、さすがに過去の英雄ちゃんを勝手に殺しちゃったらぁ、カミラの立場もまずいかなぁって。そこらの伝令兵とは違うもんねー?」
「「残念! 残念!」」
馬上の連中が声を揃え、そのあと同じタイミングで肩を落とした。
「まぁ、とりあえずぅ、お仕置きはしておかないとー?」
カミラがそう言った次の瞬間には、オルトンはカミラを見失ってしまう。
「がはっ……」
カミラの姿を再びその視界に捉えたのは、グロリアが崩れ落ちる場面を見た時だった。
グロリアは腹部を殴られたのだ、とオルトンが理解したのはグロリアが腹を押さえていたから。
グロリアの鎧は腹部を守っていない。それはグロリアが重い鎧を嫌って面積の小さな鎧を常用しているからだ。
「姉さん!」
オルトンがグロリアに駆け寄る。
「大丈夫です……なんとか……」
グロリアは手を差し伸べようとしたオルトンを制して、1人で立ち上がった。
しかし、とオルトンは思う。
今の動きは明らかにマリより速かった。もちろん、マリはオルトン相手に本気を出してはいなかった。けれど、カミラだって手加減しているはずなのだ。
それでも、オルトンはカミラを完全に見失った。
こりゃ、キズナとマリさんも終わりかねぇ。
オルトンが空を仰ぐと、そこにキズナとマリの顔が浮かんだような気がした。
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