10撃目 全裸で水遊び
夕食はリュリュの育てた野菜だった。
これがまた絶品で、そのまま食べても非常に美味しかった。
だからキズナは素直な感想を述べる。
「いやー、野菜ってこんな美味いんだな。すげぇぜリュリュ」
「ふふふ。あたし、昔は野菜姫って呼ばれてたのよ」
地面に寝転がっているキズナが褒めると、リュリュは座ったままで嬉しそうに胸を反らした。
トリル山の南側に、大きな野菜農園があって、リュリュが全てを管理していた。
「見直した」
「ふふふ、あたしにも、取り柄があるのよ」
マリは満足そうな表情で言って、その表情を見たリュリュも満足そうだった。
なるほどねぇ、とキズナは思う。
他人が喜ぶと自分も嬉しい――リュリュはそういうタイプの妖魔なのだ。
基本的には、優しくていい子なのだろう。
けれど、
それが戦闘で命取りにならなければいいが。
まぁ、いいか、とキズナは背伸びをする。
太陽はとっくに沈んでいるが、妖魔の誰かが光の玉を飛ばしてくれているので、光源には困らなかった。これなら問題なく夜も稽古できる。
「ご褒美に、あとで攻撃技を1つ教えてあげる」
「あ、マリちゃんずりぃ! 俺もリュリュに教えたい技いっぱいあるんだぜ? それ我慢して基礎からやってんのに。ってか、何教える気だ?」
今のリュリュに使える技は限られている。というか、ほとんど何もできないと言ってもいい。
「キズナが使わない技」
「あん? 俺は全部の技使えるぞ?」
「使えるけどあまり使わない技」
「あー、
なるほど、とキズナは頷いた。
高威力を叩き出すには、長年の稽古が必要になってくるが。
「どんな技なの?」
ゴクリ、とリュリュが唾を飲んだ。
「わたしには教えないのか?」
フラヴィが目を細める。
「今のフラヴィには難しいな」
「そう思う」
「なぜだ!?」
フラヴィが拳を握った。
「そうやってすぐに硬くなるからだ」
「うん。フラヴィは脱力が全然できてないから」
「脱力……?」
「ま、追々教えてやるさ。リュリュにだって、本当はまだ早いんだぜ?」
「そう。だから形だけ。あくまで野菜のご褒美。それより、シャワー浴びたい」
「異世界にそんなもんあるかよ」
キズナが肩を竦めた。
「シャワー?」
リュリュが首を傾げた。
「翻訳されない?」
マリも首を傾げた。
「されないわ。だから、こっちの世界にないのねきっと」
異世界召喚魔法は、あの暗い加速する空間で言語のインストールが行われる。
キズナもマリも日本語を話しているつもりだが、実際にはこっちの世界の言葉を使っている。
「水浴びって言えば分かるんじゃねーの?」
「あ、それなら泉があるわよ!」
リュリュが手を叩いて笑顔を見せた。
「お、じゃあ行くかマリちゃん」
「うん。案内して」
キズナとマリが立ち上がり、リュリュとフラヴィも立ち上がった。
◇
その泉は10分ほど山を登った場所にひっそりと存在していた。
「おー、入るぜマリちゃん!」
そう言って、キズナが道着を脱ぎ捨てる。フラヴィとリュリュが目の前にいるにも関わらず。
周囲には光の玉がいくつか飛んでいるので、光源には困らない。
つまりそう、丸見え、ということだ。
「おう。入る」
マリもその場で全裸になった。
「ちょ、ちょ、ちょ」
リュリュは両頬を染め、両手で自分の目を隠した。
けれど、指の隙間からコッソリとキズナの裸を見ていた。
「せ、先生方、いきなり服を脱ぐなど……」
フラヴィは視線を逸らしたが、やはりチラチラと2人の裸を見ていた。
キズナはリュリュの前まで歩いて行って、その額をペチンと叩いた。
そして真面目な表情で言う。
「お前ら、俺が敵なら死んでるぞ。相手がどんな姿でも、動揺すんな。いつもと同じように動け。目を隠すな、視線を逸らすな」
マリもキズナの隣まで歩いてきて、そして淡々と言う。
「久我刃心流は、お風呂で襲われても身を護るために闘う。自分が裸だとか、相手が裸だとか、そんなのは関係ない」
「いいかお前ら、いつどこで、どんな格好で襲われても対処できるようにしろ。恥ずかしさなんか捨てちまえ。命の方がずっと大事だろ?」
マリもキズナもキリッとした表情で、至極真面目に言った。
しかし二人とも全裸である。
「そう。だからリュリュとフラヴィも脱いで、一緒に入ろ?」
マリは淡々と言ったが、やはり全裸であることが気になる。
この2人はちょっとおかしいんじゃなかろうか、とフラヴィは思った。
一体、どこの誰が全裸で襲ってくるのか。あるいは、全裸の相手を襲撃するのか。そんな事例は見たことも聞いたこともない。
「分かったわ。確かに、命の方が大事だもの……」
「姫!?」
フラヴィは焦った。大切なリュリュが洗脳されてしまう。キズナとマリの世界ではどうか知らないが、この世界では全裸で闘わない。たぶん誰も。フラヴィの知る限り。
もちろん、最初から服を着ていない魔物たちは除く。あくまで人型の存在に限った話だ。
リュリュがブラウスのボタンに手をかける。
「ダメです姫! 人前で裸を晒すなど! そのようなことは許されません!」
もちろんフラヴィだってリュリュの裸を見たい。だけれど、それはあくまで個人的な欲望だ。妖魔の姫であるリュリュが、はしたない行為に及ぶのは許容できない。
「フラヴィって本当、固いな」
「ガッチガチ」
キズナが溜息を吐いて、マリが肩を竦めた。
「何を言うか! 常識だ! わたしは間違っていない!」
「フラヴィ、でも、全裸で襲われたら……」
「姫! お気を確かに! 全裸で襲われるなんてことは有り得ません! よく考えてみてください! そんな話、聞いたことありますか!?」
フラヴィが言うと、リュリュはうーんと首を捻った。
そして数秒後。
「聞いたことは、ないわね」
「そうでしょう!?」
「けどよぉ、今までなかったからって、これからもないとは限らねぇぞ。現に俺が今、お前ら襲ったらその事例ができちまうわけだし」
「姫を襲うだと!? 全裸で言うな!」
「全裸でも服着てても、同じだろ?」
「同じじゃない! 襲うの意味がまったく異なって聞こえるんだ!」
「ん? よく分かんねぇけど、まぁ、徐々に慣らしていけばいいさ」
「なぜだ!? 全裸で襲われることなどありえんだろうが!」
「私はよく全裸で襲われる」
マリが淡々と言って、瞬間的に空白が生まれる。
「誰に!? 誰が全裸でマリ先生を襲うんだ!?」
「お風呂……水浴びしてる時に祖父に」
「あー、俺なんてクソしてる時に襲われたぜ?」
「その祖父というのは久我刃心流の開祖か!?」
「うん」
「その人はアホなのか!? なぜそんな事態になるんだ!?」
「いや、だからなフラヴィ、師範は俺かマリちゃんに刃心流を継いで欲しいんだ」
「そう。だから隙があれば襲ってくる。私たちはいついかなる状況でも、祖父を撃退しなくてはいけなかった」
「そんな特殊な事情を言われても困る!」
「まぁ、とにかく今日は脱がなくてもいいさ」
キズナが肩を竦め、マリは残念そうに肩を落とした。
「今日だけでなく、わたしたちはずっと脱がん!」
フンッ、とフラヴィは腕を組んだ。
しかしながら、フラヴィは話をしているうちにキズナとマリの裸に慣れてきた。
今ならこの2人に襲われても対処できそうだ。もちろん、勝てるという意味ではないが。
リュリュも最初は戸惑っていたようだが、今は冷静に見えた。
なるほど、とフラヴィは思う。
慣れるものだな。
だからといって、自分も脱ごうとは思わないが。
「じゃあマリちゃん、俺たちだけ行こうぜ!」
「おーう」
マリがキズナの右手首を掴んだ。
キズナは体を回しながらその手を外し、新たに自分からマリの手を掴み直した。
そして、マリを導くようにキズナが身体操作を行う。
マリがキズナの前まで移動した時に、キズナがマリの腕を外側に倒し、
マリが宙を舞った。
いや、半分はマリが自分で飛んだのか?
そうでなければ、あまりにも飛びすぎだ。
マリはそのまま空中で1回転して、泉の中に背中から落ちた。
大きな水飛沫が上がり、
「ぷはー」
と、マリが水面から顔を出す。
その表情は笑顔で、とっても楽しそうだった。
今のはキズナに投げてもらったのだとフラヴィは理解した。
しかしキズナがどうやってマリを投げたのかさっぱり分からなかった。
「俺も行くぜー」
キズナは助走をつけてから側転し、次にバク宙して足から泉に入った。
入った、という表現は少し優しい。キズナはかなり高く飛んでいたし、水飛沫もマリの時と同じぐらい上がった。
飛びこんだ、あるいは落下したが正しい。
「思ったより冷てぇな」
キズナが泉から顔を出す。
それから、2人はそれぞれ泉に潜ったり泳いだりし始めた。
ガキか、とフラヴィは思った。
しかしそんな2人を見て、リュリュが目をキラキラさせて両手を組んだ。
リュリュもまた、生まれてから15年しか経過していない子供なのだ。
2人の水遊びが楽しそうで混じりたくなっても不思議ではない。
リュリュはウズウズとフラヴィを見て、2人を見て、またフラヴィを見た。
「……全裸にならないなら、いいですよ……」
フラヴィが溜息混じりに言うと、リュリュの顔がパァっと明るくなる。
なんて可愛いのだろう、とフラヴィは思った。
フラヴィはリュリュが生まれたその時から、教育係としてずっと側にいた。妖魔の王と女王に頼まれ、最初は嫌々だったけれど。
でも、日々成長していくリュリュを見るのが、いつしか楽しみになった。
リュリュは急いで服を脱いで、下着姿に。
「眩しい……」
フラヴィは頭がクラクラした。
リュリュの下着姿は、どんな宝石よりも価値がある。いや、リュリュという存在そのものが、フラヴィにとってはかけがえのない宝物なのだ。
「キズナ先生! マリ先生!」
リュリュは嬉しそうに走って、泉にダイブした。
まだ、ほんの子供なのだ。
蝶よ花よと愛でられ、喧嘩の1つもしたことがない。心優しくて、野菜を育てるのが得意。そんなリュリュが、妖魔を率いて闘わなければいけなかった。
種族を護るために。姫としての責務のために。
絶望の中、妖魔たちを死なせないよう必死で駆け抜けた。
いつ以来だろう?
あんなに楽しそうなリュリュを見るのは。
もう、フラヴィには分からない。最近はずっと、泣き顔ばかりを見ていたから。
誰かが死んで、その度にリュリュが泣いた。
どうしてこんな酷いことをされるのか分からないと、あたしに闘う力があればと、嘆き苦しみ、叫び、それでもリュリュは諦めなかった。
そして辿り着いたのが、闘う力を与えてくれる人物を召喚すること。最初、その提案を聞いた時は気が触れたのかとフラヴィは思った。
でも、
「姫は正しかったのだと思います」
1人、呟いた。
キズナとマリに付いていけば、きっと強くなれる。
そういう確信がフラヴィにはあった。
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