9撃目 初めての稽古
キズナとマリは妖魔たちを3つのグループに分けた。
脂肪組、筋肉組、人外組の3つである。
脂肪組はリュリュや妖精など、基礎的な筋肉が不足している連中の集まり。
筋肉組はフラヴィなどの筋トレ不要な連中。
人外組はハーピーやデュラハンなどの、人間と異なるちょっと妙な連中だ。
まぁ、組の名前通りの分け方である。
キズナは脂肪組と筋肉組に後ろ受け身を指導していて、マリは少しだけ離れた場所で人外組に受け身を指導していた。
「オイラもうダメだ……」
後ろ受け身を20回ほどやった時点で、妖精が脱落した。
あまり無理にやらせると身体を壊す可能性があるので、キズナは妖精に休むよう指示した。
後ろ受け身の数が増えるごとに、脂肪組からの脱落者が増えていく。
しばくすると、脂肪組で残っているのはリュリュだけになった。
そのリュリュも、すでに肩で息をしている状態だ。
「そろそろ休んでいいぜ」
「もうちょっと……」
キズナが声をかけるが、リュリュは稽古を続けた。
そのまま数回、リュリュは後ろ受け身を続けたが、やがて立ち上がれなくなってそのまま地面に転がってしまう。
「頑張ったな」
キズナはリュリュの側に座り込んで言った。
「全然……このくらいでバテるなんて……」
リュリュは荒い息で言った。
「普段から運動してねぇからだろ。仕方ないさ。魔法使いってのは大抵そうさ。徐々に慣らしていくしかねぇ」
「あたし、魔法使いじゃないもん……。だって、魔法もロクに使えないから……」
「ヒールは効いたぜ?」
見た目はおぞましいが、効果は抜群だった。
「それだけは得意なの」
「へぇ。けど、リュリュは魔力いっぱいあるんだろ? 色々と魔法使えそうなもんだけどな」
「でも、できないものはできないの……。特に攻撃魔法は、魔力が霧散しちゃう……」
「そうか。まぁ、誰にでも得て不得手はあるさ。召喚魔法は上手くできてよかったな」
「うん。ちゃんとできるか不安だったけど、またキズナ先生に会えてよかった」
「また会えてよかった?」
「ち、違う! 喚べてよかったって、そう言いたかったの! またっていうのはほら! 4年前にキズナ先生たち見てたから! そういう感じ!」
リュリュは寝転んだまま、慌てたように両手をブンブンと振った。
「そうか。どうであれ、俺とマリちゃんなら、確かに今の妖魔たちを救うにはもってこいだ」
キズナもマリもやる気十分なのだから。下手な奴を召喚してしまうと、協力してくれない可能性だってある。
「そうでしょ! あたしの選択、間違ってないでしょ!?」
「おう。考えられる限り最高の選択だ」
キズナは心からそう思った。
一般的な人間なら、多くの場合は人間の味方をするから。
と、筋肉組からもチラホラと脱落者が出始めた。
後ろ受け身なんて普通に生きていればやらない動きなので、筋力があっても慣れるまではそれほど多くできないものだ。
ちなみにフラヴィはまだ頑張っていた。
だいぶ、周囲が薄暗くなってきたので、今日は受け身だけで終了だな、とキズナは思った。
「ねぇ、キズナ先生」
「ん?」
「あたし、強くなれる?」
リュリュは少し不安そうな瞳でキズナを見た。
キズナは少しだけ笑って、ハッキリとした口調で言った。
「なれるさ」
「みんなを護れるぐらい?」
「ああ。リュリュには才能がある」
「才能……」リュリュが暗い表情を浮かべる。「あたしには、ないから……」
「はぁ!?」
キズナは心底驚いた。
「えぇ?」
キズナの声に、リュリュも驚いた。
「お前、才能の塊じゃねーか。何言ってやがんだ。ビックリしたじぇねぇか」
「え? え?」
リュリュはキズナが何を言っているのか本気で分からないという表情をしていた。
「待て、待て待て。本気で才能ないと思ってんのか?」
「だって、あたし、闘ったことないし……。攻撃魔法も上手くできないし……」
「マジかよ……。誰も気付かなかったのか? 信じらんねぇ……。けど、まぁ、俺やマリちゃんでも最初は気付かなかったからな……仕方ないか」
キズナは苦笑いを浮かべた。
ダイヤの原石に、誰も気付かないなんて。今まで磨かれずに放置されていたなんて。
「キズナ先生?」
「リュリュは強くなる。たぶんここにいる誰よりも」
「……そんなこと言われても……簡単には信じられないもん……」
「そうかよ。じゃあちょっと立て」
言いながら、キズナが立ち上がる。
リュリュも少し遅れてから立ち上がった。
「よし、今からリュリュの腹を殴るから避けろよ?」
「え?」
「いくぞ」
キズナはリュリュの顔に上段蹴りを放った。
「わっ!?」
リュリュはしゃがみ込んでキズナの蹴りを躱した。
「蹴った! キズナ先生、今蹴った!」
「そりゃお前、相手の虚を突くのは基本だからな」キズナが肩を竦める。「でも大事なのはそこじゃねぇよ。リュリュは今、俺の蹴りを躱したんだぜ?」
「え? でも、それはキズナ先生が手加減してくれたから……」
リュリュは立ち上がりながら言った。
「そりゃ手加減はしたさ。でも、俺は当てるつもりだったぞ?」
「当てる……?」
リュリュの顔が青ざめる。
「そう。当てる気だった。マジだ。けど、リュリュは躱した。今みたいな無駄の多い避け方じゃ、普通は躱せない。でも躱した。殴るって言って蹴ったのに、ちゃんと躱した。それは相手の全体をよく見ているからだ。相手の微細な動きまでしっかり注意して見ているから、俺が蹴る前に俺が蹴るとリュリュには理解できてた。だから躱せた」
「よ、よく分かんない……」
「うーん、自覚なしか。じゃあ、とりあえずこうだ。何の才能もない奴に躱されるほど、俺の蹴りはしょぼくねぇ。分かったか?」
「それなら、うん、分かる」
リュリュが小刻みに頷いた。
「よし」
そう言って、キズナはリュリュの頭を撫でた。
リュリュはちょっと驚いた風に目を丸くして、頰を染めて目を伏せた。
「リュリュは強くなる。絶対だ。自信持てよ」
「うん……ありがとう……」
そして、
そうなったら手合わせしないとな、とキズナは思った。
◇
「マリ先生ってぇ、超可愛いぃ、つーか、おれ、惚れちゃった感じぃ? 付き合ってください的な?」
ゴロンと地面を転がりながら、犬のような妖魔が言った。
「ごめん、犬とは付き合えない」
マリは真面目に言った。
「てゆーかぁ? おれ? 犬じゃなくなーい?」
「犬にしか見えない」
「おれってー、犬じゃなくてぇ、モモだからぁ、みたいな?」
「名前も犬みたい」
モモはスクッと立ち上がって、座っているマリの前まで4本足で歩いていく。
やっぱり犬だ、とマリは思った。
「マリ先生ってー、キズナ先生と付き合っちゃってる感じぃ?」
言いながら、モモはお座りの姿勢を取る。
モモの毛色は青と黒が混じったような色だが、お腹の部分だけは白かった。
「付き合ってない。私、そういうのよく分からない」
「じゃぁさぁ、おれがぁ、手取り足とりぃ? ってゆーか腰取り? 教えて……きゃうん」
マリがモモを突き飛ばした。
しかし、マリはモモを虐待しているわけではない。受け身の練習をさせているだけだ。
モモは上手に地面を転がって、スクッと起き上がる。
そしてまたマリの前まで歩いて、お座りをする。
かれこれ20回はこうやって受け身の練習をやっている。
マリはモモに付き添いながらも、他の人外組の妖魔たちにも気を配っていた。
とはいえ、モモ以外の妖魔たちは自分なりにではあるが、上手く受け身の練習をしてくれていた。
「マリ先生ってぇ、交尾とかぁ、したことある感じぃ?」
「ない」
「あれってぇ、超マジで気持ちいいからぁ、やった方がぁ、お得ってゆーか、やらなきゃ損な感じぃ? よかったらぁ、おれがぁ……きゃうん」
またマリがモモを突き飛ばす。
といっても、本気で突き飛ばしているわけではない。
今のモモに反応できる程度に手加減している。
そしてモモが地面を転がってからマリの前に戻ってくる。
「ねぇモモ」
「おれぇ、マリ先生のためならぁ、何でも答えるからぁ、遠慮せず何でも聞いて欲しいぞ、みたいなぁ? 誕生日とかぁ、好きな食べ物とかぁ、好きな遊びとかぁ?」
「妖魔って、どうしてこんなに多種多様なの?」
マリが受け持った人外組は特に変わっている。
犬にしか見えないモモや、馬の下半身と人間の上半身を合わせ持った奴など、非常に奇妙な連中ばかりだ。
「それってぇ、妖魔の成り立ちからぁ、話す必要あるかもじゃーん、みたいな?」
「話して」
マリはモモを突き飛ばすのを止めた。
「だからぁ、元々、妖魔っていうのはぁ、おれたち知性ある魔物とぉ、魔族とぉ、妖精族の連合ってゆーのぉ? なんかそんな感じぃ?」
「へぇ。そうなの」
「そうなのよぉー、それでぇー、その連合ってのがぁ、魔族の王とぉ、妖精族の女王が結婚してぇ、できちゃった婚しちゃった? みたいな?」
「誰ができちゃった婚?」
「だからぁ、連合がぁ、できちゃったみたいな?」
「ふむふむ」
つまり、元々は別々だった2つの種族の長同士が結ばれ、連合ができたということ。できちゃった婚は何の関係もない。
そこまではマリにも理解できた。
しかし疑問もある。
「知性ある魔物、関係なくない?」
「それがぁ、おれたちってぇ、魔族とも妖精族ともぉ、そこそこ仲良くてぇ、なんかぁ、連合混ざる? って聞かれたからぁ、混ざっちゃった系?」
「そう」
なるほどね、とマリは納得した。
あとでキズナにも教えてあげよう、とマリは思った。
と、兜を装備した首が転がってきた。
「あ、すまぬ。体力が尽きて、首を持つ手に力が入らなかったのである」
「えっと、ファンの首?」
マリが小さく首を傾げた。
「デュラハンのファン・カルロス・ベルムードである」
「そう。もう休んでいいよ。暗くなってきたし」
マリはヒョイとファンの首を拾い上げる。
そして立ち上がり、ファンの身体に向き直って、
マリはファンの首を投げた。
「うぎゃぁぁぁ! マリ先生は悪魔であるかぁぁぁ!? もっと優しく運んで欲しいのである!」
叫びながらも、ファンの身体はキチンとファンの首をキャッチした。
当然だ。キャッチできるようにマリが投げたのだから。
そして、
悪魔ってどんな連中なのだろう、とマリは思った。
強くて凶悪なら、最高だ。
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