8撃目 これはセクハラではない

 キズナがリュリュの左足首を両手で触り、ポフポフと軽く叩きながらふくらはぎ、膝へとその手を移動させていく。

 マリがリュリュの右足首からキズナと同じことをする。

 2人の手はリュリュの太ももへと移動し、そのままスカートの中までポフポフと手を上げていく。


「ななな、なんなの!? ねぇこれなんなの!?」


 身を強張らせたリュリュが叫ぶ。


「筋肉の付き方を確認してるだけだ。動くなよ」

「両腕は広げておいて。十字架みたいに」


 キズナとマリはリュリュのスカートから手を抜いて、次にリュリュのお尻をポフポフした。


「ひゃっ!?」


 リュリュがビクッと身を縮める。


「動くなって」

「十字架のポーズ」


 キズナは普通に言ったが、マリは少し強い口調で言った。


「は、はい」


 リュリュは思わず生真面目な返事をしてしまう。

 それからすぐに、両腕を広げた。

 キズナとマリはリュリュの腰、お腹を容赦なくポフポフと触っていく。

 次に、キズナたちがリュリュの胸に手を伸ばす。


「いい加減にしないか!!」フラヴィが叫んだ。「それ以上姫の身体を弄ぶことは許さん! 羨ま……不届き者め!」


「胸が柔らかい。鍛えてない証拠」

「だな。リュリュはマリちゃん見習えよ」


 しかしマリもキズナもフラヴィの言葉をスルーした。

 リュリュは顔を真っ赤にしながらも、何も言わなかった。

 正直、言葉が見つからないだけである。


「貴様ら……いつかわたしの方が強くなったらぶっ殺す……」


 フラヴィは拳を握ってワナワナと震えていた。


「そりゃ楽しみだ。期待してるぜ」

「うん。楽しみ」


 キズナとマリはリュリュの首を触りながら言った。

 それから、肩、腕と順番に触っていく。


「よし。結論として、こりゃメニューに筋トレ入れた方がいいな」

「うん。脂肪ばっかり」


 デブと言われたようで、リュリュは少しだけ傷付いた。

 しかし、リュリュは細身だ。

 リュリュ自身、余計な脂肪が付いていると思ったことはないし、誰かに指摘されたこともない。


「もう十字架しなくていいぜ」

「うん。もう終わった」


 2人に言われ、リュリュは両腕を下ろした。


「次はフラヴィな」

「うん」

「待て! わたしの身体もまさぐるつもりなのか!?」

「まさぐるって何だよ。お前らが多種多様だから、グループ分けしてメニュー組んでやろうと思って調べてるだけじゃねーか」

「そ、そうか……。悪かった。先生方がそこまで考えてくれているとは思わなかった」

「そう。だから十字架」


 マリはやはり強い口調で言った。

 フラヴィは唇をきつく結んでから、両腕を広げた。

 それからすぐに、キズナとマリがフラヴィの足首をポフポフと触る。

 2人はリュリュにしたのとまったく同じようにフラヴィの身体を調べ始める。


「くっ……羞恥の時間だ……」

「リュリュの手だと思えよ」

「それがいい」

「なるほど」


 フラヴィが目を瞑った。

 そして、


「あ、姫、そんな……。ダメです姫……」


 クネクネとフラヴィが身を捩る。


「動くなって」


 キズナに言われ、フラヴィは動くのを止めたが、口元が緩んでいた。

 あたしがマッサージしてるところでも想像してるのかなぁ、とリュリュは思った。


「よし、フラヴィに筋トレはいらねぇな」

「うん。胸が大きいのが少しだけ気になるけど、まぁ許す」

「もう終わりですか姫……」

「あたし、何もしてないけどね」


 リュリュは小さく肩を竦めた。

 そして、今度マッサージしてあげよう、とリュリュは思った。

 いつもフラヴィには苦労をかけているのだから。


「さて次は、っと」

「オイラだ! オイラだぞ!」

 キズナとマリの周囲を、妖精が飛んでいた。


「虫?」


 ガシッとマリが妖精を掴んだ。


「あ、苦しい! オイラ苦しいぞ!」

「ちょっとマリ先生! その子は虫じゃなくて、妖精だから! 離してあげて!」

「虫みたい」


 マリは掴んだ妖精をマジマジと見ていた。


「20センチぐらいか……身長……体長?」


 キズナが首を傾げた。


「オイラ死ぬ! オイラ圧死する!」


 妖精が喚き、マリが手を開いて妖精を解放する。


「それで? そいつの身体はどんな感じだ?」

「筋肉はほとんどなし。脂肪の固まり」

「じゃあリュリュの方に行け」


 キズナがリュリュを指差し、妖精はマリから逃げるようにリュリュの背中に回った。

 それから、

 2人が妖魔全員の身体を調べ終わる頃には空が赤く染まっていた。


       ◇


 オルトンは持ち帰ったアサシンの死体を、陣地内のテントで1人調べていた。

 死体は台に乗せられていて、オルトンが身ぐるみを剥がしたので全裸だ。


「はぁ、本当に男なんだね」


 オルトンは溜息を吐きながら、死体を検分する。

 持ち物はすでに調べて終わっていて、別の台に乗せられていた。

 まぁ持ち物と言っても、服と鎧と短剣だけなのだが。


「何か分かりましたか?」


 グロリアがテントに入ってきて、オルトンの隣に並んだ。


「まぁいくつか、ってとこだね」


 オルトンがグロリアに視線を向ける。


「援軍要請は、その、出しましたので、早ければ7日ほどで……」


 グロリアはアサシンの死体を見て、軽く頬を染めていた。


「了解。ところで姉さん、こんな女みたいな男が好みだった?」

「べ、別に! ただ裸だったから焦っただけですし!?」

「まぁ、こいつはキズナとは全然タイプ違うからね」

「どういう意味ですか!? どうしてキズナが出てくるのです!? ってゆーか、キズナだって綺麗な顔してると思いますけど!」

「綺麗? なんか小悪党みたいな顔立ちだよ、キズナは」

「小悪党って何ですか! 小悪党って!」

「それに比べてマリさんの美しいことと言ったらとんでもないよね」


 オルトンは今日会ったばかりの、成長したマリの姿を思い浮かべる。

 あれで頭がまともだったらなぁ、とオルトンは思った。

 マリはまさに脳筋の極み。闘うこと以外はどうでもいい。

 どうして僕の周囲は脳筋ばっかりなんだろうねぇ? とオルトンは神様に質問した。

 もちろん、神様からの返答はなかったが。


「マリが綺麗になっていたのはわたくしも認めます。けれど、それはそれとして、分かったことを教えてください」

「マリさんについて?」

「違います! そこで全裸で寝ている女みたいな男についてです!」


 グロリアはアサシンの死体を指差した。


「素性に関しては全く分からないね。けど、どういう人間かは分かったよ」

「ん?」

「名前も年齢も分からないけど、所属する組織は分かったってこと」

「組織?」

「胸の焼ごてを見て」


 オルトンがアサシンの胸を指差す。


「なんですかこれ?」


 そこには、六芒星を象った印が焼き映されていた。


「リーグの証だよ」

「リーグ?」

「アサシンリーグっスよ」

「なっ!? アサシンリーグ!? 噂には聞いたことありますが、実在したのですか!?」


 多額の報酬と引き換えに対象を抹殺する組織。それがアサシンリーグ。


「こいつがそうだね」

「なんでこの印がリーグだって分かるのです!?」

「僕も誘われたことあるから」

「はぁ!? 誘われた!? アサシンリーグに!? いつのことです!?」

「妖魔の王を倒した直後かな?」


 オルトンは遠くを見るように視線を少し上げた。

 リーグに誘われた時に、オルトンはリーグの印についても知ったのだ。


「わたくしは聞いていませんよ! ってゆーか、なんでオルトンが誘われるのです!?」

「言う必要ないよ。断ったし。誘われた理由は、魔法使いが欲しかったから、らしい。リーグは魔法使いが少ないらしいよ。当時は、だけど」

「本当に断ったんですよね!?」

「当たり前だよ。メリット少ないからね」


 お金に関しては確かに魅力的だった。対象にもよるが、2人か3人殺しておけば1年は遊んで暮らせる。

 しかし、リーグに入れば世間から自分という存在を完全に消さなければいけない。

 そんなことは、当時のオルトンにも今のオルトンにも耐えられない。


「そうですか。ならいいのですが」


 グロリアがホッとしたように笑った。

 けれど、とオルトンは思う。

 もしも、もしもだけれど、

 4人で妖魔の王を討伐していなければ、

 キズナやマリと出会っていなければ、

 オルトンはリーグに入ったかもしれない。

 そして、グロリアと会う前なら、確実にリーグに入っていた。


「ま、それはそれとして、こいつは妖魔の姫、リュリュを狙った」

「みたいですね。しかしオルトン、あの姫って、アサシンを雇ってまで殺さなきゃいけない相手でしょうか? とても弱そうに見えましたが」

「まぁ、マリさんとキズナがいなきゃ、僕らだけで絶滅させられる程度の戦力しか妖魔には残ってないからね」

「ですよね!? わたくし冴えてる!」

「しかし、だよ」


 オルトンは急に真剣な声音で言った。


「マリさんの言葉覚えてる?」

「マリの? どの言葉のことです?」

「私たちを喚んだのはリュリュ」オルトンはマリの真似をして淡々と言った。「僕はこの言葉、リュリュを筆頭とした妖魔たちという意味だと思ったのだけど」

「え? そうでしょう? 妖魔たちが力を合わせてキズナたちに縋ったのでしょう? どうしてキズナたちだったのかは、理解できませんが」

「もしも、違っていたら、どうかな?」

「どういう意味ですかオルトン。わたくしにも分かるように言ってください」

「リュリュが、本当に、1人で異世界召喚魔法を使ったとしたら、って意味」


 沈黙。

 グロリアがゴクリと唾を飲んだ。


「バカなことを言わないでください。そんな超魔力があるなら、キズナとマリを召喚しなくても、わたくしたちと闘えるでしょう?」

「まぁ、そうだね」


 けれど、とオルトンは思う。

 リュリュに何かしらの制約があるとしたら?

 魔力による攻撃を禁じるような、そんな制約。

 そして、リーグにリュリュの殺害を依頼した者は、リュリュの超魔力を知っていたとしたら?

 知っているから恐れ、確実な排除を願ったとしたら?

 筋は通る、とオルトンは思った。

 しかし、

 一体誰が?

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