終撃 それから


「あー、初めてダークヒールが気持ちいいと思ったわぁ」


 キズナが背伸びしながら言った。

 マリがいるので絶対に口にはしないが、正直グロリアとの勝負は危なかった。マジで死ぬ寸前だった。

 グロリアの攻撃は避けることも防ぐことも逸らすこともできなかった。そういうレベルの攻撃だったのだ。

 ならば、そのどれも選択肢に入らないのなら、言葉通り迎え撃つしかない。グロリアの剣に引き裂かれるか、それともキズナの侵撃がグロリアを倒すか、本当にギリギリの勝負だった。


「オルトン……わたくしは……」


 オルトンに回復魔法を使ってもらったグロリアが言った。

 グロリアの傷はすでに癒えているが、グロリアは地面に転がったまま立たなかった。


「良かった、まだ姉さんなんだね」


 オルトンがホッと息を吐いた。


「でも」リュリュが言う。「よく理性を保てるわね」


「……今も、わたくしの中の獣がわたくしの心を乗っ取ろうとしています。いつまで抵抗できるか……」


「大丈夫」マリが言う。「その獣なら私も飼ってる」


「ああ。俺もだ。飼い慣らせるさ」


「いやいや、お主らは確かに人ではないと思うが、根本的に違うぞ」コレットが呆れたように言った。「悪いが息の根を止めさせてくれんかの?」


「はい……お願いしますコレット様」


 グロリアが目を瞑る。

 しかし、


「じゃあその前に俺を倒せコレット」

「あと私も」


 キズナとマリがコレットの前に立った。


「……お主ら、正気か? 戦友がケダモノになるのを見ているつもりかの?」

「飼い慣らせるさ、グロリアなら」

「そう思う」

「未だかつて、魔宝獣になって人間の理性を保っておった者はおらぬ。それが現実じゃ」

「そうでもないわよ」


 リュリュが言って、ループタイを外す。


「どういう意味じゃ?」

「別の魔宝具を持たせれば、干渉し合うから本人の心次第でなんとかなるわよ」

「……なに?」


 コレットが首を傾げる。


「だから、三つ巴になるから本人の強い意志があれば自分を残せるって言ってるの。あんた、2つ魔宝具持ってるのに分からないの?」


 しばし沈黙。


「な、る、ほ、ど」コレットが手を打った。「それでかぁ。魔宝具を2つ使いこなすのが死ぬほど難しいのは魔宝具同士が敵対するからなのじゃな!?」


「呆れた……」リュリュが言う。「知らないで魔宝具2つ使ってたの……?」


 まぁ、それがコレットの才能であるとも言える。世界を見回しても、魔宝具の能力を2つとも最大限引き出した人物はコレットしかいない。

 ちなみに、リュリュは魔宝具に囲まれて育ったので、そういうことを自然と覚えた。今はループタイしか魔宝具を持っていないが、妖魔の城には幾つも隠してある。まぁ、それらはカミラに差し出す財宝の一部なのだが。


「これ、かなり大事なものだけど、キズナ先生とマリ先生の戦友だし、攫われた妖魔を助けてくれたし、特別にプレゼントしてあげるわ。ありがたく思いなさいよね」


 リュリュがループタイをグロリアの胸に置いた。


「……嘘みたいに楽になりました……。まぁ、気を抜けば乗っ取られそうですが、本当に、かなり楽です。ありがとうございます、リュリュ」

「ええ。感謝しなさい。それから、あんたどうせもう人間の国には戻れないでしょ? 見た目妖魔みたいだし、特別にトリル山に住ませてあげてもいいわよ」

「リュリュが優し過ぎて私ちょっと感動した」


「俺もだマリちゃん」キズナが頷いて、それからリュリュに視線を移す。「ところで王様の方はどうなったんだ?」


「上手くいったわ。今はフラヴィが和平交渉してくれてるはずよ」

「そうか。そりゃ良かった」

「本当にね」


 キズナとマリが笑顔を見せて、

 そして急に真剣な表情になる。


「じゃあ、憂いもなくなったことだし」


 キズナがマリの方を向いて右半身で構える。


「記念すべき1000戦目のケリを付ける」


 マリも同じように構えた。


「ちょ、ちょっと先生たち!? さっきまで死闘繰り広げてたのにまた闘うの!?」


 リュリュは驚いたが、


「心配すんな、ただの試合だ」

「そう。私たちはそもそも闘ってる途中で呼ばれた。決着付けないと気持ち悪い」


 キズナもマリも本気だった。

 それに気付いたリュリュは溜息を吐く。


「……あとの回復はあたしに任せて、好きなだけ闘えばいいわよ……」


       ◇


 2年後。


「我は結局、結婚できぬまま未だにロイヤルスリーをやっておる。これはどういうことじゃオリバー」

 グリーンスレード城、王の執務室でコレットがオリバーに問う。

 コレットは相変わらずの奇抜なファッションをしているが、本人はイケてるファッションだと信じて疑っていない。


「知らん」


 椅子に座ったオリバーが冷たく言った。

 本来、ウイリアム王が座るべき場所なのだが、今はオリバーが座っている。

 ウイリアム王は2年前に妖魔の姫――今は妖魔の女王だが、彼女に引っ叩かれて以来、引きこもりとなってしまったのだ。

 仕方ないので、国民に人気のオリバーがロイヤルスリーを辞めて執政官を名乗り、国政を担当していた。

「しかし忙しそうじゃのぉ。たまには我と飲みにでもいかんか?」

「……オレで妥協するつもりか?」

「妥協も何も、実質グリーンスレードのナンバーワンにして国民の人気者、我の婿に相応しいではないか」


 グリーンスレード中の女どもがコレットに嫉妬する様子を思い浮かべると、心が躍る。


此花このはなキズナを狙ってたんだろ? オルトンに聞いたぞ」

「いや、さすがの我でも魔宝獣と殴り合うような男は御し切れんて」


 あんな光景は1000年に一度見られるか見られないか。そういう領域のものだ。

 あのあとも一応アプローチは続けてみたが、どうにも本気になれなかった。たぶん心の中に恐れがあったからだ。此花キズナに対する恐れが。


「それにライバルが恐怖存在の久我くがマリと魔宝獣グロリアと妖魔の女王リュリュという錚々たる面子じゃ。さすがに身を引くて」


 コレットは小さく首を振った。


「……あいつらと和平できて本当に良かったと思う」


 オリバーが息を吐いた。

 それはそうだ。コレットですら、久我マリとは2度と闘いたくない。というか、できればもう会いたくもない。

 あんなのがいる国と戦争なんて冗談にもならない。

 続けていたら確実にグリーンスレードは滅んでいた。

 王に叛逆してでも和平を選んだオリバーの判断は、後世に残る素晴らしい英断だとコレットは思った。


       ◇


 妖魔の国、王城。

 グリーンスレードとの和平が成立したのち、オリバーの申し出で徐々に領土が返還された。

 リュリュは領土にはあまり興味がなかったが、それでもこうやって自分が育った城に戻れたことは嬉しく思う。

 それに伴って、各地に散っていた妖魔たちが戻ってきた。それでも妖魔の数は全盛期に比べると大きく減ってしまったけれど、これからまた少しずつ増えていけばいいと思う。

 だからこそ、リュリュは子作りや子育てに対する支援は国を挙げて行なっている。

 まぁ、トップのリュリュが未だに独身で子供をもうけていないのは少し問題だが。


「リュリュ様、グロリア・ミルバーン、死霊の国との同盟を締結させ、ただいま戻りました」


 玉座の間に、グロリアとオルトンが入って来た。

 2人は玉座に座っているリュリュの近くまで歩いて、膝を折った。

 2年前、魔宝獣となったグロリアはグリーンスレードに戻ることはできなかった。


「そう。ご苦労様。これで周囲の国と戦争になることはないわね」


 そんなグロリアを、リュリュが妖魔の仲間にしたのだ。見た目的にも存在的にも、グロリアは人間よりはずっと妖魔に近いから。


「いえ。リュリュ様のためなら、わたくしは」


 グロリアは人間としての心をリュリュに救われ、更に居場所まで提供してもらった。その恩に報いるため、今は妖魔の国の国防軍を取りまとめている。


「あと、小耳に挟んだ情報なんだけど」オルトンが言う。「カミラ様の国、潰れちゃったみたいですね」


 カミラは2年前にリュリュから財宝を受け取り、そのまま小さな島国を購入した。


「滅ぼされたの?」


「まさか」オルトンが笑う。「カミラ様たちの浪費グセのせいですよ」


「……そう」


 リュリュは溜息を吐いた。まぁ、予想はしていたが2年弱で国を潰すとは、さすがとしか言いようがない。

 と、


「おーいリュリュ」


 キズナとマリが玉座の間に入ってきた。

 2人はこっちの世界と元の世界を行ったり来たりしていたのだが、学校を卒業してからはこっち――王城に一緒に住んでいる。


「キズナ、久しぶりですね」


 グロリアが立ち上がる。

 氷の尻尾が激しく左右に揺れている。この動作は嬉しい時の動作だとリュリュは知っている。

 グロリアはリュリュに忠実だし、真面目だし、正義感もあるいい将なのだが、1つだけ問題がある。

 つまり、リュリュの恋敵であるということ。そこだけはグロリアも譲るつもりがないようだ。

 だが今はそんなことよりも、


「キズナ先生! マリ先生! 稽古の時間!?」


 リュリュが玉座からパッと立ち上がる。

 リュリュはあれからもずっと、毎日稽古を続けている。

 そうしていると、いつの間にか稽古なしでは生きられない身体になってしまったのだった。


「おう。まぁそうなんだが……」

「今日はちょっと趣向を変えてみようと思う」

「えっと?」


 リュリュが首を傾げる。


「そろそろ俺らとガチでやり合ってみねぇか?」

「まぁ、私とキズナが先に闘うから、勝った方と」

「いいわよ」


 リュリュが笑顔を浮かべる。

 別にリュリュは闘うのが大好きになったわけではない。

 その条件なら、結局どっちとも闘わないことになるので、普段通り稽古をしていればいい。

 だって、

 2年前からキズナとマリの試合は全部引き分けなのだから。


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