33撃目 言葉じゃねぇだろ、俺らはさ
「魔宝獣と殴り合ってる……」
そのあんまりにも現実離れした光景に、リュリュの思考が停止する。
リュリュは上空からマリとオルトンとなぜかコレットを見つけたので、その隣に舞い降りた。
マリがなぜかオルトンのローブを着ているようだが、リュリュはスルーした。
それよりも、
「我らロイヤルスリーでも、アレは無理じゃのぉ」
コレットはキズナとグロリアの素手による攻防を見ながら言った。
そう。キズナもグロリアも素手で闘っている。
いや、これは闘っているというよりは、子供の喧嘩のように見えた。
キズナは技を使っていない。それはリュリュにも分かった。グロリアだって魔宝獣なのだから極大魔法を詠唱なしで使えるはずなのに、使っていない。
「……信じられない……」
リュリュが呟いた。
魔宝獣の能力は人間とは比べ物にならないほど高い。攻撃力、防御力、魔力、速度、全てにおいて人間を圧倒しているはずなのだ。
人間、あるいは妖魔にしても同じことだが、とにかくその個人の強さの限界が魔宝獣になるということ。リュリュの知る限り、この世界に魔宝獣より強いものは存在していない。
もちろん、魔宝獣にも個体差というのはある。あるのだけれど、とにかく魔宝獣と素手で殴り合える人間など聞いたこともない。
「キズナにしかできない闘い方……」マリは少しだけ悔しそうに言った。「でも、私ならもう倒してる。キズナは遊びすぎ……」
「マリ先生、それってどういう意味?」
「グロリアは真面目だしいい子だけど、ちょっとバカ」マリが言う。「魔宝獣になっても、知性は上がってないみたい」
「……えっと?」
マリが何を言っているのか、リュリュには理解できなかった。
◇
グロリアは困惑していた。
自分の方が強いはずなのに、受けているダメージはグロリアの方が大きい。
キズナはただの一度もガードすらしていないというのに。
その上、その上だ。
キズナは一切の技を使わず、ただ殴り、ただ蹴っている。
その拳が、その足が、グロリアの鎧を打ち砕く。
「……どうしてっ!」
グロリアが叫ぶ。
理由が分からない。キズナよりグロリアの方が強い。それは間違いない。誰に聞いてもそう答えてくれるはずだ。
「何がだよ!?」
キズナはグロリアの攻撃を受けても怯まない。
それどころか前に出てきて拳を突き出す。
こんなのは武道家の闘いじゃない。いや、そもそも人間の闘いですらない。これではまるで野獣だ。
「どうしてわたくしと対等に闘えるんですかっ!」
グロリアがそう言うと、キズナはピタッと動きを止めた。
「お前、何言ってんだ?」
キズナは意味が分からないという風に首を傾げた。
「わたくしは、すでに人間の限界を超えているはずです! それなのに、なぜあなたはわたくしと闘えるんですか!?」
グロリアの問いに、キズナは少し沈黙した。
そして、
突然笑い出した。
「な、何がおかしいのですか!?」
「ははっ! そうか、そうかよ! お前、俺と殴り合いがしたかったわけじゃねぇのか! そうかよ! そりゃ悪かったな!」
キズナが腹を抱えて笑う。
グロリアは唇を噛んだ。キズナがなぜ笑っているのか、本当に理解できないのだ。
「……ああ面白ぇ。グロリア、お前、素なんだな」
「素?」
キズナが笑うのを止めて、グロリアは小さく首を傾げた。
「アホか!!」
突然、キズナに罵倒された。
グロリアは何がなんだか分からなくて言い返すこともできなかった。
「マリちゃんなら、さっさと倒しちまうんだろうが、俺は優しいから教えてやろう」
キズナは『優しい』の部分を強調して言った。
「まずグロリア。お前の攻撃力も防御力も素早さも全部俺より上だ。まぁ、自分でもそれは分かってんだろ?」
グロリアが頷く。
そんなことは当然分かっている。自分の方が強いのにキズナを押し込めないという不思議現象に遭遇していることが意味不明なのだ。
「だがお前には技がねぇ。ただ殴って、ただ蹴ってるだけだ。そういう風にやり合いたいのかと思ってたんだが、違うんだな」
「……わたくしが、ただ殴って、ただ蹴っている?」
それはキズナの方だ、とグロリアは思った。
「……まだ分からないのか……」キズナは呆れたような表情を浮かべた。「お前は――」
「わたくしは?」
「――剣士だろうが!」
キズナの言葉で、グロリアは酷い衝撃を受けた。
「お前、剣以外に能がないだろ? 体術なんか使えねぇだろうが。アホか」
そうだ。その通りだ。グロリアは体術なんてほとんど使えない。もちろん、まったく使えないわけではないが、キズナと比べたら子供のゴッコ遊び程度の腕前。
それなのに、
「突然大きな力を得るってのはやっぱダメだな。自分が誰で何を得意としてるのかも忘れちまう」
グロリアは完全に力に溺れていた。
だがそれも仕方ないことだ。グロリアが得た力は人間の限界を遥かに超えたものなのだから。
相手がキズナでなければ、普通に殴っただけで人間を殺せるほどの力なのだ。
「俺には興味がないって言ってたけどよ、自分にまで興味失くしてたら世話ねぇぞ」
グロリアには剣しかなかった。剣だけがグロリアの進む道だったはずなのだ。
それを、忘れていたなんて。
けれど、それ以上に、言いたいことがあった。
「嘘ですよ、それ」
「あん?」
「わたくしがわたくしでいられるのは、グロリア・ミルバーンとしての人格を保っていられるのは、あなたが側にいて、わたくしと闘ってくれるからです」
グロリアの中の獣は、グロリアの理性を乗っ取ろうと躍起になっている。それを抑えていられるのは、キズナが、目の前にいるから。
「よく分かんねぇな」
「わたくしは今でもキズナが大好きだってことですよ!!」
「お、おう。それは、サンキュー」
突然の愛の告白に、キズナは焦った。
まぁ、そうなりますよね、とグロリアは思った。
キズナは強くなることや闘うこと以外に興味がないのだから。
「最期に、それを言えて良かったです」
キズナの言った通り、グロリアは強がっていただけなのだ。
「最後?」
「ええ。わたくしはもうすぐ、わたくしではなくなってしまうでしょう。破壊を求めるだけのケダモノが、わたくしの理性を奪おうとしています」
グロリアは右手に氷の剣を創造する。
自ら求めた力ではあるが、理性なき獣になるぐらいなら、愛した男に殺される方がいい。
「そうか」キズナが言う。「その獣なら、俺の中にもいるぜ。けど、そいつはある程度コントロールできる。お前もやってみろよグロリア」
「……無理ですよ、わたくしには」
グロリアは上段に剣を構える。
グロリアの最強にして最大の必殺技。
一撃に全てを懸ける構え。
「ちっ、やってから言えよ」
キズナも構えた。この戦闘において、初めて構えてくれた。
「またあなたと闘えて幸せです」
そのために魔宝獣になったのだから。そのために闇に堕ちたのだから。キズナやマリとまた、並べるように。
「そうかよ。そりゃ良かった。俺もそれなりに楽しいぜ」
「それなり、ですか?」
「グロリアは魔宝獣になっても、甘いんだよ。マリちゃんと闘ってる時の楽しさには届かねぇな」
「本当、正直ですね」
キズナの良いところでもあり、悪いところだ。
「褒められたと思っとくぜ」
キズナがニッと笑った。
別に褒めたわけではないのだが、まぁいいか。
それより、言わなくてはいけない。殺してくれ、と。
でも、そのまま言ったのではキズナは了承しない。
「わたくしはあなたを殺したのち、破壊の限りを尽くすでしょう。わたくしを止めたければ……」
「構えてからが長いぜグロリア。俺らみたいなのは、結局言葉じゃねぇだろ? こいよ。全力で迎え撃ってやるからよ」
全力。
キズナは全力と言った。
こんなに嬉しいことはない。
あとのことなんて、もうどうでもいい。グダグダ考えていたことが全部まとめて吹っ飛んだ。
殺してもらおうとか、もう本当にどうでもいい。キズナが全力なら、グロリアも全力で向かうべきだ。
「征きます」
「おう」
グロリアが間合いを詰める。自分でも驚くほど身体が軽い。この速度、コレットやマリですら追い切れないはずだ。
剣を振り下ろす。前回はキズナに手の甲で逸らされた。だが今回はそんなに甘い斬撃じゃない。グロリアの得意技を魔宝獣の身体能力で使っているのだ。
キズナは躱す素ぶりを見せず、そのまま上段蹴りを放った。
グロリアの剣がキズナの肩を裂く。このまま振り下ろすことができれば、キズナに勝てる。
けれど、
キズナの蹴りがグロリアの顔に直撃し、
「侵撃!」
前回はあえてグロリアの鎧を狙ったキズナが、今回は顔面を狙ってきた。
凄まじい衝撃。
ああ、本当に、本気で、
迎え撃ってくれたんだと、
だから、
もう思い残すことは何もない。
脳が激しく揺れて、グロリアの意識がブラックウト。
◇
助けに来たはずのリュリュは、結局何もできなかった。
グロリアはキズナの侵撃で意識を失ったか、あるいは死んだ。
あの侵撃は一切の加減をしていない。あんな技、まともに受けたら死ぬに決まっている。少なくとも、リュリュは生きている自信がない。
「まぁまぁの侵撃」
マリが感心したように言った。
まぁまぁ?
今のが?
一体、マリとキズナはどんなレベルにいるのか。
リュリュは自分が強くなったことを実感していたし、侵撃だって上手に使えていると思っていた。
でも、今のをまぁまぁなんて言われたら、リュリュの侵撃は一体何なのか。
オリバーの絶対防御追宴ですら、この2人には紙の盾と変わらないのかもしれない。リュリュはそんな風に思った。
「姉さん!」
オルトンが駆け出し、リュリュもハッと我に返る。
いつの間にか、キズナの侵撃に見入って放心していた。
「キズナ先生!」
リュリュも駆ける。
勝ったのはキズナだが、キズナの負った傷は致命傷だ。
危うく身体を真っ二つにされるところだったのだ。
でも、
キズナは立っていた。
何でもないことのように立っていて、
グロリアの方をジッと見ていた。
残心だ、とリュリュは気付いた。あれほどの攻撃を喰らわせて、自分も死にかけて、それでも残心を忘れていない。
普通はそこまで徹底できない。
キズナは本当に、全てを捨てて武に生きているのだと、ハッキリ理解した。
リュリュには、
そこまでできない。
捨てられない大切なものがたくさんあるから。
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