32撃目 終戦


 オリバー・スミスは焦っていた。

 追宴による身体強化を受けてなお、2本の魔槍を使ってなお、リュリュにダメージを与えられない。

 リュリュの見切りは神がかっている。

 どこをどう突いても、斬り降ろしても斬り上げても、全部躱す。あるいは手の甲や掌を使って全て逸らしてしまう。

 リュリュの体力がどの程度なのか分からないが、長期戦はオリバーにとっても望むところではない。追宴の性質上、長時間の使用は人でなくなってしまう恐れがある。

 そうなったら、やがて人としての性格も理性も消し飛んで、ただ破壊を求めるだけのケダモノになってしまう。


「それほどの武がありながら、なぜ今まで前線に出てこなかった!?」


 ちょっとした疑問。

 妖魔たちはいつも逃げ回っていたという話しか聞いたことがないし、リュリュが恐ろしく強いなんて報告も受けていない。


「弱かったから! あたしは、とっても! 弱かったから!」


 攻防の合間にリュリュが答える。

 しかしその答えでは納得できない。弱かったというのは、一体いつの話なのか。

 それとも、短期間で強くなれる何かを手に入れたとでも言うのか。

 リュリュは時々、オリバーの隙を見つけて攻撃するが、どれも絶対防御の追宴によってオリバーには届かない。それどころか、攻撃したリュリュの拳や足が砕ける。

 しかし、


「ダークヒール」


 リュリュは傷付いた身体を即座に回復させてしまう。

 これでは決着がつかない。

 しかし、魔法と体術を同時に扱うとは、なんて器用な奴っ!

 と、

 トリル山を攻略に向かっていた兵士たちが叫び声を上げながらこちらに戻って来ていることに、オリバーは気付いた。

 どうした!?

 何があったというのか。

 前線にはコレット・バーニーが出ているはず。まさか敗退したなんてことはあるまい。

 しかし、

 戻っている兵たちの方を確認すると、妖魔たちに追われているようだった。

 バカな!? 数ではこちらが圧倒的に有利なはず!

 オリバーは1度ジャンプした。現状を把握しようとしたのだ。


「カミラかっ!」


 妖魔たちに混じって、数人のカミラが兵たちを追い立てている。

 オリバーはカミラの魔宝開錠を知っているので、歯噛みする。ダメージを受ければ消えるが、本物と同等の力を持った幻を生み出せる。かなり厄介な魔宝開錠。


「ねぇ」オリバーを追ってジャンプしたリュリュが言う。「いくらなんでも、戦闘中にあたしから目を逸らすなんてあんまりじゃないの? 先生たちなら激怒するわよ?」


 リュリュの掌が、オリバーの絶対防御に触れている。

 だが問題はないはずだ。リュリュの攻撃はオリバー本人には届かないのだから。


久我くが刃心流じんしんりゅう――」


 オリバーと一緒に自由落下しているリュリュが言う。

 オリバーは槍を1度消した。槍の間合いではないからだ。ロイヤルスリーであるオリバーは体術も心得ている。


「侵撃――」


 リュリュの掌がオリバーの絶対防御を砕いた。

 あまりのことに、オリバーの思考が停止する。

 最強の盾を、素手で、砕かれた?

 コレット・バーニーですら、オリバーの追宴を破るために自らも追宴を使った。

 それを、リュリュは、

 素手で?

 その掌が、オリバーの身体に触れる。


「――連弾!!」


 瞬間、極大の衝撃がオリバーを襲い、視界がチカチカして意識が飛ぶ。


       ◇


 キズナやマリですら、空中での侵撃は威力が落ちる。

 しかしリュリュは元々空を飛ぶことができるし、地に足がついていなくても羽で姿勢の制御が可能。

 よって、空中でも侵撃の威力が落ちない。

 更に、キズナとマリでも難しいからあまり使わない侵撃連弾を使ったのだ。一呼吸の間に連続で侵撃を打ち込む技。

 これで勝てなければリュリュにはもうできることがない。

 けれど、

 地面に墜落したオリバーは立たなかった。

 リュリュは教え通り、油断することなくオリバーの隣に立った。技のあと、相手を倒したと思ったあとも敵に備える。これを残心という。

 オリバーは意識を失っているようなので、リュリュはホッと息を吐いた。


「姫! 無事ですか!?」


 馬に乗ったフラヴィがリュリュに駆け寄る。

 フラヴィだけでなく、他の妖魔たちとカミラ、その部下たちも。

 最初からこの場にいたグリーンスレードの兵士たちは、オリバーが倒されたことで戦意を失っている。

 フラヴィたちに追い立てられていた兵たちは、多少パニック状態のようだが、戦闘の意思は見えなかった。


「平気。あとは王様を……」


 リュリュが馬に乗ったウイリアム王の方に視線を移す。


「ええい!」ウイリアム王が叫ぶ。「何をしておるか! 妖魔を滅ぼせ! 闘え!」


 その声でハッと我に返った兵たちがそれぞれ武器を構える。

 しかし誰も攻撃しようとしなかった。

 ロイヤルスリーのセカンドであるオリバーが倒されたという事実が、彼らに大きな衝撃を与えているのだ。


「妖魔は!」リュリュが言う。「人間と和平を結ぶ用意がある!!」


 兵たちが目を丸くする。


「元々そのつもりだった!」


 そう。本当はそうだったのだ。それなのに、ウイリアム王の命令で戦争状態に突入し、妖魔は追い詰められた。

 死んでいった仲間のことを想うと、酷く悲しいし悔しい。リュリュは人間なんて滅びればいいとさえ思った。

 でも、


「あたしたちは闘うことを望んでない! 領土だっていらない! トリル山で平和に過ごしたいだけ!」


 これ以上の殺し合いはもうたくさんだ。

 憎悪や嫌悪が消えるわけじゃないけれど。

 それでも、


「和平が嫌なら、不可侵条約でもいい! あたしたちは、ただ静かに暮らしたいだけなの!!」


 終わらせなくてはいけない。

 憎悪の連鎖なんてあまりにも悲しすぎる。

 シンっと周囲が静まり返る。

 兵たちはお互いに顔を見合わせ、困惑を確認し合っていた。

 と、

 オリバーが槍を杖代わりにして立ち上がった。


「……武器を降ろせ」


 オリバーが言った。


「貴様ら! 余の命令が聞けんのか!」


 ウイリアム王が怒り心頭という表情で、リュリュたちの方に寄って来た。


「オリバー! この敗北主義者め! 貴様は王都に戻ったら投獄だ! 貴様らも! 闘わなければ全員反逆罪で処罰してやる!」


 オリバーとウイリアム王の命令が違うので、兵たちはますます困惑した。

 本来なら、すぐに王の命令を遂行するべきなのだろうが、誰もがウイリアム王よりもオリバーに信頼を置いていた。

 そのことは、リュリュにも他の妖魔たちにもすぐ分かった。


「闘うなら、それでもいいけどぉ」カミラの1人が言う。「ロイヤルスリーのサード、カミラ・エインズワーズと闘って楽に死ねると思わないでねぇ?」


 カミラの言葉が終わると同時に、カミラの部下たちが前に出る。


「そうだそうだ!」

「ボスは世界一残酷なんだぞ!」

「そして嬉しいことに俺たちも残虐非道な行いが大好きときた!」

「必殺・み・な・ご・ろ・し?」


 カミラの部下たちが好き放題言って、兵たちの表情に怯えの色が浮かぶ。


「ええい! カミラ! 貴様は処刑だ!」

「えぇ? カミラ処刑されちゃうのぉ?」


 王の言葉に、カミラが笑う。


「じゃあ、処刑される前に死刑にしちゃおっかぁ」


 別のカミラも笑った。

 カミラがたくさんいるって、本当に嫌な光景ね、とリュリュは思った。

 でも何も言わない。今は一応、味方だ。


「ロイヤルスリーのセカンド! オリバー・スミスが命じる!」オリバーが大きな声を出す。「全員武器を仕舞え! 戦争は終わりだ!」


「オリバー様がそう言うなら……」


 兵士が武器を捨てる。

 それに呼応するように、他の兵たちも武器を捨てた。


「おのれオリバー! 貴様まで反逆するか!!」


 ウイリアム王は馬を降りて、腰の剣を抜いた。


「王よ。もはや我らに勝ち目はないのです。それが分からないのですか? このまま闘えば、こちらが全滅します。オレは無意味にグリーンスレード国民の血を流したくありません」

「貴様! コレットがいれば勝てると言ったではないか! そうだコレット! コレットはどこだ!」


 ウイリアム王がキョロキョロと周囲を見回す。


「コレットならぁ」カミラが言う。「マリさんにぶっ飛ばされてガタガタ震えながらお漏らししてたよぉ?」


 ちなみに、今発言したカミラは本物のカミラである。マリに妖魔の方に行けと言われたのでこっちに来たのだ。


「バカな !コレットまで負けただと! おのれ妖魔どもめ!」


 ウイリアム王が剣を構え、リュリュに向かって行った。

 ウイリアム王の剣技は悪くない。それはまぁ、そうだろう。王たるもの、幼少の頃より剣を学ぶのは当然だ。

 けれど、


「殴られなきゃ分からないの!?」


 リュリュはウイリアム王の剣をあっさりと躱し、その顔面に平手――徒花あだばなを叩き込んだ。

 ウイリアム王が横に飛んでいって、地面をゴロゴロと転がった。

 そしてそのまま気を失ったようだ。


「王に代わって、オレが和平交渉を行おう」


 オリバーはウイリアム王をチラリと見たが、助けようとはしなかった。


「姫」フラヴィが言う。「先に報告したいことがあります」


「どうしたの?」

「詳細は分かりませんが、魔宝獣が出現したようです」

「魔宝獣!?」

「何だと!?」


 フラヴィの言葉に、リュリュとオリバーが反応した。


「あ、それならぁ、キズナが闘ってるみたいだよぉ。それとぉ、その魔宝獣ってグロリア千人将だよぉ」

「キズナ先生が闘ってる!? フラヴィ、和平交渉……」

「任せてください」


 フラヴィが馬から降りる。


「ありがとう!」


 リュリュは羽を出して空を舞う。

 いくらキズナでも、魔宝獣の相手はきついはずだ。

 助けに行かなくては。

 和平交渉は大切なことだが、フラヴィでも可能だ。

 オリバーは王の側近で、フラヴィもリュリュの側近。何も問題はない。

 だから、

 リュリュはキズナを助けに行くのだ。

 戦闘には入れないかもしれないが、回復が必要なはずだから。


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