12撃目 戦友の頼み


 カミラの部下たちは荷馬車から調理道具と食材を迅速に取り出し、並べ、その間にカミラがエプロンを装着した。


「ボス、オッケーです」


 カミラの部下の1人が言って、カミラが大きく頷く。

 そしてカミラは料理を開始した。

 グロリアとオルトンはその様子をただ見ていた。

 グロリアとしては、すぐに作戦会議に入るものと思っていたので、なんだか拍子抜けだった。


「あ、グロリア千人将」カミラが料理しながら言う。「キズナとマリ呼んできてくれるかなぁ?」


 カミラは大きなフライパンで野菜を炒めている。フライパンの下には、攻撃魔法であるはずのファイヤーボールが滞空していた。


「呼んでくる、というのは……?」


 グロリアが目を細める。まさか食事に招待するということではあるまい。


「知り合い、ってか、戦友でしょぉ? だからぁ、連れてきて欲しいなぁ」

「えっと?」

「もぉ、千人将ってば頭悪いぃ」


 カミラがぷくぅっと頰を膨らませた。


「カミラたちはぁ、王都からこーんな辺境までわざわざ来たんだよぉ? それなのに、妖魔たちの山まで出向けって言うのぉ? それは酷いんじゃないかなぁー? ねぇみんなー?」

「「酷い! 悪魔!」」


 カミラの部下たちが足を踏み鳴らした。

 いつも足を踏み鳴らす練習をしているのかと思うほど、彼らの動作はキッチリ揃っていた。


「しかしカミラ様」オルトンが冷静に言う。「キズナもマリさんも妖魔側の人間です。呼んだからって来てくれるとは限らないですよ?」


「あっはー。そんなのカミラ知らなーい。でも、期限はカミラたちの食事が終わってから1時間ね? それ超えたら、千人隊の兵士たちをぉ、順番に痛めつけるね? もしかしたら、1人ずつ殺しちゃうかも?」

「なっ……」


 グロリアは絶句した。

 そんな横暴な話があるものか。いくらロイヤルスリーでも、やっていいことと悪いことがあるはずだ。


「ほら急いでグロリア千人将。それとも、カミラに逆らうのぉ?」


 カミラはフライパンを見ているし、ファイヤーボールをずっと滞空させている。

 それでも、グロリアはカミラに勝てる気がしない。

 だから、


「いえ……」と力なく俯いた。


 自分の部隊を痛めつける、あるいは殺すと脅され、それでも逆らえない。

 グロリアは泣きそうになった。いつから、こんなにも心が弱くなってしまったのか。自分より強い相手に向かっていく勇気を、失ってしまったのか。

 いつから上の命令に従順な犬になってしまったのか。もうグロリアには分からない。

 でも、

 4年前のグロリアなら「ふざけないでください!」とカミラに斬りかかったはずだ。たとえ勝てなくても。たとえ権力を敵に回すとしても。

 グロリアは4年前よりずっと強くなったはずなのに。それなのに、心はあの頃よりずっと弱くなっていた。

 そのことが酷く悔しく、そして悲しかった。


「じゃあ、さっさと行ってちょーだい。カミラたち、食事はゆっくり味わって食べるタイプだけど、急いだ方がいいと思うなぁ」

「分かり、ました……。オルトン、行きましょう」

「僕は残るよ」

「オルトン?」

「カミラ様、最初に痛めつける相手は僕にして欲しいですね」


 オルトンは真っ直ぐにカミラの背中を見つめていた。


「えぇ? かっこいいねぇー。さっすが千人隊の副官。尊敬しちゃーう。だから、そのかっこよさに免じて、最初に痛めつけてあげるね? だけど、すぐ後悔すると思うなぁ」

「そりゃ楽しみだね」


 オルトンがそう言うと、カミラは料理の手を止めて振り返った。


「ねぇ、もしかしてカミラのこと舐めてる? 最近ロイヤルスリーになったばっかりのガキだって、バカにしてる?」

「そんなつもりはないですよ。カミラ様は僕より強い」

「ふぅん。ならいいけどぉ。言葉には気を付けてね?」

「了解」


 カミラは再びフライパンの方に視線をやった。


「オルトン……」

「姉さん、いいから行って欲しい。僕のことは心配無用だよ」


 オルトンは小さく笑ってから、グロリアの耳に顔を寄せた。

 そして小さな声で囁く。


「実はカミラ様のこと、ちょっと好みなんだよね」

「えっと……?」

「だから、痛めつけられるのも有りかな、と」

「そ、そうですか……。分かりました……。なるべく急ぎますので、兵たちを頼みます」


 グロリアは踵を返してから、心の中で呟く。

 嘘吐きめ、と。

 オルトンは自他共に認める真性の変態だが、相手が誰でもいいわけじゃない。

 そんなことぐらい、グロリアでも分かる。

 心配させないように、自分の変態性を利用しただけだ。

 少なくとも、グロリアはそう思った。


       ◇


「ふざけるな! 罠だ!」


 フラヴィが烈火のごとく怒鳴った。


「そんな大きな声で言わなくても聞こえるぜ?」


 やれやれ、とキズナは肩を竦めた。

 フラヴィはすぐに熱くなる癖がある。それを直さないと戦闘では不利だ。今後の個別指導で、その辺りを改善させようとキズナは思った。


「話を整理すると」マリが淡々と言う。「私たちが行かないと、オルトンが痛めつけられる。あるいは殺される、と」


「そういうことになります。わたくしだって、ハッキリ敵に回ると言ったお2人に、こんなお願いはしたくありません」


 グロリアは縋るような目でマリを見て、次にキズナを見た。

 グロリアはたった1人で妖魔たちの最後の領土、トリル山までやってきた。

 最悪、妖魔たちに引き裂かれる可能性だってあるのに。

 もちろん、そんなことはキズナとマリが許さないけれど、危険であることに変わりはない。


「行く義理はないぞ! キズナ先生! マリ先生! こいつを拘束してしまおう!」

「だから大きい声出すなって。隣にいるんだから聞こえるって」


 キズナが耳を押さえながら言った。


「お願いですキズナ、マリ……。あの人は、カミラは本気でした……」

「仲間なのに?」

「マリ……。あの人はわたくしたちを仲間だなんて思っていません……。あんなクズがどうしてロイヤルスリーに選ばれたのか、わたくしは納得いきません。でも実力は確かです。わたくしは手も足も出ませんでしたので」

「実力が確かだから選ばれたんだろ? 単純じゃねーか」

「だとしても、あんなクズ……」


 グロリアがギュッと拳を握った。


「ふん。わたしたちからしたら、こっちの世界の人間などみなクズだ」


 フラヴィは腕を組んで、グロリアを睨み付けた。

 わざわざこっちの世界と言ったのは、キズナとマリを除外するためだとキズナにはすぐ分かった。

 そんなに気を使わなくてもいいんだがなぁ、とキズナは思った。


「ダークエルフ、わたくしはあなたとは話していません。黙っていてください」

「なんだと!?」


 フラヴィがグロリアに掴みかかろうとしたのを、キズナが制した。

 キズナはただフラヴィの胸に右手の甲を当てただけだが、フラヴィの動きは止まった。

 しかし、周囲の妖魔たちもグロリアを睨んでいて、誰かが唐突に襲いかかっても不思議ではない。

 モモはずっと低く唸っている。普段の陽気なモモからは想像もできないほど、顔が憤怒で歪んでいた。

 モモが手を出さないのは、人間を殺さないと約束したからに過ぎない。

 そして他の妖魔たちも。


「まぁ、オルトンを見捨てるわけにはいかねぇな。今は敵だとしても、な」

「私も同じ」

「キズナ、マリ……」


 グロリアは泣きそうな表情でキズナたちを見た。


「喜ぶのは早いぞグロリア。条件がある」

「妖魔への攻撃を止めろ、というのは不可能です。仮にわたくしが部隊を引いても、別の部隊が討伐にくるだけのことですから」

「だろうな。そうじゃねぇよ。リュリュを同行させる」

「あたし?」


 ずっと黙っていたリュリュが自分を指差した。

 その表情には若干の不安が含まれている。


「バカか! 敵陣のど真ん中に姫を連れて行くだと!? 気でも触れたのか先生!」

「だから大きい声出すなって。俺は正気だ。実地訓練みたいなもんさ」

「何が実地訓練だ! 敵陣にはロイヤルスリーと1000人の部隊がいるんだぞ!?」

「そこで条件その2だ。グロリアの部隊は今回、俺たちに手を出さない。どうだ?」

「え、ええ。それは当然、そうします。わたくしだって無茶なお願いをしている自覚はありますから。今回、わたくしもわたくしの部隊も、一切の手出しをしない。約束します」

「人間の約束なんぞ信じられるか! これ以上は無駄だ! さっさと失せろ!」

「どうするリュリュ?」


 キズナはフラヴィをスルーし、リュリュを真っ直ぐに見つめた。


「ど、どうしてあたしを……?」

「そりゃお前……」

「一緒に戦えると思ったから」


 マリがキズナの言葉に被せて言った。


「ちょ、マリちゃん、俺の台詞……」

「この1週間で、リュリュが1番伸びた。私が保証する。リュリュはフラヴィより強い」

「え?」


 リュリュは驚いたように目を丸くした。


「たぶん、最初から強かった。誰もそれに気付いてなかっただけ。会った時は私やキズナですら気付けなかった」

「おいマリちゃん。さっきから何俺の台詞横取りしてんだ? オルトン助ける前に決着付けるか?」

「別にいいけど? どうせすぐ終わる。キズナの負けで」


 キズナとマリが睨み合う。


「だからっ!」リュリュが2人の間に入った。「喧嘩しないでってば! 先生たちがそう言うなら、あたし実地訓練に行くから!」


「お。そうかそうか。じゃあ行くか」

「うん。行こう」


 キズナが笑顔を浮かべ、マリも小さく笑った。


「姫!? 正気ですか!?」

「うん。あたし、本当に自分が強くなったか確かめたい。それに、先生たちがいれば、危険なことなんて何もないと思う」


 リュリュはもう決めている。やっぱり来なくていい、とキズナが言ってもリュリュは同行するに違いない。

 長年リュリュと連れ添ったフラヴィに、それが分からないはずもない。


「姫……」フラヴィが溜息を吐く。「……分かりました。ですが、わたしも同行します」


「よし、決まりだ。行こうぜ。いやぁ、楽しみだなぁ、ロイヤルスリー」

「私が闘う」

「あん? マリちゃん何勝手に決めてんだ? 俺だろ?」

「やっぱり先に決着……」

「はいお仕舞い! 喧嘩ダメ!」


 リュリュが両腕を広げ、両掌を2人に見せた。


「ありがとうございます、キズナ、マリ」


 グロリアが深く頭を下げた。


「いいさグロリア。今回は敵だが、戦友だったことに変わりねぇよ」


 4年前、確かに4人は仲間だったのだから。

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