13撃目 玉潰し姫の誕生
「なぁんで4匹いるのかなぁ? カミラはぁ、キズナとマリを連れて来てって言ったと思うけどなぁ?」
カミラは手を後ろに組んで、テクテクと歩きながら言った。
ここはグロリアたちの陣地で、キズナたちにとっては敵の真っ只中である。しかし、キズナとマリはとっても冷静にカミラの動作からその強さを測っていた。
フラヴィはゴクリと唾を飲み、リュリュの表情は強張っている。
「いえ、その、成り行きで……」
グロリアが俯き加減で言った。
カミラが立ち止まる。その足元にはオルトンが転がっている。随分と痛めつけられた様子だが、オルトンの顔はニヤニヤと緩んでいた。
そういや、オルトンってそういう奴だったなぁ、とキズナは呆れた。
と、グロリアの部下たちが集まってきて、キズナたちを遠巻きに囲んだ。
囲みの中には、カミラとその部下10人も含まれている。
「ま、ついでに殺すからいいけどぉ」
カミラが両手を広げて言った。
「ボス、ちょっと待ってください」
長髪の男が歩み出て言った。腰に剣を装備しているが、鎧は装備していない。
「なぁに? チャド」
「うい。ダークエルフがいるようなので、連れて帰ってもいいですか?」
チャドと呼ばれた長髪の男が、フラヴィに視線を向けた。
「そっかぁ、変態に高く売れるんだよねぇ。エフルもダークエルフも男女問わず。そっかそっかぁ。小遣い稼ぎするのねぇ?」
「はい。ダメですか?」
「全然! そのダークエルフが死ぬより辛い目に遭うって考えただけでぇ、カミラちょっと興奮しちゃう!」
「さすがボス!」
チャドは両手を叩いて喜んだ。
「おい」フラヴィが言う。「高く売れるとは、どういう意味だ?」
「ああん? 知らないのか?」チャドがいやらしい笑みを浮かべる。「エルフやダークエルフは、男も女も容姿が綺麗だろ? だから、性奴隷として高く売れるんだよ。いやぁ、死刑を待ってるエルフやダークエルフを何匹か盗んで、チョイチョイと換金したことがあるんだわ。もちろん、俺たちが楽しんだあとでな」
「わ、わたしの同胞に……なんてことを……」
フラヴィがギュッと拳を握った。あまりにも強く握りすぎて、爪が皮膚に刺さり、掌から血が流れていた。
「今頃どこかの屋敷で、ヒィヒィ言って……」
チャドはそれ以上喋れなかった。
「悪い、耳障りだったもんでな」
キズナが右手の人差し指と中指でチャドの喉を突いていた。
チャドは喉を押さえ、うめき声すら上げられないまま崩れ落ちた。しかし意識がまだ残っていたので、地面をゴロゴロと転がった。
「フラヴィ、殺さない約束」
マリはフラヴィが放った矢を右手で掴み、手の中でクルクル回してからフラヴィに返した。
「しかし! あの男は! わたしの! わたしの同胞をっ!」
フラヴィは泣きそうな顔で叫んだ。
「うん。だから、誰に売ったか聞き出さないと助けられないでしょ?」マリはとっても優しい声で言った。「キズナはあいつの喉を潰したわけじゃない。一時的に喋れなくしただけ」
「マリ先生……」
「助けよう。あとで、必ず。だから落ち着いて。ね?」
「はい……」
フラヴィがゴシゴシと両目を拭った。
「もぉ、チャドったらなんであの程度が避けられないのぉ? あとでお仕置きだからね?」
カミラが頬を膨らませた。
「その前に、俺がお前にお仕置きしてやるよクソチビ」
キズナが構えた。
「はぁ!? チビってカミラのこと言ってるのぉ!? カミラもう14歳なんだけどぉ!」
「その割には背が低いな。精神が病んでるから、成長止まってんじゃねぇの?」
「病んでないし!! カミラ全然、病んでないし!」
「そうかぁ? 死ぬより辛い目に遭うこと想像したら興奮すんだろ? それ病気だぜ? オルトンよりやべぇ。つーかオルトン、いつまでも寝てねぇで、そこどけ。巻き込まれても知らねぇぞ」
「ういッス」
オルトンが立ち上がり、さっさとグロリアの隣に移動した。
オルトンはカミラが両手を広げた時から自分に回復魔法をかけていた。
「あんた、キズナだよねぇ?」
「そうだぜ。つーか、人間の男は俺しかいねぇだろ。それで間違ったら最高にバカだぜ?」
「よぉし、地獄見せてあげるからね! みんな! キズナ以外やっちゃえ!」
カミラの号令で、9人の部下たちが一斉に武器を手に取り、マリ、リュリュ、フラヴィに向かって行った。
「キズナ、ズルい……。自分だけロイヤルスリーの相手……」
マリがキズナを睨んだが、キズナは気付かないフリをした。
◇
リュリュは自分に向かってくる大男をしっかり見据えていた。
大男は戦斧をゆっくり振り上げた。
リュリュは大男がどうして手加減しているのかよく分からなかった。どうしてそんなにゆっくり振り上げたのか理解できない。
でも、油断はしない。
やっぱり緩やかに振り下ろされた戦斧を、右斜め前に摺り足で移動して回避。
大男が目を見開いた。
あれ? 手加減したわけじゃないのかしら?
そんな疑問も、すぐに解消される。
そっか、あたし、いつもキズナ先生とマリ先生の攻撃を避けてたから。
だから大男の攻撃が遅く感じたに過ぎない。
リュリュへの個別指導で、もっとも重点的に行われたのは回避すること。無手の回避から始まり、木を削って作った剣や槍を躱した。何度も何度も、怒られながら躱した。
目を逸らすな、動きを小さくしろ、隙を作るな、姿勢が悪い、などなど。
そして、その剣や槍を振るうのはいつだってキズナかマリだった。
2人は当然、手加減していたはずだ。けれど、それでも、この大男の攻撃より遥かに速かった。たぶん、リュリュに躱せるか躱せないかのギリギリで攻撃してくれていたのだ。
さぁ、回避したあとは反撃だ。
リュリュが上手く避けられるようになると、次は避けたあとの反撃を練習した。
リュリュの教わった反撃は1つだけ。
最初はそれだけで十分だと、2人の先生は笑っていた。
最悪、男なら気を失うし、女でも痛い。
即ち、
「えぇい!!」
リュリュは大男の金的を蹴り上げた。
渾身の一撃。
姿勢よく、相手が崩れたところに、全力の蹴りを。
容赦なく相手の弱い部分を。
声を出し、
気合いを入れて、
その蹴りに全てを乗せろっ!
リュリュは教わった通りにした。
大男が断末魔のような悲鳴を上げて、地面をゴロゴロとのたうち回った。
あまりの威力に、蹴ったリュリュの方が驚いてしまう。
でも、すぐに気持ちを切り替える。
次の相手は女だった。両手に短剣を持って、リュリュに斬りかかってくる。
リュリュは女の短剣をスルリと躱す。何度も何度も躱す。
相手がリズムを崩すまで。
「クソがっ!」
女が大振りの一撃を放った。
ここだ、とリュリュは思った。
縦に振り下ろされた短剣を、右に身体を捻りながら躱し、今度はスッと身体の力を抜く。
そして身体を捻った勢いに乗って回転し、
「
左腕を鞭のようにしならせる。
「
強烈な平手打ちを、女の顔面に叩き込む。
それはまさに鞭のような一撃。極限の脱力。それから、イメージ。自分の腕は鞭である、というイメージ。
もちろん、呼吸と姿勢にも気を付けた。
女が横に吹っ飛んだ。
マリがご褒美に教えてくれた技。
その時に、リュリュは1度だけマリの徒花をお尻に受けた。
どんな技なのか知るために。
◆
身体の前面より背面の方が防御力は高く、取り分けお尻は肉が厚いので致命的なダメージを受けにくいから、ということでリュリュはマリの徒花をお尻に受けた。
だが、それでも、あまりの痛さにリュリュは飛び上がり、ちょっと泣いた。
ちょうどその時は3人で水浴びをしていたし、フラヴィがいなかったのでリュリュは全裸だった。
裸のお尻に、真っ赤な徒花が咲いた。
リュリュはすぐに自分にダークヒールを使った。そうしなければ痛さに耐えられなかったから。
久我刃心流・徒花。それはとてつもなく痛い平手打ち。脱力、移動、姿勢、呼吸から生まれるその破壊力は、システマという格闘技が元だとキズナが言っていた。
システマが何なのか、リュリュには分からないけれど、めちゃくちゃ痛いことだけはよく分かった。
それを顔に受けるなんて想像しただけでゾッとする。
お尻に一発受けただけで泣いてしまうほど痛いのだから。
もちろん、リュリュの徒花はマリに比べればまだまだ威力は低いと思うけれど。それでも、マリは手加減してくれたはずだから。
◇
リュリュに叩かれた女は、さっきの男と同じようにのたうち回っていた。
さぁ、次だ。
3人目はまた男。剣で突いて来たので、今度は身体を左に捻って躱す。
躱した時に右半身――右手と右足が相手の方を向いている構えになったので、そのまま入身を使って男の裏に回る。
裏というのは、相手の背中側のこと。男が左利きだったため、左腕を伸ばして突いてきた。だから入身を使ったら自然に裏を取る形になった。
ちなみに入身は基本技なので、個別指導で教わったものではない。受け身と同じように、妖魔みんなで一緒に習った。
そして裏を取ったら即座に転換して相手を自分の正面に捉える。
入身と転換。この2つは合気道における基本で、ほぼ全ての技でどちらか、あるいは両方を使用する。とても大切な技術なのだとリュリュは教わった。
まぁ、久我刃心流の入身と合気道の入身はちょっと違うけどな、とキズナは笑っていた。でもリュリュは合気道を知らないので、首を傾げただけだった。
さぁ、転換が終わったら、
「てぇぇい!!」
渾身の金的。
男が崩れ落ち、悶える。
この戦闘後、リュリュは『玉潰し姫』という通り名で呼ばれ、人間の男たちに恐れられることになるのだが、今のリュリュには知る由もないことだった。
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