14撃目 VSカミラ


「なぁに? あの子、男の急所に恨みでもあるのぉ? 何者?」

「妖魔の姫、リュリュだ。ちなみに金的は俺が教えた」


「はぁ?」カミラが嬉しそうに笑った。「キズナってぇ、そういうのが好きな変態さんなのかなぁ? さっきのぉ、オルトン副官と似たタイプぅ?」


「違げーよ」キズナが肩を竦める。「効果的な攻撃だから教えただけだぜ」


 事実として、金的は護身の基本である。そこは鍛えることができないし、細い女の子が蹴っても有効なダメージを与えられる。

 格闘技の試合なら金的は反則だが、久我刃心流は試合に重きを置いていない。あくまで、いついかなる場合でも自分の身を護る方が大切。よって、非常に積極的な護身を謳っている久我刃心流に反則は存在しない。


「ふぅん。そういうタイプの人なら、カミラの好みなんだけどなぁ。オルトン副官はぁ、ちょっと好みだなぁ。顔も悪くないしぃ?」

「そうか。そりゃ良かった。オルトンも喜ぶだろうぜ」


 キズナがチラリとマリたちの方に視線を送る。

 マリはすでに3人倒して欠伸をしていた。退屈、という心の声が聞こえてきそうだ。

 リュリュも自分に向かってきた3人を倒して、キョロキョロしている。他に敵がいないかきちんと周囲を確認しているのだ。

 フラヴィがやっと3人目の足に矢を撃ち込んで、カミラの部下は全滅した。

 リュリュの奴、すげぇなぁ、とキズナは思った。

 型稽古でしかやっていない技を、実戦でいきなり成功させるには度胸が必要だ。金的にしろ入身にしろ徒花にしろ、初めての戦闘では緊張して硬くなり、稽古通りの動きはできないものだが。


「センスってやつかねぇ」

「なにぃ? なんか言ったぁ?」

「いや、独り言だ。気にすんな。それより、こっちも始めようぜ。お前の部下、全滅しちまってるし」

「本当にねぇ、みんなどうしてそんなに弱いのかなぁ。全員あとでお仕置きしなきゃ」


 カミラは本当に楽しそうに言った。

 誰かを痛めつけるのが心から好きなのだろう、とキズナは思った。

 と、カミラがキズナの目の前にいた。

 一瞬見失った? この俺が?

 カミラが拳を突き出す。

 キズナは左手でその突きを払いながら入身。

 入身の勢いのまま膝蹴りを入れようとしたのだが、キズナは再びカミラを見失った。

 動きが速いなんてものじゃない。捉えられない。正直言って、マリより速い。


「こっちだよぉ」


 上。

 キズナが顔を上げると、その顔に踵が降ってくる。

 右腕を上げて踵をガード。


「重っ」


 押し込まれ、キズナは片膝を突いた。

 さすがロイヤルスリー。威力が大きい。

 そしてカミラの姿が消える。

 おかしい。

 カミラは消えたとしか思えない。

 キズナに追えないほどの速度で移動しているとしたら、もはや人間ではない。


「ふぅ」


 カミラがキズナから少し距離を取って息を吐いた。

 やはり、カミラは唐突に消え、唐突に現れているように見えた。


「魔法か何かか?」


 試しに聞いてみる。


「なぁにがぁ?」

「急に消えるの」

「あっはー、言うわけないよねぇ?」

「だよな。でも」


 またカミラが消える。


「この辺りだろ?」


 キズナが自分の右側に向けて無造作に裏拳を放った。


「えっ!?」


 ちょうど、キズナが裏拳を放った位置に現れたカミラは、キズナの裏拳をまともに顔に受けた。

 でもまたすぐにカミラは消えてしまう。

 そしてキズナから離れた位置に出現し、鼻を押さえていた。

 カミラの鼻からは血が流れている。


「防御力は普通ってとこか。お前の能力は消えることだけか?」

「なんでぇ、分かったのかなぁ? 見えるわけないのに」

「教えると思うか?」


 答えは単純明解。視線である。カミラがキズナの右側を見ていたので、そこに現れるのではないかと思ったのだ。

 つまり、視線からアバウトな出現位置を予測したに過ぎない。

 カミラの顔にクリーンヒットしたのは運が良かっただけ。


「思わないよぉ。けど、そんなことより、よくも、カミラの鼻を……」


 ギリっとカミラが唇を噛んだ。


「穿ち殺せ!」


 カミラが右手を上げると、上空に火属性を示す赤い魔法陣が浮かんだ。

 魔法陣が浮かぶということは、大魔法以上の魔法ということ。


「ファイヤーレイン!!」


 魔法陣が無数の赤い槍を創造し、その槍が広範囲に降り注いだ。

 キズナはそれらをヒョイと躱す。さほど難しくはない。ただ上から真っ直ぐ降ってくるだけだ。数は多いが、よく見ていれば躱せる。

 赤い槍たちは墓標のように地面に突き立った。


「かぁらぁの!」


 カミラが拳をギュッと握る。


「リュリュ!」


 叫び、キズナは鉄衣を使用し、両腕を顔の前でクロスさせた。

 リュリュはキズナの声で、防御魔法を発動させた。

 それとほぼ同時、


「エクスプロード!!」


 赤い槍たちが一斉に爆発した。

 その爆発は凄まじく、赤い槍の数だけ地面に穴が開く。


「くぅ……効くなぁ……」


 キズナは息を吐いて鉄衣を終わらせ、両腕を下ろす。

 道着が所々焦げてしまった。ついでに、キズナの身体も。深刻ではないが、軽いダメージでもない。

 しかし幸いなことに、キズナ以外は怪我をしていない。リュリュの防御魔法はきちんと全員を護っていた。


「グロリアの部下には、ちょっと被害出たか」


 しかしそっちを助ける義理はない。キズナにもリュリュにも。


「うっそー。今ので粉々にならない人ってぇ、あんまりいないんだよぉ?」


 カミラはいつの間にか、背中に装備していた人形を抱いていた。

 鼻血は止まったようだが、血の跡が顔に残っている。


「お前さぁ、もうちょい考えて魔法使えよ」

「はぁ?」

「部下もろとも吹っ飛ばすつもりだったのか?」


 リュリュの防御魔法の中に、運良くカミラの部下たちも入っていたので、爆発でバラバラになったりはしていない。

 運良くというか、カミラの部下たちはリュリュたちと同じ場所にいたのだから、必然とも言える。


「そうだけどぉ? 別に人間なんか勝手に増えるし? 部下はまた探せばいいし?」

「お前も人間だろうが」

「だぁかぁらぁ、カミラも勝手に増えちゃったのぉ。望んで産まれたわけでも、望まれて産まれたわけでもないしぃ?」

「そうかよ」

「あっれー? 否定しないんだぁ? なんかぁ、綺麗事とか言われるかなぁって思ったけどぉ?」

「俺が綺麗事なんか言うタイプに見えるのか?」


 キズナはちょっと笑った。

 相手が不幸でも幸福でも老人でも子供でも、向かってくるなら倒す。なるべく積極的に。それが久我刃心流だ。綺麗事とは遠い理念を掲げているのだ。


「キズナ。ダラダラ喋るなら代わって」


 さり気なく近づいて来たマリが淡々と言った。


「戦闘の合間に話をするのがいいんじゃねぇか。マリちゃん分かってねぇな」

「ダメージがまぁまぁあったから、回復するために時間取っただけのくせに」

「そういう見方もできるな」

「代わって」

「あと5分」

「そんなに待てない」

「じゃあ3分でいいぜ?」

「分かった。3分だけ待つ。カップラーメンがあれば良かった」

「でも交代するなら、それ食うの俺だよな?」

「……」


 マリは無言で踵を返した。

 やれやれ、とキズナは肩を竦める。

 ちなみに、カップラーメンはマリの好物だ。


「別にぃ、カミラは2対1でもいいんだけどぉ?」

「本気で言ってんのか?」


 キズナは笑った。可笑しくてたまらなかった。


「何が可笑しいのかなぁ? カミラ分かんなーい」

「だってお前、俺とマリちゃんを同時に相手するって、お前……あー、笑い過ぎて喋れねぇ。ちょっと待て」


 キズナはわざとらしく咳払いして、真面目な表情を作る。だが口角が少し上がっていた。


「俺とマリちゃんを同時に相手したら、3分どころか、3秒で終わっちまうぜ?」

「カミラのこと、舐めてるのぉ?」

「いや、事実を言っただけだ」

「地獄見せてやるからね!」

「さっきも聞いたぜ?」

「魔宝開錠」


 カミラの抱いたヌイグルミがキラキラと輝き始めた。

 色的に光属性かな、とキズナ。


「幻惑舞踏」


 スゥーっとカミラが分裂して2人になる。

 2人になったカミラが再び分裂して4人に。

 4人になったカミラも分裂し、8人に。


「なるほど。幻か。ふぅん。そういうことか。さっきの消える移動も、魔宝開錠か。いつ使ったのかは分からねぇけど」


 カミラは消えたのではなく、普通に移動しただけだ。ただ、それを認識できなかっただけ。カミラの残像だか幻だかが、その場に残っていて、そっちしか見えなかったということ。

 キズナはそう解釈した。


「魔宝開錠には2種類あるんだよぉ」

「あん?」


 キズナが目を細めた。意味が分からなかったからだ。いきなり親切に説明を始める意味が。

 たぶん、半分は自慢だ。なんだかんだで、特別な能力を持った奴はそれを持っていない者に自慢したがる。


「やぁん、キズナってば頭悪いぃ。1度使えばしばらく効果のあるモノとぉ」


 なるほど、キズナが頷く。

 グロリアの氷の鎧なんかがそれに当たる。


「その瞬間の、1発効果のモノだよぉ」


 グロリアの氷の塊が降ってくる魔宝開錠がそれだ。


「でぇ、カミラはぁ、全部効果が続く魔宝開錠だよぉ」

「ご親切にどうも。つまり、最初からあの消える魔宝開錠を使ってたってことだな。いやぁ、本当、お前も親切だよなぁ。グロリアほどじゃねぇけど」


 グロリアなら能力がいくつあるかまで教えてくれる。グロリアはバカ正直だから。


「親切? カミラがぁ? これから地獄に落としてあげるのにぃ?」

「8人に増えただけじゃねーか。問題ねぇよ。3分経っちまうから早くこい」


 キズナは右手を伸ばし、クイクイっと手を動かして挑発した。

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