22撃目 謎の黒い何か


 一度日本に戻ったキズナが、リュリュに再度召喚されてからすでに20日が経過していた。

 太陽がちょうど真上にあるお昼時のトリル山、キズナとマリは妖魔たちに多人数掛けの稽古をやらせていた。


「こいつらかなり伸びたな……」

「私たちの予想を遥かに上回った。その中でも、特にリュリュはやばい」


 妖魔たちが行なっている稽古は、1人の妖魔に残りの全員が向かっていき、その1人がどれだけの数を捌けるかというもの。

 数で負ける妖魔は、どうしたって1人で多数の兵を相手にしなくてはいけなくなる。

 だからこの多人数掛けの稽古を多く取り入れている。


「ああ。リュリュならもうカミラ倒せるんじゃねぇの?」

「そう見えるけど、確かめてみる?」


 マリがチラリとキズナに視線を送った。


「そうだな。カミラを呼ぶか」

「そうしたいけど、どうやって?」

「魔法でどうにかなるんじゃねぇの? 4年前にオルトンが使ってたろ?」

「ああ、メッセージバード」


 マリが思い出した、という風に頷いた。

 メッセージバードというのは、魔法で作った鳥が、離れた対象に任意の言葉を伝えてくれるもの。

 風属性を得意とするオルトンは、美しい黄緑色の小鳥を創造していた。オルトンには似合わないぐらい綺麗で、可愛い小鳥だったのをキズナは覚えている。


「でもキズナ、そもそもカミラが素直に来ると思う?」

「マリちゃんが借りを返せって言えば問題ないだろ」


 カミラはマリを恐れている。お漏らしするレベルで恐れている。マリが強い口調で言えば、嫌々ながらも来るのではないかとキズナは思った。


「どうだろう? 私はそもそも何も貸してない。まぁ、別に言うのはいいけど」

「じゃあ頼む」


 そう言って多人数掛けの稽古に視線をやると、ちょうどリュリュが1人で全ての妖魔たちを叩きのめしたところだった。

 たぐいまれなる才能、なんて安い言葉では言い表せないほどの凄まじい伸び。

 妖魔の王と妖精女王の間に生まれたというその特殊性が、この才能の根源だろうか?

 羨ましいな、とキズナは思った。

 そしてマリも同じことを思った。

 キズナにしろマリにしろ、普通の人間だ。特別な何かを持って生まれたわけではない。

 でも、思っていても口には出さない。人間として生まれたのなら、人間として頂点を目指すまで。

 と、リュリュと目が合った。


「すげぇなリュリュ」

「妖魔たちも伸びてるのに、まったく寄せ付けない」


 キズナとマリはリュリュの方へと歩いて行く。

 その時にキズナはモモの尻尾を踏んだ。

 フギャー、とモモが飛び上がった。


「サボってんの見たぞ」

「おれ、サボってたんじゃなくてぇ、姫が強すぎ的な感じだったからぁ、ちょっとビビってただけみたいな?」

「そうかよ。けどこれは稽古だぜ? ビビってねぇでしっかりやれ」

「……またドッグフードってゆーお菓子? 持って来てくれたらぁ、オレもっと頑張れる的な?」


 キズナがお土産にと持って来たドッグフードは人外系の妖魔たちに大人気だった。

 みんながお菓子だと思って食べていたので、実は犬の餌だとキズナは最後まで言えなかった。

 ちなみにリュリュやフラヴィのような人間型の妖魔は、一欠片だけ食べて「美味しくない」と顔を歪めた。


「まぁ、また機会があればな」


 キズナは苦笑いしてからリュリュに向き直る。


「さて。リュリュはメッセージバード飛ばせるか?」

「うん」


 キズナが問うと、リュリュはすぐに頷いた。


「じゃあちょっとカミラにメッセージを頼む」

「カミラに? なんで?」


 リュリュが首を傾げる。


「リュリュがカミラに勝てるか試す」


 マリが言うと、リュリュが目を丸くした。

 リュリュには素晴らしい才能があり、事実として凄まじい速度で成長している。

 けれど、

 リュリュは自分の実力を未だに信じていない。それは日々の言動でよく分かる。


「あのゲスをここに呼ぶというのか?」


 リュリュに倒されていたフラヴィが起き上がって言った。


「ああ。問題ないだろ?」

「いや、わたしは問題しかないと思うが!?」


「あー、はいはい」マリがどうでも良さそうに言う。「フラヴィはとりあえずいつも反対する」


「それは先生方が非常識なことばかり言うからだ!」

「そうか? どの道、リュリュの強さを示せなきゃお前らに未来ねぇぞ?」


 リュリュは妖魔の総大将。その能力を人間が恐れ、攻めるなんて気が起こらないようにするのがいい。

 人間たちだって、全員が強いわけではない。数人の強い奴らの下に普通の兵士がいるだけだ。

 もちろん兵の練度も大切だが、それ以上にトップに立つ人間の能力が重要なのだ。それは人間でも妖魔でも同じこと。


「それは……そうかもしれないが……」


 フラヴィは煮え切らない、といった様子だった。


「あなたたちは」マリが言う。「自分たちだけでトリル山を守りたいと言った。そのためには、妖魔のトップであるリュリュがロイヤルスリーより強い必要がある」


「しかし、姫だけが強くても……」

「俺とマリちゃんだけで1000人隊を追い返しただろ?」

「結局のところ、司令官さえ倒せばどうにかなる。逆に言えば、私たちが敵の司令官……グロリアとオルトンに負けていたら、その時点で妖魔の歴史は終わってた」


 それだけ、上に立つ者の責任は重い。


「俺たちはずっとこっちにいるわけじゃねぇ。だから今後の戦闘の指揮もリュリュに執ってもらう」


 今のところ、人間たちが攻めてくる様子はない。しかしいつまでも平和というわけでもないはずだ。


「なっ!? 先生方が指揮するのではないのか!?」

「私たちは強いだけで、人を……妖魔をまとめるようなカリスマはない」

「だな。それはリュリュの役目だ。本当なら、俺らは戦闘にも参加しねぇ方がいい」

「それとも、やっぱり私たちに人間の王様をブチのめして妖魔を救ってくださいってお願いしてみる?」


 マリがクスッと笑いながら言った。

 別に本気でバカにしているわけではない。挑発しているだけだ。フラヴィのように、結局最後はキズナとマリが助けてくれると妖魔たちが思っていたら困る。

 もちろん、困るのはキズナとマリがいなくなってからの妖魔たちだ。


「あたしたちは!」リュリュが強い口調で言う。「先生たちがいなくなっても、ずっと平和に暮らしたい! だから!」


 リュリュはそこで一旦言葉を切り、キズナとマリを順番に見た。


「だからあたしはカミラを倒すし、指揮を執るし、それに王様だってぶっ飛ばすんだから! それから、あたしが和平交渉をする。もちろん、みんなにも手伝ってもらうけどね!」


 リュリュはフラヴィに笑いかけた。


「やべぇ、俺、結構リュリュ好きだわぁ」

「私も」


 キズナとマリの頰が緩む。

 弟子の成長は本当に嬉しい。まぁ、元々リュリュだけは覚悟を決めていたが。そしてその覚悟は揺らいでいなかった。


「姫……」


 フラヴィがウルウルと瞳に涙を溜めた。

 そしてリュリュはというと、


「好きだなんてそんな、照れるぅ」


 頰を染めて身体をクネクネと動かしていた。

 いい雰囲気が台無しである。


「……ま、いいか。早速メッセージバード出してくれよ」


「あ、はい」リュリュが右掌を上に向ける。「意思を伝えろ、メッセージバード」


 リュリュの掌に、黒いギザギザの何かが生まれる。

 鳥と呼ぶにはシルエットが尖りすぎている。

 その何かは「ピギャー!ピギャー!」とおぞましい声で鳴いた。


「オルトンのと、全然違う……」


 マリが顔を引きつらせながら言った。

 これは絶対に鳥じゃない。謎の黒い何かだ。


       ◇


 カミラは久しぶりに外の世界に出た。

 ロイヤルスリーの敗北という前代未聞の失態の責任として、牢にぶち込まれていたのだ。


「あぁ、太陽がぁ、太陽が眩しいよぉ」


 カミラは両手を広げて自由を噛み締めた。


「ボス、お勤めご苦労様です」

「ボス、牢の食事はクソみたいだと聞きましたが、事実でしたか?」

「ボス、俺結婚するんだぁ」


 カミラを出迎えに憲兵団の本部前に集まっていたカミラの部下たちが口々に言った。


「最悪のお勤めだったよぉ。食事はぁ、本当に不味くてぇ、カミラ死ぬかと思ったなぁ。それと、結婚おめでとう。拉致して弄んだ子と愛が生まれたのかなぁ?」


 カミラは久々に会う部下たちに笑顔を向けた。


「しかし、ボスを牢にぶち込むとか、国王許せん」

「おうよ。権力振りかざしやがってクソが」

「権力者なんてクソよ。でも私たちは権力欲しい」

「ボス、この際、謀反とかやっちゃいますか?」

「そして世界の美味い食べ物を集めるグルメ国家の建設を!」


 部下たちは好きなことを好きなように言い放つ。


「はいはい、みんな落ち着いてねぇ。謀反はぁ、カミラも憧れるけどぉ、あのバカ王様にはコレット・バーニーが付いてるからね?」


 カミラがそう言うと、部下たちは沈黙して顔を青くした。


「コレットか……」

「コレットはなぁ……」

「味方にしたらウザいだけでも、敵に回したら最悪だしなぁ……」

「若い頃は可愛くて凛々しくていい人だったんだけどなぁ、婚期を逃すと人は変わるんだなぁ」

「ボスは婚期を逃さないでくださいね!」


 と、黒くて得体のしれない何かが空から舞い降りて来た。

 カミラたちは瞬間的に戦闘態勢を取った。それほど異様で、気色悪い何かだったのだ。

 そしてその得体のしれない黒いモノが言うのだ。


「私マリだけど、カミラは回復してあげた恩を返すために、すぐトリル山まで来ること。来なかったらどうなるか分かるよね? 説明する? しなくていい? じゃあ急いでね」


 せっかく自由になったのに、カミラに自由はなかった。

 マリは2度と敵にしたくない。どんなことをしてでも再戦だけは避けなければいけない。だからなるべく、マリの機嫌を損ねるようなこともしたくない。

 世界で1番強いのはコレット・バーニーだとカミラは思う。

 けれど、

 世界で1番怖いのは久我くがマリだ。

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