23撃目 ロイヤルお漏らしのカミラさん


 カミラにメッセージバードを飛ばしてから4日後。

 トリル山では昼間からお祭りのような雰囲気になっていた。

 理由は単純で、オルトンが拉致され売られた妖魔たちを連れて来てくれたからだ。


「いやぁ、マジで助かったわオルトン」


 キズナは地面に座ったまま、左隣に座っているオルトンに言った。

 稽古大好きのキズナも、妖魔たちがあまりにも喜ぶものだから今日は休日ということにした。楽しい時は徹底的に楽しめばいい。

 いずれまた人間たちが攻めて来て、それどころじゃなくなってしまうだろうから。


「いいってこと。僕と姉さんは借りを返しただけだよ」

「そういや、グロリアは?」


 マリが言った。

 マリはオルトンの左側に腰を下ろしている。


「姉さんはなんだか調子が悪いみたいだね」

「ほう。元気だけが取り柄みたいな奴なのにな」

「肉体的なものじゃなくて、精神的なものだと思うよ。ずっと辛そうなんだよね。何も言ってくれないから、僕にはどうすることもできないけどね」

「そうか」

「それに仕事もちょっと込み入っててね」

「トリル山を攻める準備か?」


 キズナは淡々と言った。遅かれ早かれそういう時はやってくる。


「そんなところだね。君たちは妖魔と一緒に遠くに逃げるべきだね」

「どうして?」


 マリがオルトンの顔を覗き込むようにして言った。


「僕が情報を漏らすと思う?」

「オルトンは話してくれる。私はそう信じている。オルトンは私を裏切らない。世界中の全ての人が私を裏切っても、きっとオルトンは裏切らない。そう思う」


 マリの声には感情が乗っていなかった。棒読み、というやつだ。


「何から聞きたい?」


 オルトンの頰が緩む。マリの言葉に感動した、というわけではない。元々、オルトンは妖魔の殲滅に反対している。喋るつもりで来たのだ。


「規模を教えてくれ」

「5000だね」


 キズナの質問にオルトンが答え、そしてしばらく3人は沈黙した。

 妖魔たちの楽しそうな声が通り過ぎる。


「その上」オルトンが言う。「ウイリアム王が自ら指揮を執る」


「それは都合がいい」


 マリは自分の両拳を軽くぶつけた。

 約束を破ったから個人的にぶん殴ると言ったのは嘘ではない。


「けど5000かぁ……」


 キズナが苦笑いを浮かべた。

 妖魔の数は100と少し。1人で約50人を相手にしなければいけない計算になる。

 まぁ、全ての兵を倒すなら、だが。


「一点突破で王をやるしかないと思う」

「できると思うか?」


「うーん」マリが首を傾げる。「1番弱いところを突けば、私たちの協力なしでもいけるかも?」


「え?」オルトンが驚いたように目を丸くした。「キズナとマリさん闘わないの?」


「俺らは先生として呼ばれただけで、人間を倒してくれとは言われてねぇ」

「そう。妖魔たちは自分の力で自分たちの最後の領土を守りたいって言ってる」


「いやいやいやいや!」オルトンが焦ったように言う。「じゃあなんで僕らを撃退したわけ!?」


「あれは最初だったからな」

「うん。まだ何も教えてない状態だったから」

「教える前に絶滅されても困るだろ?」

「……僕らはかなりタイミング悪かったわけだね」


 オルトンは小さく溜息を吐いた。


「いや、今なら俺ら抜きでもグロリアの千人隊じゃ妖魔に勝てねぇな」

「そう思う」

「どういうこと? 30日かそこらで妖魔たちが強くなったとか?」


 オルトンは笑いながら言った。

 そんなことあるわけないじゃないか、という態度だ。


「リュリュは確実にグロリアより強い」

「というか、今ならフラヴィでもグロリアぐらいの力量あると思う」


 同等のレベルというか、条件によっては勝てる、という感じ。

 何の小細工もなしで正面から闘うなら、まだグロリアの方が強いだろう、とキズナは思った。


「……信じられない話だけど、まぁ仮にそうだとしよう」オルトンが言う。「でも、今回は本気で逃げて欲しい」


「まぁ5000は多いな」

「うん。でも闘い方次第でどうにかなると思う」

「そうじゃないんだよ」


 オルトンは小さく首を振った。


「ああ、そうか」キズナが頷く。「5000の兵ってことは、千人将が5人いる上に、五千人将とかもいたりするわけか」

「そうじゃないよ。そうじゃなくて、コレット・バーニー様が出るらしいんだよ」

「誰だ?」「誰?」


 キズナとマリの声が重なった。


「4年前に教えたと思うけどね!」オルトンが少し大きな声で言う。「ロイヤルスリーのファースト! 世界最強天下無敵、存在の次元がすでに異次元なコレット様のことだよ!」


「ああ、そういや、聞いたことあったな」


 凛々しく優しく、ロイヤルスリーの鑑のような人物という話だったか。少なくとも4年前はそう説明された覚えがあった。


「その人、カミラと比べてどう?」


 マリが聞いた。


「獅子と豚、月と亀、妖魔の王と蟻。そんなレベルだね」

「豚とか蟻がカミラか?」


 それはちょっと酷いんじゃないかとキズナは思った。さすがのカミラでも傷つくのではないだろうか。


「当然! コレット様は全国民の憧れ! 僕も踏んで欲しいとか思ってた!」

「過去形? 今は思ってないの?」


 意外、という風にマリ。


「……今のコレット様は……ちょっと……迷走しているというか、空回りしているというか、強さに変わりはないと思うけど……、その、婚期を逃したことで性格が一変してる……」

「へぇ」

「そうなんだ」


 キズナとマリは興味なさそうに言った。

 実際、コレットの性格にはまったく興味がない。興味があるのはその強さの方。


「僕はコレット様の痛々しい噂を聞くたびに姉さんの将来が心配になるんだよ。姉さんはきっと婚期を逃すと思うんだ。キズナ、できれば姉さんを貰ってやってくれないかな?」

「貰うってのは結婚してやってくれって意味か?」

「そうだよ」

「ふぅん。世界が違うから難しいんじゃないか?」

「世界が同じなら、姉さんでもいい?」

「まぁ別に誰でも……」

「ダメに決まってるじゃない!」


 リュリュが立ったまま腰を曲げ、オルトンを睨みながら言った。

 リュリュが近づいてきていたのは、3人とも知っていた。

 けれど、


「どうしてリュリュが断るのか」


 マリは意味が分からないという風に首を傾げた。

 キズナとオルトンも目を丸くした。


「オルトンは仲間を助けてくれたし、妖魔の殲滅にも反対だし、だから今はそれほど嫌いじゃないし、とっても感謝してるけど」リュリュはマリを無視して言う。「キズナ先生がこっちの世界の人間と結婚するなんて絶対許さないんだから!」


「……え? もしかしてリュリュ……」


 オルトンは何かに気付いた風に言った。


「キズナ先生はいつか元の世界に帰るんだから! 世界が同じなんて仮定は意味ないの! だからグロリアと結婚なんてしないもん!」


 リュリュは顔を真っ赤に染めて、必死さを隠そうともせず言った。


「キズナ、理由は分からないけどリュリュが猛反対してる」

「マリちゃん、俺も理由は分からないけど、猛反対されていることは分かったぜ」


「え?」オルトンが小声で言う。「今ので分からないとか、脳筋ってそんなに鈍感……? いや、鈍感だからこそ脳筋……」


 此花このはなキズナ17歳、彼女いない歴イコール年齢であり、恋をした経験なし。今後する予定もなし。

 久我くがマリ17歳、彼氏いない歴イコール年齢であり、恋をした経験なし。今後する予定もなし。


「まぁ、俺は別に家事してくれりゃ誰でもいいけどな」


 そして自分はひたすら稽古に打ち込むのだ。家事に時間を取られるなんて冗談じゃない。よって、「一人暮らしをしてみたい」という同級生たちの気持ちはキズナにはサッパリ理解できない。


「あたし家事得意!」リュリュが言った。「野菜も育てるし、料理も洗濯もできる!」


「……やばい、姉さんに勝ち目がない」


 オルトンがグロリアの敗北を確信した。

 その時、

 空からカミラとその部下たちが降ってきた。

 正確には、木の上に隠れて様子を伺っていたカミラたちが飛び降りてきたのだ。

 当然、キズナとマリはその存在に気付いていたので特に何も思わなかった。

 しかしオルトンとリュリュ、その他の妖魔たちは酷く驚いた様子だった。


「料理と言えばぁ、カミラだよねぇ?」


 カミラは料理という単語に釣られて飛び降りたのだった。


「おうよ! ボスを差し置いて料理だと!? 舐めるなよ?」

「ボスの料理は世界一!」

「隠し味に残虐な心を一雫!」

「理想のお嫁さんと言えば料理上手! 料理上手といえばボス! ということは!?」

「ボスこそ理想のお嫁さん!!」


 カミラの部下たちが次々にカミラを褒め称えた。

 こいつら何気に仲良しだなぁ、とキズナは思った。

 以前、カミラが部下なんてまた探せばいいと言っていたのは虚勢なのかもしれない。


「何? カミラもキズナと結婚したいの?」


 マリが真面目な表情で言った。


「はぁ!? バッカじゃないのぉ!? なぁんでカミラがキズナなんかと結婚しなきゃいけないのぉ!?」

「俺なんかって、お前、マリちゃんから助けてやったの俺だぞ……。もうちょい言い方あるだろ……」


 まぁ、マリのために助けたのだが。万が一にも、マリが人殺しにならないように。


「バカって私に言ったの?」


 マリがスッと立ち上がる。

 カミラが我に返ったように表情を強張らせる。


「ち、違いますよぉ。カカカ、カミラはぁ、オルトンに言ったんですよぉ。ほ、ほらぁ、カミラはぁ、豚で亀で蟻ですからぁ、マリさんにそんなこと言うわけないじゃないですかぁ」


 カミラの声と身体がガタガタと震えていた。


「え? 僕に振るの? さすがロイヤルお漏らしのカミラさ……ごふっ」


 オルトンの顔面にカミラの重い拳がめり込んだ。

 オルトンはそのままバタンと倒れてしまうが、命に別状はない。

 キズナとマリはやれやれと溜息を吐いた。

 カミラがオルトンを殺すつもりなら止めたが、そういう感じではなかったので2人ともスルーしたのだ。


「ロイヤルお漏らし……?」

「まさかボスが……お漏らし?」

「……それ萌える」

「ボスにそういう癖があるのなら……」

「誰がボスの下着洗うか決めるか?」

「……男ども、それは私がやる。ボスの下着……ゴクリ」


 カミラの部下たちがヒソヒソとオルトンの発言について想像を膨らませていた。

 そしてその想像はだいたい合っている。


「はぁい、みんな落ち着いてねぇ」カミラはいつも以上の笑顔で言う。「オルトンの戯れ言に惑わされないよぉにねぇ。惑わされたらお仕置きだよぉ?」


 カミラの言葉で部下たちはピタッとヒソヒソ話を止めた。


「さて」カミラがキズナに向き直る。「とりあえず本題に入るねー。借りを返すって具体的にぃ、カミラに何して欲しいわけぇ? 料理?」


「身体で……あたっ」


 そう言ったオルトンの頭をマリが手刀で打った。


「簡単なことだカミラ。リュリュと闘え。なんなら追宴ついえんしてもいいぜ」

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