25撃目 世界で一番王様にしちゃダメな子


 キズナたちはトリル山中腹に戻って寝転がっていた。

 午後の日差しが心地好い。


「たまにはこういうのもいいな」

「本当にね」

「このあとぉ、美味しい料理があればぁ、超最高だねぇ」


 キズナとマリと、そしてカミラが言った。

 なぜかカミラも一緒にキズナたちと寝転がっている。当然、カミラの部下たち10人も。

 もう用はねぇんだけどなぁ、とキズナは思ったが別に追い返す理由もないので何も言わない。


「ところでぇ」カミラが言う。「なぁんでマリさんもキズナとコレットの結婚に反対したのぉ?」


「だって、結婚したらキズナはコレットと一緒にいるでしょ? そうなると、私もコレットと一緒にいることになる。それは嫌だった」

「んん?」

「だから、キズナと一緒にいるということは、私とも一緒にいることになるでしょ?」

「えぇっと、カミラよく分かんなぁい」

「そう。じゃあいい。とにかく私はあのオバサン苦手」

「俺もだ。できればもう会いたくねぇな。家事してくれれば誰でもいいって発言は取り消す」


 キズナは結婚についてはもっと大人になってから考えればいいと思った。

 正直な話、今のキズナには誰かと結婚して生活するような未来は思い描けないから。


「てゆーか」リュリュが言う。「なんでカミラまで仲間みたいに寝転がってんのよ?」


「……あんたと闘ってじゃあサヨナラって、カミラの扱い酷くなぁい? ちょっとぐらい休んで帰ってもいいと思うけどなぁ、カミラは」


「なるほど」キズナが身体を起こした。「そういう手もあるか」


「いいと思う」


 マリも身体を起こした。

 キズナとマリは同じことを同じ瞬間に考えた。


「先生たちどうしたの?」


 リュリュも身体を起こす。


久我くが刃心流じんしんりゅうの教えだリュリュ。使えるものは使えってな」

「そう。自分が少しでも優位に立つためなら感情は置いておくべき」

「何の話?」


 リュリュが首を傾げた。


「俺らの考えが分からねぇって時点でダメなんだよな」

「本当にね。リュリュだって久我刃心流なんだから」

「えっと、あたし、怒られてる?」


 リュリュは訳が分からないという風な表情を浮かべた。


「妖魔の戦力を上げるためにカミラを仲間に引き入れろ、ってことだ」

「それなりに使えるはず」


「はぁ!?」カミラが勢いよく立ち上がる。「なぁんでカミラがあんたらの仲間にならなきゃいけないのよぉ!」


「あたしだって!」リュリュも立ち上がる。「カミラみたいな酷い人間と仲間になんてなりたくないし!」


「まぁ落ち着けよ2人とも」


 キズナが立ち上がってリュリュとカミラの間に入る。

 妖魔たちもカミラの部下たちも何事かとキズナたちの周囲に寄ってきた。


「俺とマリちゃんはこっちの世界の人間じゃねぇけど、カミラは違う」


「そう」マリもゆっくりと立ち上がる。「それに、仲間と言っても少しの間だけ。利害を一致させてお互いに利用すればいい」


「リュリュには覚悟も気概もあるけど、狡猾さが足りねぇ。良くも悪くも真っ直ぐなんだよな」


 キズナがリュリュの立場なら、絶対にカミラは引き入れる。それどころか、コレットと結婚してその力を利用する。そこまでやるのだ。

 これは遊びではない。種族の存亡を懸けた戦争なのだ。

 その上、かなり分が悪い。戦力もそうだが、人間を殺さないことを前提条件として最初に提示しているから、難易度はかなり上がっている。


「なぁんでカミラが仲間になる前提で話してるのかなぁ?」


「カミラは」マリが言う。「別に国王なんか好きじゃないでしょ?」


「むしろ嫌いだけどぉ?」

「そこなんだよ。いいかリュリュ、カミラは国のためとか王様のために闘うタイプじゃねぇ。なら、利益さえ与えてやればこっちの味方になる可能性がある」


「でもぉ」カミラが言う。「今の立場は悪くないしぃ? カミラより偉いのはセカンドとファーストと王様だけだしぃ? それ以上の見返りがあるとは思えないけどぉ?」


「どうだリュリュ? 何かあるか?」

「ない。ってゆーか、あたしカミラを仲間にするなんて言ってないもん」


 フンッとリュリュがソッポを向く。


「そうだそうだ!」


 妖魔たちがリュリュに同調して騒ぎ出す。

 ダンッ、とマリが地面に対して足で侵撃しんげきを放った。

 マリの周囲がヘコみ、山肌にマリを中心とした亀裂が幾つか走る。

 妖魔たちはシンと静まり返って、リュリュは驚いたような表情を見せた。


「仮に、私とキズナが参戦するとしても、私たちはコレットの相手をするから王様を殴りに行けない」

「本当に王様まで届くのか? お前らだけで、俺らとの約束を守りながら」


 マリとキズナは真剣な口調、真剣な表情で言った。


「正直に言うけど、私は1人じゃコレットに勝てない。たぶんキズナも」

「ああ。俺らは動きを見ればだいたいの強さが分かる。コレットはうちの師範レベル。俺ら2人でなんとか、ってところだ」


 護身の鎖を引き千切ってもいいなら話は別だが。


「つまり、どうしたって私たちはみんなと一緒に5000の兵ともう1人のロイヤルスリーを突破できない」

「お前らは強くなったし、もしかしたら王様まで届くかもしれねぇ。けど、届かないかもしれないんだ。カミラがいたら届く確率は格段に上がる」


 カミラはリュリュ以外の全ての妖魔より強い。その上、カミラの部下たちもそこらの雑兵ではない。10人全員がそれなりに強いのだ。


「どうするリュリュ? 最終的な判断は任せるぜ?」

「うん。どうしてもカミラが嫌いならそれはそれで仕方ない」


 キズナとマリの言葉に、リュリュは唇を噛み、拳を握りながら考え込む。

 他の妖魔たちもそれぞれが何かを考えている。

 カミラたちは特に何かを考えている様子もなく、ただ成り行きを見守っていた。


「確かに、カミラがいればあたしたちの勝てる確率は上がると思う」リュリュが妖魔たちを見回す。「生き残るために、生き延びるために、あたしはカミラと共闘関係を築きたいと思う。でももちろん、本当の仲間にするわけじゃなくて、一時的な協力よ」


 妖魔たちは何も反論しなかった。仕方ないということはみんな理解しているのだ。ただ、きちんと納得はしていないという様子だった。


「で、そっちの話がまとまったところでぇ」カミラが言う。「カミラのメリットは?」


 カミラは妖魔の存亡に興味はない。


「パパ……妖魔の王の隠し財産を全部」リュリュが言う。「小国なら買えると思うわよ」


「わぁお!」カミラが手を叩いた。「そんな財宝があるならぁ、どうして他国に援助を求めなかったのかなぁ?」


「手元にないのよ。あたしたちのお城……今は人間たちが占拠してるけど、そこに隠してあるの。取りに行けないでしょ、あたしたちじゃ。だから、カミラにその場所を教える。教えなければ絶対に見つけられない」

「なぁるほどぉ。その話、乗った! 小国が買えるってことはぁ、カミラ王様になっちゃう!?」


 カミラが部下たちに笑顔を向ける。


「俺たちの時代がきたぁぁぁ!」

「グルメ王国建設!」

「権力じゃぁ! 権力の頂点じゃぁ!」


 カミラの部下たちは飛び上がって喜んだ。


「ボス! 脆弱な国民たちから!?」

「税金を絞り取るぅ!」


 部下の言葉にカミラが答える。


「私たちは税金で!?」

「毎日豪遊!」


 カミラが拳を突き上げる。


「逆らう者は!?」

「皆殺しぃぃぃぃ!!」


 カミラたちのテンションは信じられないぐらい高まっていた。


「……キズナ、カミラは世界で1番王様にしちゃダメな人種」

「……だな」


 カミラは根が邪悪だ。マリに半殺しにされたぐらいではその邪悪さは消えないようだ。

 しかしとりあえず、カミラの協力は取り付けた。これで妖魔たちの生存率はグンと上がった。

 あとのことは、あとで考えようとキズナは思った。


       ◇


 数日後。


「聞け! 勇敢なる兵士諸君!」


 5000の兵たちの前で、壇上に登ったコレットが言った。


「ついに妖魔を世界から消し去る日がやってきた!」


 コレットは軽装に見えるが、防御力の高い戦闘用の服を着ている。髪の毛も真っ直ぐストンと落としている。

 やっぱコレット様って本当は凛々しい人だよなぁ、とオルトンは思った。

 この凛々しいコレットなら結婚してもいい。そんな風に思える。

 が、コレットは武勲を上げてキズナを手に入れるために昔のように振る舞っているに過ぎない。

 コレットは少し前に「オルトン、我はいい感じの演説を考えたのじゃ! ちょっと聞いてくれぬかの?」と微妙に仲良くなってしまったオルトンに言った。

 オルトンが「いいんじゃないッスかねぇ」とテキトーに答えると、コレットは「ぬふふふふ、これで我の結婚に一歩前進じゃぁ!」と性欲丸出し、いや、結婚願望丸出しで喜んでいた。

 完全に俗物である。もはやロイヤルスリーの鑑と謳われたコレットはどこにもいないのだ。


「ウイリアム王が自ら指揮を執り、この私、グリーンスレードの剣であるコレット・バーニーが先陣を切る!」


 コレットは背中のショートソードを片方だけ抜いて天に向ける。


「故に! 我々に敗北はない! 全世界に示そうではないか! グリーンスレードの本気を! その強さを!」


 コレットの言葉に、兵士たちが雄叫びを上げて応える。

 しかしオルトンとグロリアは複雑な心境だった。

 特にオルトンは妖魔たちと交流を持ってしまっている。短い時間とはいえ、同じ場所にいて、妖魔たちが喜びはしゃぐ姿を見ている。

 どうか逃げていてくれと。ただそれだけを願った。

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