24撃目 噂のコレット・バーニー


 こんなの嘘だっ!

 カミラはリュリュに押されていた。

 カミラの攻撃はリュリュに当たらない。それは以前もそうだったのだけど、あの時とは見切りのレベルが違う。リュリュに無駄な動きはほとんどなく、最小の動作で綺麗に避けている。

 これじゃあまるで演武だ。

 トリル山の自然を傷付けないよう全員で山を降りて、カミラとリュリュは平地で戦闘を始めた。

 カミラの体術がリュリュに全く通用しない。

 それどころか、リュリュの攻撃はカミラに当たるのだ。以前は当たらなかったのに。


「このぉ!」


 カミラは焦り、真っ直ぐ右の拳を突き出した。

 リュリュはそれを待っていたという風に、左手で軽くカミラの拳に触れながら入身いりみ転換てんかん

 カミラは勢い余ってリュリュの前に出てしまう。リュリュに背中を見せている状態だ。

 違う、カミラが誘導されたのぉ!?

 リュリュは軽く触れた左手だけでカミラの動きを制御したのだ。

 カミラは即座に反転してリュリュの方を向く。

 しかし、

 リュリュはいつの間にか両手でカミラの右手を持っていて、

 小手を捻って関節を極めた。


「痛っ!」


 右手首に激痛が走り、カミラはその場に膝をついた。

 マリに手首を折られた時の恐怖が蘇ったが、どうやら折れてはいないようだ。

 カミラはすぐ立とうとしたが、立てなかった。

 リュリュはカミラの小手をめたままなのだ。強引に立ったら今度こそ折れてしまう。

 カミラはリュリュには負けないと思っていた。だからいきなり追宴を使ったりしなかった。そもそも、追宴なんて本当は使わない方がいい。奥の手だから、というだけでなく、力に呑み込まれるというリスクがあるから。

 カミラは考える。

 もし今、追宴を使ったとしても右手首は折られる。

 それどころか、

 本当にそれで勝てるのか?

 マリとリュリュが重なるのだ。2人の動き方はほとんど同じ。違うのは、リュリュの攻撃の方が優しいということだけ。

 リュリュが手加減しているのではなく、根本的な攻撃力がマリより低いのだ。

 カミラは知らないことだが、キズナとマリのリュリュに対する育成方針は、見切りと理合を重視している。キズナよりではなく、マリよりの久我くが刃心流じんしんりゅう

 もしリュリュがキズナと同じぐらいの筋力を有しているなら、キズナよりに育てても良かったのだが、リュリュの筋力はそれほど高くなかった。

 男女の差もあるが、それよりもリュリュが今までまったく身体を鍛えていなかったことの方が大きい。


「勝負ありだな」

「うん。もういい」

「なぁんでお主はそんなに弱いかのぉ」


 キズナとマリとコレットが言った。

 コレット?

 瞬間的に全員の視線がコレットに注がれる。

 キズナとマリも驚いたような表情をしていたので、コレットの存在に気付いていなかったのだ。

 コレットは相変わらずの奇抜なファッションをしていて、カミラは苦笑いを浮かべた。派手というか何というか、形容しがたいファッションセンスなのだ。

 左右で色の違うニーハイは、右が赤で左が青。パンツが見えそうなほど短いスカートは紫色。シャツはピンクでマントは黒。マントの下――背中にはショートソードを2本、左右の肩から斜めに差して装備している。

 薄い緑色の髪はピョコピョコと跳ねていて、小さなアンテナがたくさん立っているようにも見える。身長はマリと同じぐらいで、顔立ちは可愛らしい――というか化粧が若いのだが、実際の年齢は32歳である。


「誰だお前?」


 キズナが警戒した様子で言った。


「んー? 我はただの通りすがりじゃよー」

「いやいやそれはないでしょうコレット様」


 コレットの言葉にオルトンが呆れたように言った。

 オルトンは妖魔たちと一緒にカミラとリュリュのバトルを見学していた。


「おー、お主は2年前に我を振ったオルトン・ベイリアルではないか」

「そんなわざとらしく言わなくても……」

「オルトンが振られたんじゃなくて、振った?」


 マリは身体を一歩引きながら大袈裟なリアクションを取った。


「いや、だってコレット様は年下なら誰でもいいって感じだし、そもそも僕は尽くすタイプの女の子は苦手だからね」


 女の子という年齢ではないだろう、とカミラは思った。

 でももちろん言わない。言ったらきっとコレットは怒る。


「ってゆーかぁ、そろそろ離してくれなぁい?」

「あ、ごめん」


 リュリュはパッとカミラの右手を解放した。


「お前、いつからいたんだ?」キズナが問う。「そんな派手な格好で妖魔に紛れてたのに、気付かなかった」


「お主らが山を降りた辺りからいたぞぉー」

「何のためにだ?」

「別にー。我は本当に通りすがりじゃよ。休暇が残り少なくなったでのぉ、王都に戻る途中なのじゃ」

「お前……」

「お前ではないのじゃ」


 コレットはパッとキズナの正面に移動した。

 キズナは驚いて一歩だけ下がった。

 コレットは魔法も魔宝まほう開錠かいじょうも使っていない。ただ純粋に間合いを詰めただけ。


「俺の間合いに簡単に入りやがった……。戦意や敵意を感じねぇから、対応しにくいぜ」


 なるほど、とカミラは思う。敵意のない相手は躱したり払ったりするのが少し難しい。

 けれど、それはコレットが昔アサシンだったからで、本当に敵意がないかどうかは分からない。


「我はコレット・バーニーじゃ。で、お主は?」

此花このはなキズナだ」

「んー?」


 コレットは大袈裟に可愛らしく人差し指を顎に当ててから首を傾げた。


「此花キズナだ」


 よく聞こえなかったと勘違いしたのか、キズナはもう一度名乗った。


「おー! 知っておるぞ!」


 コレットはまた大袈裟に両手を叩いた。


「俺もおま……コレットのことは知ってるぜ。ロイヤルスリーのファーストだろ?」

「そうかそうか。なら話が早いのぉ。我はロイヤルスリーで、お主は英雄。これはもう結ばれるしかあるまい?」

「結ばれる?」

「うむ。結婚するぞ」


 コレットは笑顔で言った。まったく初めて顔を合わせたキズナに対して、いきなりのプロポーズ。思慮も配慮も遠慮もない。

 男が逃げるわけねぇ、とカミラは思った。そして当然言わない。コレットはそれほど怖くないけれど、絶対に勝てない相手だから敵にはしたくない。


「俺、今日はなんかそういうのばっかだな」


 キズナが苦笑いを浮かべた。


「キズナ、それきっと噂のモテ期」


 マリがとっても真面目な表情で言った。


「ほう。これがモテ期か。俺的には武術的成長期の方が嬉しいんだがな」


 キズナもまた真面目に言った。

 こいつらは戦闘以外に何か趣味はないのだろうか、とカミラは呆れた。

 カミラですら、趣味を持っている。弱い者いじめと料理だ。


「むぅ」


 カミラの隣でリュリュが唸った。


「式は王都で盛大に上げるのじゃー」

「いや、俺は……」

「あぁ、我の美しい花嫁衣装にお主もきっとメロメロじゃよー」

「いや、だから……」

「ふふふふふ、ドレスで抱かれるのも悪くないのー。ああ、そんな、ドレスが汚れるじゃろ! なんて口では拒みながら……ふふふふふ」

「変態!」


 リュリュが大きな声で叫んだ。

 一瞬にして空気が変わり、場がシンと静まり返った。


「大人になったらそういうのもアリなのじゃ」


 しかしコレットはケロッとした様子で諭すように言った。


「悪いけど」マリが言う。「キズナはオバサンとは結婚しない」


「そうよ!」リュリュがマリの発言に乗る。「年齢差がありすぎじゃない!」


「愛があれば問題なかろうて」


「愛なんてない」とマリが言う。

「そうよそうよ!」とリュリュが援護する。


 キズナって、家事してくれたら誰でもいいんじゃなかったっけぇ?

 などと思いながらも、カミラは何も言わない。遠くから見ているぶんには割と楽しい。

 カミラの部下たちも同じだったようで、ニヤニヤしながら見守っている。


「姉さんのことも、たまには思い出してやってくれ……」


 オルトンだけは切実な表情で言った。


「お主ら、我とキズナの仲に妬いておるのか?」

「あぁ?」

「はぁ!?」


 コレットの発言に、マリが表情を歪め、リュリュが過剰に反応した。

 リュリュはまだしも、なぜマリまで反対しているのかカミラにはよく分からない。面白いから別にいいけれど。


「リュリュ、ロイヤルスリーは?」

「妖魔の敵!」


 マリとリュリュは割と息が合っている。


「ん? 我は何もしとらんぞ?」


 確かにコレットはほとんど何もしていない。強い妖魔を数匹倒したという程度。あとは軍の方で追い込んだのだ。


「もうすぐ攻めてくるくせに!」

「ん? そうなのかの?」


 リュリュの言葉に、コレットは首を傾げながらカミラを見た。


「さぁ、カミラ知らなぁい」


 オルトンがそういう風なことを言っていたようだが、カミラは何も知らされていない。

 そもそも、数日前まで牢に入っていたのだから知っているはずがない。


「王様が直々に指揮を執って妖魔を攻めるらしいぜ」キズナが言う。「コレットも参戦するんだとさ」


「ほう。まぁ、カミラがこの体たらくでは仕方ないかのぉー」

「うっ……」


 微妙に責められて、カミラは表情を引きつらせた。


「つーわけで、俺らは敵同士なんだ」

「なぜじゃ? お主はこっち側じゃろ?」

「違う。今回は妖魔側なんだよ、俺は」


「なんと!?」コレットが大袈裟に驚いてみせる。「それは悲劇じゃぁ! 悲恋じゃぁ! しかし、それを乗り越えてこその愛じゃ!」


「……オルトン、悪いけどこの人連れて帰ってくれねぇか?」

「えー?」

「……今は敵意もねぇし、なんかやりづれぇんだよ」


 闘いたくないというわけではなく、対応が面倒という意味。

 キズナにも苦手な者がいるということだ。


「お願いオルトン」

「お願いよオルトン」


 マリとリュリュが両手を組んで言った。


「もっと命令口調で」

「オルトン、この人を連れて帰って」

「オルトン、さっさと連れて帰りなさいよね」


 オルトンはパッと笑顔になって、


「さ、コレット様、王都に戻りましょう。王命が待ってるっスよ」


 そのあとすぐにキリッとした表情で言った。


「王命か……。ならば仕方ないのぉー」


 コレットは自由奔放のように見えるが、王には割と忠実だった。


「……武勲を上げれば、キズナの命を我に預けるよう頼めるのぉ」


 クククッとコレットは邪悪な笑みを浮かべた。

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