26撃目 二重奏


 ついにこの日がやって来た。

 トリル山のすぐ近くで、グリーンスレードの軍隊が陣を張った。

 キズナたちはトリル山の麓でその様子を見ている。


「やっぱ多いな、5000は」

「本当にねぇ」


 さすがのキズナとマリも、緊張を隠し切れない。

 圧倒的な数の暴力。その上、コレット・バーニーがいる。ここから見えるわけではないが、凄まじい圧力を感じる。


「じゃぁ、未来の王! カミラに続け愚民どもぉぉ!」


 カミラが拳を突き上げ、カミラの部下たちがそれに呼応する。

 妖魔たちは怯えた様子で、カミラには呼応しなかった。


「よし、こっちから仕掛けるぞ。リュリュが王様をぶん殴るまで保たせればいい、なんて考えんな。リュリュより先に王様ブチのめしてやれ!」


 リュリュはこの場にいなかった。気付かれないよう1人で回り込み、後方のウイリアム王を狙っている。

 その作戦を思い付いたのはリュリュだ。自分で直接王様を倒す、というリュリュの意思が固く誰も止められなかった。それに、悪い作戦じゃないとキズナは思う。


「私たちはコレットが出て来たら相手するから、みんなは真っ直ぐ王様を目指して」


 マリが言ったが、妖魔たちは身体が硬くなっていて、何も応えなかった。


「ビビってんじゃねぇぞ!」キズナが言う。「リュリュは1人で行ってんだぜ! こっちで引きつけなきゃリュリュが危ないだろうが!」


 キズナの言葉に、妖魔たちがハッと我に返る。


「よし! 足の遅い者は騎乗しろ!」


 リュリュにこっちの指揮を任されたフラヴィが言って、そのまま馬にまたがった。


「魔宝開錠・幻惑舞踏」


 カミラが8人に分裂する。


「かぁらぁの! 魔宝開錠・人形舞踏!」


 カミラたちが一斉にヌイグルミを放り投げる。

 ヌイグルミたちは空中で巨大化し、大きく大地を揺らしながら着地した。


「お、おい、危ないだろう!?」


 振動に驚いた馬をなだめながらフラヴィが言った。


「ちゃぁんと潰さないように調整したしぃ? 財宝の場所をぉ、教えてくれるまでは味方だよぉ」


 カミラはクルクルとその場でダンスするみたいに回転した。財宝に目が眩んでいるようだが、とりあえずはそれでいい。


「よし、マリちゃん、俺らヌイグルミに乗ってコレット探そうぜ」

「分かった」


 キズナとマリはジャンプしてヌイグルミの肩に乗る。

 いい眺めだ。空もよく晴れていて遠くまで見通せる。闘うにはいい日だ。


「誰にも死んで欲しくない」とマリが言った。

「ああ。そう願う」とキズナが言った。


「よぉし! 行くよぉ!」


 カミラの号令でヌイグルミたちとカミラの部下たち、それに妖魔たちも前進する。


「指揮官はわたしだぞ……」


 フラヴィがボヤいた。


       ◇


「あれは……」


 コレットはトリル山の麓から進撃してくる巨大な何かを見て呟いた。

 コレットは真っ白な馬に簡単な鎧を着せてその上に座っている。


「カミラ様の魔宝開錠!?」

「あの人は何をしているのですか!?」


 コレットと一緒にいたオルトンとグロリアが酷く驚いた様子で言った。

 オルトンとグロリアもまた馬に乗っている。攻める準備はすでに整っていたのだ。なぜか先にカミラが突撃してきたようだが。


「ふむ。裏切ったと考えてええかのぉ?」

「コレット様! 口調! 口調!」


 オルトンに指摘され、コレットはゴホンと咳払いをする。


「カミラめ、ロイヤルスリーでありながらグリーンスレードを裏切るか……」


 コレットはキリッとした表情で言った。


「でもどうしてカミラ様が妖魔側に!? マリさんに脅されたってだけで裏切るとは思えないけど……」

「知りません! あの人はクズですから、どうせクズな考えで動いているのでしょう!」


 グロリアは嫌悪感を露わにして言った。


「狼狽えるな!」


 コレットが叫ぶ。

 オルトンとグロリアだけに言ったわけではない。周囲の兵たち全員に向けて言ったのだ。

 あの走ってくる巨体を見て、兵たちが少しざわついていた。しかしコレットの一喝で兵たちの表情が変わる。


「カミラの思考など捨て置け!」コレットが言う。「アレは私が撃破する! 行くぞ諸君! 私に続け!」


 コレットが先陣を切って駆ける。

 兵たちも声を上げながらコレットに続いた。

 さて、とコレットは思う。巨大な何かは全部で8体。大きいだけで圧力や闘気は感じない。見かけ倒しだ。

 しかし、一般の兵たちには強敵となり得る。

 武勲上げも兼ねて、全部自分で倒してしまった方がいい。

 それが終わったら、キズナを探す。

 キズナは実力者なので死にはしないだろうが、一応自分の手の中に確保しておきたい。


「我の可愛いお婿さん……むふふ」


 コレットの表情が緩む。しかし先頭にいるので誰にもバレない。

 キズナほどの優良物件はそういない。若くて強くて顔がよくて、妖魔の王を倒した英雄である。


「そして我はロイヤルスリーのファースト、こぉんなお似合いの夫婦があろうか? いや、ないのじゃぁぁぁ!」


 コレットは馬の速度を上げる。

 そして、会敵。

 妖魔たちに先行していた巨体――ボロボロのヌイグルミがコレットを見つけて拳を振り上げた。

 コレットは馬の背に立ち、そのままジャンプする。


「ノロいのぉ」


 背中のショートソードを2本とも抜いて、巨大なヌイグルミの首を刎ねる。

 コレットが再び馬に着地した時には、首を刎ねたヌイグルミが小さくなって地面に落ちていた。

 やはり見掛け倒し。


「恐れるな! 木偶の坊だ!」


 追いついてきた後続の兵たちにコレットが叫ぶ。

 兵たちはコレットを追い抜いてそのまま突撃した。

 さて、残り7体。コレットは次のヌイグルミに向かう。

 と、


「コレット!」


 次のヌイグルミの肩に乗っていたキズナがコレット目掛けて飛んで来た。


「おお! わざわざ我の名を呼ぶとは! 会いたかったのかのぉ!?」


 何も言わなければ、あるいは不意打ちとなったかもしれないのに。

 いや、元アサシンであるコレットにそんなものは通用しない。カミラが裏切ったのなら、キズナはコレットがアサシンだったとカミラに聞いて知っているのかもしれない、とコレットは思った。


「んなわけあるか!」


 キズナはそのまま突っ込んでくるようだ。


「いかん」


 コレットはショートソードを仕舞って両手を広げた。

 ショートソードを握ったままではキズナを殺してしまう。自分の婿を自分で殺すなんて悲劇が過ぎる。

 コレットがショートソードを仕舞ったので、キズナは少し驚いたような表情を見せた。

 しかしすぐニヤリと笑い、キズナがクルッと空中で背を見せる。

 その背にはマリがいて、


「キズナが飛び込んでくると思った? 残念、私でした」


 キズナの背中を蹴ってマリが加速。

 躱せぬっ!

 油断した。完全に油断した。

 マリの掌底がコレットの顔に当たる。


久我くが刃心流じんしんりゅう


 コレットは全身の力を抜いて、相手の力に全てを委ね、


「侵げ……え?」


 そのまま後方へと飛ばされる。

 コレットは空中でクルッとバク宙して鮮やかに着地した。


「乙女の顔を狙うとは、お主なかなか外道じゃの」


 マリの掌底の威力はほとんど殺した。そして掌底の後に続く技も完全に外した。多少痛かったが、それだけだ。何も問題はない。


「外された……私の侵撃しんげきが……」


 着地したマリが自分の右手を見ながら言った。

 マリはトリル山で会った時と髪型が違っている。一瞬、コレットはマリが髪を切ったのかと思ったが、どうやら束ねているだけのようだ。


「やべぇな。こいつ師範以上か?」


 マリの隣で構えたキズナが言った。


「お主ら、まさかとは思うが、今の妙な攻撃で我を倒せるとか、そんなケーキ並に甘いことを考えておったのか?」

「ダメージは与えられると思ってたぜ」

「あんな綺麗に外されるなんて……腹立つ……」


 周囲ではグリーンスレード軍と妖魔たちが激しい戦闘を繰り広げていた。

 かなり分が悪いか、とコレットは思った。

 相手側にカミラがいるのがよくない。しかもカミラは全部で8人いる。7人は幻で、ダメージを与えれば消える。しかし能力値は本物のカミラと同等。

 それと、ヌイグルミを全て倒す前にキズナと出会ってしまったのも痛い。

 しかし、ヌイグルミとカミラーズさえなんとかできれば、数で勝るグリーンスレード軍の方が有利になるはずだ。


「なぁコレット、ダメ元で聞くけどさ、引いてくれねぇか?」

「ダメじゃ嫌じゃお断りじゃ」


 武勲を立てて、王にキズナの助命とコレットがキズナを預かることを了承させなくてはいけない。


「そうかよ。つーか、そんな格好してると、案外悪くないな」

「ん? そうか? 照れるのぉ。どうじゃろう? むしろキズナが引くというのは。我が命だけは保証してやるぞ?」

「馬子にも衣装」


 マリがボソッと言った。

 意味がよく理解できないが、コレットは自分がバカにされたというのは理解した。


「マリ! お主は助けんからの!」

「私、名乗ったっけ?」

「お主のことぐらい知っておるわい!」


 トリル山からの帰り道でオルトンに聞いたのだ。


「交渉決裂ってことで、悪いけど2人がかりでやらせてもらうぜ」

「おー、来い来い。遊んでやるわい」

「ジジ臭い喋り方」

「なにをぉ!? この喋り方は『のじゃ子』と言って若者の間で人気なのじゃ!」


 コレットは再びショートソードを抜いた。


「そんなの知らない。ジジ臭いだけ」

「おのれ流行の分からぬションベン臭い小娘が!」

「ジジ臭いオバサンよりマシ」

「もぉ許さんのじゃ! その若い羨ましい肉体を8つに裂いてくれるわ!」


 コレットは瞬時にマリとの間合いを詰める。

 それなのにマリは動かない。


「俺もいるんだって」


 マリをショートソードの間合いに捉えた瞬間、キズナがコレットの右側から蹴りを放った。


「むっ」


 コレットは攻撃を止めてキズナの蹴りを躱す。

 すると即座にマリが正面から突きを打つ。

 コレットはそれも躱す。

 と、またキズナが攻撃を加えてくる。それを躱すと今度はマリが。

 相当に練り込んでおるのぉ。

 素晴らしい連携。最高のコンビネーション。これほど他人と息が合うというのがコレットには信じられない。多人数で闘うと、大抵は自分以外の誰かが邪魔になるものだが。

 2人の攻撃が激し過ぎて、コレットに反撃の余裕がない。ショートソードがただの重りと化している。邪魔でしかないが、仕舞う隙もない。

 これは予想外じゃ。

 強いのは知っていたが、これほどとは。

 コレットが徐々に押され始める。2対1とはいえ、世界最強と謳われたコレット・バーニーが押されている。

 仕方ない、か。

 コレットは攻撃を躱しながら覚悟を決める。

 キズナを半殺しにしてしまう覚悟だ。


「追宴魔宝開錠! 二重奏!」


 2本のショートソード――魔宝具が光の粒子となって弾け、その時の衝撃でキズナとマリを弾き飛ばす。

 光の粒子はコレットの周囲で赤と緑の二重螺旋を描き、

 風に揺れる炎の鎧となってコレットを包み込む。

 これが、世界最強と謳われるコレットの奥の手。

 コレット以外の誰にも扱えない追宴の二重使用。


「この状態は強過ぎて手加減できんからのぉ。死ぬ前に降参するのじゃぞ」

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