27撃目 それぞれの闘い


「始まった……」


 リュリュは遥か上空から遠い大地を見ていた。

 戦闘区域からかなり離れた場所をリュリュは飛んでいる。このぐらい離れないと見つかってしまう。

 そして、見つかったら不意打ちにならない。

 リュリュは1人、グリーンスレード軍の背後から王を襲うという作戦を実行している。


「みんな、死なないでね」


 戦闘が始まれば、グリーンスレード軍の注意が空に向くことはない。

 リュリュは自分に出せる限界の速度で空を突っ切る。

 側面に敵の本陣を捉えるがそのまま通り過ぎる。それから大きく旋回して敵陣の背後へ。

 ここからは降下しながら王を探し、発見したら一直線に王へと向かう予定になっている。そして王に一撃入れて、王を人質に兵を引かせる。最後は王との交渉。最善は和平だが、最悪でも一時的な休戦協定を結ばなくてはいけない。

 どちらにしても、半端ではいけない。リュリュの覚悟と力を示す必要がある。


       ◇


 フラヴィは馬上から矢を放って妖魔たちを援護していた。

 みんな本当に強くなった、とフラヴィは思う。

 キズナとマリのおかげで基礎的な戦闘能力が向上している上、それぞれの特性を活かしながら連携も取れている。

 個別指導や多人数掛けの稽古を、毎日立てなくなるぐらい行った結果だ。

 モモはその低さと素早さを活かし、人間たちの足下を徹底的に狙っている。そのすぐ側ではデュラハンのファン・カルロス・ベルムードが槍を振り回している。そうなると、やはりファンの方に目がいく。その隙に、モモが足下を攻撃、といった具合だ。

 ハーピーのジジは空から魔法を放って攻撃しているが、ダメージを与えることよりも人間たちを攪乱させることに重きを置いている。

 妖魔たちはそれぞれの役割をきっちりとこなしていた。


「いける……」


 フラヴィは呟き、矢をつがえて狙い撃つ。間違って頭や胸に刺さらないよう細心の注意を払いながら。

 フラヴィの放った矢は、人間の兵士の肩に刺さる。

 以前のフラヴィなら、戦闘中にここまで冷静な判断はできなかった。個別指導でかなり厳しく冷静沈着を教え込まれた故の技。


「いえぇぇぇい! 弱い者いじめ最高ぅぅぅぅ!」


 妖魔たちは順調に人間たちを蹴散らしている。


「おらおら!! 死ぬか!? 死ぬか雑魚どもぉぉ!」


 そう、妖魔たちは頑張っている。


「ひゃっはー! 金玉切り取って口の中に押し込んでやりたいわ!!」


 だが、ぶっちゃけ人間の軍を押し返している理由の大半はカミラとその部下たちの健闘だったりする。

 敵に回すと胸くそ悪い連中だが、味方にしてもやっぱり胸くそが悪い、とフラヴィは思った。

 カミラーズは炎系の魔法をガンガン使っているが、妖魔に当たらないよう一応は気を付けているといった様子。

 財宝に目が眩んでいるとはいえ、最低限の約束事は守っている。


「ぎゃぁぁ! オレのイカした尻尾が燃えてる感じぃ!?」


 前言撤回。カミラはそれほど気を使っていない。モモの尻尾がカミラの魔法に巻き込まれていた。


「だが、耐えろわたし。カミラたちが強いのは事実だ……」


 以前のフラヴィなら烈火の如く怒鳴りつける場面だが、今のフラヴィは冷静さを失わない。もし冷静さを失ったりしたら――キズナとマリの指導を思い出して、ブラヴィはブルッと1度身震いした。

 あの2人は鬼畜だ。できるなら、あの2人の稽古は2度と受けたくない。

 闘えるようにしてくれたことには心から感謝している。

 だが、嫌なものは嫌だ。あの2人は絶対にカミラ以上のサディストだ。

 故に、必ず勝ってここで終わりにするっ!


       ◇


「魔宝開錠!! 雹輝・天落陣!!」


 馬上のグロリアが氷晶剣を天にかざすと、空に大きな魔法陣が生まれる。

 魔法陣が巨大な氷の塊を生み出し、その塊は暴れ回っているヌイグルミの1体に向けて墜落し、そのままヌイグルミを押し潰す。

 コレットがキズナとマリに捕まってしまったので、ヌイグルミ退治はグロリアとオルトンが代わった。


「調子に乗らないでねぇ」


 左側からカミラの声。それと同時に左の脇腹に衝撃。グロリアはそのまま馬から落ちてしまう。

 しかしすぐにグロリアは体勢を立て直す。


「カミラ・エインズワース!」


 ニヤニヤと笑っているカミラに対し、グロリアが叫ぶ。


「わたくしは、あなたが大嫌いです! 魔宝開錠! 蒼冷甲陣!」


 氷の鎧がグロリアの身体を護る。


「あっはー、カミラ嫌われちゃったぁ」

「叩き斬ります!」


 グロリアが大きく構え、その瞬間にカミラが消える。


「どうせ後ろでしょう!」


 グロリアは勘だけで振り返りながら剣を横薙ぎに振る。


「正解だけどぉ」


 グロリアの剣を、カミラがジャンプして躱す。


「遅いよぉ、グロリア千人将」


 カミラがグロリアの顔を蹴って、グロリアが少し仰け反る。

 姿勢を元に戻した時には、すでにカミラは消えている。


「ピラーオブファイヤー」


 カミラの楽しそうな声と同時に、グロリアの足下から炎の柱が出現した。


「くっ……」


 グロリアは躱せず、まともに炎に巻かれてしまう。


「うーん、消し炭にはならないかぁ。まぁ、消し炭になってもらっても困るけどぉ。グロリア千人将を殺しちゃったら、カミラがマリさんに殺されるって話だよねぇ」


 グロリアは宝晶剣を杖代わりになんとか立っているが、ダメージは大きい。

 氷の鎧も、さっきの炎で完全に溶かされてしまった。

 服の3割が焼け落ちて、肌には火傷。

 マリなら簡単に避けるのにっ!

 悔しい。どうして自分は躱せないのか。どうしてカミラに勝てないのか。どうして。

 4年前はそこまで大きな差はなかったはずなのに。

 マリとグロリアの間には、深すぎる溝がある。

 キズナとグロリアの間には、底の見えない溝がある。

 もう2度と、あの2人に追いつけない――グロリアは涙を堪え、再び剣を構えた。


       ◇


 オルトンはやる気がなかった。

 妖魔と目が合うと両掌を見せて、僕はやらないとアピールした。妖魔たちはオルトンの顔を知っているので、その動作を見てスルーしてくれた。

 妖魔も人間も仲良く暮らそうと思えば仲良く暮らせる、とオルトンは思った。

 しかし体裁というものがあるので、自分の隊の連中には巨大なヌイグルミの討伐を最優先にするよう命令し、自分も一応ヌイグルミを攻撃していた。

 グロリアがカミラと一騎打ちを始めてしまったので、必然的にヌイグルミ退治を引き継ぐ形となってしまったからだ。


「脳筋はどうしてすぐに一騎打ちをしたがるのかねぇ……」


 オルトンには分からない。

 そもそも、グロリアの実力ではカミラに勝てない。

 でも助けに入ろうとするとマジギレされる。グロリアは他人の差し伸べた手を掴まない。

 グロリアだけでなく、キズナやマリも同じだ。

 それが分かっているから、オルトンはチラチラとグロリアとカミラの戦闘を見ているが手を出さないのだ。

 それに、カミラがグロリアを殺すということは考えられない。キズナとマリがそれを許すはずがない。

 カミラーズだって、好き勝手攻撃しているように見えるが、まだ誰も殺していない。

 そういう約束事があるのだろう。4年前も、キズナとマリは妖魔を1人も殺さなかった。グロリアとオルトンにもそうするよう最初に言ったのを覚えている。

 しかし、


「姉さんはどうして、あんなに必死なんだろう?」


 そう呟いた。

 グロリアはずっと思い詰めている。その理由がオルトンには分からない。グロリアも話してくれない。


「まぁ、どうであれ、僕の役目は回復だよねぇ」


 オルトンにできることはそれしかない。

 一騎打ちが終われば、脳筋たちは差し伸べた手を掴んでくれる。


       ◇


「ちっ、使う前に倒したかったぜ」


 キズナが舌打ちする。

 キズナとマリの前には追宴状態のコレットが立っている。

 コレットは風に揺れる炎の鎧をその身に纏い、威風堂々と立っている。

 その背には炎の翼。やはり鎧と同じように揺らめいていた。


「風属性と炎属性の同時追宴、かな?」


 マリが冷静に分析した。


「あれ、素手で殴ったら火傷すると思うか?」

「さぁ? 試してみれば?」


 たぶん火傷するだろう、とキズナは思った。追宴ではないが、以前グロリアの氷の鎧を蹴った時に足が凍ったから。

 コレットが右手をマリに向ける。

 刹那、コレットの右手から巨大な炎が螺旋状に発射された。


「追宴するとみんなビームみたいな攻撃するのかよ!?」


 キズナとマリが同時にその場から飛び退く。それぞれ逆方向に。

 走り抜けた螺旋の炎は、その先にいたカミラのヌイグルミを消し炭にし、その軌跡を残すように大地を焦がした。


「おっかねぇ」


 カミラが追宴状態で使った魔法と同じか、それ以上の威力。

 マリなら逸らせるかもしれないが、キズナには少し難しい。集中すればできなくはないが。


「マリちゃん!?」


 視線を動かすと、コレットとマリの攻防が見えた。

 圧倒的にマリが押されている。

 キズナは無走を使ってコレットの側面へと向かう。

 コレットがマリしか見ていない今なら、不意打ちが成功するかもしれない。

 しかし、

 コレットが左の掌をキズナに見せた。

 キズナは立ち止まって鉄衣を使用。

 瞬間、

 コレットの掌から地面と平行に竜巻が生まれ、キズナを呑み込んだ。

 風の刃が道着と肉体を刻む。


「ぐっ……きっつ」


 竜巻が通り過ぎてもキズナはすぐに動けなかった。

 鉄衣を使っていなければ今ので死んでいる。そういう威力だった。

 コレットがチラリとキズナを確認した。

 たぶん、殺す気はないのだろう、とキズナは思った。ただ威力が大き過ぎて手加減が難しいだけで。


「マリちゃん!」


 キズナが駆ける。もう無走は使わない。通用しないなら使う意味がない。

 相変わらずマリは押されている。

 いや、それは酷く控えめな表現だ。防戦一方と言った方が正しい。追い詰められていると言い換えてもいい。

 でも、マリは少し笑っている。とっても楽しそうだった。


「ずるいぞチクショウ! 俺も混ぜろって!」

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