3撃目 昔は仲間、今は敵
「戦闘配置につけ!」フラヴィが言う。「いつものようにゲリラ戦で消耗させるぞ!」
「ダメですよぉぉ」ハーピーの女性が泣きそうな顔で言う。「今回は1000人隊規模なんですぅぅ。もう終わりですぅぅ!」
「1000人隊……だと」
フラヴィの表情が凍りついた。
「今日で、終わりにするつもりなのよ……」
リュリュが膝から崩れ落ちた。
暗く陰鬱な空気が漂う。
どの妖魔も絶望を隠し切れず、俯いていた。
「仕方ねぇなぁ」キズナが頭を掻いた。「まだ何も教えてねぇのに、全滅されちゃたまんねぇや」
「うん。だから、今回は私たちが追い払う」
「だな」
「私が600倒して、キズナが400倒せばいい」
「あん? なんで俺の方が少ねぇんだよ。マリちゃんが400だろうが」
「実力順」
「だったら尚更、俺が600だな」
「分かった。頑張れ」
「あ、マリちゃんずりぃ! やっぱ公平に500ずつにしようぜ!」
「うん。仕方ないからそれでいい」
マリが頷く。
「キズナ先生……マリ先生……」
リュリュが縋るような目で2人を見た。
「心配すんな。弟子の命ぐらいは護ってやる」
「で、敵はどっち?」
「あ、あっちですぅぅ」
ハーピーの女性が指で方向を示した。
「お、おい」フラヴィが慌てた様子で言う。「先生方が強いのはわたしにも分かった。だが1000人の部隊にたった2人で挑むなど自殺行為だ」
「いいから黙って見てろよ。追い返してやるから。今回はキズナ先生に任せろ」
「まぁ、全部倒さなくても指揮官をやれば大抵は散る。マリ先生に任せて」
「よし、行くぜマリちゃん」
「うん」
キズナが走り出して、マリもあとに続いた。
◇
「しかし壮観ですね。これが全てわたくしの部下ですか……」
グリーンスレード王国軍千人将、グロリア・ミルバーンが馬上で言った。
グロリアは19歳の少女で、赤いセミロングの髪に、同じ色の瞳。
「へいへい。姉さん千人将昇格おめでとさん」
グロリアの隣で、同じく馬に乗っているオルトン・ベイリアルがどうでも良さそうに言った。
オルトンは漆黒のローブに身を包み、腰に木の杖を差している。
「オルトン、わたくしとは同い年なのですから、いい加減姉さんと呼ぶのは止めて頂きたいですね」
グロリアの顔立ちは綺麗な方だが、化粧っ気はない。グロリアは丁寧に喋るよう心がけているが、実際の性格は少し荒いのだ。
グロリアは動きやすいように、あまり重くない革の鎧を装備していた。その鎧も、胸部は守っているが腹部は守っていない。
そして腰に剣を一振り差している。
「へいへい。悪かったっス。姉さん」
オルトンは悪びれることもなくグロリアを姉さんと呼ぶ。
オルトンは茶髪で痩せている。男にしては筋肉が少ない。か弱いと表現しても過言ではない。いつも目の下にクマがあるし、身体全体から不健康オーラを発している。
そんなオルトンを、グロリアはいつも気にかけていた。
だから、オルトンはグロリアを姉のように思っている。
正確には、過保護でウザい姉のように思っているのだ。
しかしグロリアはそのことを知らない。
「しかし、千人将になったばかりのわたくしが、妖魔絶滅の大任とは……」
グロリアは複雑な表情を浮かべた。
自分の実力が認められたのは嬉しいが、妖魔を絶滅させるという任務はあまり嬉しくない。
妖魔たちはすでにジリ貧で、そこまで徹底する必要があるとも思えない。
「嫌なら止める、というのも有りかも?」
オルトンにやる気がないのはいつものことだが、今回の任務は積極的に外れたがっている。
「そんなわけにはいかないでしょう? 国王の命令なのですから」
「姉さんは権力の犬ですかぁ、そうですかぁ」
「オルトン! そんな言い方はっ!」
「悪かった。今のは僕が言い過ぎたと思う」
「ん……」グロリアが目を伏せる。「わたくしも、大きな声を出してすみません。ただ、わたくしだって前向きというわけではないのです」
「知ってますよっと。キズナやマリさんとの約束、こんな形で破ることになるなんて……」
「本当に。和平交渉も、妖魔を殺さないという約束も、全てなかったことになってしまいましたね……」
「脳筋の姉さんでもやっぱ気にするんだ?」
「誰が脳筋ですか!?」
「同じ脳筋でも、マリさんは可愛かったなぁ。僕はマリさんの奴隷になりたかった」
「……オルトン……いい加減、変態治してください」
グロリアはちょっと引いた。
「変態やめるぐらいなら、僕は人間やめるね!」
オルトンは胸を張って堂々と宣言した。
「いや、そこは変態やめるべきかと……」
グロリアはやれやれと肩を竦めた。
「はぁ、僕にもっと魔力があれば、勝手にマリさん召喚するんだけどなぁ」
「そ、その時は、その、キズナも一緒に……」
オルトンもグロリアも、4年前のことを――正確には、一緒に妖魔の王を討伐したキズナとマリのこと思い出していた。
「嫌だね。あいつはマリさんとイチャイチャするからダメ絶対」
「し、心配しなくとも、キズナはわたくしが……」
「千人将! 伝令です!」
グロリアの言葉の途中で、伝令兵が駆けて来た。
「なんですか?」
「いえ、それがその、人型の妖魔が2匹、山から降りてきましたので、先に撃破しても良いかと百人将が……」
「たった2匹ですか? オルトン、どう思います?」
「例によって、話し合いがしたいとか言うんじゃ? 僕は話し合いでいい。妖魔の姫様は可愛いって噂だし、話し合いをまとめた僕に惚れて、僕の奴隷に……」
「変態的な私情を挟まないでください。一応、オルトンはわたくしの副官なのですから」
グロリアは苦笑いしながら言った。
「でも、話し合いでもいいってのは本当。無条件降伏、全員即座に武装解除してもらえば、被害は出ない」
「そうですね。けれど、捕獲した妖魔たちはやはり死刑でしょうか……」
「でしょうね」とオルトンが肩を竦めた。「そんなこと、僕は望んでないのだけど」
「わたくしだって望んでいません。けれど、仕方ないことでしょう? わたくしたちは、軍人なのですから」
「へいへい。望んでなくてもやらなきゃダメってことは、僕も分かってますって」
「分かっているならいいです。とりあえず、その2匹はわたくしたちで対応しましょう」
「えぇ? 僕も行くの?」
オルトンがあからさまに嫌そうな表情を作った。
「当たり前です。副官の自覚持ってください」
「へいへい」
「とにかく、降伏してもらえるよう、掛け合いましょう」
「話し合いじゃなかったりして」
「オルトン……あなたが話し合いだと言ったはずですが……」
「過去の傾向はあくまで過去の傾向。もしかしたら捨て身の攻撃かもしれない」
「その時は撃破するしかありませんね。仕方ないことです」
「仕方ない、ね……」
オルトンは溜息を吐きながら小さく首を振った。
「オルトン、先に行ってください」
「へいへい。分かりました」
オルトンは溜息を吐いてから馬を走らせた。
グロリアはそのすぐあとに続いた。
グロリアが先に行ってしまうと、オルトンは付いてこない可能性がある。
だから、わざわざオルトンを先に行かせたのだった。
◇
「1000人って思ったより多いな」
山を降りて、草原を歩いているキズナが言った。
キズナの200メートルほど前方には、人間の軍隊が列になって並んでいる。
「キズナ、怖気づいた?」
キズナの隣を歩いているマリが言った。
空はよく晴れていて、ポカポカして気持ちがいい。日本でたとえるなら、春ぐらいの気候だった。
柔らかい風が吹いて、草原の草を揺らす。
「バッカ。んなわけねぇじゃん。多いなって思っただけだって」
「あの時も多かった」
「どの時のこと言ってんだ?」
「2年前、日本最大の暴走族に非常に積極的な護身を敢行した時」
「あー、確かに多かったなぁ。でも、今回はその5倍ぐらいいるぜ?」
「大丈夫。公平に500ずつ。途中で指揮官倒せたら、そこで終わる」
「まぁな」
キズナが肩を竦めた。
2人は特に緊張した様子もなく、ちょっとそこまで散歩に行くような気軽さだった。
と、背後に気配を感じ、キズナとマリは同時に振り返った。
「やっと追いついた……」
肩で息をしているフラヴィが言った。
フラヴィの少し上には、リュリュが飛んでいた。
リュリュは透明な4枚の羽をパタパタと動かしている。
キズナはリュリュの羽を虫みたいだと思ったが、言わなかった。
「羽とかあった?」
マリが首を傾げる。
「出したり仕舞ったり、自由自在よ」
リュリュはちょっとだけ得意げに言った。
「で? お前ら何しに来たんだ?」
「加勢に決まっているだろう?」
「あ、あたし、回復魔法だけは得意だから、その、怪我とかしたら治してあげるから……」
キズナの問いに、フラヴィは目を細め、リュリュは自信なさげに答えた。
「敵を治してあげるなんて優しい」
マリが感銘を受けたように深く頷いた。
「ああ。優しいのはいいことだが、命取りにならねぇようにしろよ?」
キズナもウンウンと頷いた。
「敵じゃなくて先生たちを治すの!」
「なんで?」とキズナ。
「な、なんでって、そんなの、怪我すると痛いからに決まってるでしょ!」
「私たちは怪我をする予定ないから」
マリはそう言ってすぐにまた歩き始めた。
「むしろお前らが怪我しないように気を付けろ。俺たちの闘いが見たいってんなら、ちょっと離れとけ」
キズナもマリに続いた。
「貴様ら……あ、いや、先生方は姫の好意を無駄にするのか!?」
フラヴィが怒ったように言って、キズナの隣に並んだ。
リュリュはパタパタ飛びながらマリの隣に並ぶ。
「分かった分かった。じゃあ適度に怪我しとく」
「私も少しだけ怪我しとく」
と、敵の戦列から馬が2頭抜け出してキズナたちの方にやってきた。
キズナとマリはその場で構え、いつでも闘えるように集中する。
フラヴィも弓を構え、矢をつがえた。
リュリュは急いでフラヴィの背中に隠れた。
馬にはそれぞれ男と女が乗っていて、近距離で止まって様子を伺うようにキズナたちを見ていた。
そして、女の方が口を大きく開いて絶句。何か言いたそうだが、言葉が出ない様子。
「なんか、見たことあるなこいつら」
「私も」
「いやいやいやいや、キズナとマリさんじゃないっスか!」
男の方が酷く驚いた様子で叫んだ。
「あ、オルトンだ」
思い出したぞ、とマリが手を叩いた。
「じゃあそっちはグロリアか。久しぶりだなおい」
「キキ、キズナ、キズナキズナ……」
グロリアはキズナを指さしてワナワナと震えていた。
「そんな幽霊に会ったみたいな反応すんなって」
「マ、マリさん! 成長したお姿も美しい!」
オルトンが感動したように拳を握った。
「オルトンはあんまり変わってない」
「いい、いつ、いつこっちに来たのですか、キ、ズナ、ズナズナ……」
「今さっきだ。ってか、俺の名前ズナズナじゃねぇよ」
「マリさん! なんで妖魔と一緒に? もしかして、倒して奴隷にしたとか!? 1匹分けて欲しいなぁ!」
「違うしあげない」
マリは真顔で否定した。
キズナは頭を掻きながら、ちょっと申し訳なさそうに言う。
「あー、最初に言っとくけど俺たち、今回敵だから」
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