2撃目 妖魔の先生
「つまりこういうことか?」
キズナはリュリュに聞いた話を頭の中で整理しながら言う。
「俺たちが4年前に妖魔の王、リュリュの親父を倒したわけだが」
「負けたショックで妖魔の王が蒸発した、と」
マリが頷きながらキズナの言葉を補足した。
「蒸発じゃないもん。ちゃんと書き置きあったんだから。『愛する娘へ。パパは深く傷付いたので旅に出ます、探さないでください』って」
「それを蒸発という」
「ち、違うもん……。パパは蒸発なんて……」
マリが真顔で言ったものだから、リュリュの瞳に涙が溜まる。
「ま、まぁ、どっちにしても、いなくなっちまったわけだろ?」キズナが言う。「ってことは、きっとどこかで稽古してんだな。俺たちに勝つために」
「稽古?」とリュリュ。
「ああ。次は勝つためにな。できれば俺も再戦したいんだ。前回は4対1で勝ったわけだからな」
「私も1対1で勝ちたい」
キズナとマリは4年前の戦闘を思い出しながら言った。
当時、妖魔の王を相手に1対1ではまず勝てなかった。
でも今は、キズナもマリも勝つ自信がある。
たとえ、妖魔の王が4年前より強くなっていても。
キズナとマリはそれ以上に強くなったという自信があるのだ。
「とにかく、あんたたちのせいで、パパが旅に出て、そのせいで妖魔はバラバラになっちゃったんだから」
「その隙に、人間たちに追い詰められたわけか。和平交渉はしなかったのか?」
「そう。共存の道を探るって言ってた」
言っていたのは人間側。
リュリュは俯き、微かに震えながら言う。
「……使者は殺されて、降伏した妖魔は公開処刑されて、強い妖魔は各個撃破されたの。あたしたちに残った領土はこの山だけ……」
リュリュの言葉で、キズナは周囲を見回した。
けっして大きいとは言えない山だ。けっして高いとは言えない山だ。
領土と呼ぶにはあまりにも小さすぎる。
でも緑は豊かで、空気は澄んでいる。悪い場所ではない。
「あいつらは、あたしたちを絶滅させるって……」
「絶滅?」とマリが首を傾げた。
「そうよ! 絶滅させるって言うのよ! あたしたちは、戦いなんて望んでないのに!」
リュリュの声は悲鳴みたいだった。
「姫……」
ダークエルフの少女が、リュリュの肩を抱いた。
「事情はだいたい分かった。でも1つ疑問がある。なんで俺たちなんだ? 俺たちは4年前、人間側で戦った。そんな俺たちが、お前ら妖魔の救いになるって、どうして思えた?」
「だって、あんたたち、人間の味方じゃなかったじゃない……」
「一応、味方だったはず」とマリ。
「でも、あんたたちは妖魔を1人も殺さなかった。ただ、楽しそうに戦ってただけ。あたし見てたの。あんたたちと、パパの戦い。あんたたち2人は、本当にただ、楽しそうだったから……」
「なんだ、バレてんのか」
キズナが笑った。
そう、キズナもマリも、たまたま喚ばれたのが人間側だったというだけ。
ただ強い奴と戦いたいと、そう思って妖魔の王に挑んだのだ。
子供だった2人に、政治的な意図はなかった。正義も悪もなかった。ただ純粋に、自分たちの力を試したかっただけ。
「ねぇお願い」リュリュが言う。「あたしたちに、戦い方を教えて」
「あん? 人間の王様をぶん殴るって話じゃねぇの?」
「その方が早い」
キズナが言って、マリが頷く。
「それじゃあダメなの。あたしたちは、この山を、最後の領土を守りたいの。あんたたちがいなくなってからも、ずっと。いつか緩やかに滅びるまで」
リュリュは真っ直ぐにキズナを見た。
ああ、この子はもう決めたんだな、とキズナは思った。
「戦い方、教えてあげてもいい。でも条件がある」とマリ。
「俺からも条件がある。まぁ、俺とマリちゃんの条件は同じだろうが」
「条件? あたしにできることなら、なんでも」
「キズナ、先に言って」
「珍しいな。俺に譲るなんて。まぁいいか。条件は人間を殺さないことだ」
「バカな!」ダークエルフの少女が言う。「向こうはこっちを絶滅させるつもりなんだぞ!?」
「それは聞いたって。えっと……ダークエルフの……誰だっけ?」
「わたしはフラヴィだ」
「じゃあフラヴィ。俺は4年前、人間の側で戦う時も同じ条件を出したぜ? 妖魔の王を倒したあとは、和平交渉するようにも言った」
「果たされなかったみたいだけど」
マリは酷く怒ったように言った。
けれど、その気持ちはキズナも同じだった。人間たちは2人と交した約束を全て破って捨てたのだ。
キズナたちが元の世界に帰ったあとに何かあったのではなく、きっと最初からそうするつもりだったのだろうとキズナは思った。
「人間たちは守らなかったが、簡単な条件のはずだぜ? それに、俺たちの流派は『非常に積極的な護身』だ。先制攻撃することはあるけど、命を奪うまではやらねぇんだ。基本的には、な」
「そう。基本的には」
「この条件飲めるか、リュリュ」
「飲めるし、飲む」
リュリュは即答だった。迷いはどこにもなかった。
「徹底させろよ?」
「うん。みんなに徹底させる」
リュリュが頷いて、キズナが一度手を叩いた。
「よし、じゃあ決まりだ。マリちゃんの条件は? やっぱ同じか?」
「違う。私のことは、マリ先生と呼ぶこと」
「あ、ずりぃ。俺も、俺もキズナ先生って呼んでくれ」
「真似しないでキズナ」
「真似じゃねぇよ。俺だって教える方なんだから、先生でいいだろ?」
「ダメ。キズナは指導員。私が先生」
「あん? それ実力順じゃねぇよな?」
「実力以外の何?」
「よし分かった。どっちが上か決めるぞ」
「望むところ」
マリが小さく構え、キズナは大きく構えた。
「だから喧嘩しないでってば! 2人とも先生って呼ぶから! マリ先生にキズナ先生!」
リュリュが言うと、キズナは頰を緩めて構えを解いた。
「先生……いい響き」
マリも口元に笑みを浮かべながら構えを解く。
「こいつら、本当に大丈夫なのか? 姫、考え直すなら今です」
フラヴィが目を細めた。
「なんだ? マリちゃんの実力疑ってんのか? 俺より弱いけど、フラヴィよりは強いぜ」
「違う。疑ってるのはキズナの実力」
「どっちもだ!」
フラヴィは呆れた風に怒鳴った。
「ほう。なら、ちょっとその弓で俺を攻撃してみろ」
「私が先。私を先に射るといい」
「なんだマリちゃん? やんのか?」
キズナがマリを睨み、マリもキズナを睨んだ。
「2人とも射てやるから、いちいち喧嘩するな!」
そう言って、フラヴィが踵を返す。
「おい、どこ行くんだ?」
「この距離では確実に殺してしまう。だから離れるんだ。それでも、わたしの矢をどうこうできるとは思えんがな。まぁ、足を狙ってやる」
「離れなくていいし、胸を狙っていい」
マリが自信たっぷりに言った。
「ちょ、ちょっと」リュリュが慌てて言う。「フラヴィは今、この山にいる妖魔の中で一番強いんだから! フラヴィだけは鍛えてもらわなくてもいいぐらいなんだから!」
「へぇ。じゃあ、みんなマジで弱いんだな」
「姫のリュリュからして、弱いから」
キズナは肩を竦め、マリはチラリとリュリュを見た。
今までのリュリュの動作を見ての判断。
魔法に関しては分からないが、肉弾戦に関して、リュリュは素人だ。それはキズナにも分かった。もちろん、内に秘めた才能までは分からない。あくまで現時点では、という意味。
同じように、フラヴィの動作からも、その実力を測ることができる。
キズナとマリの出した結論は、フラヴィはそれほど強くない、だった。
「姫をバカにするな!」
フラヴィは反転しながら矢筒から矢を抜き取り、キズナたちの方を向いた時にはその矢を弓につがえていた。
「へぇ、早いもんだな」
「うん。悪くない」
「姫はな、蝶よ花よと育てられ、喧嘩の1つもしたことがないんだ! いつもわたしたちを気遣い、野花を愛でるような心優しい性格だ! 魔法も回復がメインなんだ! その回復のおかげで、わたしたちは生きている! わたしたちの命があるのは、姫のおかげなんだ!」
「フラヴィがリュリュ大好きなのは分かった」
「でも、リュリュは闘えないと言ってる」
「本当は、姫を戦場なんぞに連れ出したくはないんだ!」
フラヴィは狙いをマリに定め、矢を放った。
マリは自分の胸に飛来する矢を左手で掴んだ。
そうするのが当たり前のように。何の緊張感もなく、ただ自然に、普通に、必然のように、ただ矢を掴んだ。
「でも、戦わざるを得ない状況。種族を護るために」
マリはグッと左手に力を込めて、矢を真っ二つに折って地面に落とした。
「……バカな……」フラヴィの声が震える。「この距離で……わたしの矢を掴んだ、だと……」
「心配しなくても、リュリュにもこれぐらいできるようになる」
「もちろんフラヴィにもな。さ、次は俺だ」
キズナは両手を後ろで組んだ。手を使わないというアピールだ。
「く……躱せるというのか、この距離で……」
「いや? 躱す気ねぇから、さっさと射ろよ」
「くそっ!」
フラヴィは次の矢をつがえ、キズナは息を大きく吸った。
フラヴィの矢が放たれ、キズナは吸った息を丹田に溜める。
それから、
「
キズナが呟き、フラヴィの矢はキズナの胸に命中した。
しかし矢はキズナを貫くことはなく、鉄板にでも当たったかのように弾かれ、地面を転がった。
「なっ……なんだ今のは……?」
フラヴィは驚きを隠せず、目を見開いた。
「久我刃心流・鉄衣。まぁ、一時的に防御力を上げるだけの技だな」
「これもできるようになる」
「す、すごい! キズナ先生もマリ先生もすごい!」
リュリュは手を叩きながら言った。
「わたしの弓は、まだまだ未熟だったということか……」
リュリュとは対照的に、フラヴィはガックリと肩を落とした。
「未熟なら、稽古だな」
「うん。稽古が全て」
「早速、始めるか。流派の説明してから、最初に教えるのは受け身だな」
「当然。受け身が一番大事」
「よろしくお願いします先生!」
リュリュはやる気満々で、深く頭を下げた。
「とりあえず、服は変えた方がいいかもな。できれば道着がいいんだが」
「異世界だから、ないと思う」
「だよな。じゃあ、仕方ない。リュリュ、その服、すっげぇ綺麗だけど汚れてもいいか?」
「平気よ」
「わたしも構わん。よろしく頼む」
リュリュとフラヴィが了承したあと、他の妖魔たちも「よろしくお願いします」と大きな声で挨拶した。
「よし、じゃあまずは流派のコンセプトから……」
「大変ですぅぅぅぅ!」
唐突に、空から大声が響いた。
キズナが空を仰ぐと、ハーピーの女性がすごい勢いで空から降ってきた。
「大変です姫ぇぇぇぇ!」
ハーピーの女性は地面に降り立つと同時にリュリュに駆け寄った。
「人間の軍が! 人間の軍が山の麓に集まってますぅぅぅぅ!」
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