19撃目 君と死ぬまでやり合いたい
「人生最高の不意打ちってか」
今の一撃は良かった。師範が見ていたら褒めてくれたに違いない。
キズナはマリを殺すつもりで蹴った。そうしなければ、一撃でマリを沈められないと知っているから。
そして、一撃で終わらなければ面倒なことになる可能性がある。
だからこそ、キズナは自分の中に潜む獣を部分的に解放してやったのだ。
相手を殺すことを恐れ、普段はセーブしている力を出せるように。
「おい、もう平気だぞ」
キズナはカミラに声をかけながら、再び獣を鎖で繋ぐ。護身という名の鎖で。
カミラはすでに人間の姿に戻っていて、ガタガタと震えながら「許してください」と連呼していた。
どうやら、キズナの声は届いていないようだ。
「やれやれ……」
キズナが溜息を吐く。
と、カミラの股間の辺りから温かい液体が広がり、窪んだ地面が湿る。
「マジか……漏らすぐらい怖かったのかよ……」
キズナは苦笑いしながら、マリの方に視線をやった。
すると、
ちょうどマリが立ち上がっているところだった。
「おいおい、あれで立つのかよ……」
言いながら、ゾクゾクした。
マリがカミラから受けたダメージは、常人ならとっくに気を失っているほど大きなものだ。
その上に、一撃で沈めるための蹴りを入れた。
キズナは半端な蹴り方はしていない。
それなのに、
マリは立った。
キズナの生涯で、何がなんでも倒したいと願った唯一の相手。
永遠の好敵手。
ゾクゾクしない方がどうかしている。
マリが走ってくる。
やる気だ――キズナはそう直感した。
「上等だぜマリちゃん! 満身創痍でも加減しねぇからな!」
「キズナぁぁぁぁぁぁ!」
野獣のように、マリが叫ぶ。
マリの声はいつだって心地いい。それが絶叫であろうと、名前を呼ばれれば心に響き、いつだって心に眠る獣を刺激する。
心ゆくまで闘いたい。
どっちかが死ぬまでやり合いたい。そんな風に思えるのは、何十億という人間の中で、マリだけだ。
いや、妖魔やその他の種族も含めて、ありとあらゆる生命体の中で、マリだけなのだ。
と、マリの姿が消える。
下からか!?
キズナは飛び上がり、マリの水面蹴りを躱す。
あれほどのダメージを負ってなお、速度はマリの方が上。一瞬でも油断したらもう追えない。
マリも即座に飛び上がり、アッパーカットのような拳を打ち込んでくる。狙っているのは股間――金的か。
キズナは足を閉じて、膝の辺りで受ける。
痛てぇ。
だがマリの拳はキズナの防御を抜けない。金的に当たるよりは遥かに少ないダメージで着地。
攻撃を防がれたマリの方が先に降りたが、少し体勢が崩れている。
キズナは少し遅れたが、体勢は整っている。
マリの左脚による上段蹴り。キズナはガードせずに同じく左脚での上段蹴り。
お互いの蹴りがお互いの顔に命中し、2人とも同時に力の方向へと飛ぶ。
間合いがマリの間合いだったため、キズナの蹴りはクリーンヒットではなかった。
マリの方も体勢が悪かったので十全の蹴りではない。
お互い不完全な蹴りだったが、ダメージがないわけではない。
間合いが少し遠い。
入身で詰めるか?
考えながら、マリと目が合ってしまう。
しまった――お互いがお互いの視線を探り合った結果だ。
空気が張り詰める。
先に動くのは不利か?
きっとマリも同じことを思っている。
マリはすでにダメージがある。返し技で決める方が理想的だ。
けれど、それでも、考えた末に、マリは来るだろう。
そういう奴なのだ。
笑えるぐらい素敵な敵。
そして俺も、マリちゃんにとって最高の敵でありたい。
だから今回は、
俺から行くっ!
「気持ち良く飛ばしてやるよ!!」
「こっちの台詞!!」
キズナが入身を使ったのとほぼ同時にマリも入身。
キズナは攻撃のパターンと防御のパターンを一瞬のうちに何通りもシミュレート。そして中段蹴りを選択。
まるで時間が引き延ばされたような感覚。
さぁ、あと数瞬で2人は交錯する。
キズナはそう信じて疑わなかった。マリだってそうだろう。
けれど、
「ダメぇぇぇえ!!」
リュリュが2人の間に入り、両手を広げた。
「なっ……」
キズナは驚いた。
リュリュが声を上げるまで、間に入られるまで、リュリュが近寄っていることに気付けなかった。
マリに集中していたから?
違う。
そうじゃない。
リュリュが、キズナにもマリにも気付かれないぐらい高度な
あるいは無走か。まだ教えていない無走を、リュリュが咄嗟に使った可能性もある。
「バカ野郎がっ!」
キズナは止まれない。もう打ち込む寸前だったのだ。このままでは蹴りがリュリュに当たってしまう。
まともに入ったらリュリュの防御力では耐えられない。凄まじいダメージを与えてしまう。
キズナは強引に体重を後ろへと移動させ、軸足も宙に浮かせ、背中から地面に落ちる。かなり無理な動きをしてしまったので、受け身が中途半端になってしまった。
しかし止まらないならこうするしかない。リュリュを壊すわけにはいかないのだ。
「いきなり割り込むんじゃねぇよ、と怒りたいところだが、気付かなかった俺が悪いな。平気かリュリュ」
キズナは立ち上がりながら言った。
「あたしは平気だけど……」
言いながら、リュリュはマリの方を見た。
マリは地面に転がっていた。
キズナは見ていないが、マリもまたリュリュを躱すために無理な動きをしたのだ。
「運がいいなマリちゃん。リュリュに救われて引き分けだ」
「私がキズナに負けるはずがない。運が良かったのはキズナの方」
マリが言った。戦意はもう消えたようだ。当然、キズナの戦意も失せている。
「かもな」
負ける気はないが、勝負というものは最後まで分からない。
「キズナ。これ、1000戦目じゃないから……」
「ああ。俺だってこれを1000戦目だとは思ってねぇ」
理性を飛ばしかけていたマリを止めるためにやったことだ。キチンとした試合ではない。
記念すべき1000戦目は、お互い万全の状態でやりたい。
「ならいい」マリは少しの沈黙を挟んでから言う。「……ごめん」
「いいさ。仕方なかった。許してやるよ。俺もやったしな」
自分の中の獣を部分的にとはいえ、解放してしまったことに対する謝罪だ。正確には、約束を破ってしまったことへの詫び。
いつか2人の力が完成して、本当の勝負をする時まで、
命と引き替えてでも決着させるその時まで、
お互いの獣は封じておこう。
それが2人の約束だった。
「さてリュリュ、マリちゃん回復してやってくれよ」
「分かったわ。ダークヒール」
リュリュは左手をマリ向けた。
「ん……」
マリは目を瞑った。
ダークヒールは視覚的にも触覚的にも気持ち悪いからだ。
黒くてブクブクと弾ける泡がマリを包み込む。
「おいリュリュ、カミラも治してやってくれねぇか?」
「え? なんで?」
リュリュは心底意味が分からないという風な表情を見せた。
大嫌いな人間を治せと言っているのだから、当然の反応だ。
「可哀想だろ。この姿を部下に見られたら、生きていけねぇって。それに、マリちゃんがやりすぎてる。死にはしないだろうが、一応な」
「……」
「頼むよリュリュ。治してやってくれ」
「私からもお願い。やりすぎたのは事実」
「……先生たちが、そこまで言うなら」
渋々ではあるが、リュリュが右手をカミラに向けて、ダークヒールを発動させた。
「ありがとな」
「うん。ありがとう」
「……別に」
フンっとリュリュがソッポを向いた。
「いやぁ、カミラ様のお漏らし姿かぁ。いいねぇ」
近寄ってきたオルトンが言った。
キズナはオルトンの接近には気付いていたので、特に驚かなかった。発言もオルトンらしいので、特に突っ込まない。
オルトンと一緒に、グロリアとフラヴィも歩み寄って来た。
「マリは大丈夫ですか?」
グロリアが言った。
「平気だ。マリちゃんがあのぐらいで死ぬかっての」
「うん。私は平気」
「あのぐらいって、わたしなら、というかほとんどの生命体は死ぬと思うが?」
フラヴィは苦笑いを浮かべていた。
「ところで」オルトンが言う。「リュリュは魔法を2つ同時に使ってるのかな?」
オルトンは真面目な表情でリュリュを見ていた。
キズナは自分の知っている魔法知識を記憶の中から引っ張り出す。
魔法には属性が6つと、その6つに含まれない無属性の合計7属性がある。
その難易度や効果から、通常魔法、大魔法、極大魔法、超極大魔法と分けられている。
あとは、基本的には言葉を発することで発動させる。
そして、 魔法は普通、1つずつ順番に使う。
けれど、リュリュはダークヒールを2つ同時に展開している。
「えっと?」
リュリュが小さく首を傾げた。
「右手と左手でダークヒール使ってるじゃないか」
「それがどうしたの?」
リュリュはオルトンを睨むように見た。
「どうしたの、って、魔法を2つ同時に使える奴なんて見たことないよ、僕は」
「え? これ普通じゃないの?」
リュリュは驚いたように目を見開いた。
「他にも組み合わせられるのかな? たとえば、防御魔法を展開しながら回復とか、そういう感じで」
「できるけど……?」
「なるほど。それは普通じゃないね。かなり異質だね」
「あ、あたし異質なの?」
リュリュがちょっと不安そうな表情を見せた。
「姫を変態扱いするな!」フラヴィが叫ぶ。「姫は魔族の王と妖精女王の間に産まれたんだ! 特別なんだ!」
「別に変態だとは言ってないよ。けど、確かに特別な存在みたいだね。この前のアサシンも、リュリュを狙ってたからね」
「そういえばあいつ、何だったんだ?」
キズナが言った。
その時に、カミラがゆっくり上半身を起こし、ぺったんこ座りした。
しかし戦意は見えないので、キズナはスルーした。
「アサシンリーグって組織の人間だね。金で雇われて、対象を抹殺する連中」
「ってことは誰かがリュリュを狙ってるってことか。誰が狙ってんのかは、分かってるか?」
キズナが聞くと、オルトンは首を横に振った。
「そうか。まぁ注意しとく」
「別にしなくてもいいよ。僕らはリュリュが死んでも困らないから」
「なんだと貴様!」
「よせフラヴィ。オルトン相手にいちいち怒るな。ってゆーか、すぐ熱くなる癖は直せ」
弓に矢をつがえようとしたフラヴィをキズナが制した。
「なんで、カミラも治したのぉ?」
ぺったんこ座りしていたカミラが言った。
カミラは両手でスカートの裾をギュッと握り、半分泣きそうな目でリュリュを見ている。
フラヴィは焦ってリュリュとカミラの間に入った。
「えっと、その……」
リュリュはちょっと困ったように言い淀む。
「俺が言ったんだよ。治してやってくれって」
「ふーん。カミラはぁ、感謝なんか、しないからぁ」
「ありがとうでしょ?」
寝転がったままのマリがそう言うと、カミラはビクッと大きく身を竦めた。
「ありがとうリュリュ。怪我する前より調子がいいみたい」
マリはピョンと起き上がって背伸びをした。
「い、いいのよ。あたし、回復得意だから」
リュリュは照れたように頬を染めた。
「うん。で……」
マリがカミラに向き直ると、カミラは「ひっ」と表情を引きつらせた。
「ありがとうでしょ?」
マリが腰を曲げ、カミラの顔を覗き込む。
カミラはすぐに目を逸らした。
「ありがとうでしょ?」
マリが言うが、カミラは無視した。
しかしカミラの身体はガタガタと震えていた。
「聞こえないの? そういう子に、私がどうするか知ってる?」
マリの声音が変わる。
酷く冷たく、酷く低い。
「あ、ああああああ、ああああり、ありがとうございますぅ」
カミラは泣きながら、キズナの方を見て言った。
「いいさ。元々はマリちゃんがやりすぎだったんだし、実際に治したのはリュリュだし」
「……あたしは言われてやっただけだし」
カミラがマジ泣きしているので、リュリュはちょっと引いてるようだった。
「それはそうとマリちゃん。あんま弱い者いじめすんなよ」
「いじめてない。生意気だから躾してる」
「マリちゃんの方がずっと生意気だと思うがな、俺は」
「キズナの方が生意気」
「あん? 俺がいつ生意気言ったよ?」
「いつも。毎日生意気」
「なんだマリちゃん、やんのか?」
「こっちの台詞」
「はいはーい、お仕舞い! 喧嘩ダメ!」
リュリュが2人の間に入る。
「ロイヤルスリーを、弱い者、ですか……」
グロリアが呆れた風に言った。
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