20撃目 ひとまずの終戦


「さて、俺はお前らに貸しを作ったと思っていいか?」


 キズナはグロリアを見て、それからオルトンを見た。


「僕を助けに来てくれたことを言っているなら、そうだね」

「もちろん、借りは返します」


 オルトンは肩を竦めて、グロリアは真面目に言った。


「じゃあ、早速返してもらおうかなっと」


 キズナがニヤリと笑う。


「あ、何かロクでもないことを考えついた時の顔」

「決めつけんなよマリちゃん。聞いてから判断しろ」

「聞いてくださいマリ様、って言えば聞いてもいい」

「あん? ぶちのめして無理やり聞かせてもいいんだぜ?」

「面白い。私はもう全快してる。やれるもんなら……」

「2人とも……」


 グロリアが2人を諌めようと手を伸ばしたのだが、


「だから!」リュリュが叫ぶ。「喧嘩しないでってば! キズナ先生の話、あたしすごく聞きたいし!」


「お、そうかそうか」


 リュリュにすごく聞きたいと言われ、キズナはニコニコと笑顔を浮かべた。

 グロリアは伸ばした手の行き先をどうしようか迷ってしまったが、オルトンがスッとグロリアの手に触れ、そのままゆっくりと下ろした。


「昔は」グロリアが小声で言う。「わたくしの役目でしたのに……」


「仕方ないよ」


 オルトンはグロリアに優しく笑いかけた。

 キズナとマリは4年前からやっぱり呼吸するように喧嘩をしていた。そしていつもグロリアが諌めていたのだ。

 そのことが酷く遠い昔のように思えて、グロリアは少し悲しかった。


「で、僕たちはどう借りを返せばいいのかな?」


 オルトンがキズナに向き直る。

 グロリアもキズナに視線を送った。


「なぁに、簡単なことだ。カミラの部下に売られた妖魔を連れ戻してくれ」

「は?」

「え?」


 オルトンとグロリアは目を丸くした。


「いやぁ、俺もマリちゃんもトリル山を離れるわけにはいかねぇだろ? でも未来の弟子は助けたい。そこで、お前らに頼みたいんだよ」


「ちょっと待ってくれ先生」フラヴィが言う。「わたしはこいつらを信用していない。こいつらに頼むくらいならわたしが行く」


「ダメ」マリが言う。「フラヴィは稽古」


「しかしっ!」

「しかしもかかしもない」


 マリが軽くフラヴィを睨む。それでフラヴィは喋るのを止めたが、顔は納得していない。


「ダークエルフ」

「わたしはフラヴィだ、種族で呼ぶなグロリア。それとも貴様は人間と呼ばれたいのか?」


「失礼しました」グロリアは淡々と言う。「ではフラヴィ、あなたがもし仮にグリーンスレードの街に行けば、あっという間に狩られるでしょうね。だからこそ、マリは有無を言わせなかったのです」


「そして売られてキズナたちの負担が増える」


 考えたら分かるだろう、という風にオルトンが首を振った。


「くっ……」


 フラヴィがギュッと拳を握った。

 分かってはいるけど納得はできないという様子だった。


「で、お前ら行ってくれるのか?」


 キズナが言った。

 グロリアは周囲を見回しながら考える。

 カミラが好き勝手に暴れ回ったせいで、陣は半壊している。カミラの最初の魔法で負傷した兵もいる。

 1度王都に戻って立て直した方がいいかもしれない。ならばその時、ついでに妖魔を捜索するぐらいなら可能か。


「いいよ」

「ちょ、オルトン!?」


 グロリアが捜索だけなら、と言う前にオルトンがアッサリと承諾してしまった。


「さっすがオルトンだぜ」

「うん。さすがオルトン」

「わたくしだって、いいですよと言おうとしました!」


 キズナとマリがオルトンを褒めたものだから、グロリアはついムキになってそう言ってしまった。


「さすがグロリア、分かりやすい性格は変わらずだな」

「勢いだけで返事をするところ、変わってない」

「姉さんは千人将の自覚を持とうか」


 キズナ、マリ、オルトンが揃って苦笑いを浮かべた。


「どうしてわたくしだけそういう反応になるのです!?」

「だってグロリア、断るつもりだったろ?」

「そう。あるいは捜索だけとか、半端に受けるつもりだった」

「う……」


 なぜバレたのかグロリアには分からない。

 グロリアは器用な性格ではないので、考えていることが顔に出てしまうのだが、あまり自覚していなかった。


「そして姉さんは言ったからにはやってしまう人だからねぇ」


 やれやれ、とオルトンが溜息を吐いた。


「だな。その点は信頼できる。頼んだぜ」

「うん。オルトンはアレだけど、グロリアは信頼できる」

「ちょっと待ってマリさん! 僕がアレって何!?」

「アレはアレ」


 マリはフッと視線を逸らした。


「ねぇ」ずっと黙っていたリュリュがちょっとだけ怒った風に言う。「本当に、信頼していいの?」


「大丈夫だリュリュ。こいつら、今は敵だけど基本的にはいい奴なんだ。オルトンはちょっとアレなところもあるけどな」

「そう。オルトンはアレだけど、グロリアはいい奴」

「だから、どうして僕だけアレなわけ!?」


 オルトンが喚くが、キズナもマリもスルーした。


「いい奴、だなんて説得力ないから」


 リュリュは至極真面目に言った。

 それはまぁ、そうだろうとグロリアは思った。

 人間は散々に妖魔を追い詰めた。そして、最近入れ替わりでやって来たとはいえ、グロリアとオルトンはその指揮官なのだ。

 妖魔の姫であるリュリュにとっては、憎悪と嫌悪の対象人物。


「わたくしは、借りを返すだけです。あなたにではなく、キズナとマリに」


 グロリアは言葉を飾ることもなく、ただ本当のことを簡潔に伝えた。


「そう。じゃあ、あんたなんか信じないけど、あたしも先生たちを信じることにするわ」


 言ったあと、リュリュは視線をオルトンに移した。


「僕は妖魔の殲滅には最初から反対だし、別に問題ないよ。っと、それは僕の事情か」

「そうね」

「僕も姉さんに同じ。借りは返す。それだけのことだよ。それが終わったら、望んではいないけどまた敵同士だと思うよ」

「そう……」


 リュリュは小さく息を吐いた。

 まぁ納得したということだろう。


「では売られた妖魔の情報は……」


 グロリアがカミラに視線を向ける。

 それに続いて、全員がカミラに視線を送った。


「……チャドには、情報を渡すように言うしぃ? それでぇ、カミラも回復の借りは返したことにぃ……」

「ダメ」


 マリが言った。


「な、なんでよぉ? なんでカミラだけ返したことにならないのよぉ?」

「情報なんて簡単に吐かせられる」

「……う」


 カミラは言葉に詰まった。

 それはそうだろう。相手はマリだ。チャドから見たら圧倒的な強者なのだ。情報を吐かせるなんて朝食を取る前でも余裕に決まっている。

 というか、チャドだけならグロリアとオルトンでも情報の入手は可能だ。

 グロリアもオルトンもカミラより弱いがチャドよりは強い。

 痛めつけてから回復魔法を使い、また痛めつける。繰り返せば大抵の人間は落ちる。

 まぁ、グロリアはそういう行為が好きではない。だからカミラの申し出はグロリア的には悪くないのだが。


「ってゆーか」キズナが言う。「お前にも人並みに借りは返さなきゃ、って気持ちがあるんだな」


「はぁ!? カミラを何だと思ってんのぉ!?」

「病んでる鬼畜」

「病んでないし! カミラ全然病んでないし!」


 鬼畜の部分は否定しなかったので、そういう自覚があるようだ、とグロリアは思った。

 まぁ、それはそれで問題ではある。


「それよりカミラ様、パンツが濡れて気持ち悪いでしょ?」オルトンがニヤニヤ顔で言う。「僕が洗っておくっスよ?」


「こ、殺す!」


 カミラが間合いを詰め、オルトンを攻撃しようとしたのだが、


「おい。冗談だよな?」

「私はリターンマッチ歓迎だけど?」


 キズナがカミラの右肩を、マリが左肩を押さえ、カミラの動きを完全に封じた。

 キズナもマリもほとんど力を入れていないように見える。

 理合。

 グロリアは4年前に教えてもらったのだが、雑な性格だったため習得できなかった。


「……なんなのよぉ」カミラが泣きそうな目で言う。「あんたたち、今まで全然本気なんか出してなかったんじゃないのぉ……」


 グロリアは咄嗟にカミラを制することはできなかった。

 カミラの攻撃はそんなあっさり止められるようなものじゃなかった。少なくとも、2人が止めなければオルトンは一撃で沈んでいた。


「本気とかの問題じゃねぇよ。言ったろ? 俺とマリちゃん両方相手にするとか、3秒も保たねぇって。まぁ追宴状態ならもっと保つとは思うけどな」


 キズナはカミラを弱い者と称した。それは驕りでもなければ虚勢でもない。ただただ、事実なのだ。

 そして今の言葉も。

 キズナとマリが2人で、しかも本気で闘えば、カミラは3秒も保たない。現に、カミラは1秒にも満たない時間で完全に動きを封じられている。

 4年間で開いたグロリアとキズナの差は、もはや埋められないレベルなのだとグロリアは気付いた。

 元々、グロリアよりキズナとマリの方が強かったが、ここまで凄まじい開きではなかったはずだ。

 そのことに気付いた時、グロリアは絶望感に襲われた。

 もう、この2人には、並べない。


「ってゆーかぁ」カミラが言う。「オルトンが悪いんじゃないのぉ! カミラをバカにするからぁ!」


「まぁそうだな。死なない程度なら許す」

「今回は確かにオルトンが悪い」


 キズナとマリがカミラの肩から手を離したが、カミラは動かなかった。

 オルトンは来るなら来い、いや、来てくださいとばかりに両手を広げていた。


「ねぇ、茶番はいいからトリル山に帰りましょうよ」


 リュリュは相変わらずムスッとしたような、怒ったような表情と口調で言った。


「ああ。それもそうだな。カミラは借り返したいならまた今度な。じゃあグロリア、オルトン、頼んだぜ?」

「ちゃんと攫われた妖魔たちをトリル山まで連れて来ること」


 言ってすぐ、キズナとマリはヒラヒラと手を振りながら踵を返した。

 2人の背中を見詰めながら、

 なんて遠いのだろう、とグロリアは思った。

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