18撃目 心の奥底で笑う獣
カミラが右掌をキズナたちの方に向けた。
刹那、
キラリとカミラの掌が光った。
「避けろ!!」
キズナは叫び、座り込んでいたリュリュを抱き上げて飛んだ。
巨大な放射線状の光が、地面を抉りながら走り抜けた。
グロリアとオルトンは自分で今の光線を躱したが、フラヴィはマリに投げられることでなんとか直撃を免れていた。
そしてフラヴィを投げることで逃げ遅れたマリは、光線の直撃を受けた。
しかし防御は間に合っている。
マリは
「くっ……」
マリが崩れ、地面に片膝を突いた。
「グロリア! カミラはどうなってんだ!?」
キズナはリュリュをお姫様抱っこしたまま、グロリアの方を見た。
「
「取り込まれたらどうなる!?」
「
「なんだそ……」
視界の隅で、カミラがマリの前に出現したのを確認した。どうやら、消える魔宝開錠は変わらず使えるようだ。
「くっ……そ」
カミラの打撃をマリは防御したが、マリはそのまま遠くへ弾き飛ばされる。
カミラはすぐに消えて、飛んでいったマリの側に現れ、マリを追撃した。
「あいつ、マリちゃんしか見えてねぇのか?」
カミラはキズナたちのことを完全にスルーしていた。
マリは好きなように痛めつけられているように見える。
「あれはやべぇ、リュリュ、自分で立てるか?」
キズナが言うと、リュリュはコクコクと素早く頷いた。
だからキズナはリュリュを解放する。
「キズナ先生! 早く助けてあげて!」
「分かってる。ちょっと待て」
キズナは呼吸を整え、左掌と右掌を重ね、丹田の前に置く。
「キズナ先生! マリ先生が死んじゃうよ!!」
「ああ? 何言ってんだリュリュ、助けるのはカミラの方だろうが」
「だから早く……え?」
「やべぇのはカミラだ。くそっ、マリちゃん理性飛ぶぞあれ。殺しはしねぇだろうが……」
とはいえ、マリにその気がなくても、カミラの防御力によっては死んでしまう可能性も否定できない。
キズナは目を瞑り、心を落ち着かせ、自分の中心へと入っていく。
そうする必要があるのだ。そうしなければ、マリを止められない。
◇
痛みと衝撃の中で、マリは酷く懐かしい声を聞いたような気がした。
高校に入学する少し前に聞いた声。
人生最良の日に聞いた声。
どっちかが死ぬまでやろうって、キズナと闘ったあの日。
それは獣の声だった。
何を言っているのかよく分からないけれど、何を言いたいのかはよく分かった。
その日、マリはキズナと約束をした。
誰も知らない、2人だけの約束。
解き放ってくれ、と獣が言った。
今度はハッキリと、獣の声を聞き取ることができた。
護身の鎖で四肢を繋がれた、哀れな獣の声を。
その獣は、マリ自身。
約束を果たす時まで、心の奥底に、暗くて狭い場所に、閉じ込めていたマリの本性。
「死ねぇぇぇぇぇ!!!!」
カミラのしゃがれた叫び声が聞こえたけれど、とっても遠い世界の出来事のようだった。
今までとは比べものにならないような、大きな衝撃があって、
護身の鎖が1つ、
千切れて飛んだ。
獣は歓喜し、
吠え、
叫び、
そして笑った。
◇
「よぉ、元気にしてるか?」
キズナは自身の中心で、そいつに挨拶をした。
けれど、そいつから返事はない。姿も見えない。でもいるのは知っている。
「ちょっと力貸せ。とりあえず鎖を1つ、壊してやる」
護身の鎖に四肢を拘束された獣。それがここにいる奴の正体。
キズナの心に巣食う、凶悪な魔物。
似たようなものがマリの中に潜んでいることも、キズナは知っている。
だから、2人は約束をした。
いつか訪れるその日までは、
こいつらを閉じ込めておこうと。
そうでないと、試合が成立しないから。どっちかが死ぬまで、続けてしまうから。
あの日も本当は――。
護身の鎖が1つ、ピシリと音を立てて切断された。
獣は狂喜し、
叫喚し、
そしてやっぱり笑った。
◇
カミラはマリを許せなかった。
1撃だった。1撃でカミラは気を失った。ロイヤルスリーである自分が、そんな風に、そこらの雑兵を倒すみたいにやられた。
許せるわけがない。
だからこそ、自分が人でなくなるリスクを冒してまで追宴を使った。
追宴を使えば、まず負けることはない。人の力を遥かに超えてしまうのだから。
攻撃力も、防御力も、魔力も、速度も、カミラが人間だった時とは比べものにならない。
それだけの力があるのだ。
そしてそれを証明するかのように、カミラは一方的にマリを半殺しにした。
マリは地面に両手と両膝を突いて、這いつくばっている。
頭を踏みつけようと思った。
だから、
足を上げて、
勢いよく降ろした。
瞬間、
マリがカミラの足をすり抜けた。
カミラの足が地面にめり込む。マリの頭を潰すには十分な威力だった。
けれど、肝心のマリがいない。
カミラは焦り、振り返ると、
そこにマリがいて、髪の毛を括っていた。
何がなんだか分からなかった。
魔法を使ったのかもしれない、とカミラは思った。
でも実際にはそうじゃない。カミラは知らないことだが、マリは速さを極限まで高め、無駄な動きを一切排除している。
だから、回避した時、希にすり抜けたように見えるのだ。
「死ね! 死ね! 死ね!」
カミラは中段蹴りを放ったが、空振りする。
またすり抜けた。マリがそこにいない。
だからまた振り返って、
「ひっ……」
そして一歩だけ後ずさった。
マリは笑っていた。
薄く、とっても薄く、笑っていた。
正気じゃない。マリの笑みを見た素直な感想。
マリはすでに満身創痍のはずだ。笑う余裕なんてあるはずがない。
骨を砕いたような感触があったし、内臓にだってダメージがあるはずだ。
見た目はもっと酷い。
あれだけ一方的に攻撃を加えたのだから、当然だ。
立っているというだけで、奇跡のようなダメージを与えているはずなのだ。
「どうしたの?」
マリが首を傾げた。
「攻撃しなきゃダメでしょ?」
その声は酷く冷えていて、カミラは寒気がした。
カミラの方が強いはずなのだ。どう考えたって、マリがここから逆転できるはずがない。
それなのに、身体が震えた。
「さっきまで、できていたでしょう?」
「あ、あ、ああああああああ!!」
カミラは掌をマリに向け、光線を撃った。
今のカミラにとって、最強の攻撃。数百人、条件によっては数千人単位で殺戮できるレベルの攻撃だ。魔法ではあるが、追宴状態なら言葉を発する必要がなく、速射も可能。
それを、
マリは、
右手で払い除けた。
小さな虫を追い払うように、力んだ様子もなく、ただ軽く、払い除けたのだ。
「何を驚いているの? 私はただ、力の方向を逸らしただけ。魔法にだって、力の向きがある。知らない?」
そんなの誰も知らない。
力の向き?
「次」とマリが言った。
「そんなバカな話がっ!」
カミラは再び右掌をマリに向け、
ゴキッ、という音がした。
カミラが自分の右手に視線を向けると、手首がブラブラしていた。
折られた、と気付いた瞬間に激痛。
「何したの!? 何したの!? カミラに何したのっ!?」
今度は左掌をマリに向ける。
「こうした」
いつの間にかマリが両手でカミラの手に触れていた。
そしてまた、ゴキッと音が聞こえる。
見えなかった。分からなかった。でも、マリに捻られて折られたのだということは理解した。
魔法でも魔宝開錠でもなく、純粋に捻られただけなのだと。
「なんでぇ!? なんでぇ!? カミラには光の鎧がっ!」
「でも関節は動く。だったら折れる。次」
「化け物ぉぉぉ!!」
カミラは渾身の上段蹴りを打った。
たぶん、カミラの生涯で最高の蹴り。
マリは少しだけ身を屈め、カミラの最高の蹴りを躱し、入身で背後へと回った。
カミラの両肩に、マリの両手が添えられる。
そう。掴まれたのではない。添えられたのだ。
次の瞬間、
カミラは重さを感じて尻餅を突いた。
「何したのよぉ!!」
すぐに立ち上がろうとしたが、立てない。
マリが右手で、カミラの頭を押さえていた。
人間の限界を超えているカミラが、片手で押さえ込まれている。
そんなことが、そんな理不尽なことがあるはずがない。
でも、現実だ。
「
「そんなのカミラ知らないっ!!」
「理合いは力の差を埋めてくれる」
「この化け物っ!!」
「私が化け物?」マリはまた薄く笑った。「そう。正解」
マリの言葉が終わるか終わらないか、カミラの顔は地面にめり込んでいた。
もちろん、顔にも光の鎧があるので、カミラ本人にそれほど大きなダメージはない。
「化け物が人間をどうするかは知ってる?」
背中に、足を置かれた感触があった。
「
ズドン、と凄まじい衝撃がカミラを襲い、背中の鎧が粉々に砕け散った。同時に、光の翼も消滅。
カミラの身体全体が地面に埋まる。
「侵撃」
同じ場所に再び衝撃。
内臓が全部グチャグチャに潰されたかのような激烈な痛み。
「侵撃」
三度の衝撃で、カミラの意識が飛びかける。
殺される。
カミラはそう直感した。
虫を踏み潰すみたいに、カミラは殺されてしまうんだと、そう思った。
しかし4度目の衝撃はやってこない。
と、
カミラの後頭部に足を置かれた。
頭に今の衝撃を受けたら、まず助からない。
「やめでぇぇぇぇ!!」
カミラは叫んだ。なりふり構わず叫んだ。
「ごろざないでぇぇぇ! お願いじまずぅぅぅ!! ごろざないでぐだざびぃぃぃぃ!!」
カミラはずっと叫び続けた。
無様に、命乞いを続けた。
もうとっくに、マリはキズナに蹴り飛ばされてその場にいないというのに。
カミラは後頭部から消えた足の感触にすら気付けなかった。
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