7撃目 まずは流派のコンセプト

「悔しいですね」


 グロリアは馬を走らせながら呟いた。


「そうだね」


 グロリアの隣で、同じく馬を走らせているオルトンが言った。


「キズナは化け物みたいでした。容姿のことではなくて、強さのことですが」

「いや、それは分かるから。それに、マリさんも化け物だった。僕らの4年間は何だったんだろうねぇ」


 グロリアはずっと訓練を続けて来た。

 魔宝解錠を2つ手に入れ、将来はロイヤルスリー入りまで囁かれるぐらいになった。

 それでも、それでも、

 キズナに届かなかった。

 足元にも辿り着けていなかった。


「もしまともにやり合っていたら、わたくしの部隊は全滅したでしょうか?」

「そう思うよ。撤退は正しい判断だね。姉さんは間違ってないよ。どうしても妖魔を絶滅させると言うなら、キズナとマリさんを妖魔から遠ざける作戦がいるね。あと念のため援軍要請出した方がいいかも」

「そうですね……。あの2人は手に余ってしまいます……」

「本当、悔しいね」


 キズナはグロリアを相手に、本気で闘ってくれなかった。

 魔法解錠を2つとも使わせてもらった上、キズナはわざわざ氷の鎧を蹴ってくれた。


「悔しいです。わたくしは、千人将になるのが早すぎたのでしょうか?」

「そんなことない。姉さんは自分に厳しすぎるよ」

「初陣で、一騎打ちで、兵たちの前で、わたくしは惨敗しましたが?」

「副官の僕も同じだよ」


 兵たちの士気はとことんまで下がっている。

 誰だって弱い隊長の下になど付きたくないのだから。

 立て直すのが大変ですね、とグロリアは思った。


       ◇


「この山の名前、マウント・マリにする」


 妖魔たち最後の領土である大切な山の名前をマリが勝手に決めた。


「いや待てマリちゃん。キズナ山の方がカッコいいぜ?」


 キズナもノリノリである。

 リュリュはどうしていいか分からず、オロオロと視線を動かした。


「待て先生方! 山の名前を変えるなどバカげている!」


 フラヴィは両手を広げ、猛烈に反対した。


「細かいことはいい」

「だな。細かいことはいい」


「こ、細かくないもん!」リュリュが勇気を振り絞るように言った。「この山は、トリル山だもん! パパとママの大事な山だから、名前変えて欲しくないから!」


「ほう。いわく付きの山ってわけか」

「事故物件?」

「いわく付いてないし! 事故もしてないもん!」

「そうか。じゃあトリル山でいいか」

「うん。いい。どうでも」


 キズナが頷き、マリも頷いた。


「どうでもいいなら言うなっ!」


 フラヴィが呆れた様子で言った。


「とりあえず、妖魔はこれで全員か?」

「うん」


 リュリュが頷く。

 妖魔の数は、全部合わせて100と少し。

 本当に絶滅寸前なのだ。

 あたしが指揮官として至らなかったから、とリュリュは思った。

 もっと自分が強ければ、もっと闘いの才能があれば、と悔やまれる。

 でも現実問題として、リュリュは回復魔法と幾つかの補助魔法、それから今日覚えたばかりの召喚魔法しか使えない。

 肉弾戦に至っては、小さな喧嘩すらしたことないのだ。


「思った以上に少ない」

「ああ。けど、まぁ仕方ねぇさ。これ以上減らさないようにしようぜ」

「キズナ、何ちょっと良いこと言ったみたいな顔してるの?」

「そんな顔してねぇよ」

「してた」

「してねぇ」

「何? どっちが正しいか決着?」

「いいぜ? 稽古の前に軽く遊んでやるよ」


 キズナとマリが構える。


「喧嘩しないでってば! 先生たちは喧嘩しないと話を進められない病気か何かなの!?」


 リュリュが慌てて2人の間に入った。


「別にそんなんじゃねぇよ。マリちゃんがいちいち絡んでくるから」

「違う。絡んでくるのはキズナ」

「あん? 俺がいつ絡んだよ?」

「いつも。毎日」


 キズナとマリの間でバチバチと火花が散る。

 リュリュはその火花に晒されて少し身を竦めた。

 しかし、自分が話を進めなくては、と拳を握る。


「お願いだから、早く稽古付けてよ先生!」


 妖魔が人間に対抗できるように。

 人間に滅ぼされないように。

 最後の領土で穏やかに過ごすために。


「稽古……」

「ああ、稽古だ、稽古しよう」


 マリとキズナの間で飛んでいた火花が消え、2人とも微笑みを浮かべた。

 どんだけ稽古好きなの!? とリュリュは思ったが、余計なことは言わない。


「じゃあ、よろしくお願いします」


 リュリュが頭を下げると、妖魔たちが大きな声で「よろしくお願いします」と頭を下げた。


「い、いい気分だぜ……」

「器の小さい男」

「マリちゃん自分だって頰が緩んでるぜ?」

「ゆ、緩んでないし」


 マリは否定したが、リュリュから見ても分かるぐらい、マリの口元は緩んでいた。


「ま、まぁ、それは置いておいて」キズナが言う。「まずは久我刃心流について軽く教えておく」

「開祖は私の祖父」

「ああ。久我柔造(じゅうぞう)師範だ。んで、流派のコンセプトは『非常に積極的な護身』だ」


 2人とも進んで闘っているようにしか見えないけど、とリュリュは思った。

 でも当然、言葉には出さない。話が進まなくなっては困るので。


「久我刃心流には、奥義や必殺技はない」とマリ。

「そうだな。基本技と応用技だけだ。その理由ってのが、必殺技ってのは躱されたらあとがないだろ? さっきの闘いを例に出すと、グロリアは氷の塊と一撃必殺の斬撃を躱された時点でもう負けてる。なぜなら、あれ以上の攻撃はないから」

「どんな状況でも闘える……身を護ることが目的だから、必殺技なんてそもそも必要ない」

「そうだな。必殺の一撃なんていらないんだ。逆にたくさんの基本技と応用技を知っていれば、躱されても別の技を使えばいいだけだ」

「火力より継戦能力」


 キズナとマリの言葉を、妖魔たちはフムフムと頷きながら聞いている。

 キズナ先生の火力半端なかったけどね、とリュリュは心の中で呟いた。


「そして1番大切なのが、死なないことだ」

「あと、なるべく怪我をしないこと」

「だからまぁ、最初に練習するのは受け身だが、これは割と退屈で、受け身の段階で辞めちまった奴が結構多い」

「論より証拠。やって見せる」


 そう言って、マリは後ろに倒れた。

 その時に左足を折り畳み、右手で地面を叩いて衝撃を殺していた。

 倒れ方としては、お尻から背中まで揺りかごのように柔らかく倒れ、首を曲げて視線は自分のお腹へ。

 そして、腹筋を使って前にスッと立った。

 折り畳んだ左足を使うことで、スムーズに立てたのだとリュリュには分かった。


「今、マリちゃんがやったのが基本の後ろ受け身だ。ちなみにこれ、合気道の受け身らしいぜ。まぁ、合気道って言っても分かんねぇだろうけど」

「合気道の受け身は柔道の受け身と違って、すぐ立つことに重きを置いてるから」

「倒れたら終わりじゃねぇからな。すぐに立たないと追撃されちまう」

「ちなみに、右でも左でもできるように」

「ああ。久我刃心流は基本、左右どちらでも同じ技が使えるように稽古する。これも合気道から得たらしいぜ」

「祖父は色々な武道を極め、最後に合気道を極めて自分の流派を作った」


 マリは少しだけ自慢気に言った。


「だから色々な武道の色々な技が組み込まれてんだ。というわけで、早速やってみるか。右100回、左100回ってとこだな。あ、右とか左ってのは折り畳む足のことな」

「あのぉ」


 ハーピーが申し訳なさそうに翼を上げた。


「おう。何だ? ってゆーか、名前は?」

「ジジですよぉ」

「んじゃあジジ、何だ?」

「手で地面を叩いてたじゃないですかぁ?」

「ああ」

「ウチ、手がないんですけどぉ?」


 沈黙。

 キズナはマリと顔を見合わせていた。


「と、とりあえず翼でポフって感じで。まぁ、無理に手は使わなくてもいい」


 マリが言った。


「ああ。大事なのは頭を打たないことと、衝撃の分散だからな。他に手がない奴いるか?」


 キズナが質問したが、誰も手を上げなかった。もちろん、手がないから上げられないのではない。ハーピー以外はみんな手か前足があるはずだから。リュリュの知る限り。


「我は頭が離れているが?」


 全身鎧に身を包んだ男が歩み出た。


「お前も妖魔なのか?」

「否。我は死霊の国出身のデュラハン、ファン・カルロス・ベルムードである。国を追放され、こちらで世話になっておる」

「そ、そうか……」

「どうやって喋ってるの?」


 マリの疑問はもっともだ。


「うむ。こっちの」ファンが右手で抱えていた兜を持ち上げる。「我の本体である」


「そっちが本体なのか?」

「分からぬ。言ってみただけである」

「そ、そうか……」


 キズナが苦笑いを浮かべた。


「キズナ、提案がある」

「ああ。俺もだ」

「先にみんなの身体を把握した方がいい」

「だな。多種多様すぎるだろ」

「とりあえず、集合して並んで」


 マリの言葉でまずリュリュがマリの前に立った。その後ろにフラヴィが立つ。続いて他の妖魔たちも並び始めた。


「前途多難、だな」

「うん」


 キズナとマリは苦笑いを浮かべたが、どこか楽しそうにも見えた。

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