第4話 いざ、青雲寮へ
彼の名前はたしか…
「内山田君、だったっけ?」
「そう。内山田
今、星山さんが昨日吹奏楽部に見学に行ったって話が聞こえてきてさ。
俺も興味があるからいろいろ教えてもらおうと思って」
くりっとした目、さらっとしたダークブラウンの髪、微笑んだ口元に少し見える歯が白くてまぶしい。
なんかすごく爽やかな人。
鷹能先輩が人を寄せつけない孤高のイケメンなら、彼は人が自然と寄ってきそうな親しみのあるイケメンだ。
「私、昨日は入部希望でもないのに連れて行かれただけだから、内山田君に教えられる情報はあまりもってないと思うけど」
と前置きすると、内山田君はくりっとした目をさらに丸くした。
「入部希望じゃない…って、そんな強引な勧誘をされたの!?」
「う…ん。強引というか…。なんとなく流れでっていうか…」
鷹能先輩に助けてもらった交換条件というのもあるけど、振りきれなかったのは相手が見目麗しいギリシャ彫刻だったからだ。
「内山田君は吹奏楽やってたの?楽器は何?」
あまり追及されたくないので、慌てて話題を変えた。
「実を言うと楽器経験はないんだけど、ドラムをやりたいって思ってるんだ」
顔をほんのりと赤らめる内山田君。
それに茉希ちゃんが食いついた。
「ドラムやるなら軽音楽部がいいよ!私はキーボード希望なの。
一緒にバンド組もうよ!」
おお、茉希ちゃん積極的。
爽やかイケメンに好印象をもってるみたい。
「あ、でも、ほんとに初心者だからバンド組むなんて夢の話だし…。
実は俺、ジャズに興味あってさ。吹奏楽部ではジャズの曲を演奏することもあるっていうし、クラシックで基礎も学べたらいいかなって」
偉いなぁ。そこまでちゃんと考えてるんだ、内山田君。
「吹奏楽部はね、学校の敷地の端にある青雲寮っていう建物で練習してるよ。
今日そこに行って見学してみたら詳しい話が聞けるんじゃないかな」
「星山さんは行かないの?一緒に行けたら心強いんだけど」
「ごめん。私は入部予定ないから、今日は帰ろうかなって思ってるよ」
私の返事を聞いて、内山田君ががっかりしたように視線を落とした。
わかるよ。うん。ヤバいって噂の吹奏楽部に一人で見学に行くのは勇気いるよね。
でも、やっぱり私は今日は行かない方がいい。
今日も鷹能先輩を見てしまったら、私はもう後には引けない気がする。
昨日初めて会っただけで、先輩のことでこんなに頭がいっぱいになってる。
正確に言うと、先輩のギリシャ彫刻のような高潔で端正なルックスと、芸術的で優しすぎる微笑みと、風呂とねぎと大根の謎と、“うんりょーに一緒住んでくれ”っていう言葉と、”ヤバい先輩”っていう噂が、頭の中でメリーゴーランドのようにゆっくりぐるぐる回ってる。
――――――
帰りの
今日も正門までの桜並木にいろんな部活の先輩達が待ち構えているに違いない。
誰よりも早く校門までダッシュで突き抜けなければ!
家に帰ってバイト探しに専念しよう。
教室の後ろ側のドアから出ようとしたときに、前のドアから私を呼ぶ声がした。
「
詩を口ずさむように私の名前を呼ぶ。
その朗々とした低い声に心臓がつかまれたんじゃないかってくらいドキリとした。
「鷹能先輩…」
初々しさであふれる1年生の教室に突如現れた3年生の先輩は、体躯も雰囲気も物憂げな表情もすべてが大人の雰囲気で、加えてその端正なルックスが教室じゅうの視線を一心に集めていた。
鷹能先輩はそんなことはお構いなしという態度でずかずかと教室に入り、後ろのドアの手前にいた私の手首をつかむ。
「さあ、うんりょーに行くぞ」
「えっ、ちょっと…」
やわらかな笑顔にどぎまぎするけど、私の手首を掴んだ繊細な指は今日も振り払えないくらい力強い。
「ちょっと待ってください。
誘い方が強引すぎじゃないですか?」
昨日と似たようなシチュエーション。
けれど、今回私を助けようとしたのは内山田君だった。
「君は?」
鷹能先輩が冷ややかな視線を彼に送る。
無表情なその顔は本当に彫刻のようで血が通っていないかのように見えた。
「内山田光亮といいます。
吹奏楽部の先輩ですよね?アッセンブリーで見ました。
星山さんは入部の意思はないそうですから、強引に誘うのはやめてあげてください。
僕は入部希望なので、代わりに僕を連れて行ってくれませんか?」
鷹能先輩の視線に
「入部希望なら他の部員をあたるか、直接青雲寮に来てくれたまえ。
俺は男の手を引いて連れて行く趣味はない」
鷹能先輩は軽くあしらうと、私の方を向いて再びやわらかく微笑んだ。
「さあ、行こう。知華」
内山田君が代弁してくれた私の入部拒否の意思は、先輩の中ではなかったことになってるんでしょうか?
私の手首をつかんだままスタスタと歩く鷹能先輩の横顔を見つめる。
抗えないなぁ…。
この端正な横顔に。
やわらかい微笑みに。
まだ触れていないミステリアスな部分に。
「先輩…痛い…です」
激しい鼓動を繰り返す胸が苦しくて、やっとの思いで声を絞り出すと、先輩は立ち止まりぱっと手を離した。
「ああ、すまない。
知華を奪われてなるものかとつい力が入った」
ずいぶん大仰な言い回しをする人だな。
なんだか妙におかしくて、つい私の口元が緩んだ。
それを見た先輩がにこりと笑うと、また私に手を伸ばす。
今度は私の指と指の間に長く細い指をするりと滑り込ませるとキュッと軽く握った。
「いざ、青雲寮へ」
えっ!?
甘々な恋人つなぎで”いざ鎌倉”的なセリフは似合わなくないですか?
…って、なんで私たち手をつないでるのぉ~!?
手をつないで颯爽と歩く先輩と、顔を真っ赤にして連れて行かれる私を、HRが終わって賑わう廊下の生徒たちがまじまじと見つめている。
そりゃそうだよね。
先輩の人目を引くルックスに加えて、先輩が”ヤバい人”というのは上級生の間では有名なようだから。
それにしても、すごく疑問に思うこと。
「先輩…どうして私なんですか?」
先輩の横顔に問いかけた。
「昨日初めて会ったばかりなのに、昨日も今日も、どうして私を連れて行くんですか?」
「昨日が初めてではない」
手をしっかりと絡ませたまま、先輩がこちらを見て微笑む。
「俺は知華をもっと前から知っていた」
「え?」
「実は俺も剣を習っているのだ。
去年の夏、友人の応援で地区大会を観戦に行ったときに君を見かけた。
無駄のないしなやかな動きと、面を取ったときの凛とした横顔が印象的だった。
それきり君に会う機会はなかったが、
昨日君を見て”見つけた”と思ったのだ」
私の鼓動がさらに早くなった。
鷹能先輩はここに入学する前から私のことを知っていた。
先輩にとって昨日のことは出逢いではなく再会だったんだ。
昨日私を助けてくれたのは、偶然じゃなくて私を知っていたからだったんだ。
「昨日知華を見つけた時は嬉しかった」
先輩の手の温かさと、微笑む瞳の温かさに体じゅうが熱くなる。
どうしよう。握られた手が汗ばんできちゃう。
”うんりょーに一緒に住んでくれないか”
ドキドキが止まらない中で、昨日初めて先輩が私にかけた言葉を思い出した。
ついでに、風呂と大根とねぎの謎も。
「先輩、
「そうだ」
「なぜ部室に住んでるんですか?
…そしてなぜ私に一緒に住んでくれだなんて…」
真っ赤な顔の私を見て、先輩はいたずらっ子のようにクスリと笑った。
そんな子供っぽい笑顔もできるなんてずるすぎる。
「それを話すと長くなりそうだからな。
おいおい説明するとしよう」
先輩はそれだけ言うと、また大人の横顔に戻った。
茉希ちゃんの話では、先輩は入学して早々から青雲寮に一人で住んでるっていうことだった。
もしかして身寄りがないとか、暗い過去を抱えてるのかな?
でも知り合ってすぐにそんな突っ込んだこと聞きにくいしなぁ。
私が一人で悶々と考えている間に、青雲寮から聞こえる楽器の音がだんだん大きくなってきた。
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