第14話 馬鹿みたい

 青雲寮から駅までの道は歩いて約5分。

 その短い時間に、さっき初めて聞いたいろいろな情報を整理できるんだろうか。

 整理だけじゃなくて、納得も。


「武本の言うとおり、彼らの家と俺の家は代々主従関係があり、俺自身生まれた頃から武本夫妻にはずいぶん世話になってきた」


 「はい。それはお話からわかりました」

 あの海斗っていう息子はずいぶん態度がでかかったけど。


「やっぱり先輩のおうちって、すごいおうちってことですか?」

 咲綾先輩の話から、紫藤一族ってことはわかっていたけれども。


「すごいかどうかはともかく…。まあ、紫藤の本家ではある」


 世が世なら先輩は未来のお殿様ってことですね。

 私、とんでもない人と関わってしまったんだな、と改めて実感。


「なんでそんな人が青雲寮に一人で住んでるんですか?」


「紫藤家は戦国時代より嫡男をより勢力の強い他家に人質に出したり、幕府の人質として領地から離れた江戸の屋敷に住まわせたりしてきた。

 その歴史の中で、ある習わしができたのだ。

 13歳から18歳になり成人の儀を執り行うまでの5年間、紫藤家の嫡男は家を離れてできる限り自力で生活をし、見聞を広め不屈の精神を養うことを求められる。

 とはいえ、学問や鍛錬、芸術を嗜むことも嫡男として必要な素養なので、それらに支障がないよう生活費やその他必要な援助は武本を介して受けてもよいことになっている」


「じゃあアパートとか借りてそこに住むんでもよかったんじゃないですか?

 中学時代にはホームレス生活までしたなんて…」

「家賃まで出してもらってアパート暮らしなんて生ぬるいだろう。

 できる限り不便な生活をし、自分自身でその状況を打開していくことに意義があるのだ」


 先輩の家の教育方針は一般家庭とはずいぶんかけ離れているようだ。


 そこまでの話はだいたい整理ができた。

 次に聞きたいことが、私が一番気になっていることだ。


「あの…生涯の伴侶…って…」

 口にしただけで顔から火が出そう。

 まだ知り合ったばかりで、

 先輩のこと好きになったばかりで、

 いきなりそんなこと言われてもって気がする。


「…それは、だな」

 鷹能先輩が言いにくそうにした。

「俺には18歳の誕生日、成人の儀を執り行うまでは自由が約束されている。

 が、紫藤家では18歳で成人したとみなされ、紫藤の正式な跡取りと認められた後は様々な制約がかかってくる。

 現在の紫藤家は不動産業や観光業、教育業、運輸業など多角経営を行っているので、そちらの事業の一端を担うという重責も出てくる。

 その中で、跡取りとしては紫藤の家を未来永劫存続させるという使命も負う」


 現代のお殿様は18歳になった途端に大変そうだ。


「そこで、紫藤家の嫡男は18歳になると同時に婚約するのが習わしなのだ」


 それで、生涯の伴侶を決める、という話になるのか。


「婚約にあたっては、成人の儀までに自分で相手を決められれば、とある試練を乗り越えることでその相手を婚約者として一族に認めてもらうことができるのだ。

 もし自分で相手を見つけなければ、親があらかじめ決めた相手が婚約者となる」


「それが、志桜里さんという人…」

「そうだ」


 そこまでの話を聞いて、なんか違和感。


 生涯の伴侶って言われて、かなり驚いたけどドキドキした。

 どちらかといえば嬉しいドキドキだった。


 でも今はなんか違う。

 嫌な予感がする、ドキドキだ。


「先輩…。

 もしかして、その人と婚約するのが嫌で私を選んだんですか…?」


 私を好きだから、とか、見初めた、とかじゃなく。

 婚約から逃れるために私を利用している――?


 先輩は沈黙している。

 先輩の反応が怖い。

 ”違う” その一言を言ってほしい。


 先輩は深くため息をついた。


「だから君が”絶対に”俺から離れないというところまでは知らせたくなかったのだ。

 志桜里のことは」




 頭に血がのぼった。


「それって…私を騙そうとしてたってことですか!?

 ひどい…!!」




 馬鹿みたい。


 先輩が好意をもってくれてるって勘違いしてたのが馬鹿みたい。


 騙されてたのに舞い上がってた自分が馬鹿みたい。


 先輩のこと、どんどん好きになってた自分が馬鹿みたい。




「知華っ…!」


 先輩に涙を見せるのが悔しくて、私は全速力で目の前の駅に駆け込んだ。

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