第2話 うんりょーをご案内します
「…は…?」
この人の言っている意味が全っ然わからない。
うんりょーって何?
住むって何?
イケメンだけど、電波系?残念系?
この人を見て剣道部の先輩が逃げるように引き下がったし、意味不明な言葉を発するし、これ以上関わるとなんかヤバそうな臭いがする。
「ありがとうございました!私急ぐんでこれで…」
一礼して立ち去ろうとした私の腕をギリシャ彫刻が掴んだ!
これって、ついさっきあなたがやめろって止めてた行為ですけど!?
「第一声があれではまずかったな。すまん。
君を見つけて気持ちが昂ってしまった。
とりあえず、君を助けた礼だと思ってうんりょーへ来てくれないか」
気持ちが昂るってどういうこと?
しかもお願い口調で言ってるようで、ちょっと恩着せがましい。
「うんりょーって?」
「青雲寮という。吹奏楽部の部室だ」
先輩は私の腕から手を離したと思ったら、今度は私の手首をつかんですたすたと歩き出した。
「ちょっ…」
手を振り払おうとしたけれど、思いのほか力が強い。
逃げようと思いながらも、その力強さにドキドキしている自分がいる。
彼の横顔の美しさに惹き込まれるように私の足も勝手に歩き出す。
行く先にいる部活勧誘の人たちが先輩を見て道を空けるように後ろへ下がる中、私を引っ張ってずんずん歩いていく。
一体何者なの?この
紫藤先輩は3棟ある校舎の脇を通り抜け、体育館の前を通り過ぎ、グラウンドに出た。
野球部、サッカー部、陸上部が活動しているグラウンドを黙々と通り抜ける。
プールとテニスコートの間も通り抜ける。
一体どこまで連れてかれるの?
こんな校庭の端まで連れてこられて、ほんとにヤバイかも…。
2メートルほどの高さのプールの壁を左に曲がった。
突如現れたのは築何十年も経っているような古い木造の洋館だった。
うわ、何この文化遺産的な建物は。
周囲を木々がうっそうと取り囲み、夜には絶対に近づきたくないような場所だ。
ここ絶対、運動部の合宿で肝だめしに使われてるよ。
「ここが
紫藤先輩が言った。
ぷぁ~
ぶぉ~
ピー
いろいろな楽器の音が中から聞こえてきていた。
ギイイと古くて重そうなドアを紫藤先輩が開く。
「あっ、タカ!新入生連れてきたの?」
艷めく黒髪を揺らして振り返ったのはアッセンブリで見た美人なフルートの先輩だった。
「吹奏楽部へようこそ!」とこちらへ満面の笑みを向けてくれる。
はぁ…きれいな人…
って見とれてる場合じゃないんだ!
「いえ、私、この人に連れてこられただけで!」
全然入部を希望してないんですけど、って言おうとしたのに、かぶせるように自己紹介されてしまった。
「初めまして。私が吹奏楽部部長の
タカはきっと自己紹介なんてしてないわよね?
あなたを連れてきたのは紫藤
靴を脱いで上がって!青雲寮を案内するわ」
ものすごい美人にてきぱきと指示を出されるとなんだか抵抗できない。
私は言われるがままに靴を脱いで下駄箱の空いている場所にしまった。
「あなた、何組?お名前は?」
「1-Cの星山
「楽器の経験は?」
「いえ、ないですし、そもそも入部する気もないんですけど」
私が意思表示している横で、鷹能先輩が咲綾先輩にごにょごにょと耳打ちをした。
咲綾先輩が目を見開いて私を見る。
「あら、ずいぶんすぐに決断したのね。了解」
決断?了解?
何の話をしたんだろう??
鷹能先輩はそのまま階段を上がっていった。
「あの、私入部希望じゃなくて、ただ連れてこられただけなんです」
「だとしても、せっかく来たんだし、どんなところか見学していってちょうだい」
咲綾先輩は人懐っこく瞳を細めてにこにこと微笑んだ。
この人、自分の武器を最大限に使ってる。美しいってやっぱりずるい。
しぶしぶ中に入って私は驚いた。
ここ、部室というより家だ。
生活空間だ…!
「青雲寮はね、20年ほど前まではこの高校の宿泊施設だったのよ。
部活の合宿所みたいなものね。
今は新しい合宿所が体育館の横にあるでしょ。
使われなくなった青雲寮を吹奏楽部が部室にしているの。
私たちは”うんりょー”って略して呼んでるわ」
そんな説明をしながら、咲綾先輩は私の前にある扉をガラッと開けた。
コンクリートの流し?足洗い場?みたいなものがある小さな部屋。
「ここは昔、手洗い・足洗い場だったの。屋外にあったんだけど壁で囲って、今はパーカス部屋になってるわ」
スティックを両手に持った先輩たちが、メトロノームのカチカチ音に合わせてコンクリートの流しのへりをリズミカルに叩いている。
床は畳敷き。部員たちがDIYしたのであろう、手洗い・足洗い場と壁は一面緑色のペンキで塗られている。
なんだか不思議な空間。
次に咲綾先輩はパーカス部屋の対面の部屋の襖を開けてくれた。
「この和室はサックス部屋ね。オーボエの子もここを部屋にしているわ」
中をのぞくと、畳の上で大小のサックスを抱えた5人ほどの先輩たちがグルーブのきいたジャズをノリノリで吹いている。
その隣は開放的なホールのようになっている。
窓も大きくて明るいし、食堂だったのかな。
「ここはクラリネット部屋。女の城よ」
たしかに女子の先輩ばかりで華やかな雰囲気。
一人だけ男子の制服を着た美人の先輩がいる。
男装の麗人ってやつかな。
確かにこの部活、変わった人が多そうだ。
そのホールと奥の部屋とは引き戸でつながっている。
奥の部屋は調理場だった。
調理台だったと思われる真ん中の大きなテーブルに楽譜がいっぱいのっている。
「ここはボーン部屋ね」
ボーンというのはトロンボーンの略称らしい。
すごく大柄の女子と、すごく小柄な男子の先輩が練習している。
小柄な男の先輩は花粉症なんだろうか?
楽器を少し吹いては横に置いたティッシュで鼻をかんでいる。
なんだか辛そうだなぁ。
ん?
壁際の調理台にカセットコンロ、フライパン、鍋。
隅に小さな冷蔵庫。
棚にはお皿の類もいくつか並んでいる。
ここって現役の調理室なのかな。
一体誰が何を作るというのだろう?
突き当りの狭い小部屋はお風呂場だった。
タイル張りの床と浴槽。浴槽の上にフタが敷かれていて、そこに楽譜がのっている。
「ここが私たちフルートの部屋よ」
「なんか湿気多そうですね…」
「まあね、鷹能が毎日使うから」
「えっ?」
耳を疑った。
ここのお風呂場って使えるの?
いやいや、それ以前に鷹能先輩が使ってるって…?
固まる私を見て咲綾先輩は慌てて言葉を続けた。
「あ、でも窓があるから換気はしてるのよ!
ちゃんと帰りに楽器も楽譜も外に片づけてるし」
「いえ、そういうところに驚いているんじゃないんですが」
「大丈夫!タカ、使った後はちゃんと乾拭きして窓開けといてくれてるし」
「いえ、だからそういうことでは…」
とりあえず、鷹能先輩がお風呂を使う件については後で質問することにしよう。
1階の部屋を見終わって、階段を上る。
階段も木造で古いから、上るたびにミシミシギシギシとスリリングな音がする。
2階は間仕切りも何もない、広い空間になっていた。
「ここで私たちは全体練習をするの。
パート練習のときは、ボーン以外の金管楽器はここで練習してるわ」
見渡すと、トランペットやホルン、名前のわからない大きな金管楽器(後になってチューバ、ユーフォニアムだと判明)をみんなのびのびと吹いている。
あれ?でもその中に鷹能先輩の姿がない。
さっき二階に上がっていったのは見たんだけどな。
「ざっと紹介したけど、どうかしら?
気になった楽器とかある?」
咲綾先輩が屈託のない笑顔を私に向ける。
うう、これだけ案内してもらって断りづらいけど、やっぱり…
「すみません、やっぱり私は…」
言いかけたところに、「ただいま」と鷹能先輩の声がした。
振り向くと、彼はスーパーの袋をぶらさげて階段を上ってきたところだった。
袋からはねぎと大根が飛び出していた。
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