第20話 ルノワールの美少女
鷹能先輩はひどい。
鷹能先輩は強引だ。
鷹能先輩は意地悪だ。
鷹能先輩は…
「許せ。知華の反応がいちいち可愛いのでな。
ついからかいたくなる」
ゆでダコになった私を大笑いした後にそう言うと、先輩は私の座るパイプ椅子の背に手を回して顔を近づけ、キスをした。
それから、青雲寮から昇降口までの間、恋人つなぎで私を連れて行った。
登校してくる生徒たちがじろじろと見てるのに、「もはや人目を気にする必要もないだろう」って。
私がゆでダコになるたびに、くすくすと笑い声をたてて楽しんでる。
鷹能先輩は甘々すぎる。
こんなに脈拍上がりっぱなしだと、私の身がもたないっ!
――――――
「紫藤鷹能先輩と、お付き合いすることになりました」
昼休み、私は親友の
さすがに婚約する予定だとまでは言えなかったけど。
鷹能先輩が私に付きまとわなくなったと思い込んでいた二人は一瞬呆然とした。
「なんでっ!? 先輩と縁が切れたんじゃなかったの!?」と茉希が詰め寄る。
「ちょっとしたすれ違いがあったんだけど、晴れて仲直りしまして…」
顔を赤らめながら報告する私をすっごく冷たい視線で突き刺してくる。
「ヤバい先輩っていう噂はどうなの?知華はそれを承知で付き合うの?」
結局のところ、茉希は私のことを心配して言ってくれてるだけなんだ。
「先輩からその辺の事情は聞いて納得したから大丈夫だよ!
先輩は全然ヤバい人じゃない。だから安心して?」
私が微笑むと、茉希はしぶしぶといった感じながらもうなずいてくれた。
問題はうっちーだった。
「俺は認めない。それが知華ちゃんのためだと思うから」
くりっとした目を半目にして憮然としている。
「認めるも認めないも…」
困ったなあ。
そもそもうっちーに認めてもらう必要ないし。
けど、同じパーカスの仲間だし、言い争ってこじれるのも面倒だなぁ。
「あのね、うっちー。
先輩の暴力事件は、咲綾先輩を助けようとして起こしてしまったことなんだって。
それに先輩のおうちの教育方針で先輩は一人暮らしをしているだけで、ちゃんとご家族も学園理事長も了承の上で
先輩には何も問題はないよ」
できるだけ冷静に説明した。
「何も問題ないって、本気でそう思ってるの?」
喧嘩をふっかけてくるような言い方でうっちーがじろりと私を睨む。
「いくら従姉妹を助けるためでも暴力で事を解決しようとするのは間違ってる。
それに、部室に一人暮らしをさせる家庭の教育方針なんて異常だよ。
先輩は紫藤一族の人なんだろうけど、そんな変な教育方針のある家柄の人と付き合うなんて、知華ちゃん絶対に価値観が違って苦しむよ。
傷が浅いうちにやめておいた方がいい」
常識的な理屈で応戦されて、ぐうの音も出なくなってしまった。
「それに、認めたら俺の負けになる」
小さくつぶやくうっちー。
勝ち負けの問題じゃないと思うんだけどなぁ…。
私たちのやりとりを心配そうに見守る茉希の手前、それ以上の言い争いは避けることにした。
うっちーは鷹能先輩を目の敵にしてるから、理解してもらうのは難しいのかなぁ…。
――――――
「やっぱ霧生先輩ありえねーわ。
ドラムの指導になると人が変わって鬼教官になる」
部活が終わって青雲寮からの帰り道、げんなりした顔でうっちーが言う。
「ワタシはパート違うのに、2階で霧生先輩の怒号が飛ぶたびにビクビクしてます」
「でもさ、特訓のおかげでうっちーもめきめき上達してるわけだし、ありがたいんじゃない?」
うっちーとあゆむちゃんと私。
いつもの3人で駅まで向かう。
教室でのちょっとした言い合いがあったけれど、それ以降のうっちーは普段通りの明るさで、鷹能先輩の話題さえ振らなければ大丈夫そうだ。
徒歩5分の藤華学園前駅へはいつものようにたわいもない話をしているうちにあっという間に到着した。
改札をくぐろうとしたときだった。
「星山知華サン」
変声期の少年みたいなハスキーで高い声。
振り向くと、見覚えのあるイヤな奴が立っていた。
「あなた、武本さんの…」
「覚えててくれたんだ。」
口角を上げて海斗って人が言った。
左耳に連なる5つのピアスが駅構内の明るい照明の中で妖しげな存在感を放っている。
「ちょっと時間作れない?
会わせたい人がいるんだけど」
この人が私に会わせたい人はなんとなく見当がつく。
多分それは、私も気になってる人。
「知華ちゃんの知り合い?」
不遜な態度の海斗を見て、うっちーが間に入ってきた。
「うん。知ってる人。
…ごめんね、うっちー、あゆむちゃん。
今日は私ここでバイバイするよ」
心配症のうっちーをこれ以上心配させないように、できるだけ笑顔で言った。
心の中はざわざわと波が立っているけれど。
うっちーは心配そうにこちらに視線を送りながらも、あゆむちゃんと改札の向こうへ消えて行った。
「そこのカフェで待ってもらってるから」
海斗はあごをしゃくってその方向を示す。
私に対しては指で指し示す労力も惜しいって感じ。
敵意むき出しの彼を見て、これから2対1での闘いが待っていることを感じた。
絶対に離れないって先輩に誓ったもん。
私は負けない!
鼻息を荒くして、海斗の後について行く。
ちりりん。
純喫茶といった感じの古めかしいドアについたベルが鳴る。
奥のテーブル、えんじ色の布張りの椅子に座っていた女性が顔を上げた。
う。
美しい…
早くも押し寄せそうな敗北感を一生懸命心の隅に押しやる。
咲綾先輩が剛の美しさなら、その人は柔の美しさ。
外国人のようなふんわりとカールのついた髪と白い肌、桜色の唇。
ぱっちりとして儚さを含んだ目、長い睫毛。高い鼻。
あ、思い出した。
ルノワールの絵だ。
彼女に降り注ぐ光だけがやわらかく明るく見える感じ。
ギリシャ彫刻の横に並んだら最強の美男美女でしょうよ…。
ルノワールの美少女は立ち上がると、私に向かってぺこりと一礼した。
私も慌てて一礼を返す。
海斗の不遜な態度とは対照的な謙虚さで、身構えていた私は拍子抜けした。
「彼女、
ぶっきらぼうに紹介する海斗。
許嫁ってわざと強調したよね、今。
「初めまして。星山知華といいます」
もう一度ぺこりと頭を下げた。
「急にお呼びだてしましてすみませんでした。
どうぞお掛けください」
おっとりと丁寧な口調で彼女がてのひらを向かいの椅子に差し出す。
促されるままに私は腰をかけた。
海斗は志桜里さんの横の席に座り、私に尋ねることもなくダージリンティーを3つ注文した。
聞かれたら私はコーヒーって言ったのに。
しばらく流れる沈黙。
うつむいていた志桜里さんが、意を決したように顔を上げた。
「今日は、知華さんと一度お話したくてわざわざこちらまでお越しいただきました」
来る…!
剣道の試合で竹刀を振り上げられた時のように私は身構えた。
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