第4章 覚悟のその先へ
第19話 やっぱり癪だ!
日曜日。
私は食事とトイレとお風呂以外は自分の部屋から出なかった。
ずっとベッドに突っ伏して、土曜日の夜のことを思い返していた。
突然のプロポーズ。
…いや、それらしきことは一番最初に言われていたか。
”うんりょーに一緒に住んでくれないか”って。
でも、昨日のあれは正式なプロポーズって思っていいんだよね?
そして…。
私の…
ファッ、ファーストキス。
思い出すだけで顔から火が出て心臓がバクバクする。
顔を上げていられなくて、枕に顔をめいっぱい押しつける。
キスの後の先輩のとびっきりの微笑みを思い返して、「うあぁっ!」と声を出しながら顔をばすばすと枕に叩きつけた。
あの後すぐに鍋パーティーの片づけに青雲寮に戻ったけれど、顔は真っ赤だし目は潤むしで、うっちーにかなり心配されてしまった。
恥ずかしすぎて、鷹能先輩の顔もろくに見れなかった。
月曜日からまたおにぎり持っていくって約束したけど、先輩の顔ちゃんと見れるかなぁ…。
そんなことを考えながら、次に頭をよぎるのは結婚式のこと。
私としてはウエディングドレスとお花がいっぱい飾られたチャペルが憧れだけど、先輩のおうちはお殿様の家柄だからやっぱり和装なのかなぁ。
鷹能先輩もタキシードより紋付き袴の方が似合いそうだし。
厳かな神社で白無垢かなぁ…。
と妄想してる自分に気づいて、恥ずかしくなってまた枕に顔を打ちつける。
土曜の帰宅後から日曜の今日までこの思い返し&妄想のルーティンを一体何回繰り返したことか…。
ずっと引きこもって、たまに変なうなり声をあげる私。
とうとうおかしくなったと思われたのか、母や妹の
――――――
月曜日。
週末の寝不足で寝過ごしそうになったけど、慌てておにぎりを握って家を出た。
こんなに緊張していたら、青雲寮に着く前に倒れてしまいそう。
今までどおり、普通に、笑顔を心がけて…
「おはよう」
藤北駅の改札の外で、先週と同じように佇む鷹能先輩に遭遇。
いきなり卒倒しそうになった。
「ええっ!?なんで!?
なんでまた迎えに来てるんですかっ!?」
不意打ちをくらって動揺しまくりの私に、先輩はそんなの気にしてないって様子でいつもどおりやわらかく微笑んだ。
「少々遅くないか?これでは朝の稽古はできないな」
先輩が腕時計を見ながら改札を通る。
「え?また朝稽古するんですか?」
「朝稽古は知華にとって必要なことだからな」
ホームに並んで立つ鷹能先輩が言う。
「剣道から逃げたままではよくない。
俺は知華の脆さも受け止めて守っていくつもりだが、背を向けたままでは先に進めないだろう?
吹奏楽に打ち込むにしても、剣道ともう一度きちんと向き合うべきだと思ったのだ」
心がじんわり熱くなる。
先輩が私のことをそんな風にちゃんと考えてくれていたなんて。
「私、朝稽古は”絶対に”離れない覚悟を私にさせるためにしてるんだと思ってました。
ただ、なんで朝稽古でその覚悟ができるのかってとこはわからなかったですけど」
「知華に対する俺の姿勢を見せたかったのだ。
俺はきちんと君のことを見ている。
知華がどうすれば幸せになれるか、俺はいつでも考えている。
朝稽古を通して、そのことを理解してもらおうと思った」
先輩のまわりくどい、けれどもものすごく大きな優しさに思わず口元がゆるむ。
「そこまで考えてくれてたなんて、全っ然わからなかったですよ?
まわりくどすぎて」
私の抗議ともとれる照れ隠しに、先輩は少しムッとしたように言った。
「未来の夫の想いを察することも妻には必要だろう?」
私の顔が真っ赤になったことで反撃できたと思ったのか、先輩がふふんと笑ったタイミングで電車がホームに入ってきた。
先輩は私が赤面するようなことをわざと言ってからかっているようで、なんかちょっと癪だ。
いつものように、入ってきたのと反対側のドアの前に立つ。
でも仲直りしたわけだし、先輩に背中を向けるのもおかしいよね。
今日はドアに背中を向けるように立ってみた。
すると、先輩は先週のように私のすぐ前に立って、私を
「あの…。今日はそこまで混んでませんよ?」
この間は新人研修らしき人たちが一度に乗ってきたからぎゅうぎゅう詰めになったけれど、この時間帯はラッシュアワーより早い。
普段の各駅停車の車両は立ってる人もまばらなくらいだ。
「しかし、電車の中ならこうしていてもそれほど不自然ではないだろう?」
頭の上から聞こえる先輩の低い声が響く。
私の目の前には制服のネクタイとシャツ。
つまり先輩の胸の部分しか見えない。
空いている車内でこれだけ密着しているのは、バカップル以外の何ものでもないと思うんですけど。
壁ドンされてるみたいで恥ずかしいわ、周囲の視線が痛いわでうつむく私。
けれども、そんな私を鷹能先輩がじいっと見つめている気配はわかる。
「知華と食べるおにぎりの他にも、知華と乗る通学電車という朝の楽しみができた。
これからも毎朝知華を迎えに来よう」
ゆでダコのように赤くなった私の顔を観察しているのか、頭の上からふふっという笑い声が聞こえた。
うう、やっぱり癪だ。
――――――
久しぶりの青雲寮での朝ごはん。
今日はあいにくの曇り空で、大きな窓のあるボーン部屋でも蛍光灯をつけておにぎりを食べている。
けれども、先輩と二人で穏やかな朝の時間を過ごしていることには変わりがない。
「うん。やはり美味い」
先輩がおにぎりを噛みしめるように目を閉じる。
「二人で食べる朝食はやはりいいものだな。
一人で食べることに慣れていたはずなのに、先週はずっと味気なさを感じていた」
確かに、先週の先輩はいつ見てもギリシャ彫刻そのもののように無機質な表情をしていたっけ。
温かい笑顔が先輩に戻って、私も幸せになる。
「そういえば、闇鍋のとき先輩は何を引き当てました?」
「エスカルゴ」
「えっ!カタツムリ!?」
「の殻だ」
「の殻!?」
「
「じゃあ、罰ゲームでグラウンド走ったんですか?」
「殻が食べられるわけないからな。
責任を取れと言ってトミーに走らせた」
エスカルゴを殻ごと鍋にぶち込んだ富浦先輩も大概だけど…
鍋に入れた箸の感触でヤバいヤツだってわかりそうなのに鷹能先輩ってばチャレンジャーだなぁ。
でもそんなこと言ったらまた反撃されそうだから黙っておこう。
たわいもない話をひとしきりした後で、「今後のことについて話をしよう」と先輩が切り出した。
「6月15日の先輩の誕生日に、婚約を発表するっていうことですか?」
「そうだな。成人の儀はその直近の土曜日に行われる予定になっているから、そのときに知華も同席して、親族の前で正式にお披露目することになると思う」
お茶をすすりながら先輩が言う。
「だから、この間のプロポーズはかなりギリギリのタイミングだったわけだ。
まあ、受けてもらえてよかった」
「でも、先輩のお誕生日まであと2か月近くありますよ?
そんなにギリギリでもないんじゃないですか?」
先輩は少し難しそうな顔をした。
「いや、文化祭とも重なるし、これからいろいろ忙しくなるぞ?
紫藤の本家にいる両親に知華を引き合わせなくてはならない。
それから、婚約するのだから知華のご両親にも挨拶せねばならないだろう?
婚約の前に両家の挨拶というのも必要だ。結納の打ち合わせもあるからな」
先輩しっかりしてるなぁ。
私なんて、プロポーズされてから今まで、過程すっ飛ばして結婚式の妄想しか頭に浮かんでなかったのに。
やっぱり頼りがいがあって素敵、なんて
「それに…知華には、君を婚約者として認めさせるための試練を受けてもらわなければならない」
「試練?」
そういえば、こないだもちらっとそんな話を聞いたような…。
「試練は二つある。
一つは、君が紫藤家の嫁としての資質があるかを確かめるために、紫藤の本家に数日間住み込んでもらわねばならない。
もう一つは…」
先輩は頬を少し赤らめてコホンと咳払いをした。
「俺と君が夫婦として添い遂げられるかを見極めるために、一定期間同棲をしなければならないのだ」
「どどど同棲!?
15歳の私が、同棲!!?」
「安心していい。
少なくとも正式に婚約するまでは君に手を出したりはしない。
お互いに歩み寄れないような生活習慣や価値観の違いがないか、それを確かめるために寝食を共にするということだ。
まあ、合宿のようなものだと思ってくれればいい」
「そ、それにしても、先輩と二人で寝て、起きて、ご飯食べてってするわけですよね?
この…
「まあ、そういうことになるな」
やっと合点がいった。
”うんりょーに一緒に住んでくれ”は、この試練のためなのか。
「それと、先輩の実家に住み込むっていうのが試練なんですか?」
「そうだ。俺も詳しくは聞かされていないが、そこで音を上げるようでは紫藤家の嫁は務まらないとみなされる」
なんだか、今の口ぶりだと鬼のシゴキが待っているような気がして怖い。
「婚約までにいろいろハードルがあるってことですね」
私はふうっとため息をついた。
「婚約してからやはり駄目でしたとなるのは、紫藤本家の沽券にかかわるということだろう」
頬杖をついてテーブルを見つめる私の頭を先輩がぽんぽんと優しく叩いた。
「知華の負けん気と、絶対に離れないという覚悟があれば大丈夫だ。
俺もできる限り協力する」
先輩の微笑みがふんわりと私を包む。
いつも強気で威厳を崩さない先輩だから、すごく頼もしい。
先輩と一緒なら二つの試練を乗り越えられるような気がした。
「…がんばります。私。
なので先輩、力を貸してくださいっ」
”絶対に”離れない覚悟を決めたんだもん。
もう後には引かない。
これからも先輩と穏やかな朝を迎えるために頑張る!
先輩はコクリとうなずいた。
そのままじっと私を見つめる。
「?」
何か求められてる?
「二人で乗り越えていくのだから、俺も知華から元気をもらいたい」
先輩が優しく結んだ唇を、人差し指でちょんちょんと軽く指している。
それって…
キ、キキ……!
「朝っぱらから何要求してるんですかっ!!」
全身をかけめぐった血が顔に集まったと同時に、思わず叫んでしまった。
先輩は私の反応を見て、今度ははははっと大口を開けて笑った。
こんなに大笑いする先輩を見るのは初めてでちょっと嬉しい。
けど、
やっぱりすっごく癪だ…!!
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