第17話 新歓鍋パーティ♪
土曜日。
「はい。じゃあ今日の合奏練習はこれで終わりまーす」
指揮の富浦先輩にチャラさが戻る。
続いて咲綾部長がフルートの席から立ち上がる。
「では今日はこのまま部活終了となります。
何か連絡事項ある人いますか?…いませんね?
本日はこの後新入生歓迎パーティがあります。
2、3年生はクラリネット部屋で鍋の準備をしてくださいねー。
1年生はこのまま2階に残って、パート決めしまーす」
2階に集まっていた部員が口々に「はーい」と返事をした。
2、3年生がぞろぞろと階下へ降りていく中、咲綾先輩と副部長の富浦先輩、そして15人の1年生が残った。
私とうっちー以外はみんな中学から吹奏楽をやっていた経験者だったので、パート決めもほとんど確認のようなものでスムーズに終わった。
「じゃあ、私たちも準備を手伝ってくるわ。
準備ができたらみんなを呼ぶから、それまでここで待っててね」
咲綾先輩と富浦先輩は1年生を残してクラ部屋へと下りていった。
1年生15人がパイプ椅子を輪に並べ、初めて皆で会話する。
「みんなはさ、入部前に
とりとめもない雑談の後で、クラリネットの美夏ちゃんが声をひそめて言う。
「聞いた聞いた!”
「校庭の隅の部室に籠って何やってるかわからないとか」
「他の高校行った先輩から、変わり者が多いって聞いてたよ」
口々にみんなが言う。
さすが、吹奏楽部出身の人達は入部前にそれなりの情報収集はしていたようだ。
「それでも私たちは楽器がやりたくて入ったわけだけど、知華ちゃんと内山田君は未経験なのによく入部したよね!」
それ、褒められてるのかな?
「俺はドラムがやりたいっていうのがあったからさ」とうっちー。
「じゃあ知華ちゃんは?
なんで”ヤバい”って噂があるのに入部を決めたの?」と尋ねられた。
「う…ん。最初はなんとなく青雲寮に来ちゃったんだよね」
最初は強引に鷹能先輩に連れてこられただけで、入部する気なんかなかったもん。
「でも、見学したり体験したら、なんか楽しそうだなーって思って。
私もやってみたい!って思ったんだ」
私の言葉に、みんなが笑顔でうなずいてくれた。
「そういえばさ、星山さん、最初から紫藤先輩と仲良かったでしょ?知り合いだったの?」
「え?知り合い…ではなかったけど」
「紫藤先輩は超怖い人って聞いててびくびくしてたからさ。
星山さんが仲良くしてるの見てびっくりしたんだよ」
と、サックスの長内君。
「でもさ、星山さんに微笑みかけてる紫藤先輩見て、そんなに怖い人じゃないのかもって思えた」
「うん。”ヤバい人”って聞いてたけど、そんな感じしないよね」
「かっこよすぎるし、雲の上の人って感じはするけどね」
みんなの言葉を聞いて、嬉しくなった。
そうだよ。鷹能先輩は”ヤバい人”なんかじゃない。
ちょっと強引なところはあるけれど、すっごく優しい人なんだよ。
それに、かっこいいのも激しく同意。
…でも、雲の上の人なのかな。やっぱり。
住む世界が違うから、私には先輩の本心がわからないのかな。
「でもさ、暴力事件起こしたって噂もあるし、
うっちーがまた鷹能先輩を目の敵にしてる。
「それにはいろいろ事情があるんだよ!」
私が思わず言い返そうとしたときに
「1年生のみなさーん!準備ができたから下りてきてー!」という声がした。
危ない危ない。
ムキになって思わず説明してしまうところだった。
鷹能先輩の事情は、私がバラしていいような話じゃないよね、きっと。
――――――
階段を降りると、クラリネット部屋にいる上級生から拍手で迎えられた。
パート部屋の中では一番広い、元食堂のクラ部屋に約50人の部員がぎゅうぎゅうに集まる。
4つのテーブルをそれぞれ囲むようにパイプ椅子が置かれ、テーブルにはカセットコンロに乗せられた大きな土鍋がのっている。
「じゃあ1年生は適当に4つのテーブルに分かれて座ってね~」
富浦先輩が指示を出す。
私とうっちーとあゆむちゃんは同じテーブルについた。
クラリネットの男装の麗人葉山先輩と、リズムの鬼・霧生先輩、鼻炎の山崎先輩が同じテーブルにいる。
私はあえて鷹能先輩のいる奥のテーブルを避けて、一番手前のテーブルについた。
目の前の紙コップにウーロン茶が注がれる。
「15名の新入部員の皆さん、吹奏楽部へようこそ!
これからこの青雲寮で、共に良い音楽を作りながら楽しく部活をやってきましょう!」
咲綾先輩の挨拶の後、富浦先輩が紙コップをもって立ち上がる。
「さあ、これで皆さんも”うんりょーの住人”、”魔窟の仲間”ですよぉ。
新しい15名の住人の前途を祝してかんぱーい!」
「かんぱーい!」
具だくさんの大鍋に火がつけられる。
鍋が煮えるまでの間、1年生から順番に改めて自己紹介をしていった。
男の先輩たちを中心に、異常なまでに盛り上がる自己紹介大会。
クラスや名前、パートを言う度に拍手喝采。
ヒューヒューと指笛が鳴り、「ち・は・な・ちゃーん!!」とアイドルのように名前を叫ばれ、「パーカス希望の星ッ!」などとチャチャが入る。
特に女子が自己紹介するときは、
「血液型はー?」
「星座はー?」
「好きなタイプはー?」
と質問が飛び交う。
「A型です」「てんびん座です」などと答えると、「俺もいっしょー!!」と言って、男の先輩たちがこぞって握手を求めてくる。
先輩たち、さっきB型・かに座の子にも一緒って言って握手してましたよね!?
特にすべての女子に熱烈に握手を求めてる富浦先輩、指揮をしているとき以上に輝いてみえますよ!?
そして男装の葉山先輩までなぜ握手を求めてくるんですか!?
普段のまじめな練習風景からは考えられないはっちゃけぶり。
めちゃくちゃだけど、めちゃくちゃ楽しい!
そんな盛り上がりの中で、鷹能先輩は一人でお茶を飲みながら鍋を見つめていた。
1年生の自己紹介が終わる頃には鍋もクツクツ煮えてきて、2・3年生の自己紹介はみんな鍋をつつきながら相変わらずのテンションで続いた。
お肉やつくね、野菜もいろいろ入ったちゃんこ鍋、めちゃくちゃ美味しい!!
「やっぱタカの作る鍋は最高にうまいよな!」と霧生先輩。
これ、鷹能先輩の味付けなんだ…。
そういえば、鷹能先輩に鶏鍋の夕食に誘われたこともあったな。
青雲寮で一人で鍋を食べる先輩の姿を想像して、寂しいんじゃないかなって思って翌朝おにぎりを持っていったんだった。
ついこの間のことなのに、なんだかずいぶん前のことのような気がする。
鷹能先輩との距離は今となってはそれだけ遠くなってしまったんだと感じる。
「去年の冬なんか、俺ら週イチでうんりょーで鍋パしてたよな」と山崎先輩。
大騒ぎの自己紹介が終わった後も、それぞれのテーブルで賑やかに盛り上がっている。
「そういえば、葉山先輩っていつも男子の制服着てますよね?
入学した時から男子の制服だったんですか?」
ずっと疑問に思っていたことを葉山先輩本人にぶつけてみた。
私を見て、きょとんとする葉山先輩と、同じくきょとんとするテーブルの皆さん(うっちー含む)。
一瞬の沈黙の後、先輩たちが大笑いし、葉山先輩は顔を赤らめた。
うっちーが「知華ちゃんっ!失礼だよ!」って慌ててる。
「知華ちゃん、葉山の名前、さっきの自己紹介で聞いてなかったの!?」
笑いながら霧生先輩が尋ねてきた。
「え?」
そういえば、さっきはちょうど鷹能先輩のこと考えていて、ちゃんと聞いてなかったかも。
「葉山…虎之助、です」
顔を赤らめた葉山先輩が小さな声で言った。
「ええっ!?」
葉山先輩、正真正銘の男の子だったんですかぁっ!?
しかも、虎之助って…。
「まあトラちゃん確かに女の子みたいに華奢で可愛いからなぁ」
鼻をかみながら山崎先輩が言う。
「男からも女からも告られるの、トラちゃんぐらいでしょ」
霧生先輩の言葉に「男からの告白はごくたまにですよっ」と反論する葉山先輩。
でも、ごくたまに告白されるんだ…。
大笑いしながら会話を弾ませてると、突然クラ部屋の電気が消えて真っ暗になった。
2、3年の先輩達が再び盛り上がる。
「さあ、お待ちかねの時間がやってきましたぁっ!」
富浦先輩が水を得た魚のようにいきいきと声を出す。
「吹奏楽部恒例!
新入生歓迎・闇鍋ターイム!!」
えっ!?
なんですって?
「さあ、これからが本当の新歓行事ですよ~!
ルールは簡単!
皆さん、今鍋に入れた具材、箸をつけたら必ず食べてくださいよ!?
食べられない人にはグラウンド5周走ってきてもらいまーす!」
ええ~!という抗議の声と、待ってました~!の歓声が入り交じる。
「1人3回は具材を選ぶこと!
用意スタートォ!」
クラ部屋は異常な緊張と興奮に包まれた。
二階から漏れてくる蛍光灯のわずかな光だけが頼りだ。
ぼんやり見える食材のシルエットと箸を通して伝わる感触。
勇気を出して口に運ぶ。
「やった!餃子だ!当たり!」
「誰だよ!ガム入れた奴っ」
「うっわ!ニンニクだ!くっさ!」
あちこちから声が上がる。
私のとった具材はバナナだった。
温められたバナナは、表面にまとわりついた出汁の味が生あたたかくなった中の甘みを引き立たせている。
はっきり言って微妙な味。
隣のうっちーは「饅頭はダメだろ、饅頭は…」としきりにブツブツ言っている。
うっちーいわく、特にあんこと鍋の相性は最悪らしい。
隣のテーブルは誰かがハバネロ入れたとかで、鍋全体が激辛になったと大騒ぎだ。
ひとしきり食べ終わった後で電気がつけられ、闇鍋の終了にみんなが安堵の表情を浮かべた。
あれ?
鷹能先輩の姿が見えない…
なおも続く談笑の中、私の肩にぽんと誰かが手を置いた。
振り向くと咲綾先輩が微笑んでいる。
「タカ、外に出ていっちゃったみたいなの。
知華ちゃん、探してきてくれないかな」
なんで私が…って言いそうになったけど、咲綾先輩はきっといろいろ察してる。
ここで変な意地を張っても仕方ないよね、きっと。
「じゃあ俺も一緒に行くよ」って立ち上がったうっちーを咲綾先輩が制した。
「あら、内山田君。闇鍋がまだ少し残ってるじゃなーい。
残りをたいらげるのは1年生男子の役割なのよ?」
咲綾先輩、サディスティックな微笑みが似合い過ぎて怖いです。
うっちーは青ざめながらよろよろと椅子に腰を下ろした。
クラ部屋のざわめきに背中を向けて、ギイイと扉を開ける。
外の運動部はとっくに練習を終え、グラウンドの照明も落とされている。
何の音もしなくなった学校の中で、隅っこにぽつんと佇むお化け屋敷のような洋館から、蛍光灯の白い光と談笑の声がすりガラス越しに漏れてくる。
他の部の人たちが青雲寮を”魔窟”って呼ぶのも無理はない気がする。
魔窟の中は意外と楽しかったりするけどね。
耳をすますと微かにビュッ、ビュッと風を切る音がした。
私は青雲寮の横にある小さな空き地に向かった。
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