第26話 合宿恒例の肝だめし
「知華、最近毎日お昼おにぎりだよね。お腹すかない?」
教室でテーブルを向かい合わせにしてお弁当を広げた
「お母さんと喧嘩しちゃってさ。
お弁当作らなくていいって啖呵切っちゃったから、自分でにぎってるの。
あ、でも大きめににぎってるからお腹はすかないよ!」
これは嘘。
先輩に朝のおにぎりを食べてもらえていないだけ。
この3日間、先輩とはまともに会っていない。
朝は迎えに来ないし、私が青雲寮に行っても先輩の姿はない。
一人で待っていても戻ってこない。
部活で顔を合わせても、帰る頃には先輩の姿が見えなくなっている。
明らかに私避けられてる。
先輩を怒らせちゃったのかな。
怒ってるだけならまだいいけど、私があんなこと言ったから…。
もしかして、志桜里さんのとこに戻っちゃった、とか…?
おにぎりを口に入れたまま「ううっ」と涙声で唸る私を、「やっぱ知華おかしいよ?」と心配する茉希。
この光景も3日ほど続いてる。
週明けは
──────
「知華ちゃーん!」
放課後、青雲寮へ向かう私の後ろからうっちーが声をかけて走ってきた。
「今日は紫藤先輩と一緒じゃないんだ?」
どんよりした私とは対照的に明るいうっちー。
白い前歯がまばゆい笑顔に「うっちーは今日も無駄に爽やかだね!」と嫌味を言いたくなる。
「最近元気ないけど、紫藤先輩と喧嘩でもしたの?」
「え、まあ、大したことじゃないんだけどね」
実際はかなり凹んでる。
私、なんであんなこと言ったんだろうって。
「そのまま別れた方がいいんじゃない?」
あまりに爽やかに、うっちーがとんでもないことを言い出した。
「なっ…!なんでそんなこと言うかなっ」
「だってさ、最初から紫藤先輩は住む世界が違うってわかってたでしょ?
知華ちゃん絶対苦労するって思ってたもん」
常識人のうっちーは、いつも痛いところをついてくる。
「一般家庭の子女は、一般家庭同士でお付き合いするのが肩肘張らなくて合ってるんだよ。
たとえば俺とかさっ」
「えっ?」
明るく爽やかに放たれた言葉に、驚いてうっちーの顔を見た。
うっちーの顔は爽やかスマイルを崩していない。
「ってのは冗談だけど!
いつでも相談にのるから言ってよ」
そう言うと、うっちーは「じゃ、先に行くね」と片手を上げて、私を置いて走って行った。
このまま一緒に青雲寮へ向かうものだと思ったけど。
ちょっと動揺しちゃったから、先に行ってくれて助かった。
結局、この日は部活の最中も鷹能先輩を見かけることはなかった。
私たち、このままどうなっちゃうんだろう――?
――――――
週末から祝日がつながったゴールデンウイーク前半に合宿は行われた。
全員寝袋持参、お風呂は近所のスーパー銭湯。
(さすがにフルート部屋のお風呂は小さすぎるもんね)
わくわくして楽しいはずなのに、やっぱり気が晴れない。
1日目の午前中は基礎練習と個人練習、パート練習。
私とうっちーは1曲ずつしか出ないから、主にメトロノームに合わせてパーカス部屋のコンクリートの縁を叩く基礎練をやっていた。
「知華ちゃんとうっちー。
文化祭のステージの打ち合わせがあるから、咲綾部長がクラ部屋に来てって言ってるよー」
秋山先輩が私たちに声をかけた。
ステージの打ち合わせ?
どういうことだろ?
クラ部屋に行くと、1年生がみんな集められていた。
「じゃあ、ポップスの『今年も一緒に海へ行こう』に出ない人はこっち、『ジャングルファンタジー』に出ない人はこっち、って分かれてくれる?」と咲綾部長。
私はポップスに出ない組。チューバのあゆむちゃんやクラの女の子、テナーサックスの長内君など、女子が多めの8人。
うっちーはジャングルファンタジーに出ない組。こちらは男子ばっかりの7人。
「文化祭のステージでは、お客さんを楽しませるために毎年1年生にステージで踊ってもらってるの。
今日はその打ち合わせをします」
えっ!それは初耳。
咲綾先輩はクラ部屋の開き戸を開けると、ごそごそと紙袋から何かを取り出した。
「まず、ポップスで踊る女の子チームはこの衣装を着てね♪」
広げて見せたのは、いかにも女性アイドルグループが着ていそうな、チェックのプリーツスカートとブレザーの制服風コスチューム。
「僕もそれを着るんですかっ!?」ポップス組の長内君が驚いた。
「そうよ?長内君にはフルメイクでばっちり女装してもらうわ。
イケメンだからきっと似合うわよ?」
またしてもサディスティックに微笑む咲綾先輩。
美しすぎて有無を言わせない凄みがある。
憐れ。ナルシスト(推定)の長内君。
「ジャングルファンタジーで踊る男の子チームはこっちね♪」
そちらは有名な黄色いクマ(赤いベストを着てるやつ)とか、その友達のトラ、ブタ、ロバなどの着ぐるみ(顔が出るタイプ)だ。
「これ、ジャングル関係ないキャラっすよね?」
うっちーたちの顔も青ざめるけれど、咲綾先輩の笑顔の前ではそのツッコミも虚しく無と化す。
「振り付けはみんなで自由に考えてくれて構わないから!よろしくねっ」
美しい笑顔を残して咲綾先輩はフルート部屋へ戻っていった。
コスプレの制服を咲綾先輩に託されて呆然とする長内君の肩を、クラリネットの
「去年はボクが女装の役だったんだ。
吹っ切って可愛く踊れば結構楽しめるものだよ?」
トラちゃん先輩、そんなことするから男子から告白されちゃうんですよ?
とりあえず振り付けを考えてみようということで、ポップスダンス組は2階の空きスペースへ移動した。
階段を上ると金管楽器の先輩たちが分奏をしている。
そこに鷹能先輩の姿は見えなかった。
合宿、参加しないつもりなのかな…?
――――――
合奏練習も終わり、夕食は青雲寮の隣の空き地でバーベキュー。
卒業したOBの先輩たちがたくさん差し入れを持って参加してくれて、いつも以上に大人数でワイワイ楽しくやっていた。
でも、やっぱりその中に鷹能先輩はいない。
盛り上がっていくみんなのテンションと反比例して、私の心は重く沈んでいく。
このまま鷹能先輩は私から離れちゃうのかな…。
自業自得だ。
きっと先輩は志桜里さんのところに行っているんだ。
辛くなって、お肉なんて食べられなくって…。
私はこっそりと青雲寮に戻って、狭くて暗いパーカス部屋の隅で体操座りをしながら泣いた。
しばらくして、みんなが戻ってくる声が近づいてきた。
私は慌てて涙をふいて、ちょうどトイレから出てきたところのように振る舞った。
「さあ、この後は毎年恒例の肝だめし大会でーす!
みんな、片づけ終わったらプールの出入り口に集合ね!」
バーベキューの後片付けをして青雲寮の外に出ると、グラウンドの照明も落とされて真っ暗になっていた。
皆が外に出たのを確認して、霧生先輩たちが青雲寮の明かりを消していく。
さすが築100年近く経つという木造洋館。
夜の闇に沈んだ
プールを囲む塀をぐるりとつたい、青雲寮の反対側にあるプール出入り口に集合する。
「ルールを説明しまーす。
2人一組のペアになって、青雲寮まで行ってください。
うんりょーの中に入って、いろいろなところに隠したお札をゲットしたら、うんりょーの周りを1周して戻ってきてくださーい」
「はーい」と返事をする部員たち。
「知華ちゃん、ペアになろっ」
無駄に爽やかなうっちーに誘われて、こくりとうなずいた。
そうそう。
彼の名誉のためにも、うっちースマイルをいちいち”無駄”と思ってしまうのは今の私のネガティブな感情によるものだと弁解しておこう。
肝だめしは3分ごとに一組ずつスタートということになり、私とうっちーは最後から2番目のスタートになった。
先に行って戻ってきた人の話では、暗くて不気味だけれど脅かし役の人はいないからそんなに怖くない!ってことだった。
「俺こういうの全然平気だから、知華ちゃん怖がらなくて大丈夫だよ!」
「さすがうっちー、男子だね!私はやっぱりちょっと苦手かも」
足元を照らす小さな懐中電灯の丸い光だけが頼り。
うっちーの顔は暗くてよくわからないけれど、きっと今も爽やかスマイルを口元にたたえているんだろう。
そんなことを思っていると、私の手にうっちーの手が触れた。
親指以外の4本の指を、うっちーの温かい手がぎゅっとつかむ。
「足元危ないし、手、つないどくね?」
「…うん」
先輩がこんなところを見たら、またうっちーを睨みつけるのかな。
それとも、もう私が誰と手をつないでいても関係ないのかな。
うっちーと手をつないだまま、ギイイと青雲寮の扉を開ける。
外は夜目にいくぶん慣れたけれど、室内は真っ暗で何も見えない。
「懐中電灯1つしかないから手分けできないね」
「とりあえず、奥のフルート部屋から探していこうか」
順番が最後の方だったせいか、お札はなかなか見つからない。
フルート部屋、ボーン部屋、クラ部屋と探して、パーカス部屋の戸を開ける。
「あった!」
メトロノームの後ろに貼りつけられたお札(手作りのふざけたやつ)を発見。
後から入ってきたラストの咲綾部長&トミー副部長のペアに「お先でーす」と一声かけて外に出る。
「青雲寮の周りを一周したら戻るんだよね?」
私が確認すると、うっちーはこくりとうなずいて、また私の手を取った。
そして私をじっと見つめた。
「知華ちゃん。
さっきのバーベキューの間、
手をつないでも、うっちーの足は歩き出そうとしない。
「気づいてたんだ…」
ごまかす余裕もなくて、思わずつぶやいてしまった。
「こないだ青雲寮の行きに言ったこと、ほんとは冗談じゃないから」
私の手を握るうっちーの手に力が入る。
「え?」
「紫藤先輩なんかやめて、俺と付き合おうよ」
……え?
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