第5章 ハードル走スタート!
第25話 無機質よりも冷たい言葉
「合宿のスケジュール表ですか?」
「そう。今日みんなに配ろうと思ってるんだけど、知華ちゃんには先にあげるねっ」
昼休み、鷹能先輩たちと青雲寮でお昼ご飯を食べているときに、
来週のゴールデンウイーク前半には、6月初旬にある文化祭に向けての1泊2日の吹奏楽部合宿が青雲寮で予定されている。
ふんふん。
1日目の午前中は基礎練習&パート練習。
午後はオープニング曲の『アルヴァマー序曲』と『イン・ザ・ムード』、うっちーがドラムやるポップス『今年も一緒に海へ行こう』の合奏練習。
……ん?
「夕食後に“肝だめし”やるんですか?
時期外れですねぇ」
「あ、それ毎年恒例なんだよ。
夜遅くになるとさすがに楽器の音出せなくなるでしょ」と霧生先輩。
「なるほど…。
じゃあ、これは何ですか?
朝7時からの”朝練(サッカー)”って」
もはや何部の合宿なのかよくわからない。
「朝早くから楽器の音出せないでしょ?
それも恒例なんだ。体力づくりもかねてね」と鼻をかむ山崎先輩。
「これ見て思うんですけど…。
夜も朝も楽器使えないなら、泊まり込む必要なくないですか?」
と私がツッコんだ瞬間に
「それを言っちゃいかーーーん!!」とトミー先輩がおちゃらけた。
「だってさぁ。合宿という名目でもないと、タカちゃん以外はうんりょーに泊まれないんだよ?
せっかく我が吹奏楽部にはうんりょーっていう宝があるんだしさ。
みんなで楽しく使おうよ♪」
「はぁ」
要するに、お泊まりイベントがやりたいってだけですね。
まあ、楽しそうだから反対はしないけど。
「そういやタカはゴールデンウイークはどうすんの?
実家帰んの?」
食べ終わった炒飯のお皿を私の分まで洗ってくれている鷹能先輩に、霧生先輩が尋ねた。
「そうだな…。
そうか…」
お皿の泡を流しながら考えを巡らせている様子の鷹能先輩。
「知華。ゴールデンウイーク中に俺の実家へ泊まり込むというのはどうだ?」
「ええっ!?」
先輩の突然の言動にも慣れてきたけど、実家泊まり込みはいきなり過ぎる!!
前に言ってた試練を受けるってことだよね!?
「もう来週からゴールデンウイークですよ?急過ぎません?」
「この間言ったろう。予定はかなり切迫しているのだ」
「なになに~?タカちゃん、知華ちゃんのこと両親に紹介すんの?
隅に置けないねぇ~」
トミー先輩が鷹能先輩の背中をうりうりと肘で小突いた。
「けど、泊まり込みってすごいね。
めっちゃ家族と仲良くなれそう」と霧生先輩。
私には鷹能先輩の家族と和気あいあいで過ごす自分が想像できません。
試練の話を聞いて私がこないだから妄想してるのは、茶道を習わされてしびれて動かない私の足を武本夫人に扇子で叩かれる図とか、私が作った味噌汁を味見したお母様が鍋の中身を全部シンクにぶちまけて作り直しさせられる図とか。
…って、先輩の家族にどんだけネガティブなイメージもってんだろ。私。
「ぼちぼち昼休み終わるし、教室戻るかぁ」
トミー先輩の言葉で、山崎先輩が箱ティッシュを小脇に抱える。
小さな水切りカゴに先輩が立てかけたお皿を布巾で拭く私に、「タカも知華ちゃんも急いだ方がいいよ。お先!」と霧生先輩が声をかけてボーン部屋を出ていった。
「皿をしまったら俺達も教室に戻るとしよう」
先に拭き上がったマグカップを二つ、先輩が棚にしまう。
「先輩。実はずっと気になってることがあるんですけど…」
私は思い切って切り出した。
先輩の実家の話が出て思い出したこと。
ずっと違和感を感じてたこと。
先輩とちゃんと話をしたい。
「ほんとにこのままでいいんですか?
志桜里さんのこと…」
私にできることは何もないけれど、このまま何もしなくていいとは思えない。
「俺が成人の儀で知華と婚約すれば志桜里は自動的に解放される。
彼女はまだ17歳だし、これから広い世界を知るのでも遅くはない。
もちろん俺に協力できることがあれば幼馴染みとしていつでも相談に乗るつもりだ」
私が布巾を干す横で、先輩がお皿を戸棚にしまった。
私はシンクの横に立ったままつぶやいた。
「籠の中の鳥は逃げた方が幸せなのかな」
「どういう意味だ?」
戸棚をぴしゃりと閉めながら、先輩が私を見た。
「…籠の中の鳥は外に出たいはずだって、外に出て自由に飛べた方が幸せだって、そう考えるのが正しいのかわからないんです」
志桜里さんの涙と、海斗の言葉を思い出す。
「飛び方も上手くない、餌の捕り方も知らない鳥がいきなり外に出されても、幸せになれるのかな」
少し間をおいて、先輩が尋ねる。
「では知華は、籠の中の鳥は一生籠の中で飼われていた方が幸せだというのか?」
「わかりませんけど…そういうこともあるかもしれないなって思って」
「…俺に、志桜里を籠から出すなと言うのか?」
先輩の声がより低く、鋭くなった。
機嫌を損ねているのがわかるから顔を見れない。
「わかりません…」
「わからないなら、何故そんなことを言い出すのだ」
先輩がため息をついた。
「わかりませんけど…。
このまま志桜里さんを放っておいて先輩と婚約するのはなんか嫌だなって」
そこまで言った瞬間、先輩はドン!と戸棚を握り拳で叩いた。
振動で中のお皿がカシャカシャン!と音を立てた。
「今さら婚約が嫌だと言うのか?
俺は知華を生涯の伴侶にすると決めたのだ。
知華も俺から“絶対に”離れない覚悟を決めたのではなかったのか?」
怖い。
先輩が怒ってる。
でも…
やっぱりこのままじゃやだ!
「先輩から離れたくはありません!
けど、このままにするのが嫌なんです!」
思いきって先輩の方へ顔を向けた。
てっきり無機質な彫刻顔になっていると思ってたのに、先輩は眉間に皺を寄せて苦々しい顔をしていた。
初めて見る表情に私は血の気が引いた。
「俺は知華を離したくないのに、志桜里も解放するなと言うのか?
…君の言っていることは理解できない」
ボーン部屋の窓を通して予鈴が聞こえてくる。
「明日からおにぎりはいらない」
先輩はそう言うと、ボーン部屋を出て行った。
無機質よりもさらに冷たく放り投げられた言葉に、私は凍りついたように立ちすくんだ。
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