7-2 VS 恋

「で、誰が最初に行くよ?」

「三人で袋叩きにしてもいいんじゃないかな」

「それではあとで禍根かこんが残りますわ。わたくしに任せて下さいまし」

 誰よりも勝利を欲している恋は、瞳に炎を宿している。広い部屋の中央に二人の少年少女が対峙した。

「勝っても負けても、恨みっこなしですわよ」

「ああ」

「〝早乙女流 龍鱗〟〝龍脈〟――〝徹心〟〝極真〟」

 恋に慢心も油断もない。自身が出せる最強の手を尽くして勝利を掴む。

「〝万丈目流 吸塵圏きゅうじんけん〟」

 相吾に容赦はない。たとえ仲間だろうと愛の目的をはばむものは打ち負かす。格上が相手でもひるまずに意思の強い眼差しを突きつける。


 初めに動いたのは早乙女恋だった。球体状に展開されている白い空間に飛び込むと高速で接近していく。

(やはり相吾くんの半端な〝吸塵〟では、わたくしのまとう気をすぐには吸収しきれないようですわね。この一撃で決着をつけて差しあげますわっ……!)

「〝早乙女流 龍極りゅうきょく徹心拳てっしんけん〟!!」

 〝吸塵圏〟を展開している今の相吾は他の気を使うことができない。現在進行形で気を吸い取られている恋の〝龍極徹心拳〟は完全なものとは言い切れなかったが、それでも生身の人間に喰らわせればたやすく絶命する。死人を蘇生できる知紅がいるからこその一撃必殺だった。まさか防がれるとは微塵みじんも思っていない。

「なっ!?」

 相吾の動きが加速する。〝龍極徹心拳〟に拳を合わせてくる。互いの拳がぶつかり合ったとき、発生したのは静寂だった。相吾の腕は肉片となり飛び散る――恋が思い描いていた光景がやってこない。激突音もせず、空気を震わせることもなく、ただ互いの力が拮抗しその場にとどまった。


 過去異能は内容により三系統に分類できる。干渉かんしょう系、拒絶系、強化系の三つだ。

 干渉系は、他者の精神に作用したり、物体の時間を止めたりと、何かに影響する力だ。作中では〈愛の拳〉や、掴んだものの時間を止める《相思相殺》があげられる。

 拒絶系は、何かを飛ばして自分に近づけなくしたり、死を否定したり、干渉を無効化したりと、何かをはねのける力だ。〈空の拳〉〈血の拳〉〈恋の拳〉〈倒の拳〉があげられる。

 強化系は、身体の抵抗力を上げたり、自分の限界を超えて動いたり、分身したりと、何かを増やす力だ。〈忍の拳〉〈相の拳〉があげられる。


 〈恋の拳〉により干渉系の過去異能は自分に通じないはず。そう言いたげな恋に、〈相の拳〉を使用した反動で苦しみながらも相吾は答えた。

「干渉系は《相思相殺》だけだ。〈相の拳〉は強化系で〈相殺〉は拒絶系。俺は器用貧乏だからな、能力が三系統に分かれてるんだよ」

「くっ――!」

 恋が拳を引く。瞬間、〈相の拳〉で加速した相吾が抱き着いてきた。腕を背中に回して完全に身体を密着させる。

「は……はぁああああっ!?」

 顔を赤らめた恋は、必死にもがいて暴れた。

「は、離れて下さいましっ! セクハラですわよ!?」

「断る!!」

 予想外の事態に混乱しながらも、すぐに攻撃を加えて腕の力を緩めさせると投げ飛ばした。

「はあっ、はあっ……。はっ!?」

 ようやく相吾の意図に気がついた。自身の気の量を確認する。もうほとんど気は残されていなかった。

「零距離の〝吸塵〟だ。俺の半端な武術でも、お前の体内の気を吸い尽くせる」


「ぐ……う、ぁああああああああああああっ!!」

 怒り狂った恋は青龍の気を、青い炎が燃え上がるように発する。数秒で正気は底をつく。わずかな静寂のあと、少女は口を開いた。

「〝外道――」

 外道に堕ちようとした瞬間。赤い閃光がまっすぐに過ぎ去ると共に、恋の生首が宙を舞った。それを両手で掴む赤い少女。

「《輸血》」

 身体と生首が血液に変わると寄り集まり、人型を形成後、乾いた血液がひび割れると中から傷一つない恋の身体が出てきた。

 ぺちぺちと頬をはたく。

「おい。起きろ」

「――……はっ!?」

 勢いよく起き上がった恋は知紅に詰め寄る。

「何をするのですかお姉様っ!?」

「それはこっちの台詞だ。外道に堕ちるのは許さねぇぞ」

「相吾くんを殺してもお姉様が生き返らせてくれるでしょう! わたくしは絶対に負けるわけには――!」

「あたしの言うことが聞けねぇか」

「……ごめん、なさい」

「次はあたしが出る。必ず勝ってやるから降参しろ」

「……わかりましたわ。では、せめてもの餞別せんべつを」

 両手でハートマークを形作り、知紅の胸に向けて桃色の光線を放った。すり抜けたあと、知紅の胸には淡く発光し続ける桃色のハートマークがあった。

「《恋の心》。五分間、わたくしと同じようにあらゆる干渉を無効化できますわ。勝利を信じております、お姉様」

「あぁ。任せときな」

 互いに笑顔で別れを告げると、恋の足下に扉があらわれる。

「きゃっ!?」

 扉が開いて恋が落下すると、自動的に扉は閉まり消失した。

「まけたひとはぶしつにいどうする」

 いろりが説明を終えると、知紅は相吾に向き合った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る