5-2 青龍の外道家

 青龍せいりゅう。それは玄武げんぶ朱雀すざくの両方の特徴を持つ聖獣せいじゅうである。

 固いうろこを持ち、空を自由に飛び回る。つまり〝徹心てっしん〟と〝極真きょくしん〟を――二つを使い分ける二流派の者とは違い、青龍の武道家は〝徹心〟と〝極真〟を同時に扱えるのだ。

 さらには〝龍神りゅうじん〟という固有の武術も存在する。身体から大量の青い気を放出し、凝縮ぎょうしゅくし、龍を形作る。青龍の武道家は鱗、爪、腕、尻尾などの龍の一部から、龍そのものを生み出し操ることも可能だ。

 しかし弱点はある。玄武と朱雀の武術を使いたいならば一度〝龍脈りゅうみゃく〟という気の変換を行い、青色の気を他色の気へと変えねばならない。そのさい、生み出している気と同等の気を〝龍脈〟に消費することになる。つまり本来、玄武と朱雀の武術を扱うのに必要な気の二倍を消費していく計算になる。

 そして青龍の武術〝龍神〟は、気を凝縮させて実体化させるために多大な気を消費する。

 青龍の才能を持つ者の気の量は玄武と朱雀に比べて桁違けたちがいに多いのだが、消費量も桁違いに多い。最強ではあるが、実戦向きとは言いがたい。警察でも民間でも学ぶのは玄武と朱雀のどちらかであり、青龍を学べる者は昔から代々続く一族に限定されている。実用的にも、才能的にも、法律的にも。現代に存在する青龍の武道家はそう多くない。


 早乙女恋は青龍の外道家である。弱点があるのは武道家だけ。外道家の〝殺気〟に底はない。消費すればするほど増えていく、無限の負の力である。

 青龍の外道家である彼女は、間違いなく最凶最悪の存在だった。


「……お兄さんを探すのはお手伝いしますが、その、どうか殺さないでいてくれませんか……?」

【あら。外道家に殺さないでいて欲しいというお願いは、呼吸をするなというお願いと同じことですわよ?】

「うう……」

【……まあ。もし、お兄様がわたくしに殺されたくない、とおっしゃられたら考えなくもないですわ】

「考える、ですかっ?」

【ええ。考える、ですわよ】

 外道家は嘘をつけない。本能に従って行動しているからだ。考える、と言っている以上、会ってもすぐに殺さないという約束は信用できる。

(もし、お兄さんが殺されたくないと言って、それでも殺そうとしたら……。でも、いざとなったら《愛の心》がありますっ。攻撃を封じて〈愛の拳〉を叩きこめば青龍の外道家だって倒せるのですっ! 相吾くんの《相思相殺》で時間も止められますし、空くんが作戦を考えてくれるはずですし)

 気を取り直して、愛は質問をした。

「えっと、お兄さんのお名前は何ですかっ?」

倒也とうやですわ。早乙女家から勘当かんどうされ、与えられたというマンションのドアを破って中を拝見はいけんした所、お兄様はいらっしゃいませんでした。ただ荷物はありましたので、帰ってくるまでずっと中で待ち続けました。一日、二日、三日と、いくら待ち続けてもお兄様は帰って来られません。さすがに何かあったのではないかと、手がかりを求めて部屋を物色ぶっしょくしておりましたところ、あるものを見つけましたの。これですわ】

 そういって恋が差し出した物は、白い小さな棒きれだった。

「これは……?」

【ゴミ箱で見つけた物ですわ。匂いからしてペロペロキャンディの棒ですわね】

「ん……確かに、甘い香りがするのです」

【それだけではありませんわ。この棒きれからはお兄様の匂いではなく、女の匂いがしましたの。それも二人。薄く残っていたのは渡した方で、濃く残っているのはこれをもらって舐めていた方でしょう】

「そ、そこまでわかるのですかっ?」

【〝外道 極真〟による嗅覚強化があれば造作ぞうさもないことですわ。話を戻しますが、この棒に残っていた匂いを頼りにあちこちを探っていた所、濃い方の匂いは見つかりませんでしたが、薄い方の匂いは見つかりましたの。それが相眞愛さん。あなたですわ】

「舐めていた方は見つからない……ペロペロキャンディ……私があげた……あっ!」

【心当たりがありまして?】

「きっと、いろりちゃんなのですっ!」


 愛はソファから立ち上がると、何もない壁の前に立つ。こんこん、と二回ノックをするとそこに扉が出現した。しかし扉は開かない。疑問に思って首をかしげながらも、扉越しに話しかけた。

「いろりちゃん、そこにいますかっ?」

「なに」

「そちらに、倒也さんという名前の方はいらっしゃいますか?」

「いるよ」

【あら。当たりでしたのねっ! 二人とも感謝いたしますわ!】

 恋は笑顔で立ち上がると、ドアノブに手をかける。回して引いたが、微動だにしない。押しても同じだった。がちゃがちゃと、ドアノブをひねる音が部室に鳴り響く。

【鍵がかかっているのかしら。ねえ、そちらにいる方……いろりちゃん、でしたっけ? 開けてくださらないかしら?】

「さおとめこい」

【あら。わたくしをご存知? お兄様にお聞きしましたの?】

「なに」

【もちろん、お兄様を殺しにそちらへうかがうのではありませんか】

「じゃあだめ」

【〝外道 龍鱗〟】

 恋の身体から漏れていた暗青色の気が膨れ上がる。全身を包むと、それは龍の鱗でできた鎧となった。

【では、この扉をぶち壊しますわね】

「まっ、待って下さいっ!」

 恋は振るおうとした腕を止めると、愛の方を見た。

「えっと、早乙女さんは」

【早乙女の名は捨てましたので、恋と呼んでくださいな】

「恋ちゃんは倒也さんに会ってもすぐに殺さずに話をしてくれるのですよねっ?」

【ええ。約束しましたもの】

「なので、いろりちゃん、その扉を開けて倒也さんを連れ――」

 愛の顔の前に手をかざして話を中断させると、空が代わりに話し出した。

「いろりちゃん、そういうわけだから、みんなでそっちに行ってもいいかな?」

「空くん……?」

 しばらく間が空いたのち、扉が開く。幼女が顔をのぞかせた。

「わかった。いいよ」

「よし。じゃあ少し待っててくれるかな」

 そういって携帯をいじり始める空。数分後、部室の扉が勢いよく開かれて知紅があらわれた。修行の途中で急いで来たようで、少し着崩れた道着から汗をのぞかせている。

「お姉ちゃんっ!」

「お姉ちゃんじゃねぇ!!」


【あら。知紅さんではないですか。お久しぶりです】

 スカートの端をつまんで美しくお辞儀をする。ただ、身体にまとう〝外道 龍鱗〟を解いてはいない。知紅も〝極真〟を保ったままだ。

「恋……テメェ、どうして外道に堕ちてやがる……!」

【少々、家の事情がありまして。知紅さんを呼んだのは、いざという時のためにわたくしを倒すためでしょうか?】

「……空、悪いが外道家はあたしでも倒せねぇぞ。外道家に単身たんしんで勝てるのは同じ外道家か、あたしの親父だけだ」

「……知久ともひさ先生なら勝てるのか?」

 そう相吾がつぶやくと、空が解説を始めた。

「『〝最強の武道家〟〝拳を極めし者〟〝更科知久〟〝創始者そうししゃ〟〝神速〟〝鬼〟様々な二つ名を持つ更科知久。〝地球が産んだ英雄 更科地球〟とも揶揄やゆされる。のちの特撮番組『地球戦士アースマン』の主演をつとめる。一般的な達人の武道家とは違い、創始者と同じ境地まで武術を極めている。歴史上、創始者と同じ境地まで極められたのは更科知久だけである』とwikiに書いてあったね」

「アースマンは小学生の頃に見たのですっ!」

「僕も見たよ」

【わたくしも拝見しましたわ】

「いや、俺も見たけどよ、あれ知久先生本人だったのか……。創始者と同じ境地って何だ」

「とにかくわけわかんねぇ強さだよ。本気出されたらあたしの目にも映らねぇ。……で、空はあたしにどうして欲しいんだ?」

「それはあとで話します。じゃあみんな、まずは恋さんのお兄さんに会いに行こうか」

 そうして、愛、相吾、空、知紅、恋はいろりの後に続いて、扉の向こう側へと行った。

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