3-3 見返り

 忍が目を覚ましたのは清潔に整えられた保健室のベッドの上だった。窓から入り込む風に、白いカーテンが揺れている。

 情けない、と忍は思った。過去異能があったとはいえ、小さな女の子に一方的に殴られて敗北した。

「過去異能……か」

 自分の拳を目の前にかかげて、そうつぶやいた。


「あっ、忍くん起きたのですねっ!」

 治療が終わったようで、包帯だらけになった愛はにこやかに笑ってそばまで寄ってきた。

身体からだは大丈夫か?」

「はいっ! これでも玄武げんぶの武道家ですからね、小さい頃から鍛えてますし、〝徹心てっしん〟を使わなくても打たれ強いんですよ?」

「そうか……努力してきたんだな」

 全てを見透みすかしたつもりで、何も見えていなかった。人は成長する。この小さな少女が、自分の想像を超えてくることくらい予想するべきだったと、忍は反省する。

「俺の負けだ。会いに行ってやるよ、その消防士とやらに」

「はいっ!」

「ああ……ただ、な」

 恥ずかしそうに、指で頬をかく。

「何話したらいいかわかんねえからよ、一緒に着いてきてくれるか?」

「はい、もちろんなのですっ!」

 窓から差し込む光に照らされて輝く笑顔を見せる少女に、忍はあやうく惚れかけた。


 ぬっ、と相吾と空がカーテンから顔をのぞかせる。

「うおっ!? お前らもいたのか」

 ごごごご、と擬音が聞こえてきそうなすごみのある笑顔で相吾は口を開いた。

「俺たちも行くぜ。救人部だからな」


 ◇◇◇


 あらかじめ連絡をとり、八年前の放火事件に該当がいとうする消防士と会えることになった日曜日の朝。忍と救人部の三人は、消防署に来ていた。待ち合わせの時間になると、大柄おおがらなおじさんがやって来る。

「君たちかい。八年前の放火事件について話を聞きたいって子供たちは」

 身長180cmほどある大柄なおじさんは、相吾と空を見比べた。

「で、どっちかな? 俺が助けた穂村忍君は」

「俺……です」

 おそるおそる、忍は手を上げる。目を丸くして驚いたおじさんは、忍の両肩を勢いよく叩いた。

「君か!? 本当だ、忍君の面影おもかげがあるじゃないか! 大きくなったなあ、俺よりもでかいぞ!」

「は、はあ」

 圧倒されているようで言葉につまる忍に、愛は助け船を出す。

「忍くんはですね。あなたが自分を助けてくれた理由を知るために来たのですよっ?」

「んん? そうなのか?」

「はい……まあ」


 それを聞いたおじさんは、豪快ごうかいに笑った。

「はっはっは! いやあ、あの時はやばかったな! なにせあの時、俺一人しか消防士がいなかったもんで」

「……え?」

「立て続けに火事が起こってな。このままじゃ間に合わないと思って、近所に住んでた俺が単身たんしんでお前の家に乗り込んだんだよ」

「それって……いいんすか?」

「いや、駄目だな。お前は自殺願望があるのかって、上司にも同僚にもこっぴどくしかられたもんだ」

「どうして……そこまで命を張って。見返りなんてねえのに」

「なあに言ってやがる。ここにあるじゃねえか」

 どん、と拳を忍の胸に当てる。


「そのおかげで、助けられた命がある。な、これ以上の見返りはねえだろ?」


 すさんだ心に、思いやりの込められた言葉が浸透していく。

「うっ……う、ぐっ」

「ど、どうした忍君!? 目にごみでも入ったか!?」

「俺っ……せっかく助けてもらったのに、不良になっちまって……全然、駄目なやつで」

「そんなに自分を卑下ひげするな! 忍君はまだ高校生だろう?」

「はい……」

「若いんだ、まだまだやり直しが効くじゃねえか! 応援してるぞ忍君!」

「はいっ……俺、頑張ります。俺も、あなたみたいな立派な大人になってみせます!!」

「はっはっは! 嬉しいこと言ってくれるな! そうかそうか!」


 その光景を温かい眼差まなざしで見つめていた救人部の面々は、こっそりと会話をする。

「俺たちは先に帰るか」

「そうですねっ。二人きりにしてあげましょう!」

「救人部第一回目の活動は無事成功に終わったね。あ、でも忍さんが戻ってきたらあれをいておかないと」

「何をですかっ?」

「過去異能を捨てた、のくだりについて」

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