3-4 幼女

 ▼▼▼


 校内の廊下を歩いていると、幼女に出くわした。

「ほむらしのぶ」

「……あん?」

 人差し指を俺に向けると、フルネーム呼びをしてきた。

迷子まいごか? 何で俺の名前を知ってやがる」

「くにへかえるんだな。おまえにもかぞくがいるだろう」

「……ここは俺が生まれた国だよ。家族はいねえ」

「そうだった」

 幼女は手を差し出してきた。

「ついてきて」 


 手をつなぐと、言われるがままについていく。この状況を見た奴に不信がられるんじゃないかと周囲を見回すが、生徒たちはまったく反応を示さなかった。

「どうして過去異能つかわないの」

「過去異能? ……ああ、これのことか」

 手を握っていない方の拳を掲げる。

「抵抗力を上げる力だろ。何に使うんだよこんなもん」

「ほうかまころさないの」

 ぴたりと、俺は歩みを止める。幼女はじっと目を覗きこんでくる。

「殺すさ。いずれな」

 そして再び歩き始めた。


「いますぐころしにいかないの」

やつは刑務所の中だろ。乗り込めねえよ」

「過去異能つかえばいい」

「こんな得体えたいの知れない力に頼ってたまるかよ。俺は俺自身の手であいつを殺す」

「むー」

 ぷくー、と頬を膨らませる幼女。

「つかわないならすてて」

「捨てる? どうやって」

「てをにぎって」

「もう握ってるだろ」

「そうだった」


 五秒間、間を空けると口を開いた。

「おわった」

「早いな。つうか、過去異能って何なんだよ」

「過去異能力者じゃないひとにはおしえない」

「……な」

 幼女に一杯食わされた。いてから返せばよかった。

「まあいいか。で、ここでいいのか?」

「うん」

 使われていない部室棟の一室。確かここで幼女の幽霊が出るから使われなくなったっ……て。

「なあ、お前って――」

 がちゃり、と扉を開けて勝手に部室へ入っていく。

「お、おいちょっと待て!」

 慌てて部室に踏み込むと、幼女は何もない灰色の壁をノックしていた。がちゃり、と。あるはずのない扉があらわれて、開いた。


「なんだそれは……」


 開かれた扉の向こうには、草原が広がっていた。青い空。青い海。日に照らされて輝く木々。

「じゃあね」

 幼女は草原に足を踏み入れると、扉を閉じようとしていた。

「おい、待て!」

「なに」

 少し眉をひそめて、不服そうに扉から顔をのぞかせる。

「よくわからねえが、過去異能力者だったらそっちに行けたのか」

「うん」

「そうか……まあ、もう過去異能力者じゃねえ俺には関係のねえ話か」

「ほしかったらかえす。ひつようになったらのっくしてね」

 今度こそ幼女は扉を閉める。そこには扉なんてなかったように、年季ねんきが入ってくすんだ灰色の壁に戻っていた。


 ▲▲▲


「どうだ。信じられねえ話だろ」

 話を聞き終え、好奇心のくすぐられた空は笑みを浮かべた。

「とても気になりますね、その幼女は。過去異能について全て知っている可能性があります」

「……信じるのか」

「過去異能力者ですからね。それに証明のためなら、実際に試してみればいいんです。忍さんが過去異能を必要になったら開けてくれるんですよね?」

「いや、別に必要じゃねえし……」

 しぶっていた忍だったが、好奇心をおさえられない空の説得により仕方なく壁をノックすることにした。

 こんこん、と二回叩く。

「おい。いるか?」

「なに?」


 がちゃり、と。存在しないはずの扉が開いて、幼女が顔をのぞかせた。

「うぉおおおおおおおおおおっ!?」

「きゃぁあああああああああっ!?」

「きたぁああああああああああっ!」

「…………」

 三人はそろって叫び声をあげた。あげなかった相吾も開いた口がふさがらなかった。

 幼女はぷくーっ、と頬を膨らませて怒ると、扉を閉めようとした。

「ひやかしならもうあけないから」

「ま、待ってくれ。過去異能が必要になったんだ」

「……ほんとに?」

 扉から半分顔をのぞかせて、じとーっ、とした眼差まなざしで見つめてくる。

「ああ、本当だ」

「わかった」


 幼女は扉を開けて部室に入ってくると、手を差し伸べる。忍はそれを握った。五秒間、間をあけると前のように口を開いた。

「おわった」

「おお。本当に戻ってやがる」

 何度も確かめるように、手を開いたり閉じたりする。

「じゃあね」

「あ、待って下さいっ!」

 愛がとっさに立ち上がると、幼女は目を合わせた。


「そうまあい」

「私の名前も知っているのですねっ。あなたのお名前は何ですかっ?」

五隈ごくまいろり」

「いろりちゃんですねっ。あの扉の向こうってどこに繋がっているのですかっ?」

「おしえない」

「んー……私たちは向こう側へ行けますかっ?」

「まだだめ」

「まだ……? では、最後の質問なのです。過去異能とは何ですかっ?」

「たたかうためのちから」

「戦うための力……ですか」

「じゃあね」

 そういっていろりは草原に足を踏み入れると、扉を閉めた。


(過去異能は……戦うための力)

 誰にも聞こえないように、愛は心の中で反芻はんすうする。ぐっ、と拳に力を込める。

(私が戦う理由は……世界中のみんなを、愛でつなぐため。だけど、もし会えるのなら、私を捨てた両親を――)

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