3-2 愛の心

 部室棟の裏手に回ると、二人は向かい合った。

「タイマンだ。勝った方が負けた方に条件を飲ませる。俺が勝ったら放火魔を殺すのに協力しろ。お前が勝ったら俺はその消防士に会いに行く。それでいいな?」

「はいっ! 勝敗はどうやって決めますか?」

「俺は武道家の相眞そうまを倒せるなんて思っちゃいねえ。だから勝利条件はこうだ。お前に〝徹心てっしん〟を使わせたら俺の勝ち。〝徹心〟を使わずに俺を倒せたらお前の勝ちだ。過去異能かこいのうは使っていいぜ」

「わかりましたっ! って、忍くんも過去異能を持っているのですかっ?」

「いや。いらねえから捨てた」

「過去異能を……捨てた?」

「その話は今関係ねえ。タイマンが先だ」

 腰を落とし、忍が両拳を構えると、愛は相眞流の構えをとった。


「いくぜ」

 忍は大きく一歩踏み込むと、リーチの長い右ストレートを繰り出した。

「っ!?」

 とっさに両腕でかばったが、小柄な身体からだは簡単に浮き上がり、はじき飛ばされた。何とか地面に着地すると、感嘆かんたんの溜息を漏らす。

「忍くんすごい力ですねっ! うちの相眞流道場に通いませんか?」

「馬鹿言うんじゃねえ。人殺しを目指してる俺は武道家にはなれねえよ」

「そうですね、気が早かったのですっ! この勝負が終わったら再度、勧誘しますねっ!」

「そんなもん、勝ってから言いやがれ!!」

「はあっ!」

 次々と忍が繰り出す拳や蹴りを少女はさばいていく。隙を見てふところに踏み込むと、強く大地を踏みしめて必中ひっちゅうの拳を繰り出した。

「〈愛の拳〉っ!」

「ぐうっ!?」

 胴体にまともに直撃を受けた忍はたたらを踏んで後ろに下がると、膝をついた。

「……本当に防ぐことも、避けることも、耐えることできねえんだな……その拳は」


 しかし忍は――立ち上がった。


「……えっ?」

「どうした。一発程度で倒せると思ったのか」

 再び忍は腰を落とし、拳を構える。

「来いよ。まだてめえの勝利条件は満たしてねえぜ」

 痛みをごまかすように、にやりと笑う。

「〝徹心〟なしで俺に勝ってみろよ。勝てるもんならなあ!!」


 ◇◇◇


「あの人、頭いいね。愛ちゃんの弱点をよくわかってる」

 相吾の隣で観戦している空が、解説を始めた。

「愛ちゃんは常に無意識下で〝徹心〟を使っているんだ。あの小さな体躯たいくだからね。拳の威力を上げるには、体重を増やす必要がある」

「……武術は、一般人に使っちゃいけないんじゃないのか?」

「意識的にはね。無意識下ならしょうがないよ。で、僕も使った戦法なんだけど、愛ちゃんに無意識下で使っている〝徹心〟を止めさせる。そうすると、愛ちゃんは戦闘中に〝徹心〟を使わないように常に気を使わなくちゃいけないんだ。それだけでも難しいのに、普段と違う体重、まあ元々の体重だけど、それで相手を倒さなくちゃいけない。ねえ相吾くん、現実的に考えて身長142cmの愛ちゃんが、身長190cmぐらいの忍さんに勝てると思う?」

「……思わねえな。だがあいつは、まだ〝あれ〟を使っちゃいねえ」

「そうだね。僕は二度と受けたくないよ」

 そう言い合って、二人は決闘へと視線を戻した。


 初めは一方的に攻めていた愛も、何度も立ち上がる忍を見てひるんでいた。その隙を見逃さず、長いリーチをほこる腕で愛の腕をつかむと、力任せに持ち上げて腰をひねり勢いよく背後の地面に叩きつけた。

「オラァアアアアッ!!」

「ぐぅっ!?」

 一度だけでは終わらずに、再び持ち上げては反対側の地面に叩きつける。

「どうした!? さっさと〝徹心〟を使いやがれっ……!」

「絶対に、使わないのですっ……!」

 さすがに息が切れたのか、地面ではなく部室棟の壁に投げつけた。地面にさんざんぶつけられ、ぼろぼろになった鉢巻きの少女は、それでも諦めずなお立ち上がる。二人は、荒い呼吸を整える。

「てめえ、結構、根性こんじょうあるじゃねえか……」

「忍くんこそっ……不良にしておくのが勿体もったいないのですっ……」

「まだ言うか……次で終わらせてやる」

 忍はゆっくりと、距離を詰めていく。

「てめえの技も、思考も全て見切ったぜ。次にどういう動きを見せるか手に取るようにわかる」

 拳を構えて、ありったけの力を込める。身体中の筋肉が盛り上がり、今までとは違う様相ようそうを見せる。

「てめえはもう俺には勝てねえぜ。〝徹心〟を使わねえ限りな」

「それは違いますよ。忍さんが知っている頃の私と、今の私は違うのです」

「何が違うんだ」

「できれば、使わずに勝ちたかったのですけどね。忍さんが強すぎて、そうも言っていられないのです」

 そういって愛がとった行動は、両手でハートを形作ることだった。忍の胸に焦点を定める。


「おい……それどんな技かなんとなくわかるぞ……!」

「《愛の心》!」

 戦い続け、愛の技と思考を把握していた忍はとっさに避けようとするが、疲弊ひへいしていたため反応が遅れる。放たれた桃色の光線が、忍の胸を貫いた。

「ぐっ」

 痛みはない。しかし胸に残る暖かな光が、忍の戦意を根こそぎ奪ってしまっていた。

容赦ようしゃは、しません」

 少女が目の前に立つ。忍は覚悟を決める。

「来い」

「――〈愛の拳〉!」

 一撃目。

「〈愛の拳〉!」

 二撃目。

「〈愛の拳〉! 〈愛の拳〉! 〈愛の拳〉ぃいいいいいいっ!!」


 何度も何度も一方的に殴られ続ける。拳戟けんげきの嵐を胴体に浴びせられ、忍の身体は丸まっていく。とどめに右拳であごを打ち上げられると、忍の意識ははる彼方かなたへと飛ばされていった。

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