第3章 穂村 忍
3-1 復讐
とある
「結局、俺一人になっちまったか……」
おもむろに、三人用のソファの真ん中に腰掛ける。酒、
「一人でもいい。俺は
決意を固め直す。膝に肘をつき、両手を組み合わせると固く握りしめた。
拳で思い出す。ふと顔を上げて、何もないはずのくすんだ灰色の壁を見つめていた。
◇◇◇
「
「はいっ!
職員室で眼鏡をかけた細身の先生と、鉢巻きを結んだ小柄な生徒は笑顔で話し合っていた。
「これが部室の鍵だよ。でも、あそこしかなかったとはいえ本当に良かったのかい?」
「はい。幽霊なんているわけないのですっ! もしいたとしても、私はオカルト平気なので大丈夫ですっ!」
「そうかい。じゃあ
そうして部室の鍵を受け取った少女は、いち早く仲間のもとへと駆けていった。
「部室の鍵もらってきましたっ!」
「ご苦労様です、救人部部長」
教室へ戻ってきた愛に、空は
「じゃあ行くか」
相吾が席を立つと、三人は部室棟へ向かった。
「あ、そういえば二人は幽霊とか大丈夫ですかっ?」
「部室棟の一室で幽霊が出るという
「幽霊が怖くて不良が
「なら大丈夫ですねっ! 安心しましたっ!」
にこやかに笑う少女に、
「愛ちゃん。問題はもう一つあったはずだよ。最近まで、あの部室は不良たちの溜まり場になっていたっていうし、また戻ってくるんじゃないかな?」
「ああ、空は転校する前だから知らねえか」
相吾は空に、愛が不良たちを蹴散らした話をする。
「へえ、僕が転校する前にそんなことがあったんだ。すでに問題を解決していたなんて、さすがは愛ちゃんだね」
「はい……でもあれは、暴力で解決してしまったので……」
「仕方ないさ。人間誰しも未熟な部分はある。大切なのは常に学習して成長することだよ。僕も、もう愛ちゃんに殴られたくはないからね」
「はいっ、そうですね! 頑張るのですっ! もしその方々が部室に戻ってきたら、追い出すのではなく、一緒に救人部として活動してもらうのですっ!」
「無理だろ。そいつら不良だぞ」
「でも相吾くんも不良ですよねっ?」
「…………」
「あっはっは! 一本取られたね相吾くん!」
「うるせえ」
そうしてたわいのないやり取りも
「あれ? 鍵が開いているのです」
「やっぱり不良が戻ってきているんだね。合鍵を持っているなら返してもらわないと。万が一襲われたとき、狭い部室の中で大人数相手に僕は戦えないから、外で待機しているよ。二人とも頑張ってね」
「おう」
「任せて下さいっ!」
鍵の開いている扉を開いて、二人は中に踏み込む。ソファに座っていたのは一人の大柄な不良だった。
「……なんだてめえら」
不良は立ち上がると、二メートル近くある巨体から、愛と相吾を見下ろした。
「
「……
「いえ、私たちは今日からここで、救人部の活動を始めるのですっ。もしよかったら、忍くんも入部しませんかっ? 一緒に人助けをしましょうっ!」
勧誘された不良――穂村忍は、
「人助けだあ? 他人のことを助ける余裕があるなんざ、
忍は愛の
「俺は八年前に家族を失ってる。親に恵まれて育ってきたてめえに、俺の気持ちがわかるかよ」
「えっと……私は赤ん坊の頃に捨てられたので、親はいませんよ。拾ってくれたお
「……親に捨てられただと? てめえ俺よりも重いじゃねえか」
そう言って忍は愛を降ろすと、悲痛な表情を浮かべて
「なあ、もしお前を捨てた両親が目の前にあらわれたらどうする?」
「そんなの決まっているのですっ! 一発ぶん殴ってやりますっ!」
「ぶん殴る……か」
その答えを聞いて、忍は
「はっはっは! 小さいのに気に入ったぜ!」
「小さいは余計なのですー!」
「おっと、気にしてたのか。すまねえな。まあ座れよ、俺の話を聞かせてやる。外にいるやつも呼んで来い」
相吾が外で待っている空を連れてくると、三人そろってソファに腰掛けた。忍も対面のソファに座る。
「相眞ならわかってくれると思ってな。できれば俺に協力してほしい」
「救人部の初めての依頼ですねっ。お聞きするのですっ!」
嬉しそうに愛は答える。しかしその表情は、次の言葉を聞いてすぐに
「八年前……俺の家族と家を燃やした連続放火魔を、
▼▼▼
その日は俺の誕生日だった。部屋の明かりは消えており、テーブルにはケーキに刺さる十本のろうそくの火が揺らめいている。
誕生日の歌が終わると共に、俺は一息で火を吹き消した。すると拍手に包まれ、祝福される。
母のお腹の中にいる赤ん坊も祝福してくれているらしい。何度か内側から叩いているようだ。
家族三人で笑っていると、まだ明かりをつけていないにもかかわらず、部屋の中が明るく照らされた。
熱い。誕生日のろうそくのような祝福の火とはかけ離れた、死の
一瞬のことで、何もできなかった。ただ両親だけは消火器を持って、消火にあたっていた。
なぜかスプリンクラーは作動しない。二人はとにかく俺を守るように消火していたが、炎は次々と
天井が崩れる。二人は燃える柱の
近くで破壊音が響き渡り、そこで意識は
▲▲▲
話を聞いた三人はかける言葉が見つからず、話しあぐねていた。しばらく間をおいて、忍が口を開く。
「幸せなんてのはな。たった一人の悪意で終わるんだよ。こんな世界に、努力する価値はねえ。だから俺は不良になって、同族を集めて、機会を待った。その同族はもう、お前に
「そんな……だからって、
「俺の人生は八年前に終わってんだ。もう復讐くらいしかやることがねえんだよ」
「それは……」
言葉に詰まる愛に、空が助け船を出した。
「火事に巻き込まれたあなたは、どうやって助かったんですか?」
「ああ? ……そりゃ、消防士が俺を助けたんだよ。覚えてねえがな」
愛ははっとしたように気がつくと、顔を上げて言った。
「たった一人の悪意で終わると言いましたよね。でもそれだけではないはずです。たった一人の善意で、始まるものもあるのではないですか?」
「……まさかてめえ、それが消防士に助けられた俺だって言うんじゃねえだろうな」
「はい。その通りです」
「馬鹿馬鹿しい。消防士は仕事で俺を助けたんだろうが。善意じゃねえ」
「だったら、確かめに行きませんかっ?」
「は?」
「会いにいきましょう。その消防士の方へと」
「話して後悔したぜ……」
いらいらした様子で忍は立ち上がる。玄関へ向かうと、固く握りしめた拳を掲げた。
「てめえは話してわからねえなら拳でわからせるって聞いたぜ。来いよ、〝
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