第3章 穂村 忍

3-1 復讐

 とある部室ぶしつとうの一室。わけありで、今はもう使われていない二階の突き当たりの部屋。誰もいないその部室で、一人の不良――穂村ほむらしのぶたたずんでいた。

「結局、俺一人になっちまったか……」

 おもむろに、三人用のソファの真ん中に腰掛ける。酒、煙草たばこ、菓子の袋が散乱していた部屋はすでに片付いている。集まってきた不良たちに合わせて喫煙や飲酒をしていたが、もう一人になってしまった今となっては必要がなかった。

「一人でもいい。俺はやつを必ず殺す」

 決意を固め直す。膝に肘をつき、両手を組み合わせると固く握りしめた。

 拳で思い出す。ふと顔を上げて、何もないはずのくすんだ灰色の壁を見つめていた。


 ◇◇◇


救人きゅうじん結成おめでとう、相眞そうま

「はいっ! 琴斑ことむら先生も顧問こもんを引き受けてくれてありがとうございますっ!」

 職員室で眼鏡をかけた細身の先生と、鉢巻きを結んだ小柄な生徒は笑顔で話し合っていた。

「これが部室の鍵だよ。でも、あそこしかなかったとはいえ本当に良かったのかい?」

「はい。幽霊なんているわけないのですっ! もしいたとしても、私はオカルト平気なので大丈夫ですっ!」

「そうかい。じゃあ存分ぞんぶんに部活動にはげむといい」

 そうして部室の鍵を受け取った少女は、いち早く仲間のもとへと駆けていった。


「部室の鍵もらってきましたっ!」

「ご苦労様です、救人部部長」

 教室へ戻ってきた愛に、空はねぎらいの言葉をかける。

「じゃあ行くか」

 相吾が席を立つと、三人は部室棟へ向かった。


「あ、そういえば二人は幽霊とか大丈夫ですかっ?」

「部室棟の一室で幽霊が出るといううわさのことだね。大丈夫、むしろ僕はその幽霊に会いたい」

「幽霊が怖くて不良がつとまるかよ」

「なら大丈夫ですねっ! 安心しましたっ!」

 にこやかに笑う少女に、好奇心こうきしん旺盛おうせいな少年は一つ問いかけた。

「愛ちゃん。問題はもう一つあったはずだよ。最近まで、あの部室は不良たちの溜まり場になっていたっていうし、また戻ってくるんじゃないかな?」

「ああ、空は転校する前だから知らねえか」

 相吾は空に、愛が不良たちを蹴散らした話をする。

「へえ、僕が転校する前にそんなことがあったんだ。すでに問題を解決していたなんて、さすがは愛ちゃんだね」

「はい……でもあれは、暴力で解決してしまったので……」

「仕方ないさ。人間誰しも未熟な部分はある。大切なのは常に学習して成長することだよ。僕も、もう愛ちゃんに殴られたくはないからね」

「はいっ、そうですね! 頑張るのですっ! もしその方々が部室に戻ってきたら、追い出すのではなく、一緒に救人部として活動してもらうのですっ!」

「無理だろ。そいつら不良だぞ」

「でも相吾くんも不良ですよねっ?」

「…………」

「あっはっは! 一本取られたね相吾くん!」

「うるせえ」


 そうしてたわいのないやり取りもまじえながら、三人は部室の前に辿たどり着く。愛が鍵を差し込もうとして、気がついた。

「あれ? 鍵が開いているのです」

「やっぱり不良が戻ってきているんだね。合鍵を持っているなら返してもらわないと。万が一襲われたとき、狭い部室の中で大人数相手に僕は戦えないから、外で待機しているよ。二人とも頑張ってね」

「おう」

「任せて下さいっ!」

 鍵の開いている扉を開いて、二人は中に踏み込む。ソファに座っていたのは一人の大柄な不良だった。

「……なんだてめえら」

 不良は立ち上がると、二メートル近くある巨体から、愛と相吾を見下ろした。


相眞そうまあいと申します。隣にいるのは真壁まかべ相吾そうごくんで、外で待機しているのは天枝あまえだそらくんです。あなたのお名前は何ですかっ?」

「……穂村ほむらしのぶだ。で、なんの用だ。追い出しにきたか?」

「いえ、私たちは今日からここで、救人部の活動を始めるのですっ。もしよかったら、忍くんも入部しませんかっ? 一緒に人助けをしましょうっ!」

 勧誘された不良――穂村忍は、怪訝けげんな顔をしたあと、怒りをはらんだ声で言った。

「人助けだあ? 他人のことを助ける余裕があるなんざ、随分ずいぶんと恵まれて育ってきたようだな」

 忍は愛の襟首えりくびをつかむと、自分の目線の高さまで持ち上げた。

「俺は八年前に家族を失ってる。親に恵まれて育ってきたてめえに、俺の気持ちがわかるかよ」

「えっと……私は赤ん坊の頃に捨てられたので、親はいませんよ。拾ってくれたお義父とうさんはいますけど」

「……親に捨てられただと? てめえ俺よりも重いじゃねえか」

 そう言って忍は愛を降ろすと、悲痛な表情を浮かべていた。


「なあ、もしお前を捨てた両親が目の前にあらわれたらどうする?」

「そんなの決まっているのですっ! 一発ぶん殴ってやりますっ!」

「ぶん殴る……か」

 その答えを聞いて、忍は豪快ごうかいに笑った。

「はっはっは! 小さいのに気に入ったぜ!」

「小さいは余計なのですー!」

「おっと、気にしてたのか。すまねえな。まあ座れよ、俺の話を聞かせてやる。外にいるやつも呼んで来い」

 相吾が外で待っている空を連れてくると、三人そろってソファに腰掛けた。忍も対面のソファに座る。

「相眞ならわかってくれると思ってな。できれば俺に協力してほしい」

「救人部の初めての依頼ですねっ。お聞きするのですっ!」

 嬉しそうに愛は答える。しかしその表情は、次の言葉を聞いてすぐにくもった。


「八年前……俺の家族と家を燃やした連続放火魔を、出所しゅっしょ次第しだい殺すことだ」


 ▼▼▼


 その日は俺の誕生日だった。部屋の明かりは消えており、テーブルにはケーキに刺さる十本のろうそくの火が揺らめいている。

 誕生日の歌が終わると共に、俺は一息で火を吹き消した。すると拍手に包まれ、祝福される。

 母のお腹の中にいる赤ん坊も祝福してくれているらしい。何度か内側から叩いているようだ。


 家族三人で笑っていると、まだ明かりをつけていないにもかかわらず、部屋の中が明るく照らされた。

 熱い。誕生日のろうそくのような祝福の火とはかけ離れた、死の業火ごうかに部屋は包まれていた。

 一瞬のことで、何もできなかった。ただ両親だけは消火器を持って、消火にあたっていた。

 なぜかスプリンクラーは作動しない。二人はとにかく俺を守るように消火していたが、炎は次々とせまってくる。

 天井が崩れる。二人は燃える柱の下敷したじきになった。炎はさらに勢いを増し、俺を取り囲む。燃え盛る炎の海で、肉の焼ける匂いが鼻をつく。涙はもう枯れ果てていた。


 近くで破壊音が響き渡り、そこで意識は途絶とだえた。


 ▲▲▲


 話を聞いた三人はかける言葉が見つからず、話しあぐねていた。しばらく間をおいて、忍が口を開く。

「幸せなんてのはな。たった一人の悪意で終わるんだよ。こんな世界に、努力する価値はねえ。だから俺は不良になって、同族を集めて、機会を待った。その同族はもう、お前におびえていなくなっちまったけどな」

「そんな……だからって、復讐ふくしゅうで人を殺すなんて間違っているのですっ! 人生を棒に振る行為ですっ! 他に何かやりたいことはないのですかっ?」

「俺の人生は八年前に終わってんだ。もう復讐くらいしかやることがねえんだよ」

「それは……」

 言葉に詰まる愛に、空が助け船を出した。

「火事に巻き込まれたあなたは、どうやって助かったんですか?」

「ああ? ……そりゃ、消防士が俺を助けたんだよ。覚えてねえがな」

 愛ははっとしたように気がつくと、顔を上げて言った。


「たった一人の悪意で終わると言いましたよね。でもそれだけではないはずです。たった一人の善意で、始まるものもあるのではないですか?」

「……まさかてめえ、それが消防士に助けられた俺だって言うんじゃねえだろうな」

「はい。その通りです」

「馬鹿馬鹿しい。消防士は仕事で俺を助けたんだろうが。善意じゃねえ」

「だったら、確かめに行きませんかっ?」

「は?」

「会いにいきましょう。その消防士の方へと」


「話して後悔したぜ……」

 いらいらした様子で忍は立ち上がる。玄関へ向かうと、固く握りしめた拳を掲げた。

「てめえは話してわからねえなら拳でわからせるって聞いたぜ。来いよ、〝こいつ〟で決めてやる」

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