4-6 誓い

 気絶から目覚めたあたしがいたのは保健室だった。白色に輝くカーテンは風にたなびき、窓からはやわらかな日差しが差し込んでいる。かたわらには、包帯とガーゼ姿の少女が椅子に座っていた。

「テメェらの勝ちだ。お袋の分まで、あたしは生きる」

 鉢巻きを頭に結んだ少女は嬉しそうに笑って言った。

「知紅さん、私と一緒に最強の武道家を目指しませんかっ?」

「……武道を続けてもいいのか? ……母親を殺したあたしが」

 愛は元気よく立ち上がると、拳を前に突き出した。

「いろりちゃんに幽霊がいるかどうかいたらいると答えたので、知紅さんが寝ている間に確かめておきましたっ。〈愛のくさび〉っ!」

 すると、拳の先に身体の透き通った女性の姿があらわれた。


「…………お袋?」

 驚いて上半身を起こしたあたしは目を丸くして、その幽霊に問いかける。

『久しぶりね、知紅』

 さらりとゆれる青い長髪。真っすぐ切りそろえられた前髪からのぞく優しい瞳は、あたしを見つめている。お袋――更科さらしな千鳥ちどりは生前の姿で、着物を着ていた。その姿は薄く、足はゆらめいて見えない。

『知紅。私を殺したことを後悔しているのなら、最強の武道家を目指しなさい。あなたが知久ともひさを超えることを諦めたら、私の死は無駄になってしまうわ』

 あたしは涙をこらえ、噛み締めていた唇を開く。正座に座り直してちかった。

「わかった。あたしは最強の武道家になってみせる……絶対にだ……!!」

『その言葉が聞けて良かったわ。愛しているわよ、知紅』

 そう言ってお袋は、触れられない身体であたしを包み込むと、すーっと透明になって消えた。

「……一人にしてくれ」

 仕切りのカーテンが閉められ、愛が保健室を出ていくのを確認すると、あたしは声を上げて泣き始めた。


 ◇◇◇


 後日、愛は知紅を救人部に勧誘していた。しかし知紅は人助けなんて興味がないと断り続けている。

 二年生の教室に入り込んできた愛は、席に座る知紅に後ろから手を回して抱きついた。

「一緒に人助けをしましょうっ、お姉ちゃん!」

「誰がお姉ちゃんだ。離れろひっぱたくぞ」


 こっそりついて来ていた更科知久は、娘の無事を知ると地元へ帰ることにした。

「では愛娘まなむすめを頼んだぞ、団一郎だんいちろう

「うむ。責任を持って預からせてもらおう」

 積年せきねんの親友二人は、固く握手をわした。


 しばらくホテルで寝泊まりしていた知紅は、相眞家そうまけに迎い入れられる準備が整うと、相眞家の居候いそうろうとして暮らすことになった。

 武家屋敷ぶけやしきである相眞家の隣には、相眞流道場がある。相眞団一郎の方が知紅よりもまだまだ強いうえ、道場でとしの近い愛とも修行出来る。四六しろく時中じちゅう付きまとってくる愛をうっとうしく思いつつも、知紅は満足していた。今では最強の武道家を目指しているライバル同士だ。


「何度も言ってんだろ。人助けなんて興味ねぇってよ。まぁ、その過程で強い奴と戦うってんならあたしを呼べ。助けてやるからよ」

 真っ白な手を差し伸べる。初めて見せる、優しさに満ちた笑顔をともなって。


「あたしを救ってくれた救人部らしく、な」

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