6-3 初代武道家
知紅と武道家から離れた位置まで移動すると相吾は謝った。
「すまねえ、空」
「あはは、いいよ。結果的に無事だったしね。それに、僕は初めて人に声を荒げて怒ったんだ。おかげで友達だと実感できる貴重な体験ができた」
「今まで友達だと思ってなかったのか?」
「僕は相吾くんと出会うまで友達がいなかったから、実感がわかなくてね。ほら、始まるみたいだよ」
気恥ずかしさを隠すように、空は
「更科流朱雀の更科知紅だ」
『万丈目流青龍白虎の
「…………は?」
あっけにとられる知紅に、数正は繰り返し言った。
『万丈目流青龍白虎の万丈目数正だ』
「……名前を
『我輩は武道家だぞ。名を騙るなど恥ずかしい真似をするわけがなかろう』
「そいつ死んで――あぁそうか、ここは死者の世界だったか。あいつらは知ってて挑んだのか? 知らねぇで挑んだのか? まぁいいや、あたしは知ってても挑むぜ。そして勝つ。相吾に
顔に一筋の汗を流して苦笑する。
「青龍と白虎の〝
赤い気を身にまとうと更科流の構えをとる。対する数正も朱雀の気のみを身にまとい万丈目流の構えをとる。
『
「更科流は素手の朱雀だからいいんだよ。あんたこそ使わねぇでいいのか? つうか朱雀だけで戦うつもりか?」
『我輩は初代武道家として後進の武道家を育てる義務がある。本気を出しては誰も我輩には勝てんからな、ゆえに相手と同じ土俵に立ち試合を行うのだ』
「そりゃどうも。おかげで勝ちの目が出てきたぜ」
『……我輩が初代武道家だとわかったのに敬語を使わんのか』
「稽古じゃなくて報復だからな」
知紅が身体を低く沈ませると、一瞬のうちに数正の背後に回り込む。数正はすぐさま振り返って蹴りを避けると同時に突きを放つが、知紅は紙一重で避け、
(速い……! その
両手で知紅を捕らえようと腕を振るったが、避けられる。足元で回転する影が、数正の足をすくい上げる。そのまま流れるように知紅は足を上段に振りかぶると、落下してゆく身体目掛けてかかと落としを叩き込んだ。胸と背中に同時に襲いかかる衝撃に肺の中の空気が押し出される。
追撃を止めるため、数正は身体を回転させて周囲を蹴りで薙ぎ払う。呼吸を整えつつ知紅の姿を探すが、すでに視界から消えている。
(また背後――いや風切り音がする――上か!)
とっさに地を転がると、元いた顔の付近に高速の蹴りが通過していった。知紅が着地する前に技を叩き込もうと、朱雀の気を膨れ上がらせると、知紅も同じく膨れ上がらせる。言葉が重なり合った。
『〝万丈目流 極真剣〟』「〝更科流 極真剣〟」
瞬間、常人の目には映らない攻撃の連打が互いの目の前でぶつかり合った。玄武同士のぶつかり合いのような鈍い音ではなく、まるで刀を打ち合わせるような甲高い音が荒野に鳴り響いていく。一見、五分の戦いに見えるがその内訳は知紅の防戦一方だ。体格差で
(達人の境地が修得率100%。始祖の境地が修得率200%の定義に当てはめれば、あたしは120%、初代武道家は150%ぐらいか。30%も差が開いているなら、普通は勝てるわけねぇんだけどよ)
数正の手刀に蹴りを合わせる。きぃん、と
(格上の相手は――慣れてんだよ)
知紅の口が三日月状に歪む。数正はようやく異常な事態に気がついた。
(これは……加速しているのか……?
〝
知紅が知久に勝利しようと編み出したオリジナル技の一つ。速度が劣るなら、速度を吸収すればいい。幼少の頃より一日も休まず修行し続けてきた天才少女だからこそできる
(……ここまでの天才は久しぶりだな。いや、朱雀ならば数十年前にもいたか。確か名を、更科知久と――)
思考が閉ざされる。不可避の赤い閃光が、数正の身体を
その
「任せといて何だが……勝つとは思わなかった。これからは
「あはは……知紅さんが嫌がりそうだね」
地面に仰向けになって倒れている数正の傷が修復されていく。その様子を見た知紅は声をかけた。
「なんだ。治るのか」
『殺す気か』
「もう死んでるだろ」
『そうだったな』
身体を動かせるくらいに傷が治ると数正は立ち上がり、知紅に手を差し出した。お互いに握手を
『朱雀縛りで、この我輩に勝利できたのは更科知久に続き二人目だ。おめでとう、更科知紅』
「親父も戦ったのかよ!? ……始祖と戦ったなんて聞いてねぇぞ」
『ここでの出来事は口外禁止だ。知らぬ者に伝えようとすれば石碑の場所が転移する仕組みになっている。霊界の
「……なぁ、親父が始祖の武術を使えるのはあんたに教わったからか?」
『我輩が教えられるのは青龍と白虎の始祖だ。大方、我輩に会ってから世界中を旅し、朱雀の創始者がいる石碑を見つけて教えを
「そうか。あたしの目指すべき場所はそこか」
『うむ。
数正は残る二人の少年のうち、相吾に歩み寄った。
「何だよ」
『そう
「……どのくらいかかる」
『貴様の器用貧乏の才能なら、朝から晩まで毎日続けてひと月で修得できる。ただし、石碑を動かすことはできぬからこの島に
「……夏休みの他の予定をやめて、恋にこの島へ留まる許可をもらう必要があるか」
「――相吾くんっ!」
「っ! 愛!」
声のした方へ振り向くと、愛と恋が走って来ていた。
「怪我はないのか?」
「はいっ、ちゃんと手加減されていたので大丈夫ですっ! それよりもっ」
愛が言う前に、恋が数正の前に出て頭を下げた。
「目を覚ましたお兄様から聞きましたわ。稽古をつけて欲しいと頼んだのは自分だと。早とちりしてしまい申し訳ありませんでした」
「私も、すみませんでしたっ!」
『別に構わん』
「あの、お兄様にあなたは初代武道家だとお聞きしたのですが……」
『
「早乙女流青龍の早乙女恋と申します」
「相眞流玄武の相眞愛なのですっ!」
『貴様が恋か。一か月間、我輩はこの少年に青龍と白虎を教える。この島への滞在許可をやってくれないか』
「それは構いませんが……それって、わたくしも参加してもよろしくて?」
『万丈目流青龍は白虎の使用を前提としている。ゆえに貴様に万丈目流青龍を教えるわけにはいかん。気が枯渇して外道に堕ちやすくなる』
「……わかりましたわ。でも相吾くん、修行はみんなが帰ってからでお願いしますわよ? この島には遊びに来たのですから。企画を色々取りそろえておりましてよ」
「ああ、わかった」
『話はついたか。では我輩はここで待っているぞ。すでに教えたが、来るときも帰るときもあの石碑に――』
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