6-4 お母様

 数正は指をさした状態で固まった。何事かと、みんなは振り返る。一番に口を開いたのは知紅だった。

「……お袋?」

『あら? ここではみんなに姿が見えるようになっているのね。足もあるわ』

 ぴょんぴょんとその場で跳ねる綺麗な青髪を持つ着物の女性。亡くなった知紅の母、更科さらしな千鳥ちどりだった。

『地面に足が着くなんて久しぶりね。それだけで楽しくなっちゃう』

 さも愉快そうに微笑む美女。ゆっくりと近づいた知紅は千鳥の手に触れる。触れられることがわかり、強く抱き着いた。

「お袋っ……!」

『あらあら。知紅もまだまだ甘えんぼさんね』

 千鳥は優しい微笑みで受け入れて、そのまま頭をなでてあげた。

『美しい……!』

 いつの間にか、抱き合う親子二人の近くに数正が立っていた。

『生前の夫との縁は切り、どうか我輩の妻となってはくれないだろうか』

『ごめんなさい。夫はまだ生きているし、娘もこの通りここにいるの。なにより、あなたが私の好みじゃないわ』

『ぐおおおおおぉぉ……!』

 数正は滂沱ぼうだの涙を流すと、ひどく打ちのめされた様子で地面を叩いた。

『死後も我輩には女に縁がないというのか……! 創始者なのに子孫も残せず、未練たらしくこの世に留まり続けるなどあんまりではないかぁあああああああっ!!』

「え……初代武道家ってあのような方だったんですの?」

「『万丈目数正は一切女性との関係を持たずに自ら生み出した武術にはげみ、それを後世こうせいに残していった高潔な人物である』とwikiに書かれていたよ。歴史は美化されるものだからね。知らない方がいい真実もあるよ」

「かわいそうなのです……」


「おいテメェ。娘のあたしの前でお袋に告ってんじゃねぇぞ」

『ならば貴様でもいいだろう。この御婦人ごふじんのように美しく育ったら我輩にとつぐといい』

「死ね」

『もう死んでいるからな!? さっきから貴様ら、好みじゃないとか死ねとか初代武道家に対して失礼ではないのか!?』

『「黙れ童貞」』

『ぐぉおおおおお……! 何も言い返せない……!』

 がんがんと、再び地面を叩き出した。

『我輩が一途いちずだったばかりに……! 朱雀の創始者の奴ときたら、長年かけて朱雀の創始者になるまで成長させてやった恩があるにも関わらず、我輩の告白を振って別の男と結婚したんだぞ!! 断じて許せぬ!!』

『あらあらまぁまぁ……同情するわ』

『ならせめて抱きしめてくれるだけでも……! 後生ごしょうですからお願いします……!』

 土下座をして頼み込んだ。親子二人は数正を無視すると、みんなのもとへ歩いてきた。代わりに愛が近づいてきて声をかける。

「私が代わりに抱きしめてあげますよっ?」

童女どうじょに興味はない』

「もー、仕方ないですね!」

 愛は千鳥に駆け寄る。

「千鳥さんっ。万丈目先生を抱きしめてあげてくれませんかっ?」

『いやだわ。あの人気持ち悪いもの』

「そこをなんとかっ!」

『……はあ。仕方ないわね、愛ちゃんの頼みだもの』

 千鳥は正座している数正に近づくと、数秒抱きしめ、すぐに逃げ帰ってきた。

『死ぬほど気持ち悪かったわ』

『美女に抱きしめてもらった……! 我輩もう死んでもいいっ……!』

 とても冗談には聞こえない声色で千鳥は吐き捨て、数正は泣いていた。

 そうして一騒動終えたみんなは、石碑に触れて現世へと戻って行った。


 林に戻ると、愛はふわふわと宙に浮く半透明の千鳥に礼をした。

「千鳥さん、ありがとうございましたっ!」

『いえいえ。娘を救ってもらったのだから、母親である私も恩を返さなければと常々つねづね思っていたのよ』

「でも最初は断りましたよね?」

『私にも選ぶ権利はあるのよ』

 やがて千鳥の身体が淡く発光し始めると共に、微笑みを浮かべて別れの言葉を述べた。

『恩も返せたことだし、そろそろあの世へ逝くわね。さようなら、知紅。娘をよろしくね、皆さん』

 知紅が口を開いて何かを言うよりも先に返答したのは、恋する少女だった。

「お母様っ! 娘さんをわたくしに下さいっ!」

「は!?」

『いいわよ。娘をよろしくね、恋ちゃん』

「お袋!?」

「お母様の許可をもらいましたわーっ! きゃーっ!♡」

 ぴょんぴょんと飛び跳ねて、嬉しさを全身で表現する恋を尻目に、知紅は汗を流して訴える。

「おい訂正しろ!! こいつ本気にするぞ!?」

『うふふふ――』

「お袋ぉおおおおおっ!?」

 光の粒となって天に昇っていった千鳥を見届けると力なく膝をついた。

「最後に嫌がらせして逝きやがった……やっぱりあたしのこと恨んでたのかよぉ……」

 知紅には珍しく、目に涙を溜めて泣いていた。鉢巻き少女が優しく声をかける。

「それは違いますよ。お姉ちゃん」

「愛……」

「千鳥さんは娘の幸せを願っているのです。だからこそ、今までずっとお姉ちゃんをそばで見守っていたのです。自分の代わりに娘を愛し続けてくれる人があらわれて嬉しかったはずですよ。私への恩も返せて、お、お姉ちゃんのことは恋ちゃんに任せられると思ったから安心して成仏していったのでしょう」

「愛」

「な、なんですかっ?」

「声も身体も震えてんぞ。笑いこらえてんだろ?」

 愛は手で口を押さえて、相吾は顔をそむけて震えながら、空はどうどうと笑い出した。

「くくくーっ! 親同士公認のラブラブ百合カップルなのですーっ!」

「ぐっ……くく……」

「あっはっはっはっは!!」

「テメェらも今からあの世に送ってやるよ!!!!!」


 真っ先に空の身体が上空に吹っ飛ばされると、少年少女たちは日が暮れるまで騒ぎ合った。

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