7-3 VS 知紅

「待たせたな。《恋の心》の効力はあと四分くらいか。二度と捕まるつもりはねぇが《相思相殺》を警戒して四分以内に決着をつけてやるよ」

「ちっ……! 持ってくれよ俺の身体!!」

 〝極真〟を最大まで使い、炎をまとったような風体ふうていの知紅が目にも止まらぬ速度で接近してくる。もはやただの赤い閃光にしか見えない攻撃に対し、相吾は限界を超えて対応した。

「〈相の拳〉!!」

 〝極真〟に〈相の拳〉の身体強化を上乗せし、知紅と同等の速さまで追いつくと〈相殺〉により攻撃を受け止める。

「〝更科流 極真剣〟」

 それを見て、知紅は手数を増やす選択をする。まるで鏡合わせのように両者の拳がぶつかり合う。辺りに響くのは風切り音のみで、激突音は一切しない。一見すると互角の戦い。しかし互いの表情を見比べれば実力差は歴然だった。

 相吾の身体がきしみをあげる。もう休めと脳が警鐘けいしょうを鳴らす。だがここで拳を止めれば敗北する。

(あと何分だ……《恋の心》が解除さえすれば……!)

 歯をくいしばり、相吾は勝機を待ち続けた。


(――四分以内に仕留められなかったか)

 知紅の胸に宿っていたハートマークが消える。《恋の心》の効力が切れた合図だ。

(だが相吾の奴も限界だな。あたしを《相思相殺》で捕らえる以外に勝ちはなくなった)

「ォオオッ!!」

 相吾はなけなしの体力を振り絞り〝龍鱗〟を一時的にまとうと、〝極真剣〟を受け続けて〝龍鱗〟をぼろぼろにされながらも左手で右手首を掴んだ。

「二度も同じ手は喰らわねぇよ」

 知紅は追撃の手を止めると、後方に大きく飛び退いた。

「――二度も同じ手は使わねえよ」

 相吾は手の形を素早く組み替える。親指の爪同士を触れ合わせ、残りの指を斜め下にそろえて両手でハートマークを形作る。

「《愛の心》!!」

 桃色の光線が知紅の胸を貫く。暖かい光が胸に宿ると、知紅の戦意が根こそぎ奪われる。

「……は?」

「〈愛のくさび〉」

 動揺する知紅の隙を見逃さずに距離を詰めると、拳を軽く胴体に当てた。知紅の身体は硬直して身動きが取れなくなる。

「何でテメェが愛の過去異能を使えるんだよ相吾……!」

「《《相思相愛そうしそうあい》》の効果だ。お互いの過去異能が使えるようになる」

「テメェらが握手したあの時か……」

「どうする姉御。降参するか」

「姉御じゃねぇ。……降参だよ」

 相吾が拳を離すと、動けるようになった知紅は前髪をかき上げながら溜息をついた。

「また、あたしは〈愛の拳〉に負けたのか。ちっ、恋に必ず勝つって約束しちまったんだけどな。お姉様失格じゃねぇか」

「お姉様だって認めたのか!?」

「認めたわけじゃねぇけどよ。あたしの強さを信じてくれた奴を、裏切りたくはねぇだろ」

「……」

「テメェが気負う必要はねぇ。それに、こっちにはまだあと一人残ってる。救人部ではあたしより先輩だぜ。なぁ、空」


「ええ。その通りです」

 待機していた空が答える。

「知紅さんのおかげで、今の相吾くんは満身まんしん創痍そういです。僕にも勝算が出てきました。しかし手は抜けません。いえ、手を抜きましょう」

 空は両手を頭上に掲げると、一筋の汗を垂らして頼んだ。

「〝極真剣波〟で僕の手首を切り落として下さい」

「あぁ? ついに頭がいかれたのかよ」

「僕はいつでもまともですよ。ちなみに相吾くん、手首を切り落とす以上は短期決戦になるから、切り離された瞬間攻撃を始めるよ。ちゃんと準備しておいてね」

「……本気か」

「本気さ」

 痛みを強く嫌っていた空の決意を秘めた眼差まなざしを受け、相吾は知紅に頼んだ。

「切り落としてやってくれ」

「ったく。わかったよ、じゃあ後は任せたぜ」

「任されました」

 痛みがくる恐怖に震えながらも、空はいつものようにへらへらと笑ってみせる。知紅が離れた場所まで移動すると、いろりの方を見た。理解したようで、知紅の足元に扉を出現させる。

 腕に赤い気を色濃くまとい、気の刃を飛ばすと同時に、扉が開いて落ちてゆく。

 やがて、空の手首が切り飛ばされた。

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