第4章 更科 知紅

4-1 最強の武道家

 彼女――更科さらしな知紅しるくは新幹線の窓辺まどべから流れる外の景色を切れ長の瞳でぼうっと眺めていた。

 対面に座る道着どうぎに身を包んだ父は筋骨きんこつ隆々りゅうりゅう体躯たいくで腕を組んでいびきをかいていて、隣に座る和服に身を包んだ清楚せいそな母はうとうとと眠りこけている。


 そんなかつての幻影が、あらわれてはすぐに消えた。


 一人ぼっちの彼女は目を伏せると、赤い髪を揺らして再び窓の外を見つめる。

 右手を外からの日差しにかざして透かすとぽつりとつぶやいた。

「手が赤い」

 その右手はまるで血にひたしたように赤く赤く染め上げられていた。


 ◇◇◇


 浦桔梗うらききょう高校の二年生のクラスに転校生がやってきた。体育館の朝礼で彼女が紹介されると、生徒たちは大きくざわめいた。

 〝最強の武道家 更科さらしな知久ともひさ〟は武道に関わりのない一般人でも知っている有名人だ。その娘、更科知紅もメディアへの露出は少ないが抜群ばつぐんの知名度を誇る。

 彼女は一言二言、当たりさわりのないことを話すと余計なことは一切しゃべらなかった。愛想あいそ笑いも浮かべず、近寄りがたい雰囲気をかもし出していた。


 放課後の教室。愛と空が相吾の机に集まってくる。

「相吾くん、空くん、知紅さんを救人部に勧誘しに行きましょうっ!」

「いや、知紅の勧誘は無理だろ」

「二人とも更科知紅さんとは面識めんしきがあるんだよね。仲はいいの?」

「強くなることしか興味がねえやつだからな。弱い俺とは関わろうとしなかったよ」

「両親の仲がいいので会う機会は多かったですし、何度か手合てあわせもしましたが、あまり話をしてくれませんでしたね。笑っている所も見たことないのですっ」

「最強の武道家の娘っていう特別な立場だし、気難しい方なのかな」

 三人が更科知紅について話していると、教室内の生徒たちがざわめいた。視線を追ってみると、とうの彼女が三人のもとへ近づいて来ていた。


「よぉ。久しぶりだな、愛」

「あれ? 知紅さんの方から来てくれたのですっ! お久しぶりですっ!」

「こいつらは友達か?」

「はいっ! こっちが真壁まかべ相吾そうごくんで、こっちが天枝あまえだそらくんなのですっ!」

「……真壁相吾?」

 知紅は相吾の顔と髪を見る。

「相吾じゃねぇか。何だよその髪」

「……染めたんだよ。不良だからな」

「ふぅん。……ま、才能ねぇ奴が無理に武道を続ける必要はねぇよ」

「ちなみに三人で『救人きゅうじん』という人助けの部活をしているのですよ。よかったら知紅さんも入りませんかっ?」

「入らねぇよ。……つうか、依頼に来た」

「え……依頼ですかっ?」

「あたしの話を聞いてくれねぇか」

 その姿は、二人が知る更科知紅とは別人のように感じた。昔と同じように微笑んだりはしていない。しかしそれは笑わない、というより笑えない、といった表情だ。

 三人は顔を見合わせると、知紅を救人部室に案内した。


 ▼▼▼


 知ってると思うが、あたしの親父、更科さらしな知久ともひさは世界最強の武道家だ。その娘に生まれたあたしは、当然のように幼少期の頃から更科流の武術を叩きこまれた。修行を始めた頃は苦しかったが、続けるうちにすぐ慣れて、自分を成長させるのが楽しくなった。

 生まれ持った才能に加え、学ぶのが更科流の武術だったから、更科の血が流れるあたしはみるみるうちに更科流さらしなりゅう朱雀すざくを修得できた。〝更科流 極真きょくしん〟は六歳の頃に修得し、小学六年生の頃にはすでに朱雀を極めて達人になっていた。どちらも史上最年少だと言われている。

 高校に上がってからは、あたしに敵はいなくなった。同年代はもちろん、更科流道場にいる大人の門下生もんかせい、そして師範代しはんだいも全員倒してしまった。他の道場との交流試合でも、その道場主を倒してしまう始末しまつだった。

 恨みを持たれなかったかって? 持たれなかったさ。なぜならあたしは更科知久の娘だからだ。

 でもな。そんなあたしでも親父には勝てないんだ。いや勝てる勝てないの問題じゃない、〝見えない〟んだ。物理的にも概念的にもな。〝極真〟の全てを動体視力の向上にてても残像すらうつらない。

 戦う前から勝ち負けがわかってる。あたしは絶望した。このまま修行を続ければ、いずれ更科知久以外の全ての武道家に勝つだろう。世界で二番目に強い武道家になれるだろう。でも一番にはなれない。一番になりたい。親父を倒したい。

 いつのまにか目的が、自分を成長させることから親父を倒すことになっていたあたしが手を出したのは――〝殺気さっき〟だった。


 ▲▲▲


「殺気……ってまさか〝外道家げどうか〟になったのですかっ!?」

「外道家……? って、何だったっけか」

「外道家というのは、道を踏み外した武道家を指す言葉。具体的に言うと〝殺気〟を使う武道家なんだ」

「普通の武道家とどう違うんだ」

「気には〝正気しょうき〟と〝殺気さっき〟の二種類あってね。普段武道家が使っているのが〝正気〟。使えば減っていくし、休めば回復していく。ここまでは武術を使える相吾くんにもわかるよね」

「ああ」

「次に〝殺気〟。これを扱えるのは武術を極めた達人だけ。〝正気〟を全て使い切ると、一時的に武術を使えなくなる。気の枯渇こかつだね。すると、見えてくるんだ。心の奥底にある、黒い気が。それが〝殺気〟。人を殺す力だ。〝殺気〟は無限のマイナスのエネルギーでね、〝正気〟とは正反対に使えば使うほど増えていく。何もしなければ減っていくけど、そんな外道家はまずいない。無限だから常に使い続けるようになる。そして外道家になった者に共通する行動が――〝最も愛する者から殺していく〟ことなんだ」

「……は?」

「もういいだろ。あとはあたしが話す」

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