番外編 相眞 団一郎

武道家は『あい』と出会う

 小学生の頃。クラスには更科さらしな知久ともひさ君というクラスの人気者がいた。元気で明るく、目立ちたがり屋で、スポーツ万能で、負けず嫌いで、女子にも男子にもモテモテな少年だった。

 そんな知久君とは対照的に、僕は目立たなかった。身体は大きかったから体格的には目立っていたけど、性格的に。といっても、目立ちたいわけでもないからそれで良かった。ただ、知久君のことはよく目で追っていた。

 その知久君が、着席している僕の目の前に立っている。

「なあ! えっと……おまえの名前何だっけ?」

相眞そうま団一郎だんいちろうだけど……」

「よし、団一郎! 俺と腕相撲で勝負しろ!」

「……な、なんで?」

「俺より強そうな奴とは全員戦った。そして勝った! あとはお前だけだ」

「まあ、別にいいけど……」

 知久君は前の席に着席すると、机に肘をついて手を差し出してくる。僕も机に肘を立て、手を握り合わせた。


 結果から言うと、僕が勝った。僕の方が体格的にも筋力的にも勝っていたようで、わりとあっさりと。負けた知久君は悔しがる。

「うおお……この俺が負けた……つええな団一郎!」

「ま、まあ筋力には自信あるから……」

 何かを思案するように考え込むと、知久君は言った。


「決めた。俺はおまえをライバルにする」


「……え」

 何か勝手に任命された。僕が? 知久君のライバル?

「ちょ、ちょっと待ってよ。確かに筋力だけなら僕の方が上だけど。スポーツでは知久君に何一つ敵わないよ? いったい何のライバルなの」

「武道だ。師匠には当てがある。俺と一緒に道場に通おうぜ!」

「そんな唐突とうとつな……。確かに武道なら僕にも勝ち目はあるかもしれないけど……。ちなみにどっちを学ぶの? 玄武と朱雀」

「おまえは最硬の玄武を目指せ。俺は最速の朱雀を目指す。目指すは二人合わせて最強の武道家だ!」

「最強は一人だと思うけど……」

「細かいことは気にすんな! あっはっはっはっは!」

 知久君は快活に笑う。結局、断り切れずにずるずると知久君に道場へ引っ張られていった。


「帰れ」

 知久君が当てにしていた師匠、竹龍たけたつろう先生は開口一番そう言った。

「何でだよ師匠! どうせ暇なんだろ!」

わしを師匠と呼ぶな。儂はもう弟子を取らぬと決めている」

「そこをなんとか師匠~」

「師匠と呼ぶな!」

 見た目はしわが多いけど、凄く迫力があるおじいさんだった。いかにも武道の達人といった感じだ。

「大体貴様、儂に何を学ぶつもりだ。青龍は昔から代々続く一族にしか教えてはならん決まりだ」

「青龍の武道家でも玄武と朱雀を教えられるんだろ? 俺に朱雀を、団一郎に玄武を教えてやってくれよ」

「なら尚更なおさら余所よそへゆけ。専門の武道家に教わらねば中途半端になるぞ」

「それでいいんだよ。だって俺と団一郎は新規で更科流朱雀と相眞流玄武を立ち上げるんだから」


「ちょっと待って。聞いてないよ。え、自分の流派を立ち上げるつもりだったの?」

「だって最強になっても他人の苗字のついた流派だったらかっこ悪いだろ? そいつの流派のおかげだって言われるのも嫌だし」

「ふん、餓鬼がきの発想だな。新規で立ち上げて一代で最強になった流派など聞いたことがない。歴史を見ればわかることだ」

「あっはっはっはっは! これだから老人は駄目だな。前例がないからってこれから起こらないとは限らないぜ」

「ほう、生意気な口を叩くな小僧」

「じゃあ賭けようぜ。もし最強になれなかったら一生師匠の言いなりになってやるよ」

「よかろう。そこまで言われて断ったとあっては武道家の名折れだ。貴様らに儂の武道を叩き込んでやる!」

「よっしゃあ! よろしくお願いします師匠!」

「ま、待ってよ知久君……」

「団一郎!」

 拳を突き出した知久君は、力強い眼差しと笑みを向けてきた。


「目指すは二人で最強の武道家だ!」


 結局流されるしかなかった僕は拳を突き出し、お互いに拳を打ち合わせた。


 ◇◇◇


「……え、どこここ」

 草原が辺り一帯にどこまでも続いている。風が吹くとざわざわと草がなびいて、遠くの木々も揺れる。よく見ると、遠くに古城が見えた。

「おーい、知久くーん。師匠ー」

 高校生になった僕はいつものように竹龍流道場で知久君と修行していたはずだけど、いつの間にか見知らぬ土地にいた。遠くには海が見える。天気はいい。

「とりあえず、あの古城に向かってみようかな……」

 多分、過去異能絡みなんだろう。知久君も師匠も過去異能は持っていなかったから、僕だけが呼ばれたのかもしれない。

 しばらく林の中を進むと、開けた場所に出た。目の前には古城。何が起きるかわからないから、念のために過去異能を使っておこう。両手を組み合わせる。

「《団体 百名様》」

 自分の分身が九十九体出てくる。

「僕は正面からいくよ」「僕は裏手から」「僕は壁をよじ登って」「僕は周囲を巡回」「僕は待機」「僕は「僕は「僕は「僕は――」


「きゃぁあああああああああああっ!?」


 僕の分身全員が悲鳴の聞こえた方に振り向く。そこには草原の上で尻もちをついている、鉢巻きを頭に結んだ少女がいた。

「えっと、君の名前は?」「この古城の人かな」「僕と同じでここに連れてこられたの?」「鉢巻きを結んでる、ってことは武道家なのかな」「君は「君は「君は「君は――」

「とりあえずその過去異能を解除して下さいっ! かの聖徳太子だって同時に100人に話しかけられたら対応できないのですっ!」

「……」

 敵には見えなかったので、言われた通りに解除する。彼女は立ち上がるとスカートについた草を払って言った。

「名前は、あい。最強を目指している武道家なのです。あなたは?」

「相眞団一郎。一応、僕も最強を目指してるのかな?」

「いや、私に聞かれても……」

 あいさんには他に仲間が来ているらしかったので、合流することにした。そこで事情を聞く。

「ゲーム、ね……」

 どうやら、この古城にいる魔王を倒さなければ元の世界に帰れないらしかった。まさにゲーム。でも死亡したら本当に死ぬデスゲーム。

「二人一組に分かれて行動しましょう。幸い、ちょうど二人ずつペアになれますからね」

 頭の良さそうな少年が指を立てて提案する。異論はなかったようで、誰と組むかを話し合い始める。

「では団一郎くんと私でペアですね」


 僕とあいさんは古城の中を進んでいる。途中の部屋は他のペアに任せて、とにかく階段を見つけては上へ上へと昇っていった。

「あの……僕たちのペアが一番危険なんじゃ……」

「そうですよ? 魔王に出くわしても私ならなんとかなりますし。《団体 百名様》を囮に使えば団一郎くんも逃げられるでしょう?」

「まあ……そうだけど……」

 確かに、僕の過去異能は逃走用だった。山籠もりの修行が辛くて何度も何度も逃げ出したけどそのたびに師匠の〝極真〟で探知されて引き戻されて、両手を握り合わせて流れ星に助けてくれと願ったらこの過去異能が宿った。でも結局、百人になって散り散りに逃げたのに師匠だけでなく知久君まで「面白い!」とか言って追いかけてきたので本体の僕は捕らえられた。


「最上階に辿り着きましたね」

 最上階にはこれ見よがしに禍々まがまがしく立派な扉があった。角みたいなのがいっぱい生えてるし、これ武器なんじゃ? と言いたくなる殺傷能力を誇っていた。

「ね、ねえ引き返そうよ。絶対にこの中に魔王がいるよ。みんなを呼びに行こうよ」

「まだ確認してないから駄目なのです。さあ、開けますよー」

 ずずずずず、と重い扉を引きずって開けていく。あいさんは玄武の気を纏っていた。そういえば聞いてなかったけど、僕と同じ玄武の武道家なのかな?

「あれー? 誰もいませんねー」

 僕とあいさんは中に入って辺りを見回したが、魔王が愛用していそうな豪奢ごうしゃな椅子があるだけでそこには誰もいなかった。

「留守だったのですかね?」

「え、嫌だよそんなゲーム……胸のドキドキを返してよ……」

 胸をなでおろして、そんな軽口を叩いた瞬間だった。入り口の扉が勝手に閉まる。同時に、邪悪な気が膨れ上がった。

 誰もいなかったはずなのに。いつの間にか椅子に魔王が座っていた。

「《団体 百名様》!」

 すぐさま過去異能を発動し、部屋いっぱいに僕の分身を出現させる。閉じた扉に向かった僕は〝徹心〟を最大限身にまとうと渾身の一撃を叩き込んだ。

「〈団の拳〉!」

 さらに〝一撃〟を〝五連撃〟に変える。衝撃音が五回響き渡る。これで壊せなかったものは今までなかった。そのはずなのに。

 扉は開くどころか、傷一つ負っていない。

「どいて下さいっ!」

 あいさんの声が背後から聞こえてきたので、僕はその場を離脱する。青い気をまとった手を扉に向け、叫んだ。

「〝龍神遣りゅうじんけん〟!」

 巨大な青い龍が生きているかのようにうねり、口を開き、扉に喰らいつく。それでも扉はびくともせず、青い龍は霧散していった。

「これでも駄目ですか……」

 仕方なく僕たちは魔王に向き直る。逃げ場を失った僕たちに襲いかかってくると思われた魔王は、始めの位置から一歩も動くことなく、どこを見るでもなく座り続けていた。

「どういうこと……?」

「うーん。もしかして、こっちから攻撃しない限りは攻撃してこないのではないですかねっ?」

「なんで……?」

「戦えない人がこの部屋に迷い込んでも大丈夫にするための安全措置とか」

「なにそれ……」

 最近のゲームはやさしいのだろうか。いや、勝手に僕を巻き込んできてる以上、悪質なゲームなんだけど。

「どうしますか? 団一郎くんが戦いたくないなら、私一人でもやりますけど」

「ううん。さすがに女の子一人には任せられないよ。僕も戦う」

 伊達だてに普段から鍛えられてはいない。僕だって武道家だ。戦うべきときにはちゃんと戦える。

「初めの一発は、確実に当てられるってことだよね。やっぱりあいさんの〝龍神遣〟がいいかな」

「残念ながら、もう一度〝龍神遣〟を撃つには少し休まないといけませんね」

「じゃあ、少し休もうか」

「いえ。他の仲間がどうなっているかわかりませんからね。部長として早く魔王を倒してみんなのもとへ向かわなければなりません」

 拳を掲げてそう言い切ったあいさんはリーダーとしての風格を漂わせる。仲間たちはそんなあいさんの魅力に惹かれて集まったのだと実感する。

「私が今出せる最大の攻撃は〝龍極徹心拳〟ですね」

「僕はさっきの〈団の拳〉with〝徹心拳〟が最大の攻撃だけど……どっちが強いのかな」

「ならいっそ混ぜちゃいましょう」

「え?」

「〈合成〉するので、手を出して下さい」

 あいさんは手を差し伸べてくる。そうか。あいさんも過去異能力者なのか。

 僕が差し出した手を握り、五秒経つとあいさんは手を離す。

「じゃ、ちょっくら打ち込んでくるのですっ!」

 まるで近所のコンビニに行くような気軽さで、あいさんは魔王に向かって駆けだしていく。青、緑、赤の気を全身にまとい、遠慮なく魔王の懐に踏み込むと、渾身の一撃を叩き込んだ。衝撃音が五回鳴り響く。

【グオオオオオオオォォォ……】

 椅子ごと吹っ飛んだ魔王は断末魔と共に消滅していく。魔王を一撃で倒せてしまうとは、ひどいゲームだ。なんのカタルシスもない。

 だけど。こちらに向かってVサインをしながら歯を見せて笑う彼女を見て。

(ああ……僕はこの人が好きだ)

 思わず見惚みとれてしまった。どうやらこれは、僕が攻略される側の恋愛ゲームだったようだ。


「おや、身体が透けていきますね。ゲームクリアということですか」

 キラキラと光の粒子が身体のあちこちから立ち昇っていき、姿が薄くなっていく。僕は急いであいさんのもとへと駆け寄ると、訊いた。

「あの、僕たちまた会えるでしょうかっ!」

 あいさんは少し考えるそぶりを見せると、拳を突き出して言った。

「私たちは最強の武道家を目指しています。ならばいずれまた会えるでしょう。そのときは、手合わせお願いしますね」

「はいっ!」

 拳を互いに打ち合わせる。

「まあ、私の場合。最強の武道家になるのは目的ではなく手段なのですけどね……」

「えっ?」

 一瞬、影のある表情を見せたが、また笑顔に戻ると最後の言葉を言った。

「また会いましょう。団一郎くん」


 ◇◇◇


「あれから……もう何年になるか……」

 湯のみに入れたお茶を音をたててすすり、一息つく。

 ぴちょん、と池の鯉が顔を覗かせる。かぽん、と竹筒のししおどしが鳴り響いた。

 おれは縁側で一人、過ごしていた。

「何を黄昏たそがれているのですー?」

「むっ」

 知久の娘と出かけて行ったはずの愛がそばに来ていた。

 服装は私服だが、頭にはいつもの白い鉢巻きを結びつけている。学校でもプライベートでも、相変わらず律儀に身に着けてくれているようだった。

 黒髪のショートカットで、白い鉢巻きを結び、低身長で、明るい笑顔で、最強の武道家を目指す〝あい〟という名前の少女。

 拾った赤ん坊をかつてのあいさんと重ねるように育てていたら、あいさんと瓜二つの少女へと育ってしまった。

 もうあいさんには会えないだろう。娘と血の繋がりはない。ならば娘を好きになってしまってもいいのではないだろうか。

 そんな考えを断ち切るために、おれはお前のことを愛していないと言ってしまったことがあった。確かその頃だっただろうか、愛に〈愛の拳〉が宿ったのは。

「……もう、最強の武道家は目指さなくていいと言っただろう。鉢巻きは外していい」

「物心ついたときから結んでますし、これがないと落ち着かないのですっ。それに、お義父とうさんにとって思い出のあるものなのでしょう? 私を拾ってくれた恩返しくらいさせて欲しいのですっ!」

 そういって、愛は魅力的な笑顔を見せる。かつてのあいさんと重なる笑顔を。

「……おれは、お前を娘として愛しているぞ」

「何ですか、急に? あ、もしかして中三のときに言ったあれですかっ? 確かに、あのときはひどく傷つきました。〈愛の拳〉!」

「ぶふぁあっ!?」

 〝徹心〟をまとった愛にぶん殴られ、おれの身体は池に突っ込んだ。慌てた様子で池の鯉たちが泳ぎ回っている。

 岸に辿りつくと、愛がこちらに手を差し伸べていた。

「これで許してあげました」

「……うむ」


「おい。何やってんだよ」

「あっ、お姉ちゃんっ!」

「お姉ちゃんじゃねぇ。いつまで待たせるつもりだ」

「そうでしたっ。財布財布ー」

 愛は自分の部屋へ走っていく。知久の娘がこちらを見た。

「ずぶ濡れですけど大丈夫ですか?」

「ああ。過去の清算が終わった所だ」

 愛が忘れ物を持って戻ってくると、知紅ちゃんと共に玄関へ向かう。途中、思い出したようにこちらを振り向くと、晴れやかな顔で言った。

「では、あらためて行ってきますっ!」

「うむ、いってらっしゃい」

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鉄拳制裁の愛 九院 鉄扇 @hunabito

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